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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
264/268

無我



 じょうろで水をかけた砂山のようだった。

 あれだけ堅牢強固だった無機物の多層壁はざらざらと崩れて、出血もゾンビも無いただの物体に戻っていく。

 術者の意識が途切れたことで『集合感知亡者衆インプレッション・ゾンビーズ』もその効果を失ったのだろう。もしまだ街に残っていた個体がいたのなら、それらもただの無機物に戻っているはずだ。

 ザンッ!!と、ニコンが砂山に差し込んでいた短剣を引き抜くと、刃が突き刺さっていた部分の無機物が磁石で吸い付いたように柄に引っ付いて『山』から剥がれた。

 背中に短剣を突き刺された人型のそれは乱暴に床に転がされ、一番最後に山から抜けた腕は白目をむいて意識を失った玲転返の片足をがっちりつかんで同時に引っこ抜いていた。

 左手に掲げた冒険の書(ファイル)を通じて術式を解除すると、その最後の人型ゾンビも崩れて無くなった。

 ニコンは地面に転がった『柄』を拾い、一瞥の後に乱雑に空中へ放り捨てる。地面に着いて音を立てる前に柄は消えて無くなった。


「一体分の『無機物ゾンビ』を自由に操る能力か、短剣は普段使いの武器としても扱いずらい上に能力も本人そっくりに貧弱ときた、やれて精々奇襲...駄作だな」


 いくつか設定された『いつか消える冒険の書(ロストメモリー)』の制約ルール、一度保存した記録は使用限度まで使用する以外の方法では削除できない。

 そして、全ての記録の使用限度は一律二回で固定されている。

 『天使の顔をした悪魔の子供(チャイルド・プレイ)たち』を使ったのはさっきので二回目だ。なので、今後深紅の魔剣の強制出血の能力は永遠に失われる。3番のメモリはこれで空室...代わりに玲転返の記録を2番に保存して一回使用したので、あと一回は『死体と遊ぶな子供たち(リトル・モンスターズ)』を自由に引き出して使えるわけだ。


「できれば煉獄騎士の記録を頂きたかったんだがこればっかりはなァ...赤色女も使いきっちまったし」

『ケケッ!術式オレノセイニスンナヨ!全部テメーノ手際ガ悪イセイダゼ!仕留メルタイミングナンテイクラデモアッタノニ調子ニノッテ遊ンデルカラ悪インダゼ!「天使の顔をした悪魔の子供(チャイルド・プレイ)たち」ハアタリノ部類ダッタノニ使イキッチマッタシヨォ!!』

「うっせ、もう仕舞うからな」


 ニコンがパチンッ!と指を鳴らすと冒険の書(ファイル)は薄ら笑いを浮かべながら、まるで小さな打ち上げ花火のようにその場で発光してから消え去った。

 遠くの空に細長いシルエットが見える。トウオウの飛行船だ。

 もう数分もしないうちにこの滑走路へ降りてくるだろう。そうなると、滑走路の端とはいえここは人目についてしまう。『箱庭』も一応は影の組織、一般にまで名が知られているとはいえ必要以上に目立つのは避けたい。

 やれやれ、と残された大量の残骸は誰がどう処理するのか考えながら、まさかオレじゃないだろうなとニコンが嫌な未来を想像していると、だ。


『終わったか?』


 ぞぶ、と底なし沼に足を突っ込んだような粘着質な音があった。

 声は、ニコンの背中からだった。衣服の上に黒い染みが浮き上がったかと思えばそこから湧き出た真っ黒なスライムのような粘性の液体は、一つの塊になって一度空中へ打ちあがった。

 べしゃり、と弧を描いた後にぶつかって地面に広がる。

 もう一度塊を形成し、逆さまにしたボウリングのピンのようなシルエットをニコンの隣に並び立たせたそれは。


「よォヴェルイン、なんだよずっと居たなら手伝ってくれたっていいじゃねェか」

『世の中には適材適所という言葉がある。キミも知っているダろう...ニコン。ワタシは諜報、戦闘は専門外ダ。ワタシが加勢に入るよりもキミが本気で仕事に取り組んダ方がスムーズに事が進んダダろう』

