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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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妖精の泉




「あれがトルカスの最新兵器『鋼蜻蜓ハガネヤンマ』かあ。中々の破壊力、俺ちゃんもプライベート用に一機欲しいねえ」


 目を細めて遠くの空を観察する男がいた。長い金髪を後ろでまとめ、額のあたりにサングラス。黒のレザージャケットに黒のベルトが大量に巻かれたボトム。背中には大きくドクロが描かれている。

 パンクと形容するのが最も正しいであろう服装の男だった。


『馬鹿言ってないで早いところ仕事に取り掛かって』


 金髪悪人面の男が耳に当てる機械の向こうから、やや幼い声が響く。声の先は耳元に当てられた液晶付きの科学の産物。日本ではスマートフォンと呼ばれていたモノに酷似したなにか。ただし機能の一つであったゲームや地図などのアプリケーションはインストールされていない。そもそもこの世界でのスマートフォンのようなモノは遠く離れた地を言葉でつなぐためだけにある。娯楽のためではないのでそんな『無駄』は排除されていた


「つってもよぉ、国家中枢への通信設備なんて破壊したところでさあ、通信魔法で個人的な連絡は取れるわけだろ?意味ないんじゃあないの?」

『お兄ちゃんは仕事をサボりたいだけでしょ。それは私が遮断するからいいの』

「ちぇっバレたか」


 彼らの目的はただ一つ。与えられた仕事を遂行すること。この美しい水の街に恨みがあるわけでも、殺したい人間がいるわけでもない。

 ましてや彼らは『情』なんてものに流されて失敗を犯すこともなければ死にかけの小鳥相手に油断することもない。ただ金を貰ってそれに見合った成果を上げる。そのために、全力を尽くす

 それが『ノーテイム』の一族。


「そもそもさ、依頼主さんはいったい何がしたいわけ?こんな街閉鎖して技術丸ごとパクって何をしようとしてんだ?」

『そんなの、私達は知らなくていいのよ。私達はただ貰った報酬に見合う仕事をすればいいんだから』


 『ノーテイム』は基本的に命に関心を示さない。星の裏側でテロが発生して尊い命がいくつも奪われようとも興味を持たない人間のように。『可哀そう』とは思うだろう、ただそれだけだ。そのためにわざわざ苦しい生活の中から多額の募金をしようとは思わないし。直接出向いてボランティア活動に勤しんだりはしない行動を起こすのはごく少数の『善人』だけ。

 善人以外の人間が『悪人』というわけではない。それが普通。たとえ近くで『知らない誰かが死んだ』と知らされても"そうなんだ"と思うだけその点で言えば『ノーテイム』は誰よりも人間らしいと評するべきかもしれない。


『このお仕事が上手くいけば『ノーテイム』は『強欲の魔王』から更に頼られる存在になる。もっと美味しい汁を啜れるの』

「そんなこと俺ちゃんも分かってるぜ?ただな、どうしてもやる気が出ないんだよ。この仕事を成功させても俺ちゃんに直接的な利益はあるかって言ったらどうだ、無いだろ?俺ちゃん金には興味ないから」

『じゃあ何がしたいのよ!』


 画面の向こうから聞こえる少女の声が荒く高まる。

 まさしく苛立ちを抑えきれない、という口調で

 そんなことを気にも留めない青年の口が動く。


「面白いこと?」

『...なんで疑問形なの?』

「正直俺ちゃん自身もよくわかんないから」


 人相が悪い青年のほうはげらげらと下品に笑っているが少女の無言が呆れた様子をひしひしと伝えてくる。姿は見えないがそれでも伝わる重いため息が。


『...とにかく、仕事だけはしっかりこなしてね。その後は好きにしていいらしいから』

「へいへい」

『聞いてるの!?』

「わかったって!しつこいなあもう」


 肩をすくめて少女の怒鳴り声を聞き流す青年が液晶を軽く親指で触れると、少女の声はそれ以降聞こえなくなった。


「ったく、俺ちゃんの妹の癖になんであそこまで真面目に育ったのかね」


 グレムリン・ノーテイム。『可動』を信仰するノーテイムファミリーの一角。

『ノーテイム』という組織の中で格付けされた中の第13位。

 機械の故障を促す悪戯好きな妖精、または小鬼の名を冠する青年。彼は基本的に『ノーテイム』の中でも肉弾的、直接的戦闘を担当する戦闘員だ。銃や武器は使わない。使うための『才能』が無いから。彼が、『ノーテイム』が使うのはただ一つ。

 独自開発、研究の末に生み出された各各々《かくおのおの》の『魔装』――――。いつでもどこでもお湯を沸かせる便利グッズのようなものから刃に触れたモノをバラバラに分解してしまう刀剣まで。魔装の種類は多岐に及ぶがその全てに共通することがある。


