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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
258/268

鮮やかな破滅の再臨



 パチパチという弾けるような音が断続的に続いていた。

 二人も初めは気付いていなかった。

 大和は寿ヶ原(ことぶきがはら)という少女の素のスペックの危険性について本気で考えていて、当の寿ヶ原小隈は久しぶりの異能の出力を調整しているのか、人差し指の先端に空気の小さなボールを作って眺めていた。

 黒い波の騒音が残っていたというのも理由の一つだろう。けれど、どうあろうとも結局は時間の問題だった。

 バヅンッッ!!と。

 大きな風船に針を刺したかのような破裂音の破片に、ようやく二人の視線が同じ場所へ向いた。意図的にという意味ではなく、授業中に筆箱を落としてしまった人へ視線が集中するかのような無意識中の反射で。


「......なんだ?」


 遠くで地に伏した詩季秋冬しきしゅうとから鳴るそれいぶかしみ、目を凝らした寿ヶ原は目撃する。

 遅れて大和も、だ。

 ぴくりとも動かない、糸の切れた人形のような青年を取り囲む現象は―――...。


「白い、火花?」

「......違う、あれは」


 『静電気』と少女が口に出す直前で、弾ける。

 文字通り雷鳴が鳴り響く。一本の白色が貫いて秋冬の体が跳ねる。

 あろうことか、立ち上がる。それを信じられないといった表情で大和は眺めていて、寿ヶ原は『錬金術師』の職業病ともいえるだろうが、冷静にその現象を分析し始めていた。

 覚えている。奴の属性は勇者固有の『聖』と、奴個人の『火』だけだった。『雷』じゃあない。

 詩季秋冬の異能は斥力を操る『異物排除ファイヤーウォール』。斥力とは反発する力、物体が物体を押し合う力を指し、記憶が確かなら奴は斥力を対象へ直線状に飛ばすことで戦闘に用いていた。

 斥力...とてつもなく細かい斥力で、黒い波で空気中に散らばった道路の微細な破片を擦り合わせているのか?あの放電現象はそうして発生させた静電気を増幅させて放ったものだとしたら。

 そう、()()みたいに。

 音が。

 弾け『バチッ!』るような『バチッ!』放電音が。

 連『バチッ!』続し『バチッ!』てい『バチッ!』た『バチッ!』。

 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチッッッ!!!!

 大和は目を見開いて、


「放電!!?」


 流れる、溢れ出す。

 幽霊のようにのろりと起き上がり、言い表せないような凄まじい咆哮が雷鳴に代わり轟いた。

 思わず二人共両手で耳を覆って鼓膜を守っていた。頭上を光が通り過ぎて、道の側面にあったビルに当たるとガラスというガラスが砕き割れて透明な固形の雨が降り注ぐ。

 影がみるみる膨れ上がってゆく。

 黒い波の残骸が集まって、固まって、青年に纏わりついていく。細かすぎて遠目にはドロドロのタール状にすら見えるそれはやがて一つの形を成す。

 『手』、それから『腕』。

 巨大な...本当に巨大な一本の真っ黒な右腕だった。ただし肘に当たるであろう関節がいくつも継ぎ足され、マネキンの腕だけを大量に集めて端と端を接続したような、悍ましい歪さを醸す姿をしていた。或いは大蛇の頭を切り取って手首から先端を継ぎ合わせたような。

 とにかく、悍ましいという他なく。


『ヴォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!』


 突風の風圧に圧倒され、大和は突風に乗って皮膚へ喰いこむ微細な破片から腕を使って目を守るのに必死だった。

 喉が干上がる、言い表せない感情が腹の中をグルグルとのたうち回る。ぎりぎりと奥歯を噛んで今一度見上げた斜め上には、掌の中心に四肢を埋め込みぶら下がるような格好の秋冬が視える。

 風圧に負けぬよう、怒鳴るように叫んだ言葉は困惑を多分に含み過ぎている。


「嘘だろ...!!どうなってんだ!?なんで、ああ畜生ッ!!お前といい秋冬といい『異界の勇者』はやられる一歩手前で巨大化しなくちゃならない決まりでもあんのかよッ!!?」


