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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
256/268

包囲網共同脱出作戦其の三



 力任せ。とはいえ、考えなしではない。

 束ねた木の幹を折り曲げるような凄まじい音と衝撃は、アルラが全力で殴りつけた地面を中心に広がっていく。亀裂が蜘蛛の巣のように地を這って、末端は『異界の勇者』のつま先へ触れた。

 アルラの殴打の衝撃が地下まで広がり水道管を傷付けたのだろう、あちこちの亀裂の末端から勢いよく噴き出した水の壁は、一瞬ではあったが、アルラと異界の勇者を切り分けた。

 噴き上がった水が重力で落ちるより速く。


「我が皮膚は赤リンと化す、我が記憶は煙に燃ゆる」


 詠唱、流れるような言葉の緩急は未知の敵を侮らず、最後方で様子を伺っていた射日馬いくさば乱世らんせの言葉の波は、術式を最もコストを抑えた状態で最高火力まで持っていくための手段。

 普通に撃てば味方の誰かしらに当たる位置取りも、形状火力共に変幻自在な彼の術式なら問題なかった。

 左腕を伸ばして指は拳銃のジェスチャー。指した先は標的で、腕の付け根に右手の親指を押し当てる。

 ボウッ!!と。言葉の通りに、()()()()()()()()()()()()


「『流れ星の夢を観た(ザ・マッチ)』!!」

「っ!?」


 彼自身の記憶を燃料に、射日馬乱世の紫炎は燃える。

 親指が左腕をなぞることで生じる紫炎が渦を描く。亀裂の中心、アルラを取り囲むように炎の渦が完成し、雨粒のように落ちてきた水滴が瞬く間に蒸発して消えた。

 灼熱の壁は容易く、ちっぽけなたった一人の咎人を封じ込めてしまう。熱がじりじりと皮膚の表面から浸透していく痛みはこれまでになく―――...。


『詠唱があったなら、射日馬の紫炎には()が付与される。()()()()()


 紫炎の中で、言葉は黒い円形の端末の中からアルラにだけ聞こえていた。

 渦の外では継続的に火力を送り続けていた射日馬が表情を変える。炎の壁に現れた亀裂ヒビを目撃し、思わず舌打ちが漏れる。

 火力ではなく自由を奪うことを優先したのが裏目に出た。


「追撃ッ!!」


 這い出てきたモノ(アルラ)の顎を下から掬い挙げ、確かな感触が実端みはじ速人はやとの拳に圧し掛かった。

 だが()()()()()。足が地面を離れもしない、確実に脳を揺らす衝撃があったにもかかわらず意識すら刈り取れない。

 困惑する実端の巨体の背後からまた別の影が差し、実端の首へ伸びるアルラの手を蹴り上げた。

 引き延ばしたゴムのようなばぢんっ!!という音。おかげで咄嗟に下がって逃れられた実端の隣を、超高速の『何か』が通り過ぎていく。


「助かったぜ仲津木なかつぎ!」

「あいよー」


 ドップラー効果というものがある。

 救急車とすれ違って、向かってくるときと遠ざかるときでサイレン音の音程がおかしく聞こえるアレだ。

 音...つまりは『波』の発生源が移動することで周波数が引き延ばされたり押し詰められたりすることで起こる現象、それがドップラー効果と呼ばれるもので、当然その法則はこの世界(アリサスネイル)においてもごくごく一般的なものである。

 ()()()()()()だっ()()

 異能『0/0拍子(ソニック)』...仲津木穏歩なかつぎおんぷは動くほどに加速する。加速に上限は無く、仲間たちは皆彼女に対してアクセルを踏み込めば無限に速度を増していくスポーツカーのようなものだという認識を持っている。

 最速の『異界の勇者(クラスメイト)』、


(...とか言ってたっけ、確かに速ェ)