 それは各各々の信仰を基準に作られるということだ。開発者が信仰する『何か』を基準に、様々な魔法的技術を駆使して組み上げられた。

 いわば全ての研究の成果を詰め込んだレポート。『ノーテイム』の一族の創作の集大成。

 そして彼が、()()()()()()()()()()が使う魔装は中でも人道的なものだった。


「そろそろやるかあ、帰ってから親父にチクられても面倒だ」


 頭を片手で掻きながら心底つまらなそうに呟く悪人面の青年のもう片方の腕が歪に曲がる。正しくはその中間。肘がありえない角度へ。まるで準備体操でもするかのような動きで全身を捻じ曲げる青年は液晶付きの通信機器をズボンのポケットに突っ込むと、


「問題なし、行くか」


 足場として活用していただけの塔から躊躇なく飛び降りた。


 下では騒がしく警備委員会ガード・コミュニティが動いている。

 重力に身を任せてその群れへ、沈むように身を投げた。






「さて、と」


 プツリと通話を切られたミニスカートに黒髪ツインテールの少女が立っているのは分厚く、高い壁の上。煉瓦と水の街ニミセトを草原の魔獣から守り、入国を管理する壁の上だった。

 見下ろすように街全体を眺める少女の足元には小さな深緑がある。

鉢植えに植えられているのは小さな苗木。クリスマスツリーのような形状のそれが不規則な胎動を繰り返す。

 内側から何かが飛び出そうとしているようにも見える。とにかくまともなものでないのは確かだ。


 彼女もまた()()()()()()として造られた『ノーテイム』の一人。

 ニンフ・ノーテイム

 家系図で表せばグレムリン・ノーテイムの実の妹に当たる彼女が信仰するのは『免疫』

 あらゆる生物が生まれながらにして病原体や細菌に体を内側から崩壊させられるのを防ぐ機能であり、『人体』の機能の中でも特に敏感なそれは時にして、()()()()()()()()()機能でもある。


「おさぼり好きの狩人さん、私の森をお守りください。対価に捧げるは予言の水」


 小鳥が歌うように、軽やかな声が響く。いつの間にか彼女が手にしていたのは、科学製の着火具

青い炎を灯す銀色のライターだった。


「泉を守護せし私の予言、貴方の未来を定めましょう。私はニュンペー、森と泉の番人」


 自然を守る妖精の名を冠した少女の青い炎が不自然に胎動を繰り返す苗木を包み込む。バチバチと音を立てて燃え上がるそれは絵の具で塗りつぶされたように青く揺らめく炎。

 酸素が完全燃焼して生み出される高温の炎という意味の青ではない。

 魔法的要素、記号、必要なすべての行動を丸まる含んだ"魔法の炎"

 やがて鉢ごとすべてを包み込んだ青の炎はそのサイズを徐々に増していく。


 そして、爆ぜる。

 ボッッ!!と水風船が内側から弾けるような音と共に、苗木だった何かは数センチ四方の破片となり壁の上に散乱する。

 内部から飛び散ったのは()()()()()()()()()()だった。


 それは世界中、木々が生い茂る全ての大地においてありふれたモノだった。

 それは世界中、数多の人々に嫌悪の象徴とされるモノだった。

 本来それは人体に有害―――ではない。ごく少量ならば何ともない。

 しかし()()()()()()()()()()()()()、排除のために活発化してしまう。季節は春から秋にかけて、種類は植物の数だけ存在する。目に見えることは少ない。しかし目に見えないサイズでもそれだけ人を苦しめてきた。


「密猟者たちを閉じ込めて、新たな森の肥しにしましょう。きっと誰もが喜びます」


 詠唱が続く。

 竜巻のように立ち上った黄色が空中に舞い上がり、空の一点から放射状に広がる。

 やがてそれは水で彩られた美しい街の空を染め上げ、隔離した。

 国家の中心地から、あるいは『世界』という括りから。


「鳥さん、リスさん、お魚さんも、みんなで仲良く踊りましょう?」


 完全に。

 孤立する。


 ミニスカート少女の軽い発言の一つ一つが町全体に大きく作用していく。手を叩いてくるくると回る少女の姿は、この辺りが可憐に咲き誇る一面の花畑ならたいそう似合うころだろう。

 そんな光景であったなら、人は『可愛らしい』と絶賛するに違いない。しかし現在の彼女の姿はどう見ても異常でありながら、瞳の奥に宿る光は純粋無垢たる子供のそれだ。

 黄色に染まった竜巻が吹き荒れるすぐそばで踊る少女。

 彼女の瞳が妖しく揺らめいた。


「妖精の森の園の中、戦士へ知恵を与えんと」


 ゴォッッ!!と。

 吹き荒れる風に舞い散らかされた黄色の煙は、やがてドーム状に街に覆いかぶさる。


「もう一度言おう。私は『ニュンペー』森と泉の番人」


 こうして煉瓦と水の街ニミセトは黄色の粉塵の壁に閉ざされた。



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