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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
268/268

死んだ友情



 その音を、遠く遠く水平線の先から聞こえてくる、まるで花火のような爆音を、アルラは聞いていた。

 どぉんどぉんと連続してやってくる音の衝撃波、それも一度や二度ではなく、何度も何度も、繰り返し鳴り響いていた。三十秒くらいか。光も、色もなく、音だけが空気に乗って波のようにとめどなく押し寄せる時間を過ごしたのは。そしてピタリとポーズボタンが押されたかのように静止したのは。

 それっきり音が止む。静寂がぶり返して、気持ち悪いくらいの静けさが凍てつく風のように全身を撫でまわしているかのような感覚に、僅かに身震いをしていた。

 何かが。

 とてつもない何かが、この国には居る。


「チッ!礼儀知らずな侵略者がやっと引っ込んだとおもったら...今度はなんだってんだ」


 寿ヶ原(ことぶきがはら)小隈こくまはそんな風に悪態をついていた。

 ヴェルイン?とか言ったか。妙な登場の仕方をした不定形の『箱庭』は音の発生源と思われる方角に視線を向けていた。

 役割を終えて足早に立ち去ろうとするヴェルインをどうにか引き留めて、『向こう』の現状を聞き出そうとしている最中だった。

 黒一色で塗りたくられた、ひっくり返したボウリングのピンのようなシルエット。人類かどうかどころか、有機物かどうかすら疑ってかかって当然みたいなご当地ゆるキャラ染みたフォルムの彼(?)彼女(?)がごく普通に立体駐車場の入口から外へ出ていこうとするのを、ついさっきまで大和がしがみついて止めようとしていたのだ。

 今はもう動きを止めたヴェルインが肩(?)を若干落として。


『やれやれ。カノジョは、いつにもまして張り切ってるようダ。衝撃がここまで達する程度にはね』


 そんな風に、言った。

 少し呆れたように、本当にやれやれと言った口調で言い、視線の角度を僅かに空の方へと傾けた。

 彼女、と。

 女性。目視できる範囲の外からここまで衝撃を伝える程の戦闘力。事前に聞き及んでいた探し人の、大罪の魔王と拮抗するほどの戦闘力と重なる。

 だが。


「彼女......って、まさかシズクか!?あんたが言った『動いてる箱庭』ってのは、あいつのことなのか!?」

『他にダレがいるというんダ。『箱庭』が全員。水平の先から内陸までに攻撃の余波を及ぼせると考えているのなら、ヤマト。キミは少々ワレワレを買い被り過ぎている』


 アルラよりもワンテンポ早く、椎滝大和が詰め寄った。

 詰め寄るというよりは、もうそれは押し倒すような勢いだ。ヴェルインの話を聞くうちに生じた焦燥が血管や神経を通じて全身に巡り、大和を少しだけ暴力的にした。

 先程までのヴェルインとの会話に挙がっていた名前は、箱庭きっての武闘派のニコンのことだった。

 ヴェルインが吐き出した玲転返は、戦闘の末にニコンが拿捕したと、ヴェルインはそう言っていた。何より、シズクは放浪癖とやらのために行方不明で、それをみんなで必死に探していたはずだ。

だから、大和は盛大に勘違いしたのだろう。今回の件について動いている『箱庭』がごく少数の限られている人材だと、勝手に決めつけて自らの思考に蓋をしていた。


『シズク。ゼノ。それから...まあ条件にもよるがキャッテリア』

「ちょくちょくいるじゃねぇーか!!」


 思わずひっぱたいてしまった。

 果たして日本のツッコミ文化は異世界のこんなところまで浸透しているかは不明だが...と、今はそんなこと考えている場合じゃないのだ。

 事態は想像していたより数段深刻で、数秒前の椎滝大和じぶんをもひっぱたいてやりたいと、大和は頭を抱えながら本気でそう思った。

 少し、頭の整理が必要だった。


(ヴェルインの口振りからしてシズクが現在進行形で戦っているのは確定!なら、相手は『誰』か。...畜生、決まってるじゃないか!!)


