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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
261/268



 ふんッ!!と衝動のままに寿ヶ原が投げつけたマグカップ(陶器)は見事大和の鳩尾へクリーンヒット。。

 ほんの軽口のつもりが大和は全力で悶えるハメになってしまった。外から見ていた感じはだいぶモロだ、あれは苦しい。

 嫌いな奴が悶える姿で少しは気が晴れたのかもしれない、寿ヶ原は


「交戦だろうが逃走だろうが圧倒的に不利な状況に変わりはないのよ。向こうには椎滝おまえの位置をざっくり特定する何らかの方法プラス山尾雲母がいる。メンツが変わってないなら跳飛はねとびとどめもな」

「ぐっ、ォォオオオ......。『異界の勇者』、いや王国ヘブンライトきっての情報収集能力者コンビか...。相手を捕捉したあいつらの索敵は躱せる気がしねぇ....ぐおぉ......」

「山尾の『物体交信テレパスアンテナ』は近場でしか作用しないからともかく、跳飛の超広範囲『検索』には対処方なんて無い」

「どういう能力なんだ?」

「確か、視界に収めて『ピン』を立てた対象のその後の行動を『ログ』で取得するんだ。何か食べたとか車に乗ったとか建物に入ったとか、そう言う情報を文字で出力できる。シミュレーションゲームの行動記録みたいに...つっても伝わらないか...」

「......そいつの『ログ』の行動で大体の位置を推理して、細かい部分を山尾とかいう奴の『声』で追ってくるって認識で合ってるか?」

「伝わるのかよ!?スゲーなあんた...」

「ざっくり位置特定も跳飛の仕業かもな、玲転れてんの『私たちが知らない成長した能力』の事もある、他のヤツが同じように『成長』してても不思議じゃない」


 そう話す寿ヶ原の言葉の一言一句が頭の中で繰り返し跳ねまわり、吐き気に似た感覚に大和は口元へ手をやった。

 腹の真ん中へ突っ込んだマグカップのせいじゃない。

 『成長』という仮説、異界の勇者というただでさえ化け物ぞろいの連中が、加えて未知数の隠し玉すらチラつかせている。仲間だったころは何とも思わないどころか頼もしいことこの上ない成長が、今や恐怖の類として重く心へ圧し掛かっている。


「不確定な可能性ばかり考えてたってしょうがねえだろ。確定してる部分だけで考えて、飛跳の索敵は俺らがどうこうやって対処できるものなのか?」


 アルラが訊ね、寿ヶ原が素っ気なく首を横に振る。

 こちらからの対応が出来ないのであれば受け身の状況は変わらない。


「......迂闊だった、他の索敵係ふたりめがいるって可能性を思い付かなかった俺のミスだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 大和の心臓が跳ねた。

 『もし』を口にした灰被りの青年の瞳の奥で漆黒を見た気がして、言葉の違和感に一旦自身への心配は無意識のうちに捨て置いた。

 大和はいつも自分以外の誰かの心配をする男だった。

 今だってそうだ。言葉の端で引っかかった感覚を辿り寄せて、自ら目撃したアルラという人物の行動と照らし合わせている。

 ()()()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()だっ()()