 ()()()()()()()()、と飛行船に現れたキツネの化け物を思い出しながら言い返しそうになるのを堪えて、寿ヶ原は冷静に思考する。

 明らかに向こうは敵対の意志を示しているのに、だ。

 巨大な腕が起立するかのように複数の関節を押し上げて空へ登っていく。掌を開いたまま、今度は一本の大樹のように大地へ根を張り、掌の正面だけを二人へ向けていた。

 直後に、()()あの音だ。

 バヅンッッッッッ!!!と、ありふれた自然現象を本能のみで再現した落雷は大地を目指した。腰が引けている目付きの悪い青年と、これでもまだ余裕そうな表情を崩さない少女へとだ。


「がっ!!?」


 破裂音が重なり、しかしながら落雷はあらぬ方向を焼け焦がした。

 心臓の鼓動音に押しつぶされそうになっている大和が思わず瞑ってしまった目を恐る恐る開くと、直立していたはずの黒腕の根元が右寄りに、球状に繰り抜かれていた。

 直前の現実としては単純で、指先を振るった少女が居た。

 別にその動作に意味はない。パントマイムのような、あるいは単に気分の問題か、とにかく人差し指を向けた先で()()()()()

 蓄えていた熱が花火のように飛び散って、元は舗装道路だったザラザラは、飛び散るドロドロに姿を変えたのだ。


「『空圧変換エアロバズーカ』、なんちゃらと煙は高い所が好き...ってね。高所のが狙いやすいのはわかるけど直立は良くねぇわ」

「オイオイオイオイ倒れる倒れる倒れる倒れる潰れ...ッ!?」


 バランスを崩した巨腕が倒れかかり、危うくその前腕部に潰される...!?というところでだ。

 放たれた二発目の空気弾が二人の頭上の黒を蹴散らし、元々複数の関節を繋ぎ合わせたような真っ黒の巨腕は、『残った手首から先』と『肘の先端から後ろ』へ別たれる。大和たちの正面に後者、背面に前者が転がって、波に似たざざざという音と共に砂場の砂山のような塊を形成していた。

 今更になって、大和は忘れかけていた呼吸を思い出す。

 ぶは...っ!!と、声が出るくらい大きく息を吐いて、続いて体が酸素を求めて横隔膜を伸縮させる。


「ハァ、ハァ...ッ!!し、死ぬかと思った...」

「こんくらいで一々ビビってんじゃねーよ馬鹿、仮にも『箱庭』で元『異界の勇者』のクセに」

「ビビるわ馬鹿!!助けてくれたのはありがとうだけど何かやるなら一言声かけろよ報連相は社会人のマナーだろ!?」

「学生だし、社会人じゃねーし。大体自分の身くらい自分で守れカス」

「(学生って外見年齢はともかく実年齢はアラサーのくせして何言ってんだか)」

「聞こえてんだよマヌケ!!女子の年齢について言及するのはタブーだってあの子に教わらなかったのか、あぁん!?」


 本日二度目、ぎりぎりと少女(アラサー)に片腕で吊り上げられ、大和の必死なギブアップ宣言はしばらく聞き入れられなかった。

 ちり紙をゴミ箱に投げ捨てるような雑さでポイ捨てされて、尻の下でざらざらと粒子が下へ流れていく。黒腕を形成していた、元は舗装道路や建物だった粒子の砂場の上だった。

 大和はこんもり積もった山の頂上をたまたま目にして、そこには人の上半身が生えているのに気付く。

 詩季秋冬だ。


「秋冬...気絶してる、よな?っていうかまさか、殺してないだろうな寿ヶ原!?」

「別にそうしても良かったけどね。でもまあ本体に直撃したわけでもないし、生きてんじゃない?あんなんでも現役の『異界の勇者』だろ」

「普通自由落下は人が死ぬのに十分なだけの破壊力があるってことは覚えといたほうがいいぞ、割とマジで」

「自分を殺そうとした敵をどーしてそこまで心配するかね、こればっかりはマジで謎なんだけど」

「敵である前にクラスメイトだろ、お前も」

「うっせーな...んなこと気にするならさっさと引っこ抜いてやれ。あの黒いの、電熱やら空圧変換エアロバズーカの圧縮熱やら取り込みまくった余熱が抜けきってないっぽいから埋まったままだと最悪奴の下半身が焼きすぎたトーストみたいになるけど」