『異界の勇者』以外にない。

 状況的に考えてシズクが戦う相手というのは、彼らしかいない。予め襲撃に備えていた結果なのか、それともなし崩し的に巻き込まれたのかは不明だが。恐らく彼女は現在進行形で異界の勇者と戦っているのだろう。

 なんのため?という目的は勿論守るため。ヴェルインが言うように、言い切ったように、断言したように、トウオウという自分の庭を()()()()()()()シズクは戦っているのだろう。

 庭に雑草が生えたなら刈り取るし、家に害虫が沸いたら駆除する。彼女にとっては国防すらも、その延長ということなのだろう。自分の領域で起こった内的な事象だからわざわざ誰かに報告もしないし、勝手に動いてしまうのだ。彼女はそういう『人間』だ。

 次いで重要な『場所』についても考える。

 シズクが戦っている場所。異界の勇者が戦っている場所。『箱庭』と『異界の勇者』の両陣営が同時に存在してしまった、現時点でのトウオウの最高危険地域。

 兵器実験の研究室よりも、巨大魔獣が眠る海溝の底よりも、きっとそこが何十倍も恐ろしくて、何百倍も濃い『死』の気配が充満しているはずだ。

 しばらく考えて。ない頭を存分に、それはもうねじ切れるかと思うほどに捻りに捻って、欠けた情報の断片ピースを探した。

 異界の勇者の目的。今更になって椎滝大和おれの身柄を求める理由。トウオウ侵略の手段。

 そう、手段だ。断片として存在していることを知りながら、しかし今まで当たり前にそこにあったがために。日常の一部として記憶に染みついていたことで見落としていた断片は。


蛇船ケートストスだ...!」

「けー...なんて?」


 気付いて、大和はぶわりと噴き出す汗の感触に身震いした。

 訊き返しても返答がなく、仕方なしにアルラは視線を寿ヶ原へ移して捕捉を求めた。

 アルラはまた舌打ちで無視されるかと思ったが、寿ヶ原は意外にもそれに応じてくれた(とはいえ、やはり表情は嫌々だったが)。どうやら自らの安全にも関わるような話となると、彼女も渋々協力の姿勢は示してくれるらしい。威圧的に腕を組んで睨みつけるように目を細めているなど、態度は相変わらずだったが。

 曰く。


「『蛇船ケートストス』。魔獣使いと魔装技術者が共同で開発した、まァ一言で言えば飛行能力とステルス迷彩を備えたバカでかい鯨のことだ。『異界の勇者』が遠征とかで長期間国を離れる時の移動手段だよ」


 そんな風に単調な説明を終えて、寿ヶ原は小さく肩をすくめた。

 単語の意味はわかっても大和がなんのためにそれを発言したかまでは知らない、というアピールだろう。アルラとしてはそちらの方が求めていた回答ではあるのだが、知らない奴にこれ以上訊いたって答えが返ってくるはずもない。

 移動手段。大陸からトウオウまでをごく短い時間で、尚且つ誰にもバレずに移動できる生きた要塞は、それ自体に攻撃性が無いとしてももはや兵器といって差し支えないだろう。

 機動力はイコールで制圧力に直結する。情報通信技術が発展する以前、戦場でより重要視された要素は、いかに素早く行動できるかということだった。

 ついこの間の、ある街での傭兵団との共闘では、敵は奇襲で得た一手のアドバンテージを活かした迅速な兵力の面展開でこちらの戦力をかく乱していた。

 あの時、仮にこちらの主力の足止めがもう数分もっていたなら、今頃世界中のあちこちで革命戦争に街が焼かれていただろう。


「...で?その蛇船ケートストスが何だって言うんだ?そいつは何かとんでもない兵器でも積んでいるのか?シズク・ペンドルゴンが一人じゃ勝てないような」

「兵器なんてとんでもない、ありゃほぼ輸送船だ。余計な荷物を積んで速力が落ちたら本末転倒。人や物を安全に運ぶのが専門だし、そもそもあの化け物の相手が務まる兵器なんてもんは私が知る限りこの世界中のどこにも存在しねー。つーかしてたまるか」

