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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
260/268

三者三様



 一歩進むごとの振動が骨を伝って内臓に響く。

 腹の底では火傷のような持続的な痛みが続いている。

 そのうち治まるだろうが、しかしこれまでに比べて明らかに重い『代償』であることには変わりなく、失った寿命も含めて損失は重なる一方だ。


「...ウィア、今度からこういう風に待ち合わせ場所を決める時はなるべく俺に近い場所を指定してくれ。俺が疲れてるときは特に!」


 チカチカと明滅する画面はYESと言ったのかNOと言ったのか、そういえばこいつ意志に近いものがあるなら自発的に機械音性で喋れたりするんじゃないのか?


「げほっ」


 灰色寄りの白い外壁。分厚いパンケーキを何十層も重ねたような円柱型の建物にぽっかり空いた横長の入り口から中を覗き見ると、外見に反して中身は電気が止まってしまっているのかやたらと薄暗い。

 ひとまず安全が確保できそうな集合場所としてウィアが定めたのは、駅に隣接する商業ビルの立体駐車場だった。

 地下含めて十数階分もある駐車場には車だけが残されていて、これが身を隠すには丁度いい。程よく出入り口もあっていざという時にはすぐにでも離脱可能だ。

 出口と入口は別々なのか、入ってすぐに車一台分くらいのスペースがあり、その正面の地面から金属製のポールが三本突き出している。

 壁面のタッチパネルで駐車券だのなんだのの操作をするのだろう。ポールの間をすり抜けて中へ入ると、思った以上に大量の車両が放置されていた。

 立体駐車場なんて見慣れていたはずなのに新線に感じるのは、どの車もやたら未来的なフォルムをしているからだろうか?奥から三番目に至ってはタイヤすらついていないし風邪薬を巨大化したようなテカテカのカプセルにしか見えないがが何をどうやって走るんだアレは。

 謎車は一旦置いておいて、中を散策しながら、だ。


「おーい、大和ォー?」


 反応が無い。

 先に到着しているであろう大和を探すのに近くの車のボンネットをゴンゴンと叩いてみた。壁に反響して思ったよりも大きい音が響く。

 反応が無くアルラが困っていると、奥の方で薄暗さの中から若干の光が明滅しているのがチラッと見えた。急いで駆け寄ると、現れたのは中型車両用のレーンに置かれた縦長の車両。

 派手な赤色塗装の側面には何らかのキャラクターのペイントが描かれていて、良く見ると塗装の下に水陸両用の記号が記してある。どうやらキャンピングカーの類のようだ。

 小さくて聞こえにくいがが内部からは微かにモーター(?)の音が聞こえてくるので始動はしてるらしい。ふぉんっ!と鳴ったかと思えば後部側面が上開きに開いて、椎滝大和が姿を見せた。


「おまっ、なんでこんな選んだんだよ!?」

「持ち主がよっぽど慌ててたのかドア横にキーが落っこちてたから!乗れ!」


 促されて入ったキャンピングカーの中は思ったよりも広く、ソファやテレビやトイレは勿論、梯子で二階にも上がれるらしく、大人数人が不自由なく歩き回れる程にはスペースが空いていた。

