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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
266/268

特殊相対性理論



 世界が。

 或いは圧縮された宇宙が、一息に解き放たれたかのような。一つの銀河を捻じり造った光矢を弦で引き放ったかのような。とにかく人知を超えた何かを錯覚するほどの極光だった。

 数秒だったのか、或いは一瞬にも満たない時間の隙間だったのかもわからない。

 蛇船ケートストスと極光の間に割り込み、宝剣を右から左へと振るったという現実に対して音賀佐翔の意識が追い付いたのは、現実にその瞬間が訪れて、矢のように過ぎ去ったしばらく後だった。

 現実はこうだった。

 まず、蛇船ケートストスの顎上...頭から胴体の上半分にかけて、破片一つすら残さず消し飛んだ。

 割って入った音賀佐も消え失せた。

 正確に表現するならピンボール......それとも運動量保存則か。

 流星と化したシズク・ペンドルゴンの直撃を音賀佐翔は受け止めようとした。ヘブンライトの宝剣を全力で振るい、剣の奔る延長線上の少女に過去最大の敵意を向けた。脳みそでそう考えるよりもずっと速く、体は次の瞬間の脳からの命令をわかっていたかのように動き終えた。

 結果から言ってしまえば、最初から最後までが傲慢だった。

 望遠鏡で太陽を覗き視るよりも明確でありふれていて当然の帰結であるはずの現実を音賀佐翔は見過ごしたのだ。

 一瞬にも満たない刹那の交差。

 人の身に余る程の加速を()()()()()()()音賀佐は、人の形をしただけの亜音速砲弾と化した音賀佐は、天幕を剝ぎ取るように蛇船ケートストスの三分の一の体積を削って空の彼方へ消えた。

 異界の勇者たちは音賀佐を追って蛇船の口内まで出ていたので、その一切合切を間近で目撃していた。

 肉の要塞の上顎と頭をソニックブームで蹴散らして彼方へ消える、我らが『異界の勇者』の筆頭の姿を。

 蛇船ケートストスの舌先へ、だ。

 ビリヤードのように、衝突と同時に全ての加速を押し付けて、自らの速度の全てをリセットした少女は、軽いステップでも踏むように空中から降臨した。

 シズク・ペンドルゴン。

 『箱庭』の王。

 『ヒト』の外側を歩む少女。


「――――――ッッ!!」


 誰かが何かを、言った。

 光と、後から遅れてやってきた轟音が全て呑み込んだ。音すらも。

 指揮系統の麻痺、統括責任者の音賀佐翔不在というイレギュラーに瞬間的に対応したのは射日馬いくさば乱世らんせ

 今までも、大規模な戦場での敵味方入り乱れる混戦乱戦などで似た状況が無かったわけではない。なのでそういう場面を想定して『異界の勇者』はリーダーの下に更に細かく、状況に応じて全体や分隊の指揮を担う分隊長を設定しており、射日馬乱世はまさにその立場にいた。

 『総員、退避』と、叫んだのも彼だった。掻き消されて届きはしなかったが咄嗟の行動はシズクの目に止まり、ひとまず第一に彼女の発する圧力の大部分の矛先に向けられた。

 衝撃が抜けきらない者を横目に、突き出した左腕の側面を、右手の親指で擦るように勢い良くなぞった。

 二の腕から肘の内側、前腕と進むにつれて親指が紫炎を灯す。

 噴火じみた勢いで噴き出した紫炎は敵から『異界の勇者』を隔てるようにシズクの前方を取り囲む。そのタイミングで同時に、草書くさふみしるすの仕込み暗器二百種の一つである魔力式多連装砲の弾幕が、凝融ぎょゆう昇火しょうかの水晶を媒介にした集光光線が、紫炎の壁を突き抜けてシズクへ殺到する。

 それぞれが、それ単体で。百人規模の一要塞を粉々に粉砕できてしまう()の超火力を、外見だけは幼く見える...しかし明らかに『人間』を逸脱したシズク・ペンドルゴンへ差し向けた。