「チッ、さては結構前から覗いてたな?」

『何のことダか分かりかねる』


 ヴェルイン。

 ニコンと同じく『箱庭』に属する何者かは、真っ黒な粘液の内側に隠した人型のシルエットで目標ターゲットの姿を覗き込んで観察しているようだった。

 彼?彼女?の目鼻立ちや背格好は誰も知らない。時と場合に応じてヴェルインは姿形を自由に変えて使い分ける、そういう力を使いこなす呪術師である。


『彼女が?』


 黒いシルエットの側面から形成されたクラゲのような触手で、ヴェルインは気絶中の『勇者』を指して訊ねた。


「ああ、『異界の勇者』玲転返だ。もう雑な広範囲索敵は気にしなくていい」

『イメージしてたものとは少し性質が異なるようダ。勇者という割には......』

「あー...煉獄騎士の方はまあまあ楽しめたよ、んなことより」

『わかっている』


 直後にヴェルインの触手が伸長した。

 元々あった一本目をニコンの腕へ、加えて背中から生やした二本目の触手を転がっていた煉獄騎士の首へ巻き付ける。

 ゴグッ!?という脈動と共に、触手を伝ってヴェルインから二人へ小さな発光体が埋め込まれる。それぞれの体へ埋め込まれた光は徐々に小さくなっていき、消えたと同時にヴェルインはそれぞれから巻き付けていた触手を緩めて戻した。

 呪術『バケノカワ』。

 自身ヴェルインの存在を限りなく希薄化し、一部を他人に『種子』という形で植え付けるヴェルインの()()()()

 植え付けてから条件を満たし、開花した種子同士であれば、ヴェルインはそれを回路として繋げて一方から一方へと自由に移動することができる。


「んじゃ、()の配送は頼んだぜ」

『確かに受け取った。受取先への()()()も済んでいる、確実に送り届けよう。キミはこのあとどうするつもりダ?』

()()()()()()()()()()()()。必要ねェとは思うが一応な」

『カノジョの場合、仕事の内容それ自体よりも、その後の方が心配ダからね。くれぐれも目を離さないでくれ』


 言い終わったヴェルインは気絶中の玲転返の前に立ち、触手を器用に動かして少女の体を持ち上げる。

 直後にヴェルインは頭頂部(?)をバガンッ!?と八方に大きく開いた。

 開口部へ玲転をそのまま押し込み、呑み込み始める。頭からじわじわと人一人が沈んでいく姿はさながら、映画にしか出てこないような食虫植物の捕食シーンだという感想をニコンはいつものように呑み込んだ。

 ぴとりと、ヴェルインは再び触手を伸ばして煉獄騎士の首へと触れる。

 登場とは真逆の手順だった。

 触手が触れた煉獄騎士の首筋に黒いシミが生じていた。

 触手は導線、埋め込んだ『種子』から別の誰かで開花した『種子』へ、導線を辿り本体の体積が徐々に触手の先端へと集まってシミの中へと消えていく。

 ポンプで吸い上げるように触手の中を塊が一方通行で移動し続ける。

 やがて触手含めてヴェルイン()()()黒色がまるごと煉獄騎士の『種子』へと姿を隠した。

 ()しながらヴェルインは思った。自分の術式ながらいつまでたっても慣れない感覚だ、と。

 バケノカワで植え付けた『種子』は言わば自身の魂の破片。破片から破片へと意識の主体と同時に仮組みの肉体を移動させるこの方法は都度肉体から魂を切り離すような...俗にいう幽体離脱という状態に近い。

 魂と魂の距離に物理的な障壁は無い。

 故に『種子はへん』同士の距離が離れていようとも一瞬で移動できるし、許容量があるとはいえ仮組の肉体に取り込むことさえできれば凄まじい速度と高率で物資も運搬できる。

 数秒も経たない内に『出口』が見えた。

 出口の先に居るであろう彼等にとっていきなりの事になる。せめてあまり驚かないようにとヴェルインは気遣って、登場と同時に優しく一言声をかけた。


『邪魔するよ』


 ぬるりと湧いて、降り立った先の立体駐車場に初対面が居た。

 この場合は、声をかけたことが逆に彼らを一層驚かせる結果となってしまった。

 直前のやり取りで空気がピリピリしていたのも要因の一つだった。その場の誰より警戒心を強めていたアルラ・ラーファがほとんど反射的に、椎滝大和の右腕から現れたヴェルインへと殴り掛かったのだ。