 目で追えないほどに加速を続け、一撃で仕留められるだけの機を狙う仲津木にばかり構っていられなかった。

 唐突な来客に臆さず向かってきた少女がいた。

 左手に数珠、右手に乾いた木の枝を持つ梨菜律動なしなりとうは、一言の内に己が術式を完遂する。


「招来、『大盗賊クバママ』」


 骨格改造、どころの話じゃなかった。内側から膨れ上がるようにして、骨格どころか性別まで面影一つなく別人に変化したのだ。

 膨れ上がった筋肉は浅黒く変色し、無精ひげまで生えて全身には古傷まで浮かび上がる。

 持っていた木枝までもが鈍い輝きを放つ大太刀に変化していた。

 余所者のアルラが知るはずも無い。

 その名前は百年以上も昔に、ヘブンライト王国を恐怖に染めた盗賊団の頭領のものであることを。


『梨菜律動は自分を依り代に霊を降ろす!』

「つまりイタコか!!」


 ウィアを通して届く助言の直後に頭目掛けて振り下ろされた大太刀は、瞬間、側面を平手でたたいて軌道を反らす。アルラは肩の一部を斬りつけられたが、大振り故に躱された後に切り替えせず、大太刀は地面に新たな亀裂を生みつつ食い込んだ。

 ドッッ!!と打ち込んだ拳が鳩尾みぞおちへ喰いこみ、『大盗賊クバママ』とやらに擬態中の梨菜は血を吐いた。

 既に次の勇者へ目標を移そうと思考し、アルラが意識を向けた一瞬で。


「招来...『狂獣人ヴォルフヴラト・ネッツアーク』ッ!!」


 瞬間的な変化、両腕と胴体の一部だけの歪な降霊、変身。

 引き抜こうとした腕が引き抜けない、どころか太い釘を撃ち込まれたかのような痛みが腕の内外で炸裂し、そこでようやくアルラは自分の撃ち込んだ腕に『狂獣人』とやらの爪が喰いこみ、固定されていることに気付いた。

 ブチブチブチブチッッ!!?という皮膚を裂く不快音を聞いて、一切躊躇うことなく腕を引き抜こうとしている痛みの持ち主以上に戦慄していたのは、与えた側の梨菜だった。

 ぞくっ!!と背骨を氷水につけたような悪寒に身震いしていた。

 彼の、アルラ・ラーファと名乗った男の間近で視た瞳が、あまりにも狂気に塗れていたから。


「っ!!来ちゃダメ、仲津木っ!!」


 遅い、と唇が動いて、アルラは折りたたんだ左腕を首の横に置く。肘を真横に突き出すような格好となり、直後に衝撃が左半身から右へと突き抜ける。

 魔法的な光を放つ短刀ナイフを手放しながら、自らアルラが空中に置いたエルボーへ当たりに来たのは、圧倒的な加速を携えた仲津木穏歩だった。

 超加速故に意識が相手の動作に対応しきれない。直線的かつ短絡的な動きも()()()()

 がぼっ......!?と。

 アルラが狙ったのは首だったが、流石は『異界の勇者』と言うべきか。ギリギリ首を避けて胸と首の中間くらいの位置にカウンターの位置を逸らしている。何本か骨が砕けて血反吐を吐いて苦しんではいるが、即死は免れた。


「こいつ!!捕まったフリをっ!?」

「狙ってくるならここだと思ったよ」


 驚く梨菜を横目に、殺到する他の勇者共へ返す刀で捕まえた仲津木の腕を振り回して投げつける。

 瀕死の仲間に数名の勇者クラスメイトが対応せざるをえない中、未だに右腕を捕えられているアルラは一歩を踏み込んだ。

 つまり梨菜律動の方へ自ら、だ。これで引き抜かずとも右腕を曲げられるだけの『溜め』が作れた。

 イメージは昔懐かしいゲームセンターにしかないピンボールの発射装置、或いは鉄杭砲パイルバンカー。ほぼほぼ体が密着する中、押し込めた腕を力任せに前方へ押し放つ。

 ブヂヂヂヂヂヂッ!!と皮膚が裂ける代償はあったが、梨菜は骨や内臓に比にならないダメージを喰らいながら建物の壁を突き抜けて吹っ飛んでいく。

 外壁が崩れていく音を聴きながら、口に溜まった血を吐き捨てて言い放つ。

 