 経験が頭ではなく体に染みついていた。

 誰もがまだ混乱の最中さなかに在ってなお、体は動く。十年にも及ぶ実戦経験が、戦うという概念すらどこか遠い存在だった異国の少年少女たちをそんな風に仕立て上げたのだ。

 声にならない叫びを上げる。

 誰が指示するでもなく、畳みかける。

 梨菜なしな律動りとう

 実在非実在に関わらずあらゆる霊を口寄せして利用するイタコは、今この瞬間でっち上げた『吸血鬼』の霊を敵へ憑りつかせることで『日光』という弱点を強制的に作り出した。

 凝融ぎょゆう昇火しょうかの水晶光線が与える効果が数倍増しに底上げされて、空間に肉の焼ける臭いが充満する。

 棟敷とうしき関将せきしょう

 万象の流れを読み、触れ、軌道を変える魔法使い兼柔術家。水道からコップへ注がれる水の飛び散りのように、僅かに零れ続ける『異界の勇者』の攻撃の飛沫を遠隔で整えて、集めて再利用しようとした。

 しゃぼん玉のように形成された幾多の『こぼれた攻撃』が、磁石に引き寄せられる砂鉄のようにシズクへ殺到し続けた。

 備文びぶん群秀ぐんしゅう

 【欺瞞ぎまん】の咎人は視界内の有機物の意識に干渉し『操られているという自覚』も与えず行動の()()を操る異能を全力で行使する。

 あらゆる自由意志の奪取......操られる本人すらも気付かない強制的な無気力化は、敵の精神を内側からズタズタに引き裂いて廃人にしてしまう。

 石射いしい稲三いなみは取り出したハンディーファン型の魔装から、マイナス220℃の極寒風を放った。

 双房ふたふさ弐由によしは『射程内に存在する最速』と同等まで自らの速度を押し上げる異能で、音速の倍近い速度の投擲と衝撃波を繰り出した。

 或いは誰かが、或いは誰かが、或いは誰かが、或いは誰かが、或いは誰かが.........。

 

「遠距離ッッ!!ある奴は送り続けろ!近距離主体は巻き込まれない距離で待機!万が一抜け出てきたら押し戻せ!!絶対にッッ何があってもッッ奴には......シズク・ペンドルゴンには近づくなッッ!!」


 ようやく肉声が通った。

 骨伝導で自分だけに聞こえていたわけではなく、頷いたり声を返したりと仲間たちが反応を示したので確実の声は伝わっている。射日馬はそれに安堵しつつも、胸を撫で下ろせるような状況ではないことに改めて気を引き締める。引き締めすぎて窒息しそうなほどに。

 異界の勇者は指示に従った。

 後ろにいた我高わがたか錐弧すいこが咄嗟の指示の正確さに感心した様に憧憬混じりの視線を送ってきたが、こんなのはとっさの判断でも何でもない。

 これらは全て、いざという時のためにと音賀佐翔から用意された指示だった。

 これに関しては椎滝大和に素直に賛同できる。いったいどこまでを予測していたのか予知していたのか予見していたのか、なんでも見透かしているみたいで気持ち悪い。そういう評価をせざるを得ない。

 手ごたえはある。攻撃は命中し続けている。シズク・ペンドルゴンをあの場へ押しとどめ続けることに成功している。

 逆に言えば、手ごたえ()()()()。当たっているのに、攻撃は命中し続けているのに、あの少女はあの場から動かない。反撃に及ぶような身振りも無く、かといって衝撃ではるか後方へ吹き飛んでいくような気配もない。

