踊る死体の山
「ひぃぃぃぃぃぃぃ...なんか出ましたよう!剣、剣ですぅ!!」
「...警戒を、私の補助は結構です。術式の維持に集中して、無機物をご自分の周囲へ」
煉獄騎士の言葉よりも随分早く、玲転返は自分の周囲を大量の無機物で固めていた。
場に著しい人口密度の偏りが生じている。ガチャガチャという材質の違う無機物が擦れる不快な音が連続している。
無機物の群れから数メートル前に出た煉獄騎士は、ニコンに生じた剣に視線を奪われていた。
薔薇のような深紅、或いは鮮血色。
警戒故か、騎士という職業故か、剣とニコンから視界をズラせない。
異様な魔力と重圧を感じる...!
(剣を取り出した...いや、造った!あれが奴の術式ならまず間違いなく普通の武器ではあるまい...!魔剣の類か!?)
ああそうとも、とニコンがほくそ笑む。
『いつか消える冒険の書』の初見の反応で相手が考えることは大体わかる。
特に、歴戦の猛者ほど同じことを考える。
ただ武器を造るだけ?
『箱庭』の、勇者の術式|がそんなところで終わるはずがないだろう。
「ひぃぃぃいいい煉獄騎士さァん!!?」
「...さっきからみっともねェなあ玲転返。人を導き護る『勇者』が自分の術式の影に隠れて、挙句の果てには人に護ってもらおうだなんて。お前には『勇者』としてのプライドってもんが無ェのか?」
軽はずみな軽口がどこか彼女の琴線に触れたようだった。
震えていただけの少女の感情に怒りが差し込まれ、積憤はあっけなく噴き出した。
「うぅ...あっ、ありませんよ...あるわけないじゃないですか!?あ、あたしはただ!日本で何事もなく楽に生きていられたらそれでよかったのに!!それを、こんっ、こんな世界に、急に......!!」
「良いこと教えてやるぜ若輩。痛み苦しみ困難絶望恐怖...窮地が人生に重みを足していくんだぜ」
「知った口を...!!あ、あたしの苦労なんてこれっぽっちも知らないくせに!!」
「落ち着け玲転殿、奴のペースに乗せられるな!くそっ増援はまだか!?」
くるくると曲芸師のステッキのように、剣はニコンの両手で弄ばれていた。
公転する魔導書ががぱりと口を開け、剣は一層と圧を増す。
いいや、ニコンそのものが。
『ヨーイ...再生ッ!!』
カチッ!と時計の針が傾くような機械音を煉獄騎士は聞いた。
或いはストップウォッチのボタンを親指で弾くような音を訊いた直後に、それらは上から塗りつぶされる。
ボッッ!!と。
煉獄騎士の僅かに背後、チェスでいうポーンの位置で構えていた無機物の一体の首が跳ね上げられていた。
真上に首が飛ぶ。いや、首から上を模しただけの人工物が勢いよく飛んでいくのを見て、煉獄騎士は遅れて『しまった』と考えた。
出遅れた。真っ先に狙われるのは先頭に立つ自分だと、自分が敵にとって最も近しい位置にある脅威であると自惚れていたのだ。
己を恥じる時間すら与えてもらえない。
連鎖だ。
紅色の線が凄まじい速度で動き回り無機物をすり抜ける。
モノの硬度なんて関係なしに通り抜ける紅色の幽霊の正体はニコンの剣だった。
ニコンが、凄まじい速度で剣を振り、文字通り無機物の大群へ切り込んでいく。
気付いた時には陣の奥深くまで―――...。
「しまっ―――!!」
「遅ェよ」
ボッボッボボボボボッボッボッボボッボッボッボッボッ!!!!と連鎖的に首が飛び、無機物は反応出来ない。
さながら河川敷の打ち上げ花火のようだ。
一つ一つ丁寧に、確実に、それでいて迅速に打ち上げられていく。首を失った無機物がばったばったと倒れて、巨大な集団の中で一本の道を造っていた。
(『先の先』では間に合わない!!)