「これで4人」

「.......ッッ!!くっそぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」

「待つでござる速人!!」


 実端速人みはじはやと草書記くさふみしるす

 片やボクシング部の元エース、片や忍者マニアの暗記使い。怒りに任せて突撃しようとした実端と、制止も間に合わず仕方なく援護する草書を迎え撃つ。

 背後からは三角みかど丁利ていりのトラに似た合成魔獣が飛び掛かってきている。

 加速した思考の果てに。


一点集中ワンポイントブースト、『(A)』!」


 トラモドキの間合いへ自ら飛び込む。振り下ろされつつあった爪はアルラが近づいたことで致命傷を外れ、アルラが頭を守るよう置いていた右腕に食い込むだけに留まった。一歩間違えれば頭が縦にスライスされていた危機的状況をものともせず。

 目の前にあった顎の下の肉を万力を以て掴み取る。

 体をくるりと180度反転し、トラモドキの突進の勢いをも利用して地面に叩きつけた。つまりアルラと実端、草書の間にトラモドキが位置取るように、だ。

 ワンバウンドの後に、パァンッッ!!という風船が弾けるような音を鳴らし、トラモドキは極彩の拳を撃ち込まれて胴体から弾け飛ぶ。

 飛び散った骨と血の散弾は実端、草書両名へ。

 瞬間、血の壁を掻き分けて迫る拳を最後に二人の意識は途絶えた。

 烈風が渦巻く。

 宝剣の輝きが気付けば間近で煌めいた。振り返れば、そこに音賀佐翔がいた。両手でしっかりと握りしめた剣を斜め上から振り下ろそうとして、二人の視線が交差する。

 強化した思考力、動体視力、反応速度だからこそ生じた時間。

 アルラは予測した刃の軌道上へ左腕を置き、痛みと傷は伴うが骨で刃を食い止めようとして―――。


『受けるな!!』


 ほとんど声への反射で思わず置いていた腕を上体ごと逸らし、目の前を刃が通り過ぎた。

 直後に、軌道の延長線上で建物が斜めに()()()

 『声』が無ければ、首が腕と共に飛んでいた。背筋に冷たい感触を残しながらも細かいバックステップで続く連撃を辛うじて躱す。

 眼、肝臓、腱、首、狙われるのは見事に、斬られればひとたまりもない人体の急所ばかりだ。打撃ではなく斬撃である以上それ以外でも喰らえば致命傷になりかねないが、どうにか躱せる速度ではある。