「早く言えよ!!?」


 慌ててざぶざぶと砂山を登っていく大和の後ろで、寿ヶ原は白衣の埃を掃ってから壊れかけの街へ目を向ける。

 まるで怪獣が暴れまわったかのような酷い有様だった。

 道路はあちこちスポンジみたいに穴ぼこを繰り抜かれ、建物は一部分をドリルに抉られたかのようにそぎ落とされたモノもある。

 そしてこれをやったのは、黒い粒子の重量のせいで大和が引っこ抜くのに苦戦している詩季秋冬。


(いや...万有引力(いのう)使えよ)


 そう、異能だ。

 寿ヶ原小隈(ことぶきがはらこくま)は『空圧変換エアロバズーカ』、椎滝大和は『万有引力テトロミノ』、詩季秋冬しきしゅうとは『異物排除ファイヤーウォール』。

 この場にいる誰もが咎人で、だからこそ感じた違和感。

 咎人の異能は精神と直結していて、だからこそ出力にもブレが出る。『空圧変換エアロバズーカ』や『異物排除ファイヤーウォール』みたいな細かく数値を調整するタイプは特に、だ。

 だからこそわからない。

 奴の『異物排除ファイヤーウォール』が、いきなりここまでの惨劇を引き起こせるまでに急成長した。自動車のエンジンを引っこ抜いて蒸気機関をぶち込んだみたいな出力の急成長の理屈が分からない。

 激しい怒りによる感情の起伏作用?

 ダメージと意識の喪失による暴走?

 それとも、まさか―――。


(『()』を?)


 丁度そのタイミングで視界の奥でうろちょろしていた大和が秋冬を引っ張り出せたようだった。

 ずるっ!!と大根を引っこ抜くみたいに勢いよく飛び出した。勢いで大和も尻もちを付いて、丁度そこが熱のたまり場だったらしく変な声を出したかと思えば跳ね飛んでいる。

 からんころんと、引っこ抜けた勢いで秋冬のどこかのポケットから落っこちたのか、黒い砂山を細長いガラスの容器が寿ヶ原へ向かって転がり下りてくる。

 靴先にぶつかったそれを一瞥して、直後に寿ヶ原の表情が引き攣った。

 危うく焼けかけたお尻をさする大和が引っこ抜いた秋冬へ目をやると、彼の体中のあちこちを覆う血液は、()()()()()()()()()()()()()()()

 二人が、別のものを見て、脳の処理に時間を掛けざるを得なく―――...。

 呟くように寿ヶ原小隈は。


「...『万能薬(パナセア)』!?」


 それは異能を強制的に暴走させるという効果を持つ鮮やかな紫色の薬品だった。

 服用量によって効果が比例定数的に増加し、咎人から本来の数倍から数十倍もの力を引き出す。

 メリットの反面、一度体内に取り込むと血液中のマ素、鉄分、赤血球その他多くの成分を破壊してしまうという最悪のリスクを孕んでいるそれは、寿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 引き抜くときに手についた、彼の姿を見るまで気付かなかったべったりとした感触に困惑しながら。


「どういうことだよ...?『万能薬パナセア』って、飛行船でお前が使った...お前が造った薬だろ!?なんで秋冬が、まさかお前っ!!?」

「違う...『万能薬パナセア』のレシピは私しか知らない、誰にも渡した覚えはない...ッ!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


 謎は深まれど晴れることは無く。

 着信を鳴らし続ける左手のスマートウォッチの振動すらも、しばらくは大和の頭に入ってこなかった。



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