「玲転殿ッ防御を!!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいい!!」
ごぎっ!?ごぎがががががぎごきがきごきがががぎ!!?と硬質な音が寄り集まる。瞬き一回分の刹那、圧縮された異形の音の群れは玲転返近辺数十体分の無機物が瞬間的に合体し、巨大な門のような扉を形成したことで生じたものだった。
首を失った無機物を足場に、飛び出したニコンが横から振り抜いた刃は突き刺さった。
「チッ、ドロドロに腐っても勇者か」
「うううううううううううううううううううううう!!!またっ、またあたしをばかにしたっ!!」
しかし厚い。
剣身の丈の三倍以上の分厚さを持つ壁のおかげで、辛うじて玲転の防御は成功した。
ギャギッッ!!と別の剣がニコンの背中を襲い、しかし剣を振り抜く勢いで腰から上を回して剣で受け止める。
不可視の剣、未来の中にある可能性としての煉獄騎士の振るう剣。
『先の先』の太刀筋は肉眼では捉えられないが、物質として現実に干渉しているのならそれは視えないだけだ。もしくは確定していない未来なのでスポイトで抜き取ったように色が無いのかもしれない。
音は聞こえる、剣が空気を裂く音。その角度、距離、大きさからおおよその攻撃を予測して打ち合える。
ギャインッッ!!という音がいくつも連なった。前の音の途中で新しく音が始まるというのを空中で何度も繰り返し、その繰り返しの分だけ剣と剣の衝突が起こっていた。
二秒が経つ。『先の先』が消える。
『先の先』で呼び出された不可視な未来の煉獄騎士は消える直前、渾身の力で剣ごとニコンを押し飛ばし、離れた無機物の群れの中心点へと追いやった。
ここぞとばかりに360度。全方位から無機物が飛び掛かって一つの巨大な球を形成し、内側へ閉じ込める。
千載一遇。
玲転にとっての。
「しっ、死骸は虚無より来りて我に従えっ、肉、骨、臓物揃いて魂は不要!欲するは質量っ『集合感知亡者衆』!!」
暗闇。光の差込口すらも徹底的に埋め尽くす質量が生み出した漆黒に取り残される。
斬られようが潰されようが溶かされようが焼き殺されようが無限に再生を繰り返す玲転の無機物の使い方の一つ。
即ち圧倒的質量による圧殺を目論み、追加詠唱による高度命令の上書きを終えた玲転が吠える。
「みっ、みっ、ミンチになっちゃえぇぇぇええええええ!!!」
清々しい程の殺意で力いっぱいに喉を震わせ、黒板を爪でひっかくあの音を数千倍まで凝縮したような、今までで一番の異形が空気を揺らした。
それは異なる材質の物質が擦れ合ってぶつかって摩擦している音だ。元々は倉庫に放置されていた旧式の重機、作業具、備品の数々。金属もゴムもプラスチックも銅線も電気を蓄えたまま埃をかぶっていたバッテリーも一色たにごちゃ混ぜてこねくり回し、辛うじて人の形を真似ただけの人工物の塊が殺到した結果だった。
ブシッ!!と壊れた蛇口から噴き出す水のような湿っぽい音が内側で弾けた。
隙間という隙間から夥しい赤色が噴き出した。水風船を両手で覆って力いっぱいに握りしめる、破裂して指の隙間から水が噴き出す、そっくりそのままスケールアップさせた惨劇だ。
玲転の表情が安堵にへにゃりとほころぶ。
「ふふ、へへへへ...!!ど、どうだ!あたしは凄いんです、やっやんないだけでっ、やればできるんだから!!ざまあみろぉぉおお!!」
緊張がほどけて力が抜けてしまったのか、へろへろとその場で力なくへたり込んだ玲転の足に生暖かい液体が触れた。
どす黒い赤色の水たまりがあちこちに形成されていた。
しかも、波打っている。
波紋の震源の方へ徐々に視線を移動させると、そこにいたのは無機物。より正確には、ニコンに首を斬り落とされて崩れ落ちた無機物たちの傷口こそが血液の噴出点だった。
ゾッ!!と言い表せない悪寒が少女の皮膚の下を這いまわった。
傷口が再生していない......!?