「もっと徹底的に...って?」

「ああ、異界の勇者(てき)のダメージは浅い。俺がお前を追おうとした奴らの妨害を重視したせいだ、最低限山尾って奴だけは―――...」

「...殺したのか?山尾を殺したのか!?」


 がたんっっ!!とアルラの胸倉を引っ張って壁へ押し付けた大和は衝動で動いていた。

 『うおっ!?』とアルラは驚いていたがそれ以上に驚いていたのは詰め寄った大和の方だ。

 呼吸のリズムが変だった。

 言ってほしい、言ってほしくない、聞きたくない。アルラが何をしたのか、何を思ったのか。

 異界の勇者(みんな)に何をしたのかを。


「いいや、()()()()。首をへし折ったつもりがどうやら生きてるみたいだ。あの怪我ならそうそう早くに意識は戻るはず無ェからひとまず―――...。


 アルラはそこまで話して、途中でやめた。

 縋るような怒るような哀怒入り混じる青年の表情で察して。


「......ああ、そういう」


 何の気も無い一言が大和の琴線に触れた。

 ぶち、と千切れてショートした。何も考えられず、電気が走ったみたいに体は独りでに動いてしまう。

 アルラを抑えつける両手の力が一気に増して今一度強く壁へ叩きつける。ガシャン!!と揺れが伝播した先で落っこちた皿が割れて散った。

 『おい!』と一応止めようとした寿ヶ原を無視して大和が叫ぶ。


「助けてくれと頼んだがみんなを殺せとは頼んでないッ!!」


 強く両手で揺さぶると、アルラはされるがままだった。

 眉一つ動かさない。

 それが何よりも異常に映った。

 バケツいっぱいに汲んだ一時限りの怒りの表面へ、そっと絵筆の先端が触れたように恐怖が滲む。

 彼はただただ淡々と、さもそれが当然の事かのように―――...。


「どんな風に助けろとは指示されてない。放っておけば確実に俺たちに不都合な奴らだ、お前にとっての最善を選んだだけだろ―――」


 ぎりぎりと噛み締めた口の奥で歯が鳴った。

 人が消え、元々静かだったはずの駐車場から感じる更なる無音。

 そこでたった一つ骨伝導で聞こえてくる自らの声は、こんなにもうるさいものだったのか。


「あいつらもあんたも人の命を何だと思ってるんだ!?一人にたった一つしかない命だぞ!!」

「奴らがお前から奪おうとしたのは何だ?お前の言う『たった一つの命』じゃないのか?奪おうとしたならその逆を覚悟すべきだろォが」

「理不尽な暴力だけが解決策じゃないだろ...!!」

「お前は獣に話し合いを求めんのか?」

「人は獣とは違う!!」

「違わねェよ!!人『も』獣だ!!」


 メギ!?と掴み返された腕から歪な音が鳴る。

 痛みに思わず手を離した途端に足を軽く払われて尻もちを突かされた。

 見上げると、彼は見下ろしている。

 表情には怒りがあった。


「お前の理想は立派だよ。この獣だらけの世界で嫌なもんもいっぱい観てきただろうにお前は折れなかった、誰も殺したくないなんて理想を今の今まで掲げることが出来た。けどお前が出来たをみんなが出来るとは限らないし、お前が感じた感情をみんなが一緒に感じてるとは思うなよ」

「...俺程度にできたことを、あんたみたいなのが出来ないわけないじゃないか...!!」

「それを俺に押し付けるな!!()()()()()()()()()()()()()()()!!」


 『勇者』と『復讐者』は重なれない。

 水と油?きっとそれより相容れない。

 ぴくりと、大和が分からない理由でアルラは怪訝な顔をした。

 社外、更には立体駐車場の外。人の声を卓越した聴力が捉え、そしてそれはちっとも聞き覚えの無い誰かのものだった。思わずキャンピングカーの内側から壁越しにそちらへ視線を移して、こんな状況でまだ外をうろついている何者かへの警戒が高まっていく。


「...少し外を見てくる。索敵係のせいでここも安全と言い切れない、だからって勝手に焦って迂闊なことはするなよ」


 そう言うと扉を開けて彼は出ていった。

 直前のやり取りのせいか、忠告はただ言葉通りの意味だけじゃないように聞こえたが、考えすぎてるだけなのだろうか。

 座り込んだまま両手で顔を覆い、今更になって噴き出してきた気持ちの悪い汗を拭おうとして、腕のデバイスがブルブルと震えているのに気付いた。そういえば異界の勇者から逃げる途中、万が一にも音で居場所がバレるようなことが無いように消音モードに切り替えておいたんだっけ。


「鳴ってるぞ」

「......ああ」


 指で画面をなぞる。

 ザザザッ!!というノイズが走って、通話先で男は異なる大地を踏んでいた。

 いくつもの音が混在している。


「やっと出たな?よォヤマト」

『......ニコン』

「そっちの状況は把握してるぜ。大変だったらしいじゃねェか、お疲れさん」

『...なんで把握してるんだよ、盗聴器でも仕込んでんの?』

「はは、もっと便利で気色悪い奴だよ」


 ニコンと呼ばれた青年はケラケラと笑って、大和は敢えてそれ以上は聞かないことにした。

 気色悪い奴ってなんだとか思っちゃいけない。きっとそれは椎滝大和がいくら考えても考えが及ばない何かだろうし、多分聞いたら後悔する類のアレだ。

 他人の困惑もいざ知らず、何処か楽し気な声色が沈んだ空気を薙ぐようだった。

 ざっざっざっと、一歩一歩を大きくニコンは歩む。

 歩みながら片腕は携帯デバイスに、それを耳に当てて一直線にある場所を目指す。


『...で、要件は?』

「なぁに、要件ってほどでも無ェよ。安否確認みたいなもんさ、問題ねェとは思うが一応な」


 ぎくりとまた違う種類の汗が噴き出した。

 違う意味で問題大有りだよと大和が思っても、ある種最大のイレギュラーのことは簡単に口にはできなかった。

 特に、組織に相談もせずそのイレギュラーと締結してしまった契約は、こんな通話で気軽に相談できるようなことじゃない。例え彼が既にこっちの状況をそれ含めて把握していたとしても、だ。


