包囲網共同脱出作戦其の四
誤字報告ありがとうございました
溜まってるのに気づかなかった...
「だから、それをさせねえための俺なんだよ!!」
噴き出した極彩色は纏わりつく。
道を背に、異界の勇者の進路を塞ぐアルラ・ラーファの全身へと。
煙のように、或いはヘビのように。異界の勇者に緊張が走り、瞬間的に動けたのは一部の者たちだけだった。
異界の勇者と呼ばれる者たちの中でも更に上位の者たちだ。
音賀佐翔、射日馬乱世、互係...仮にこの場に居たのなら詩季秋冬もそうだっただろう。
威圧、気合、殺気...そう呼ばれる類の何かに彼等彼女等は反応し、一歩を退いた。
「気張れよ大和、全力で逃げ切るぞ!!」
『っ!!』
通話相手の返事は待たなかった。
何ならそのまま通話を切った。向こうは元日本人、もしかしたら最初に潰した女の他にも、例えば電波を可視化して追跡するなんて能力持ちが居ないとも限らない。
可能性は高くは無いだろうが仮にそんなのが居たなら今ここでのアルラの行動の全てが無駄になる。
あくまでも最優先は時間稼ぎ。
椎滝大和が仲間と合流し、逃げ切るまでの時間を稼ぐ。
大丈夫、ウィアが向こうの連絡先を登録してくれている。
はぐれたとしてもいつぞやのビル探索のように街中のカメラから人影やアドレスを追ってくれるだろう。
「散れ!!」
ゾンッッ!!と。
瞬きの暇さえ与えなかった。踏み込んだ片足を軸に、神花之心の強化に加え遠心力を織り交ぜた強烈な回し蹴りを、しかし寸でで割って入った棟敷関将が受け止める。
詠唱が聞こえる。
ぶつぶつと小声で、前方に固まった勇者から数歩距離を置いたところで何人かが言葉を紡いでいた。
ならばと飛び上がって頭上からの蹴りを叩きつけようとしたアルラの視点が上下反転し、いつの間にか足を空に向けてひっくり返ったと気付いた瞬間に、だ。
殺到、先ずは紫炎。続いて魔法、近接戦闘を嫌った何人かが繰り出した水の弾丸を連続発射するヘブンライト由来の汎用攻撃魔法だ。
喰らって、全身を焼く熱と貫く水の痛みに横隔膜が痙攣しかけた。
痛いと叫び出しそうなのを噛み殺すのはこれまでで造った『怪物』のイメージを維持するためだった。
『異界の勇者の基本は集団戦。集団ってのはその場の空気で動かされやすいんだ』
そんな風に言ってたのは二手に分かれる前の椎滝大和で、彼は仲間の弱点を聞いたアルラにこんな風に言っていた。
『...つまり?』
『例えば何人かが「もう無理だ!」ってビビると少しずつ怖気は伝播する。あんたもわかるだろ?そういう意識ってのは案外行動にも影響するんだ、出来ないって思うより出来るって自信あるときの方が成功するアレと一緒だよ。みんなの意識に恐怖を擦り込み続けれられれば、少しは戦いやすくなると思う』
『...要するにビビらせろってお前...相手も一応は勇者なんだろ?』
ヘブンライトと言えばこの世界でも有数の軍事国家、そんな国の主力を担う一部隊がそんなヤワとは思えない。
アルラがそう考えるのも当然で、しかし大和は誰も知らない彼らを知っているから。
『元々が平和な世界の一般人だった「異界の勇者」だ、根本的に戦うって意識するのが苦手な奴もいる。重要なのはインパクト、今までみんなが乗り越えた苦境を超えるようなイレギュラーを見せつけられれば...』
生まれ育つ過程で成長と共に植えついた意識は一生剥がれない。
潜在意識。刺激するのはソレだった。
だから一度でも『弱さ』を見せてはいけない。苦手な食べ物を試しに一口食べてあっけなく克服する者がいるように、造り上げたイメージというのは壊れる時は一瞬だから。
もっと強く。
もっとイカれて。
そう見せかけるには―――。
「はは」
演出するんだ、狂気を。
手本ならいくらでもいる。
フラン・シュガーランチ、白の神父、飛行船の燃える少女、そしてノーテイム。
上っ面に塗りたくり虚飾を演じろ。
「生温いぜ『異界の勇者』!!温室育ちのハナタレがァ!!」
地に突き刺した腕を引き抜くと同時に掘り起こしたのは水道管、先の攻撃で既に地表へ露出していた部分まで。芋の根を強引に引き抜くように引っ張り上げれば、地中に埋まっていた部分は硬い地面を押しのけて地上へと隆起する。
自らの腕すらも、だ。赤く濁った己が体を魅せつけて、更なる恐怖を叩き込む。
局所的な地割れ、敵の足元は緩み武器を手にしたアルラは余裕を演じて笑っていた。
パイプがゴムと金属の中間のような質感なのは、細かいトウオウの技術の一種なのだろう。良くしなるそれを両手で構え、また迫る魔法弾を強化した動体視力と五感を以て撃ち落とす。