 なんだか落ち着かない様子の大和が早々に、こういう場合靴は脱いだ方がいいのか履いたままがいいのか困っていたアルラへ尋ねた。


「追手は?」

「大丈夫だ、全員撤退してったよ......って、ん!?」


 通路の奥...運転席と助手席へと繋がる扉が開いていて、助手席でボンネットに足を乗せている行儀の悪い少女の姿にはどこか見覚えがあった。

 金髪のポニーテール、制服、更に上から白衣―――。


「......なんだよ」

「おまっ、なん...むぐぅ!?」


 言いかけたアルラの口を、しぃ―ッ!?と割り込んだ大和が慌てて抑え込んだ。

 それもかなり必死な形相で。


「ぶはっ!なんでアイツがここに居るんだよ!まさか合流したかった仲間って...!!」

「(しィーッ!しィーッ!!声を抑えて向こうに聞こえる!!)」

「(仲間ってアイツかよ!?飛行船の時のヤツだろ!?お前を殺す殺すって息巻いてた錬金術師!!)」

「(色々あったんだよ!)」


 どんな色々が挟まれば殺人未遂犯と二人っきりで車上デートなんて愉快な状況になるといのだ。


「(パン屋の機材から金属ドロドロにする即席高圧バーナー創るような奴だけどとにかく今は大丈夫だから!俺を信じて!ほら、この目が噓つきの目に見えるか!?)」

「(安心できる要素が一つも無え!?)」

「(それとあの時の薬の副作用で薬を使う前後の記憶が若干飛んでるんだ、危ない奴だし下手に思い出させない方がいいよ)」


 忠告しながら、大和はアルラこそが彼女の現状を造った原因であることを思い出していた。

 アルラが知る由もないことだが、寿ヶ原小隈はアルラの強烈なドロップキックで脊椎を損傷しており、現在は箱庭製の『カフス』で失った機能を補っている。

 つまり寿ヶ原から『空圧変換エアロバズーカ』を奪ったのはアルラ・ラーファということでもあったりするのだ。

 激情家の寿ヶ原小隈が、なんらかのはずみでそのことを思い出しでもしたら...考えるだけでも恐ろしい。

 一方でアルラも飛行船での一連の事件のことを想起して、特に追い詰められた窮鼠かのじょが猫を噛もうと生み出したものを思い浮かべて表情が歪んだ。

 つまり炎の巨人、火鼠の皮衣とも呼べる巨大な人型の炎塊獣だ。異界の勇者との継続戦闘後にあんなのとまたトラブるなんて想像したくなかった。

 現実には寿ヶ原はカフスによって異能の一切を封じられているのだが、アルラからすれば寿ヶ原小隈は未だ野放しの危険な猛獣である。


「(...そうしよう)」

「何こそこそ話してんの?ウザいんだけど」

「「な、何でもない...」」


 状況を整理しよう。

 放浪という名の行方不明な少女シズクを探してエントランスへ訪れた椎滝大和は突如として元仲間の『異界の勇者』の強襲を受け、そこにたまたま居合わせたアルラ・ラーファが自らをシズクに会わせる条件の元に協力、連中を退けたというのが現状。

 どうにかはぐれた寿ヶ原とも合流して、ひとまずの危機は脱した...ハズだった。

 アルラの視線の先にはもう一人、見慣れない人物が縛り上げられた上で、ソファ上に雑に転がされているのが見えた。

 何となく察せるものだ、二人の空気が妙に重たいのはこいつが原因か。


「...ところでそれは?」

「人間を「それ」とか呼ぶんじゃありません!...こいつは詩季秋冬っていって俺たちを襲った異界の勇者の一人だよ」

「俺が相手した中には居なかったツラだな、別動隊か?」

「ちょっと揉めてて...俺への恨みから単独行動で襲ってきたのをどうにか倒して捕まえたんだ。...寿ヶ原が」

「チッ」

「...なるほど、通話に出なかったのはそういうことか」


 死んじゃないようだが気を失っている。

 しかし随分と顔色が悪いように見える。血の抜けた青白い吸血鬼みたいな色で、念のためなのだろうがダクトテープでぐるぐる巻きに縛り上げられてはいるが、それが無かったとしても、とてもまともには動けなさそうだ。

 しかしまあ、こっちで確保できなかった分はこれで()()()()とも言えるだろう。


「お手柄だな、この後がやりやすくなった」

「このあと?」


 アルラは詩季秋冬が寝かされたソファの空きに座ると、取り出したウィアの画面を親指でなぞって国営放送のニュース番組を映し出す。

 キャスターはどうでもいい天気予報だのどこどこの動物園でナニナニの赤ちゃんが生まれただのを当たり障りなく口に出して読むだけで、この事件に関しては不自然すぎる程に触れようともしていない。