「なら大和は何をそんなに」

「.....場所、だよ」


 答えて、起こりうるあらゆる展開が大和の頭を巡った。

 中には可能性として存在しているだけで吐き気がせり上がるものもあった。人は悪い想像をしてしまう時ほど止まらなくなるもので、大和の頭の裏側には大画面である戦争の記憶が高速で右から左へと流れ続けていた。


「シズクは...戦う時は基本、全力を出さないんだ。というより、出せない」


 そんな風に言う大和の表情は梅雨時の午後のように曇っていて、そして湿っていた。

 

「あいつの一挙手一投足はそれだけで災害みたいなものだから、その災害区域に民間人が少しでも入り込んでいる状況だと全力を発揮できない。全力どころか一割程度の力の()|でも区域一帯を更地にしてしまうんだって、『だから私は常に私を制限しないといけないの』って。飛行船タイタンホエールの件に収拾がついて、『そんなに強いならお前一人で解決できたんじゃないか』って無責任に呟いた俺に教えてくれたんだ」


 簡単に文章化して、やはりスケールがぶっとんでいる。

 けれど大和は、彼女の言ってることが嘘だとは微塵も思わなかった。その時も、今も。彼女にはそれができるという確証をどこかに持っていた。

 思えばその時の自分が知っていた彼女の力なんて一端に過ぎなかったというのに、水の龍を叩き切った大剣の一振り分程度の実力しか確認していなかったのに、それでも、彼女の一振りにはその後の大言壮語の全てを納得させるだけの、目もくらむ光のような説得力を感じていたのだ。


「つまりシズク・ペンドルゴンは守るものが多けりゃ多いほど弱くなるってことか。それだけ聞くと単に自分の力に振り回されてるだけなようにも聞こえるけど」

『前半については事実ダ。カノジョは普段から力の大半を封印している。しかし後半は誤りダ。天災にもたとえられる程に絶大なエネルギーを人の少女の形に押しとどめるカノジョの技量は、ダム一基分の水をティーカップに擬態させているようなものダ。むしろ神業と称賛するべきダろう』

「そう、普段なら制御されてる力だ。でも蛇船ケートストスなら...空なら制限それはない。庇護しなきゃならない民間人もいない、壊しちゃいけない施設もない。壊してもいい敵と壊してもいい施設しかないならシズクは本来の力を好きなだけ発揮できる」

「?...いいことじゃないか」


 『いいことなもんか』と反論したらきっとまた彼は怒るだろう。

 箱庭と異界の勇者の両陣営を知るからこそ言えることだが、きっと現在進行形で起こっているそれは、『戦っている』と簡単な言葉で纏めてしまうのがおこがましい程の蹂躙という形で成されているのだろう。

 『暴君』、『人外』、『箱庭の隠された王』...彼女を示す肩書はあまりにも多く、そのどれもが飛躍しすぎていると感じる者は多いようだが、何度か彼女の『仕事』を目撃した大和からすれば、どの肩書も彼女を語るには()()()()()()()()()()()