素早く背後に回った棟敷と正面から来る音賀佐の挟み撃ちには、パイプを棒高跳びの要領で地面へ突き刺すことで空中へと逃げ延びる。
横薙ぎの斬撃はアルラを捉え損ねパイプを半ば当たりで断ち切るも、ずり落ちたアルラは既に次の行動を見据えて極彩色を動かしている。
弾けるように言葉を紡ぐ。
「『速』ッ!!」
まだ慣れない技だった。言葉を起点に意識を切り替えなければ発動が危うい程に。
が、それがどうした。逆境がヒトを強くする。今までがそうだったように。
脚の血管を流れる脈動すらもが感触として感じられていた。
襲い掛かる紫炎、魔獣、魔法弾を飛び跳ねて避けつつ、壁を足場に瓦礫を足場に飛び跳ね続けさながらピンボール。
繰り返し移動し続けるアルラの動きを捉えるために、振るわれたのは音賀佐の宝剣、命令一つで好き勝手にと伸びる斬撃。
アルラの移動先を予測して斬撃をそこに置く、傍から見れば音賀佐の攻撃へアルラが自ら飛び込んだように見えただろう。
パイプを壁面へと突き立て、靭性でアルラの向かう先は切り替わった。
グルグルと急回転を加えながら向かう方向を切り替えた先には鬱陶しい魔法射撃組がたむろしている。『ふぇぇ...!?』と情けなくわたわたと慌てる少女には申し訳ないが、そっちが殺す気である以上こっちが加減する理由も無い。
回転は遠心力を生み、遠心力は破壊力を生む。神花之心の強化も加えた超破壊力は後方支援組にはオーバー過ぎる。
「我高ッ!!」
「ぴぃぃぃぃいいいいいいっっ!!?」
咄嗟に棟敷が割り込んだ。アルラの天地をひっくり返した時みたく『力の流れを自在に切り替える技』で少女を庇ったが、代償はあった。
体勢が悪い上にアルラの膂力が大きすぎた。衝撃は花火のように弾けて拡散していたが、火花は最も近場の棟敷を襲う。
がごんっ!?と人体から聞こえてほしくない嫌な音がした。
ノックダウン...吹っ飛んで後頭部を強く打ったのか、なんとか立ち上がろうとする棟敷へトドメを刺そうと瓦礫を掴んで振りかぶり、直後に銀色の斬撃がカーブを描いて間に入る。
否、斬撃ではない。
宝剣そのものを投げて寄越したのだ。地面不覚まで刃が突き刺さった宝剣は手を伸ばせば掴める距離だ。厄介な武器を奪うのは有効な戦法、掴み取ろうとして、しかしどうしてわざわざそんなリスクがあるマネをと反射で予感を感じ取る。
その直後だった。
前のめりに倒れた棟敷の腕が宝剣に触れた。
意図的か、偶発的か、恐らく後者。棟敷の体から地面へ伝わるはずだった作用のエネルギーは地面を伝って剣身へ向かい、宝剣は不自然に回転しながら空中へ飛び出した。
「『掴め』→"空気"」
ぴたりと停止し、音賀佐は空中で『無』を握る。
更には、パントマイムじみた動きで無いはずの武器を斜めに振り下ろす。
アルラの視界の外、右斜め後ろ方向。ブーメランのような円運動で空中の宝剣は動き出し、風を切ってアルラを襲った。
ブシッ!!!と、右足に鋭い痛みが奔る。
踵の僅か上、血が噴き出すどころか傷口は肉にまで達したようだった、回復は出来るが隙は出来る。最初の隙は次の隙を生んで、どろどろと引きずり続けることもある。
流石に片足の腱を断たれて放置は無茶な戦い方に慣れ切ったアルラと言えど難しかったのだ。『再』の急速治療を終えた辺りを見回して、思わず眉間に眉を寄せた。
「しくじったッ!!」
一瞬だ、一瞬意識が回復に向きっきりになってしまった。
倒した奴ら以外に何人かの勇者が欠けている。
退却?あり得なくはないがこの局面ならもっと現実的な選択肢がある。つまり二手に分かれ、戦闘のどさくさに紛れて大和を追跡しに行ったか。
「ヘイウィア!!」
ポロン!と小気味良いSEが鳴って、きっと『ご用件をお伺いします』と言っている。
「メッセージを送信!宛先大和、『そっちに何人か行ったぞ気を付けろ』!」
走りながら、左腕のスマートウォッチから受け取ったメッセージを聞く。
荒く息が漏れる。バケツいっぱいに水を張って、それを持って走っている感じだ。この場合水は体力、すでに何度も使い続けた万有引力の厄介な制限、つまり気力の消費も大分厳しくなってきた。
轟音を聞きながら、僅かに振り返り、思わず表情が歪む。
「もう来てるよ...!!」
濃赤、長髪、荒々しい外見と、何より一度キレたらもう手のつけようがないその正確には当時から随分と苦労させられたものだ。
懐かしいとも思わない。
「大和ォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
「詩季秋冬...!