 遊ばれているような気がした。

 無数の、それこそ人数分の用意された『死』の中で憐れむように笑っているような気すらした。

 ここまでやってそういう態度を崩さないのなら、流石に言ってやりたくなる。

 『舐めるなッッッ!!!』と。

 紫炎が、射日馬乱世の突き出した左手の先で十字に迸った。めらめらと、ごうごうと。

 形作る。どうやら、それは『弓』。

 十字の紫炎は弓幹ゆがらであると同時に弦。放つであろう矢もまた、紫炎。一種類の物質(というより現象)のみで構成された、姿形に縛られない異形の弓だ。

 これまでとは逆向きに、伸ばした左腕の先端から腕を昇るようにして右手の親指をなぞらせる。それこそ。ピンと張った弦を引き絞るように、だ。


「フゥゥゥゥゥウウウウ...ッッ」


 弓道やアーチェリーの経験があるわけでもない。

 中高と、サッカー部である。球を蹴っ飛ばしてグラウンドを走り回っていた。弓なんて現物に触ったことすらなく、この形の紫炎も、今この瞬間の思い付きでしかない。

 しかし何故か確信めいた予感があった。

 この紫炎は、当たる。

 あの少女に。あの怪物に。あの『箱庭』に。

 あの、敵に。

 当たる。

 直後、力いっぱい引き絞った右腕を開放する。紫炎が一本の線になって大気を貫いた。

 狙撃と呼称するのが馬鹿馬鹿しくなる威力、速度、範囲。もはやそれは人為的に放たれる稲妻だ。直線移動する炎の矢は空気を巻き込み熱風に変える。

 着弾。同時に、目標を包むドーム状に紫炎の結界が展開された。移動の過程で発生した熱風と衝撃、ドームがすべて一点に閉じ込め、内側は2000℃の熱の乱気流の渦巻く灼熱地獄と化す。

 人類が、生き物が生存しようだなんて烏滸おこがましい。概念的な致死で充満しきって切り分けられた熱の空間。外部から加わる異界の勇者(なかまたち)の攻撃をも呑み込んで膨張していく。

 死に掛けの恒星が何倍にも体積を膨張させるように膨れ上がる

 紫炎の外側に純白が混ざりだした。

 白。つまり高温の行きつく先、終着点の色。

 弾けた。

 ()()()、パァン!!と。内包する火力量に対しては軽いとしか言えない、風船を針でつついたような小気味良い音を伴って、あっけなく。

 少女が、そして現れた。純白のエネルギーを纏い、片手には、それまでなかったある魔装を携えて。

 『夏夜の夢の王(オーベロン)』。

 自らの身長を優に超える巨大な魔剣を、シズクは片腕で、まるで重量というものが不在であるかのように真横へ突き出していた。

 いいや、違う。

 ()()()()()()

 左から右へ、或いは正面から右へ、もしくは頭上から右へ、とにかくその大剣はもう使い終えているのだ。彼女にとっては煩わしいだけの、『異界の勇者』の全力以上を込めた波状攻撃を掃う。斬り伏せるためでも薙ぎ払うためでも穿ち抉るためでも轢き弾くためでもなく、攻撃を掃う...ただそれだけのために。

 だから、シズクは夏夜の夢の王(オーベロン)を、次の瞬間には仕舞ってしまった。

 溶けるように消えた。水に浸けた綿菓子のようにどろどろと空間へ散っていった。

 少女の姿を取るだけの『箱庭』と、少女が纏うエネルギーだけが残された。

 あとは『異界の勇者』だけ。

 ようやく。

 そこでようやく、シズク・ペンドルゴンは緩く結んでいた口を開いて、一言目を言い放った。

 耳を疑った。

 言葉を失った。


「はぁ、なんとなくそうかなーとは途中から思っていたのだけれど」


 何を言い出すかと思えば。

 何を言い出したかと思えば。


「うん...やっぱり、これといって驚きも真新しさも無かったわね。タイミングが悪いっていうかなんていうか、これが今日、『彼』と出会う前なら少しは違った感想が出たのかもしれないけれど...。たまたま映画館で観た映画がすっごく好みに刺さったから、逆にそのインパクトが強すぎたせいで家のサブスクで同じ系統を探しても微妙に的の外を通り過ぎちゃうって感じかしら」


 ふわふわな栗色のショートヘア。

 私立で中高一貫なお嬢様学校とかを背景に添えたら大層似合うであろう、見た目十五歳くらいに見える少女の形をした『箱庭』は、何の気なしにそう言い放った。

 言い放ちやがった。


「なん...だよ。それ...」

「気を悪くしたのならごめんなさいね、別にあなたたちが悪いわけじゃないのよ」


 煽りでも何でもなく、心の底からそう思っているような口調だった。

 