「このままじゃ、異界の勇者(みんな)がシズクに殺される...」


 それか、もう。終わってるのかもしれない。

 音は止んだのだ。空気はすっかり澄んでしまっている。

 時間にして三十秒ほど続いた衝撃は止んでいる。

 シズクは躊躇わない。『箱庭』は躊躇わない。庭に生えた雑草を刈り取るのを躊躇う人間がいないように。家に湧いた害虫にスプレーを吹きかけることに疑問を持たないように。


「まだそんなくだらないことを気にしてるのか、このカスは」


 辛辣に。寿ヶ原は心底イラつきながら吐き捨てた。

 路傍で潰れたゴキブリでも見かけたような冷え切った視線だった。軽蔑や呆れをごった煮にしたマイナスな感情を人にぶつけることを彼女は躊躇わない。

 昔からそうだ。高校生だった頃から彼女は人からの評価とか、他人に視線だとか、常人が気にして気にしてしょうがない一切の事柄を無視することができる強い人間だった。

 告白してきた先輩男子に罵詈雑言を浴びせたうえでこっぴどくフッて不登校にまで追い込んだという噂もあったが、あながち単なる噂というわけでもないのだろう。

 彼女の他人を見る目はある一人の少女に対する者を除き、常に冷め切っている。

 特に、椎滝大和おれには。

 それに。

 アルラ・ラーファも、彼女の言葉を特に否定しなかった。


「自分から逃げ出して決別したくせにウジウジと...そんなに掃き溜め(あそこ)が恋しいなら今からでも出戻ればいい。任務の『獲物』としてなら奴らも歓迎してくれるわよ」

「戻りたいとか...そういうことじゃないんだよ寿ヶ原。俺はただみんなが、あいつらのことが心配で、もう誰にも欠けて欲しくなくて」

「いつまで仲間ヅラしてるんだっつってんのよ。あの国を飛び出した時点で、『箱庭』の誘いに乗った時点でお前はもう『仲間』には戻れないんだよ。それとも何?そんな王道少年漫画みたいな都合のいい友情が実在するって本気で思ってるわけ?『違う道に進んだって俺たちは仲間だぜ』~みたいな?だとしたらつくづくマヌケだわ。今でもお前が『異界の勇者』を仲間だと認識してようが何だろうがそれは()()()()()でしかなくて、奴らから見たお前はもう『敵』でしかねーんだよ」

「んなことはわかってるんだよ!!!」


 瞬間、彼方から。

 轟音。それに、衝撃。一際大きく凄まじい、さっきまでが花火なら、爆破と呼べるほどの振動が。

 全身を叩いた。

 ぶつかってきて、浸透した。

 一番遠ざけたかった可能性が向こうから飛び込んできたようなものだった。無視するな、目を背けるが、現実を受け入れろと、真実はいつも残酷に椎滝大和を否定する。

 それが悔しくて、否定しいから差し出された『箱庭』の手を突かんだというのに。


「みんながみんなそう簡単に割り切れるわけじゃねーんだよ!!仲間!?敵!?わかってるんだよそんな区分は!!もう俺が異界の勇者(みんな)と一緒にはいれなくて、それが自分の責任だってことも!!でも、それとこれとは別だろ!?俺が何処の誰であろうと!何処の誰の身を案じたってそれは俺の自由なはずだ!!人が人を想うのに身分なんて関係内はずだろ!!なぁそうだろ!!?」


 ムキになっていたのだ、柄にもなく。

 それこそ、普段は絶対にしない。寿ヶ原に掴みかかって詰め寄ることなんて、普段の椎滝大和なら絶対にしない行動の一つだ。威圧的に目を向いて、胸倉をつかんで相手の目線を強制的に自分に合わせようなんて、そんなやり方は椎滝大和本人が最も軽蔑するやり方だ。

 アルラ・ラーファは特に何かを言うわけでもなく傍観者でいることに努めた。

 ヴェルインも同様に、特に反応は無かった。

 寿ヶ原小隈は。掴みかかられて至近距離で睨まれる彼女は、益々呆れたといった風に表情を変えて、しかし椎滝大和ならそれ以上のことはしてこないと高を括っているかのように特に抵抗もしなかった。

 そして彼女の推察は正しい。どうしようもなくなって最終的に彼女の胸倉を掴む手を離した。

 どれだけ取り繕っても、本音と言えば。


「友達に死んでほしくないって願うことは、そんなに悪いことかよ...っ!!」


 結局のところ、呆れるくらいシンプルなのだ。



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