「どう、ど、ど、ど、どうして!?あ、あたしのゾンビが...こんっこんなのあり得な―――」
「なーんもあり得なくないな、玲転返」
ミンチ死体が喋るはずはない。言葉を発するはずがない。そんな大前提を根本から覆す。
灰色の球体の中は、たかだか人間一匹を圧し殺すには十分すぎるだけの圧が加わっていたのに。
で、それがどうした?と、彼は敵の醜態を鼻で笑った。
玲転返よりも数瞬速く異変に気付いた煉獄騎士は声を発することすら余分な時間と切り捨てて少女の元へ翔けていた。
が、遅かった。煉獄騎士が一際大きな血溜まりを踏み潰すと同時、球体が内側から瓦解した。
暴風、そして風に乗って飛び散る血飛沫。
「生き物は大量に出血すると動けなくなってやがて死ぬ。再生は確かに厄介だ、なら殺さずとも動けなくしちまえばいいと思わねェか?」
確かに『圧力』は容易に人を殺す単純で合理的な一つの手段だ。
大地の圧力は地殻の奥深くでただの炭素をダイヤモンドに変えるし、超深海の水圧は時に数千トン規模の潜水艦をも鉄くずに変える。だがそれは圧力が掛かる向きに対して逃げ場がない時の話。
なら、圧力の掛かり方を調整してやればいい。
こっちの手には剣がある。剣があれば大体何でも斬れる。
そして無機物は殺した瞬間はちゃんと死ぬ。人と同じで全身が弛緩して立っていられなくなる、つまり移動しようとする力を喪失しただのガラクタに戻るのだ。
一閃が煌めいた。
崩れた殻を踏みしめ、一歩と共に剣を振り抜く。
勢いよく噴き出す赤血をも推進力に変える。一息に間合いは詰まって、刹那にすれ違った。
(一方向の無機物を斬り続けて圧力に対する逃げ道を作ったのか...!確かに均等な圧力の一点を崩すことが出来ればそこから力は流れて逃げる。だがそれを、あの一瞬で思考し即行動に移すとは...!!)
「れ、煉獄騎士さんっ首から血っ、血が...!」
「...下がってください。もっと後ろへ、早く」
ぼたぼたと、自らの首に片手を押し付ける煉獄騎士の手の中を生暖かい感触が伝う。
彼自身、斬られたという事実を斬られた後に認識していた。彼女を庇おうと迎撃を試みた瞬間だろうが、斬られた瞬間でさえまるで痛みを感じなかった。
今もそうだ、痛みは無い。本来傷口が空気に触れた奔る熱のようなあるべき痛みを、煉獄騎士は感じない。
まるで斬撃のダメージそのものに興味はなく、出血という現象のみを狙って引き出されたように。
受けきれなかった。
結果、負わせてしまった玲転返の耳を薄く走る傷にも出血にも、彼女自身が気付いていない。大した傷じゃないはずがぽたぽたと血は滴っている。
確信に至る。
「万物に出血を強制させる......それが貴様の、深紅の魔剣の能力か」
魔法『いつか消える冒険の書』。
純正の『勇者』であるニコンが考案した物質構築術式の一種であるこの魔法は対象に対して複数の条件を満たすことで発動し、対象の人生を武器に打ち換える。
「後出しじゃんけんで悪ィな」
「...いや、いい。異能戦とはそういうものだ。傷は対応しきれなかった私の落ち度」
煉獄騎士が傷口を抑える手を離すと、血はより勢いを増して皮膚を下に伝って落ちていった。
何千回、何万回と身体へ叩きこんだ構えに剣を預け、切っ先はニコンのやや上を向く。両手で柄を強く握りしめると、煉獄騎士深く息を吐いてふらつき始めた頭をどうにか胴と腰の真ん中に引かれた重心の線へと収めた。
「もうやめとけ、その出血量だ。下手に動かず大人しくしとけばまだ助かるかもしれないぜ」
「ひぃぃいいいいい!!頑張って煉獄騎士さんっ頑張って!!あ、あたしを護って...助けてェ!!」
「......護るッ!!」
『先の先』は確定していない二秒先の煉獄騎士を現実に物質として生成する術式である。
ただし不確定な未来のため、これを完璧に扱うには未来の自分が起こすであろう行動を召喚した時点での煉獄騎士が完璧に読む必要があり、その読める自分の未来の限界が二秒という制限時間に反映されている。
