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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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凶弾に墜ちる友は今



 事の発端を説明するためには、少々時計の針を巻き戻す必要がある。晴れ間が広がるご機嫌な午後だ。頼んだわけでもないコーヒー代を押し付けられたアルラは店を出て宿へと向かう途中だった。


「なんでたかがコーヒー一杯で前世の俺の一食分の代金になるわけ?アイツ最初から俺に押し付けるつもりであの店選んだんじゃないだろうな...」


 不満たらたらに人の中を行くアルラの左手には手帳サイズのメモ用紙が見える。書かれている内容は自分なりに考察を進めた結果出た推測。荒い文字で書き記された内容はどれも核心を捉えているかもわからないが、とりあえずノバート・ウェールズとの対談を受けて得た新たな考察を書き留めたものだ。


「聞いたこともない名前のコーヒーだったし、この世界特有の超高級コーヒーだったのかもしれない」


 アルラが支払わされた額は1300リクス。日本円に換算すればそのまま1300円。前世のランチは大体コンビニでおにぎりとサンドイッチ(計300円ほど)で済ませていたアルラにとっては超高額。節約サラリーマンだったアルラがさらに頑張れば日本で三日は生活できる値段である。


「それにしても、多いな」


 多いというのは外へ出ている住民のことだふと周りを見れば、この国独特の軍服姿の警備委員会ガード・コミュニティが住民に質問をしている。

 昨晩の事件が原因なのは明白だが、それにしてもかなりの頻度で見かけるものだ。


(随分と働き者だなあ)


 どこか他人事のような気持ちでその光景を眺めるアルラが原因だということを彼らは知らない。恐らく事件発生直後に叩き起こされたのだろう。中には目の下にクマを作って仕事に励んでいる者もいる。心なしか市民へ向けられる笑顔も市民が彼らに向ける笑顔も苦笑いに見えた。今軽いノリで『よう!捗ってるかい?君たちが必死に捜査してる事件俺が原因でもあるんだよねハハッ!』と話しかけたら。言葉よりもまず先に拳が飛んできそうだ。


 心の中で警備委員会ガード・コミュニティに敬礼を向けたアルラはそのまま、その場から逃げるようにそそくさと移動。面倒ごとに巻き込まれないためには、面倒ごとに関わらないに限る。


 忙しいのは何も警備委員会ガード・コミュニティだけではない。

 景観を守るのが仕事である環境委員会シーナリー・コミュニティ

 街の医療関係を取り仕切り、現在は怪我人の治療に走る保健委員会ケア・コミュニティ

 煉瓦と水の街ニミセトの質問窓口である相談委員会ダウト・コミュニティ

 どこもかしこも大忙しだろう。


 中でも抜きんでて忙しいのはやはり環境委員会シーナリー・コミュニティ。普段は街の掃除くらいしかやることがない環境委員会シーナリー・コミュニティもこうなると大変だ。崩れた建物の瓦礫を撤去し、汚れた水路を清掃するために一時的に閉鎖して黒甲冑の兵隊にされていた死体の処理も彼らの仕事。

 白く全身を覆うような防護服の環境委員会シーナリー・コミュニティを見るのは街民も初めてなのかもしれない。既にあらゆる人間関係のネットワークを介して根も葉もない噂が囁かれている(主に光速を超える伝達速度を持つと言われる主婦層)。


(とりあえず、ジルと合流しよう)


 片手にぶら下がるビニールからがさがさと音を立てて中身を取り出す。この街に流れる水の水源である湖の水を直接詰め込んだらしい天然水。ぶっちゃけ異世界のろ過技術に不安は残るがこれが一番安かったのだから仕方ない。涼しげな水の街とは言え季節は夏。日差しが照り付け煉瓦の熱も籠れば喉は乾く。

 『語り部』との接触前に熱中症でも起こしたら大変だ。この辺をアルラは怠らない。


 容器の水を口に含みながら少し進むと、遠くから女性のものと思われる悲痛な声が聞こえてきた。

 視線をそちらへ移せばそこにいるのは全身を防護服で固めた環境委員会シーナリー・コミュニティ。そしてしがみつくように腕を揺さぶる老年の女性。

 眼には涙を浮かべて、ガスマスクのような外見の顔も見えない環境委員会シーナリー・コミュニティへ必死に叫んでいた。

 苦悶の表情で


「息子がっ、息子の行方がわからないんです!わ、私の息子が何処にいるか知りませんか!?」

「そ、捜索願は警備委員会ガード・コミュニティ、もしくは相談委員会ダウト・コミュニティへお願いします!委員総会コミュニティズとしてもまだ状況を把握しきれてないようでして、末端の我々では...」

「昨晩から...昨晩から帰ってないんです!少しやんちゃな子ですけどっ、私の大切の子供なんです!」

「ご婦人、ですから...」

「どうか、どうかぁぁ...」


 酷く動揺している女性は泣き崩れるように地面に膝をつく。既に大量の死人が出たことは街中に広まっている。

 事件が発生した区域は一般人が立ち入れないように封鎖されているが、これだけの委員会が活発な活動を起こせば察しは付く。水路の水に不純物が混入したため、検査のため環境委員会シーナリー・コミュニティが各区画で調査を行っている。ということにはなってるが、一部の目撃者がそれは不自然なまでに赤い何かだったと広めてしまった。すなわち血液だと。街一帯へ流れ出るほどの血液がどこから来るのだろうか。