 情報操作?それとも伝達の遅延?こういう状況でこそメディアは輝くというものを、


「シズク・ペンドルゴンに会わせてもらうまでにお前に死なれちゃ俺が困る、使えるものは人質だって使うさ」

「ちょ、人質って...っ!」

「えーっと、そっちの...寿ヶ原、だっけ?お前も『異界の勇者』なら二人分になるんだけど」

向こうの国(ヘブンライト)の書類上じゃとっくに死人、わかったらこれ以上アテにすんな」


 さっきから態度悪いなこいつ...と青筋を浮かべるアルラをどうにか大和がなだめていなければちょっとした拍子に極彩色がちびり出ていたかもしれない。そいつで攻撃!となるほどアルラ・ラーファも過激ではないが、大和が怖いのはそれで寿ヶ原の記憶が連想ゲームのように蘇る可能性の方だ。

 いつだって中間に立つ人間というのは損な役回りを引き受けるものなのだった。

 『枷』で異能を縛っても危険なものは危険というのは今日一番の教訓になるかも。

 気を取り直して。


「うーん......。そうなると人質の効果は薄いかもな。現実的な手段は①逃走、②降伏、③交戦くらいか。大和、どれがいい?」

「えっ!?俺!?」

「雇用主はお前だろ」


 自分たちの契約内容を既に明確化しているのは、見返りを期待しているから。

 急に話を振られた大和は話の速さに戸惑いつつも、僅かに悩んでから。


「...④説得」

「無理だな」


 アルラにあっさり切って捨てられて『うっ』となっていた。

 でも、と言い返そうとした大和をアルラが睨みつける。

 迫力に思わず黙り込んでしまい、寿ヶ原はそんなやり取りを(冷蔵庫から勝手に取り出した)飲み物を口に含みながら遠目に眺めていた。


「人を信じようとするお前の心意気は立派だよ。でもアレは無理だ、説得に応じる程まともじゃないしお前ほど性善説に染まっちゃいない。音賀佐とか言う奴は特にヤバいな、お前アイツに何やったんだよ?」

「んなこと言われても、翔から恨みを買った覚えなんて俺には無えよ...!ずっと友達だったんだ!」

「そう思ってたのはお前だけかもね。アッハッハッハいい気味」


 人の不幸(特に椎滝大和の)が大好きな少女はアルラと大和の問答を聞き流しながら、ケラケラと乾いた笑いを浮かべている。

 からん!と寿ヶ原が投げ捨てた空き缶がゴミ箱へカップイン。今度は戸棚を漁り始めて、どうやら小腹がすいていたらしい。10秒でチャージできるアレに似た銀色の真空パックの封を切りすんすんと匂いを確認している。

 どうやらお気に召さなかったらしく、これまたゴミ箱へカップイン。

 『おい!』とMOTTAINAI精神が生まれた土地から名前にまで浸透している大和が注意しようとして、しかしゴミ箱からの悪臭に思わず反射的に窓を開けるとゴミ箱を車外へ思いっきり放り捨てた。

 そんでもって何事もなかったかのように、だ。


「となると...現実的に打てる手は①逃走か②交戦のどちらかってこと、か?」

「①逃走も袋道だろ、いい加減気づけよマヌケ」

「え?なんで?」


 何故か無言で睨まれた。

 わからないから訊いただけなのに、直後に肺を絞るみたいな溜息は心に効くからやめてほしい。


「『敵』は明らかに椎滝大和おまえを狙って遥々トウオウまでやってきた。私らがエントランスに入ったのはほんの一時間前よ?こうもタイミングが完璧なのは奴らにはお前のおおよその位置を特定する手段があるってことでしょ」

「正確な位置は無機物ゾンビで特定か、一般人の被害にさえ目をつぶれば完璧な作戦かもな」

「となると確かにガハラの言う通り...①逃走は行く先々で今の騒動を繰り返すだけになっちまうのか」

「略して呼ぶなッ!!」

「今日の寿ヶ原はいつもより協力的だからイケると思って...」

「お前がっ!!奴らにっ!!殺されるとっ!!私もっ!!死ぬからだよッ!!」

「なあ、聞きたいんだけどこれで協力的なの?普段はどんなことになっちゃってるんだよコイツ」

「電波に乗せて放送したら日常会話が全部ピー音になる」

「ぶっ殺してやる!!!」



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