ブチ切れている。
声というより獣の咆哮。
ある意味音賀佐より厄介な奴が来てしまったと大和は思った。
しかし、なら、他のみんなと対立してまで、彼を抑えてくれていた詩季春夏は―――...。
「っ...!!」
ぐっと奥歯を噛み締めた。キレると見境が無くなるとはいえ、春夏と秋冬は双子の姉弟だ。どんなに感情が高ぶっていようとこの世界でたった一人の肉親、最悪の事態にまでは至っていない、はず、だ。
(断言しずらいのが秋冬の欠点だな...!せっかく助けてくれたのに、悪い、詩季っ!!)
選択肢。ゲーム終盤の魔王城の四天王みたいな敵相手に、ヒノキの棒しか持たない大和に逃げる以外にどうしろと。
悪あがきだとわかっている、通じないとも知っている。
しかし、だからこそ、大和は逃げる先々で。触れて、飛ばし、落とすを繰り返すのだ。舗装道路をブロック状に切り抜いて、或いは車も上空まで飛ばして、重力と神様にお願いして全速力で迫り来る捕食者に命中するのを待つ。
秋冬は落ちてくるモノに意識の十分の一すらも割かず、怒りのままに斥力で弾き飛ばし、或いは掴み取り、幼児の積み木遊びのように乱雑に投げつけてくる。
返す刀で寄越された飛翔物はどれも『斥力』の加速故に致命傷になりかねない。服を引っ掛けただけでも遥か前方まで連れ去られて地面と飛翔物にヤスリ掛けされる未来が見えてしまう。
抗うのは弱者のせめてもの権利だ。
「無駄なんだよ大和!!てめーが障害物落としてこようが爆弾投げつけようがバズーカぶっ放そうがおれには通じねえ!!おれの『異物排除』は全てを拒む!!てめーが馬鹿みたいに繰り返してるそれは、銃が無いからって弾丸を素手で投げつけてるようなもんだ!!節分の豆みてえになぁぁぁあああ!!!」」
「うる!せェ!!!」
ゴォン!!グォン!!と落下物は量産され続ける。
弾き飛ばされ、逆に大和への危険が増しているのに、だ。全部を諦めて何もせず食い殺されるより、今わの際で精一杯バカなりに頭動かして思い付いたアイディアに命を託す。既に決断は済ませている!!
「オオオオオオオオォォォォォ!!!」
「なっ!道路を!?」
抉れる。というより押し出されている。
ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、と。
悍ましく蠢く黒い粒子は地中から現れた。斥力を斜めからシャベルのように加えて加圧することで舗装道路を押しつぶし、すり鉢で石をすりおろすように細かく砕いているのか。
砂場の砂を足裏で斜めから強く蹴り押すようなイメージだ。
風の強い日の校庭で足に当たる砂の痛みを知る者ならば、あの波の破壊力を正しく理解できるはずだ。
土や地中の管をも微塵に砕いて混ざり、生じたのはどす黒い粒子の津波だった。
「お前バカそんなん死ぬに決まってるじゃねえかああああああああああああああああああああああああ!!!」
万有引力は一度に飛ばせる数が限られている。ああいう広域波状攻撃はまさに天敵、持続的に波は生み出され続けているので仮に上空へ一時的に避難したとしてもいずれは体力が持たず力尽きるだろう。
ざりざりざりざりざりざりざりざりざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざッッッ!!!と。
道を端から端まで埋め尽くす黒い波に触れた車や落下物が瞬く間に削られる。
いつぞやの歴史の映像学習で観させられた蝗害のビデオが脳裏に浮かんでいた。
(いくらなんでもおかしい!音賀佐は死体を持ち帰るって言っていた、あれじゃ死体どころか骨の一辺すら残らないじゃないかっ!!)