「興味があったのよ...異界人だけの部隊っていうのは他にない個性だし、なによりヤマトの古巣なわけだしね。でもハードルを上げ過ぎていたみたい、残念だわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 人差し指で髪をくるくると巻いて、言った。

 興味がない、関心が失せてしまった、と。

 その直後に射日馬乱世は自分自身で自分自身の行動に驚いていた。

 二本目の火矢は放たれた。否定するなと言わんばかりに、しかし困惑の中にある本人の意志とは真逆で、体はというと一本目を放った時より数段滑らかに一連の動作を終えていた。

 左で弓を張って、右でなぞり、射る。

 攻撃自体は、今度は当たりすらしなかった。

 シズク・ペンドルゴンが空へ掲げた右手を裏返すとまた噴き出した純白の極光は放たれた矢を()()()()、そして噴火も爆縮もなく世界から追放したから。

 軽いキャッチボールのように軽く受け止めて、ボール(ほのお)グローブ(ひかり)の中から消えてしまったのだ。

 そしてそれを皮切りに、或いはせきを切ったように、『異界の勇者』はそれぞれの数秒前までの行動を思い出し、そして続きをこなさんと一斉に動き出した。

 今日何度目かの音の洪水にも、射日馬乱世はもう慣れてしまった。

 

(受けるのではなく、()()()()。攻撃を嫌がったんだ。嫌がったということは、作用さえしていれば影響はあったということだ)


 噂に聞く完全無欠でも完全無敵でもなく、シズク・ペンドルゴンだって一人の『人間』だ。いくら化け物じみていても、防御面においてそれは、ダメージをダメージとして認識する境界線ラインが常人のそれを逸してるだけで、境界線を越える攻撃は彼女にとってもきちんと『攻撃』なのだ。

 だからアクションを起こした。再生力だけでゴリ押ししていた状態から、武器を使った迎撃に切り替えたのだと。

 射日馬乱世は渾身をあっさり躱された事実を、そんな風にむしろポジティブに、出来る限り好意的に解釈した。

 続く三発目を装填する。

 突き出した指に、今度は十文字の上へ更に十文字を重ね、六本線のアスタリスクを形作る。引き絞る右腕の重みも倍増し、脳の裏側を虫が這いまわるような過剰行使の負荷に視界が赤く滲み始めた。

 そのタイミングで誰かが、背後から射日馬乱世を追い越した。

 仲津木なかつぎ穏歩おんぷ

 動けば動くほど加速度を蓄積し際限なしに加速を続ける異能『0/0拍子(ソニック)』を、彼女はずっと溜め続けていた。しかも彼女の肉体は自身の加速の影響を一切受けない。本来、ソニックブームが生じて肉体が粉々に吹き飛んでしまうような加速をも、疑似的な質量に変えて叩きつけることができる。

 追い越した、というのも、結果的にそうだということを察したというだけでその瞬間自体は誰にも捉えられない。

 近接攻撃が主体であるが故に先程まで波状攻撃で出番のなかった少女は、異能による加速の最中で細長いガラスの容器を投げ捨てた。先端に格納式の注射針を隠した容器の内側に、紫色の液体が僅かにへばりついている。

 記憶が呼び起こされる。

 国を出発する直前、ヘルン王女が『咎人』へ丁寧に手渡していた薬品だ。詳しくは知らないが、確か『異能』を一時的に底上げ(ブースト)できると、王女は言っていた。

 まだ貴重なものだから数は用意できないので、タイミングは慎重に選べとも言っていた。

 仲津木は絶好のタイミングを選んだ。

 むしろ、ここ以外にない。

 