『......真面目に情況把握が済んでるのなら助けてほしいんだが、確か後からこっちに向かうって言ってたよな?ヘブンライトから『異界の―――...』

「あー悪いがそりゃ無理。急用が入っちまってそっちにゃ向かえない、ついでに言うと他の奴らも出払ってて対応できるのは現場のお前らだけだ」

『なっ!?』

『自然に私を加えんな』

「っとまあ、後から向かうと言っておきながらこんなことになっちまったのを謝ろうってのが本来の要件だな。言っとくけど見捨てたわけじゃねーからな、お前なら何とかできるって思ってるから無理してでも行かねーんだ。お前を信用してんだよ」

『信用って...!!』

「何とかして見ろよ、『箱庭』だろ?」


 返事は聞かずに通話は切った。

 ()()に着いたからだ。

 とりあえず無事そうでよかったと安心し、ならばきっとこの後も無事でいられるだろう、と信用を言い訳に使ってそれ以上は考えない。

 トウオウ...エントランスの西の端。国と国とをつなぐ国際空港の滑走路を横断して辿り着いた敷地の端。整備に使う重機や機材を保管する巨大倉庫の前に立ったニコンが両刃剣を抜く。

 瞬間、鋼鉄のシャッターは切り裂かれ、薄暗い倉庫内部に光が差してずけずけと踏み込むニコンを背中から照らす。

 探すまでもなく見つけた動く影が、ニコンがわざわざこんなところへ向かった...()()()()()理由だ。


「ひぃっ!!?だ、誰ぇ!?」


 小動物のような少女が鳴いた。

 旧式のタラップカーの後ろに隠れ、目尻には涙すら浮かべていた。

 ふん、と呆れたように吐いた息の意味を彼女は知らない。それでも一応は見定めるように少女の姿を観察し、ニコンは益々がっかりしたようだった。

 小柄で貧相な体躯の首から下を包むのはキノコの傘のようなポンチョ。しかし左肩に縫い付けられたエンブレムは、彼女が王国ヘブンライトに所属する従軍者であることを示している。


「これが『異界の勇者』...なんともまァ...」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!?ふっ、ふしんっ不審者!?あなたっ、あたしを襲いに来た不審者なんですよね!!?た、助けてェェェェェェェェェェえええ!!?」


 一呼吸の間すらなかった。

 情けない救援要請に応じて滑り込んだ刃が的確に侵入者の首を切り離さんと動いた。

 ギャリッッ!!という金属音が倉庫の内側で木霊する。

 刃が触れる直前に剣で受け止めたニコンの反撃が空を斬る。

 返す刀で斬り上げるように放った斬撃を今度は逆に短刀で受けられて、奇襲者はその反動に合わせて背後に跳躍することで瞬時にニコンの間合いの外へ逃れる。

 アクロバットに空中で身を翻すと少女の目前に降り立ち、隠れていろと身振りで示すように少女を背に隠した男は紅の皮鎧を纏っている。

 そしてその装いは世界的にも有名で、ある王国のある称号を指し示すものだ。


「煉獄騎士か」

「如何にも。彼女の護衛の命を偉大なる我が主より仰せつかっている故、この場に割り込ませて頂いた」


 ヘブンライト王国で上位に位置する戦闘力を持つ者に与えられる戦士としての称号の一つを持つ男は短く答え、短刀を腰へ治める。入れ替えるように取り出した両手剣の切っ先をこちらへ向ける。

 王国騎士に与えられる称号の中でも最上に次ぐ煉獄騎士だが、完全に気配を断った奇襲を躱されたのは彼にとって初めての事だった。

 事実が実感に代わって体に伝わる。

 緊張と警戒は態度として、諸に影響を及ぼしている。


「招かれざる客人よ。答えを訊けるとは思わぬが敢えて訊こう、貴様は何者だ」

「名乗るには名前が多すぎるな、ここはシンプルに『箱庭』か?」



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