「待っ―――!」


 咄嗟にでた制止は届かなかった。

 ぎゃん!!?と。

 アルラの剛拳とヴェルインの間で火花と、同じ極の磁石を押しつけたような反発力が生じていた。


「ッ!?」


 弾かれる。

 襲い掛かったアルラも受け身のヴェルインも互いに、だ。

 術式か、異能か。恐らくは防御系の能力を持っている。ならば速攻がベスト、長引くほどに手の内を晒し相手が有利になると判断したアルラは右腕と踏み込み用の軸足へ極彩色を搔き集める。

 べきべきべきっ!!と極彩の脚が立体駐車場の床を踏み砕く音の直後。

 

「待て待て待て!!味方だよ俺たちの!少し落ち着けってはやりすぎだ!」


 踏み抜いて襲い掛かるほんの直前だった。遅れていたら衝突していた。

 なんとか大和が割って入ったことでアルラは踏みとどまった。

 行き場を失った極彩色の膂力がアルラの脚に集約されていた。

 立体駐車場のアスファルトへ刻んだ足跡から四方八方へ亀裂が伸びる。


「...味方!?明らかに敵側のビジュアルだったろ登場が!!」

(ちょっと思った)


 少し離れたところで寿ヶ原小隈も同意していた。

 入口のすぐ傍だった。

 大和、寿ヶ原、アルラの三人はいい加減位置を変えた方がいいと判断して、キャンピングカーから抜け出し立体駐車場の入口付近で周囲を警戒していたのだ。

 人っ子一人いない道路で車は逆に目立つ。周囲の安全確認を終えたら人質を連れて、ひとまず駅と直結している車両保管庫まで移動しようと、行動に移す直前の出来事だった。


『自覚はある、が、術式の絵面でヒトを判断するのは善くない。ところでキミは誰ダ?』


 焦りの欠片すらもなく、その余裕がアルラにも大和にも不気味に感じられていたことに多分本人は気付いていない。

 つい数秒前まで自分に襲い掛かろうとしていた相手に微塵もひるまず歩み寄ったヴェルインは上から全身を舐めまわすようにアルラを観察し始めて、逆さまにひっくり返したボウリングのピンみたいな体をグネグネと動かしていた。

 顔(?)を至近距離まで近付けて、動物みたいに匂いまで嗅ぎまわっているのか?


「...オイ大和、なんなんだこいつは!!『仲間』って言ってたよな!?まさかこの変なのも『箱庭』なのか!?」

「いやっ...!そうなんだけど、その人のことは俺も良く知らないんだ...あんまり喋ったことないし...」

『失礼ダね初対面相手に。ワタシは「ヴェルイン」。ここには荷物を届けに来た、直ぐに帰るよ』


 『荷物?』と聞き返した大和へ応える代わりに、小刻みに震えだしたヴェルインの頭頂部がぱっくり開いて収納していた()が引きずり出された。

 大和は思わず目を剥いた。なんというかやっぱり絵面が酷い。

 遠巻きに眺めていた寿ヶ原まで『オエー』と舌を出して気持ち悪がってる。


「どわっ!!ちょっ、荷物ってか...人!?えっ!?こいつまさか!」

『確かに届けた。ワタシは帰る...』

「最低限の説明義務は果たそうよ!?」


 気を失っている上に正体不明の粘液でネチョネチョな玲転返を突然押し付けられて大和はパニックだ。

 特定の界隈の人達にはご褒美でも、普段からあまり話さないクラスメイトのそれなんて大和にとってマイナス以外のなににもならないのだ。アルラはアルラで状況についていけない上に置いていけない荷物が一つ増えたことに頭を抱えていた。

 そもそもヴェルインは何のためにこれをここへ?

 いや、もっと言ってしまえば、これを渡して何をさせようとしているのか。


「...どうやって玲転を?俺たちが考えていた通りなら玲転返は奴らの索敵のかなめだった。居場所だって...」

『ワタシが潜伏場所を特定し、ニコンが戦闘の後に拿捕した。ここに連れてきたのはキミが最もカノジョを有効活用できるという判断の為ダ。使い方はキミに任せる』


 『使い方』。その一言が妙に喉の奥に引っ掛かって気持ち悪い。

 けれども、今はそれは呑み込んで。


「......動いてるんだな?『箱庭』も」

『今回の依頼は単純ダ。()()()()()()。たダの、それダけ。キミはキミの思うように行動すればいい』



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