逆を返せば、二秒以上は完全に制御できないというだけで、召喚して留めておくこと自体は二秒以上も可能なのだ。
この局面で煉獄騎士は敢えて制限時間二秒の『先の先』を先行展開し、二秒を越えて未来の自分を解き放った。
同時に自らもニコン目掛けて走り出す。これまでの絶妙な互いの隙を補い合う連携をかなぐり捨てて、シンプルな二人の煉獄騎士VSニコンの構図を造り上げた。
予測不能は自らでさえもなのだから、敵にとっては予測不能以上。そのわずかな可能性に賭けて二人の騎士は同時に剣を振るう。
右と左、コンマ数秒へ差し込む二人分の渾身。
「騎士の鑑かよ」
簡単な賛美の言葉の後に深紅が揺れた。
狙いすまし、引き絞った弦を手放すように落ち着いて、ニコンの剣は半円を描いた。
『天使の顔をした悪魔の子供たち』。魔剣の名、ある悪女の人生を剣の形へ打ち換えたそれは斬りつけられた万物へ出血を強制する。
ペンで引いた線をまた上からペンでなぞり直すようだった。
『先の先』は虚空へ消える。煉獄騎士の首筋の傷は塗りつぶされ、より太い赤線から噴水のように血が噴き出した。
ざざざざざざざっ!!と。
力なく慣性に沿って地を滑り、やがて動かなくなる。
「......えっ嘘、死んだ?」
ぽかんと、顔を覆った両手の指の隙間から恐る恐るその瞬間を怯え見ていた玲転は、状況が分かっていないようだった。
思ったことがそのまま言葉になって、気付いたら口からはみ出ていた。
手から始まった震えは徐々に全身へ回り、やがて理解する。
もう自分を護ってくれる他人はいない。隠れようにも、立ち塞がって隠れる時間を与えてくれる煉獄騎士はやられてしまった。
「あっ、あああっああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ.....」
ここには。
異界の勇者も。
いない。
「あ、あなっ、あなたがやられちゃったら......」
ばりっ!!ばぎぎべぎぼぎぎばぎ!!?という耳障りな異形の音。瞬き程の一瞬にして全ての無機物が内部から腐るように崩れて、人の形を真似ていた物質が散らばった。
次の一瞬だった。
地面に散らばった無数の残骸の一部が怪しく光を灯す。
砂場に落として磁石に寄り集まる砂鉄のようだった。紫の光を放つ物質目掛けてあちこちからものすごい速度で物質が集合していく。形を作る。
光の数だけ腕が地面から空へ伸びる。
まるでゾンビ映画のワンシーン、墓場から腕だけ伸ばしたゾンビが、体を地中から引っこ抜くようにして無機物が再構築されていく。
一見無意味に見える一連の再構成は『最適化』。それぞれの無機物が集団の中から最も自らに適した部品を揃えて、より確実に命令を遂行できる形へ至るための再編成。
「誰があたしを守るんですかぁぁぁぁああああああああああああ!!?」
泣き叫び、差した指の先へと人の形が殺到した。
雪崩じみた勢いで迫る無数の無機に、ニコンは興味を示さなかった。
くるくると手と指で魔剣を弄ぶ。
「クズめ」
鼻で笑って振るった刃の尖端は、押し寄せる波の最前列の首を一振りで斬り落とした。
あるはずの無いどす黒い血の噴水を撒き散らしながら、首を失った無機物たちはその場に崩れ落ちる。
無関心。当然だ、奴らに感情も心も無い。
すぐさま踏み越えて後列は迫っていた。
恐らくは凍結した滑走路の硬い雪を砕く除雪車の刃。
扇風機の羽のように回転する刃を叩きつけようとした無機物の腕へ『天使の顔をした悪魔の子供たち』を素早く差し込み、くるりと手首を翻すと中心軸に繋がる五枚の刃を切り離す。
軸から離れた刃はそれぞれが遠心力でぶっ飛ぶと近くの個体の体へ深々と喰いこんだ。
人型に圧縮されているとはいえ元は重機、回転のパワーも元になった素材由来なのか小さくない衝撃が刃を通じて群れの中に歪を生む。