「『箱庭』だかなんだかしらないけど自分勝手に他人で悟りやがって。あんたのそのでたらめな天秤はわたしがぶっこわして直してあげる!!」


 そんな風に彼女は叫んで、誰かが呼応した。

 双房ふたふさ弐由によしだった。

 『射程内に存在する最速』と同速まで自らを押し上げる咎人が、加速し続ける仲津木を対象に定めたのだ。『異界の勇者』...最速迎撃コンビの王道パターンだった。

 彼もまた、紫色の液体が入っていた容器を投げ捨てた。

 どくん、と。血管が内側から煮えたぎるような灼熱を捨て置いて、高揚しかかった意識を理性で押さえつけて、二人の音速は速度に自らの体重の全てを乗せる。

 双房は、相変わらずの投擲で。しかしながら速度の大元となった少女はというと、だ。

 メリケンサック。

 正確には異なる武器だが、仲津木が握りしめたそれにイメージとして最も近いのはメリケンサックだ。何処が異なるかと言えば通常、鈍重な打撃による昏倒や破砕を目的とするメリケンサックに対して、彼女のは殴りつける面にスパイクが付与されていて、明らかに打撃以上の致命的な破壊を用途としていた。

 そんなものに彼女の全体重四十二キロと音速越えの超加速を加えてしまえばどうなるか。

 『技』とすらいえない単なる殴打。しかし破壊力という数値上では爆弾か、自然災害のレベルへ到達しうる一撃だった。

 ぱんっ、と。弾けた。

 光が音を立てて...空気を入れ過ぎた風船のように、シズク・ペンドルゴンと仲津木穏歩の距離がメートル換算で一桁にまで縮まったタイミングで、栗色癖毛の『箱庭』は指を弾いたのだ。

 彼女を覆っていた極光がその合図で押し寄せ、仲津木どころか半径二十メートル程度を白色で包み込んだ。そしてそれはまるで質量と形を併せ持つ『物体』であるかのように振る舞い、圧倒的な加速度を貯め込んでいた仲津木をラケットで打ち返すように、簡単に、吹き飛ばした。

 床、正確には蛇船ケートストスの舌の上を何度もバウンドして遠ざかる。

 意識を失っているのか、それ以上に最悪な事態にまで陥っているのか、仲津木はぴくりとも動かない。


「なかっ――」


 草書が跳ねた。仲津木へ誰が心配の言葉を投げかけるよりも早く、全身に二百の暗器を隠し持つ現代の忍者は斜め上のベクトルへと飛び上がった。

 首裏から引っこ抜くようにして取りだしたのは、草書の身の丈の倍はあるであろう鈍灰色の大筒だった。

 それから何かが放たれる前にシズクは指を鳴らす。釣糸程度のにまで細く引き伸ばされた極光が大筒の砲口へ入り込み、直後に光の糸を通じて流し込まれた『何か』によって内から爆ぜた。

 衝撃と破片を全身で、しかも至近距離で受け止めざるを得なかった草書がどうなったかは言うまでもなく。

 次の瞬間、実端は宙に浮かんでいた。

 シズクに片腕を掴まれた状態で振り上げられ、浮かされていたのだ。理解が追い付くと同時に見た目相応に少女らしい手は実端の筋肉の走行で覆われた腕を握りつぶし、激痛が神経を駆け上がって実端の脳へ届くよりも更に速く、なお速く、乱暴に傍らの梨菜へ投げつける。

 ボールを打つと同時に手放して同じ方向へバッドがすっぽ抜けたような格好。同時に、意識を喪失する。梨菜が降ろした嘘っぱちの霊体も抜けていく。

 射日馬はまた矢を射った。

 今度は防御の姿勢もアクションも取らず、シズクは矢を消し炭に変えてしまう。シズクがというより、シズクが帯びていた極光が、だ。

 ()()()()()()()()()()今際いまわきわに悟り、射日馬は、自身のそれを真似るように形成された光の矢を甘んじて受け入れた。

 隕石が、太陽に到達するよりずっと前に溶けてなくなってしまうようなものだった。

 蹂躙が始まるのだろう。

 そしてそれは自覚のない蹂躙になるのだろう。

 太陽の重力に引かれて呑まれる宇宙の塵芥が、しかし太陽が意図して消し去っているわけではないように。まだ自我も芽生えぬ赤ん坊の無邪気な一挙手一投足が、大人を振り回すように。

 それだけ悟って射日馬乱世は、まさに『光陰矢の如し』という言葉の通りに、一瞬にも満たない時の中で自身を射抜く光の矢によって意識を手放したのだ。



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