 それを聞いて心配に思ったのだろう。彼女にはどうすることもできない。

 ただ帰りを待つことしかできない。


 その光景を見て表情を歪ませたのはアルラだけではない。悲惨な光景を目の当たりにした全ての人の瞳が逸れ、下の方を向いていた。大量の行方不明者とは十中八九、黒甲冑の兵隊の()とされた街民のことだろう。

 アルラが直接殺害に関与したわけではない。それでも帰りを待つ人がいる死体に拳と弾丸を叩きこんだ。握りたくもない武器を殺されてから握らされ、死体に宿る意思とは真反対のような殺戮を生み出す少女。

 一刻も早く、探し出さねばならない。


「あっ、アルラさんお帰りなさい~」


 アルラが苦い表情のまま宿の扉をくぐると、ロビーのゆるゆるした表情のお姉さんが出迎えてくれた。

 片手に雑巾、もう片方の手に濁った水が入ったバケツが見える。ロビーの上にはコップも


「お姉さん、今水使ったら危ないんじゃないか?外で環境委員会シーナリー・コミュニティが注意喚起してたよ。一部汚染された水が流れ出たって」

「あはは、現場は遠いからこの辺は浄化装置の多重ろ過で綺麗になってますよ。それにうちは宿なんですから、水を使わないとやっていけませんしね」


 こんな大雑把なところが毎月の食中毒者を生み出しているのかもしれない。恐ろしいものを見るような表情のアルラを他所に、受付のお姉さんはせこせこと床拭きを再開する。そして何の気なしに


「あっそうだ。214号室のジルさんが、アルラさんが帰ってきたら部屋に呼んでくれって言ってましたよ~」

「ああ、行ってみるよ」


 ギシギシと音を立てる階段を上ってすぐの部屋、その少し先がジルが宿泊する214号室。内装的にははアルラの部屋となんら変わりない量産型の部屋の一つ。

 金のドアノブに手を賭けようとして、思い出したように左手でグーを作り、甲で3回ほどドアを叩く。


「入るぞ、ジル」

()()()()


この時気付いておけば、後々のような展開にはならなかったかもしれない。

ドア越しに聞こえた声だったからだろうか、それとも背格好が似た人物だったからだろうか。

とにかく、アルラは気付かなかった。理解するに及ばなかった。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ドアを開けた瞬間、既にアルラの思考は遠い彼方へと飛んで行ってしまった。

 情報量に理解が追いつかないというように。まさしく混乱状態。考えもしなかったこれから先起こりえる確率の一つ。アルラの思考の斜め上を滑り込むような。

 目の前に広がっている光景、それは――――。


「ようこそ。アルラ・ラーファ」


 血に染められたカーペットと、その源泉であろう男。そして仰向けに倒れる源泉のすぐそばで、感情が見えない表情でこちらを覗く警備委員会ガード・コミュニティの男が一人。

 白い手袋の中には銀に輝くリボルバー式の拳銃が握られている。


「これ、は...?」


 がしゃりと、金属が落ちるような音がアルラの足元へ投げ捨てられる。倒れているのは薄い青髪が特徴の警備委員会ガード・コミュニティ第二支部長ジルその人だ。

 胸元には小さく、しかし深い穴が埋め込まれ、とめどなく溢れる鮮血の源泉となっていた。


「見ての通りだよ。裏工作、君を陥れるためのね」


 あっけなく言い放つ男は男は帽子で目元を深く覆い隠し、手にした通信機器を口元へ運んだ。

 そして、ノイズ混じりの音声の向こうへ放つ。


「こちらE-61。緊急事態につき応援を願う。エリア6-2にて容疑者アルラ・ラーファが()()()()()殿()()()()支部長殿は意識不明の重体に付き救急隊も求む」


 ようやくアルラの脳が本来の機能を取り戻す。しかし致命的に、それでいて何もかもが決定的に遅かった。先述した通り何もかもが遅すぎた、その結末がこれだ。

 唯一の仲間と信じた男は伏兵の凶弾に倒れ、濡れ衣が頭の上から大きく覆いかぶさり、事実を上書きする。

 真実がどうであろうと関係ない。内部に一人、捻じ曲げてしまう人物さえいればいい。たったそれだけのことで、真実は歪み、捻じ曲がり、砕け折れる。

 そしていつものように、誰かがその痛みを知る。


「さあ、鬼ごっこだ」


 アルラは窓から飛び出していた。腕を前方で固め、飛び散る鋭いガラスの破片から身を守るような体勢で石煉瓦へ降り立つ。

 振り返らずに脚を動かす青年の顔は襲い来る危機に歪んでいた。

 これまでとはまた違う、嫌な汗が額を。頬を流れ落ちる。


「『語り部』...警備委員会ガード・コミュニティに伏兵を忍ばせてやがったのか!?」



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