水中で風船を破裂させたかのようだった。
ニコンの視界を覆うほどの無機物群の中にぽっかり空いた穴。呑まれれば圧死か、すりつぶされるだけの死の空間。
一欠の躊躇すらなく、飛び込む。
圧力の壁に囲まれながらも素早く振るった刃が再度、均等な圧力に綻びを斬り裂いた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいい!!」
悲鳴に呼応して、ズオッッ!!と無機物が寄り集まって長蛇のように形を成す。
幅が5メートルもある、まるで荒れ狂う大蛇。不快な不協和音を内部からとめどなく響かせながらうねり狂って、尾は玲転の傍にぴったり張り付いて彼女を護り頭はニコンへ襲う。
対してニコンは飛び上がり、巨大な蛇の頭突きを躱す。地面で急カーブを描いて背中を狙う蛇の頭へ『天使の顔をした悪魔の子供たち』を縦横に振るい十文字に切り裂いた。
「来ないでぇぇぇええええええ!!」
またもばらける。
集合していた無機物が瞬き一回ほどの時間の隙間で細かく分かれて三度人の形を成す。
かと、思えば。集まって―――。
「またそれか。つくづくどうしようもない」
蠢く。寄り集まって形を成す。葉に落ちる雨粒の雫が一つの球へ纏まるように、近い無機物同士が連結して連なっていく。
似ている。さっきの、敵を圧殺しようと球を成した時と、集合方法がほぼ同一だ。
ただ違うのは、ニコンの外でそれは起こっていたことだ。
中心にいるのは玲転返自身、泣き叫び、目の端に涙を浮かべて、恐怖に振るえる少女を包むようにして無機物が何層にもわたって折り重なっていく。
周りに集まったモノの質量の分だけ比例して、玲転は心の余裕を取り戻していった。
(だっ、大丈夫大丈夫絶対に!あっ、あの剣の長さじゃあたしの無機物の厚みに届かないっ。さっきと同じ!突き刺さっても突破できない!このままみんなを待てば―――...)
閉じかかった門の奥に、玲転ははっきりと敵の姿をその目に映した。
手の中にはあの本が収まっていた。
『読......録名......れ...かえ......』
玲転は、その声をノイズと切り捨てるべきではなかったのだ。
次の声ははっきりと聞こえた。全ての無機物を圧縮した卵の殻、剣程度じゃ届かない中心に体育座りで引きこもって両手で頭を抱えて丸まっていても、何故かその声ははっきりと聞こえてきた。
ニコンはもう剣なんて手にしてはいなかった。
『生成完了』
『いつか消える冒険の書』、記憶武器生成条件。
①対象の名前を知ること。
②対象に術者が何らかの質問を行い、対象がそれに対し本心で答えること。
③対象のDNA情報を柄に取り込むこと。
①、②は順不同。しかしながら③...遺伝情報の読み込みは必ず手順の最後に行わなければならず、またこの一連の条件を一つ目の条件達成後、一時間以内に完了する必要がある。
生成した武器の能力は術者にも伏せられる。ただし、ニコンは対象となった人物の性格や経歴、普段の言動からこれまでの実戦経験を元に、生成した武器の能力に関してある程度の予測を立てることはできる。
消えた深紅のサーベルに代わり新たな柄に生じたのは、薄く黒い刃を備えた短剣。ごつごつと岩を削って形成したような不格好な形の刃が日光に当たって怪しく鈍い光沢を帯びる。
生成武器の能力は、傍らで冒険の書が宣言を行うと同時にスタートするようになっていた。
『題目ハ...「死体と遊ぶな子供たち」...再生ッ!』
ぞぶっ!!という肉を削ぐような音を、がちがちと奥歯を鳴らしながらすすり泣く玲転が殻の中で聞いた直後だった。
内側の空間の壁から人の腕の形をした無機物の集合体が勢いよく突き出して、少女の顎を撃つ。
途端に、だ。
これまでの抵抗が嘘みたいに、玲転返の意識はあっけなく暗闇へ沈んだ。
めっちゃ忙しくてめっちゃ投稿遅れました。