少しずつ違和感は感じていた。
確かにキレると何をしでかすかわからない奴だった。
だけど。
「お前もっ、おま、おれを裏切るのか!?友達だと思ってたのはおれだけでっ」
秋冬の様子がおかしい。
呂律が回っていない、どす黒い砂利の波に乗ってで今にも倒れそうなほど体を折り曲げている。口の端からは透明のような少し赤いような、得体の知れない液体が垂れている。
血走った眼に映るのは、椎滝大和の背中だけだった。
それ以外を見ない、見ようとしない。『もし逃げ遅れた一般人が一人でも建物で息を潜めていたら?』なんて想像もせず、あるがままの暴力を子供のように振るって暴虐を尽くす。
「お前もォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ――――――!!!!」
ボッッ!!と通り過ぎる風が、秋冬に触って爆ぜた。
熱という熱が拡散する、透明の花火が弾けたかのように、或いはまるで空気が爆裂したかのように。
黒い砂利の波はあっけなく内側から破裂して
がっ...!?と空気を吐き切った秋冬は地面を何度もバウンドして、落下の衝撃でぺちゃんこになった車両にぶつかった。
「おやおやァ~おかしいわね」
空気は圧縮することで熱を帯びる。
世界に刻まれた絶対不変のルールの一つを容易く従えた少女の異能は『空圧変換』、大気を思うがままに圧し硬めて、そして放つ。その名にふさわしくまさにバズーカ。
「バズーカは通じないんじゃなかったのォ?」
「寿ヶ原!!」
寿ヶ原小隈は不機嫌そうに久々な己の異能の使用感を確かめていた。金髪ポニーテールが自らの異能の爆風で靡いて、
セントラルステーション......駅の正面入り口まであと百メートル足らずというところだった。どうやら彼女は彼女で大和とは反対方向を探し回っていたようだ。彼女の通り道、背後の道には粉微塵に砕かれた上に焼け焦げた通り越してどろどろのでろでろになり果て異臭を放つ無機物の山が捨て置かれていた。
枷の電波捕捉範囲に大和が入ったのがついさっきなので、もしかしてそれまでこいつらに永遠と追っかけられていたのか?
「無事でよかった!!ぶっ倒れてたらどうしようかと―――」
がっしり顎を掴まれた。
片手である。きりきりとクレーンを吊り上げるように持ち上がりつつある。踵が浮いてつま先立ちに、そしてどんどん......
「お前、暗に私の暗殺でも企んでるわけ?リニアでは体のいいこと言っておきながらすぐにこれ!!無事でよかった?念のためにもう一度言っとくわね?私を殺す気かッ!!?」
「ひぃいいい!!ふはほほひはへへほひはははいひゃんかはんはへほっははへひほひほほはひひほはへはははんひほはひほほひひほほへはひほへはひはひひはひひはひひはひひふひふひふひふひふ!!」
べちんと雑に離されて危うく頬が内側へ引き裂かれるところだった。
前々から感じていたことだが素の膂力で人間を超越していたら枷で異能を封じたところで大して意味はないのでは?
ホードに相談したら筋力制御とかそっち系の機能も加えてくれないだろうか。
「端末の捕捉圏内から声は通話で拾ってたけど改めてどういう状況なわけ?お前が詩季に追われる理由がさっぱりなんだけど」
「当事者が事の全容を把握できてると思ったら大間違いだぞ、秋冬だけじゃない、音賀佐翔も山尾雲母も三角丁利も...とにかくみんなだ。みんなが俺一人を狙ってこの街を襲ってる!!」
「ふーん」
自分にも関係があることなのにここまで興味関心を持たずにいられるのは逆に感心してしまう。っていうかそう言えばこいつ、雫以外に友達いなかったんだっけ...とか口走ったら今度は頭をプロレスラーがリンゴ握りつぶすパフォーマンスみたいにぐちゃっとされかねない。
「っていうか寿ヶ原お前よく傷一つなく無機物から逃げ切ったな、異能の使用許可出したのついさっきなんだけど」
「ベーカリーからガス管引っこ抜いて錬成した即席ガスバーナー、本格的な石窯とコークスでもあればもうちょい楽だったのに」
何やらおっかないことをサラッと流したような気がするが、もしやコイツ『空圧変換』なんてなくたって十分危険なのでは?
牙が無かろうがライオンはライオン、牙が無いなら爪で抉ればいいじゃないの精神で襲い掛かられたら一瞬でズタズタにされそうだ。かといって爪まで封じてしまうと今度は今回みたいな場合に寿ヶ原が単独で危機を乗り越えられなくなるかもしれないし...