 ただし、辛うじて、だ。


「皆を...良くもやってくれたね...!!」

「ああん!?こっちのセリフだ!!」


 皮一枚を次々と裂いていく。頬を、腕を、脚を、脇腹を、肩を、こめかみを、手の甲を、徐々に赤色の線が覆っていく。アルラが何とか、体捌きで皮一枚に抑えている。


「何の大義があってか知らねェが」


 常に近場に異界の勇者を。

 こうすれば、奴はあの妙な『異能』を使えない。仲間に当たる可能性を考えて全力を行使できない。

 これまで倒した異界の勇者は全員ギリギリ生かしてある。倒れた奴らは人質、生きてる間は気に掛け続けなければならない。


「テメェらは街を巻き込んだ、俺たちが暮らすこの街をだ!こいつは正当防衛って奴だぜ!!」

「だが誰も殺していない!過剰防衛が過ぎるぞ悪党!!」

「テメェらも殺す気だったくせに!!」


 殴り、叩き落とす。剣の側面を叩いて逸らす、梨菜律動の大太刀でやったように。

 もはや僅かなダメージはダメージとすら捉えない。トウオウに来てから溜め込んだ寿命もまだまだ残っている、いつでも治癒できる。

 受けるだけでは浪費するだけだ。ならば撃ち込むしかない。


一点集中ワンポイントブースト、『()』ッ!!」


 加速しろ。

 奴の剣より速く、考えるより速く。

 弾く弾く躱す弾く殴る躱す弾く躱す躱す躱す殴る弾く弾く躱す弾く躱す弾く殴る躱す躱す弾く―――。


「押されてる...音賀佐が!?」

「嘘だろ...」


 躱す弾く弾く躱す躱す殴る躱す弾く殴る弾く躱す躱す弾く殴る弾く躱す殴る弾く弾く躱す躱す躱す躱す弾く殴る躱す弾く殴る弾く弾く躱す躱す弾く躱す弾く殴る躱す弾く殴る殴る躱す殴る殴る弾く殴る躱す躱す弾く殴る躱す殴る躱す殴る弾く弾く殴る殴る殴る弾く躱す躱す殴る殴る躱す躱す躱す躱す躱す弾く殴る殴る弾く殴る躱す躱す殴る弾く躱す殴る躱す躱す躱す弾く弾く殴る弾く弾く躱す躱す殴る弾く殴る躱す躱す殴る殴る殴る弾く殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る――――――。


「蹴っ飛ばすッッ!!」


 ゴウッッッッ!!!と。

 空気を押しのけ音賀佐は消える。いくつもの建物を矢の如く貫通し、粉塵と衝撃を巻き散らかしながら。

 何人もの勇者クラスメイトが信じられないという表情で敵対者アルラに視線を向けていた。鬼気迫るその表情に気圧される者すらいた。

 対してアルラはぜえぜえと荒く息を吐く。胸元に当てた手からはぬちょりという不快な感触があった。

 斬撃跡。トドメの蹴りと同時に斬られていたのか、肩から脇腹に掛けて赤く太く、刻まれたそれの苦痛自体は大したことは無く。

 ごぶっ...!?と。

 決して少なく無い量の鮮血がアルラの口内から湧いて地面を彩った。

 斬撃によるダメージ、ではない。体の内側へのダメージ。即ち、危うく膝を付きかける程の、これまでにない『神花之心アルストロメリア』の身体強化による副作用。

 『神花之心アルストロメリア』などちっとも知らない異界の勇者(クラスメイト)からすれば、それは音賀佐翔の与えたダメージに映ったはずだ。


(保険に...もう少しだけハッタリかましておくか)


 極彩色はいつだってアルラだけの味方だった。


「『()』」


 呟き、傷は癒える。寿命という重い代償を支払い、その場しのぎの特化治療によって、異界の勇者が与えてきた数々の傷は跡形も残さず枯れ萎んでいく。

 異界の勇者にとってはこれ以上とない絶望のはずだ。

 実際には身体強化による内面のダメージは治癒しきれていないとしても、意識の奥底に根底的な恐怖を植え付け、戦いのモチベーションを叩き落とす。

 そのつもりだったのに。直後の声がアルラの思惑を容易く断ち切ってしまった。


「恐れ入ったよ、人にこんなに殴られたのは生れて始めてだ。並の使い手じゃない予感はあったがこれほどとは」


 直後の声がアルラの思惑を容易く断ち切ってしまった。

 塵と埃が舞い上がり続ける瓦礫の山が一振りの内に斬り飛ばされた。

 足音が近づいてくる。破壊跡を深々と残す建物の奥で、確実に奴は一歩ずつ近づいてきている。きっと服の埃でもはたき落としながら。


「なんだ、まだやろうってのか?大人しく回れ右して帰るってんならまだ赦してやらなくもない」

「...いくつか分かったことがある」


 最初より薄汚れてはいたが、外見から判断できるようなダメージはアルラの眼には映っていない。

 いくら一点集中の速(そくどとっか)の強化だったとはいえ『神花之心アルストロメリア』は『神花之心アルストロメリア』、一発一発の打撃も人の骨くらい難なく粉砕してのける威力を誇っている。

 現れた音賀佐の視線はアルラの両腕に向いていた。


極彩色それに魔力を感じない、つまり魔法じゃない。君の()()は『異能』、でもたかが一異能にしては出力が桁外れだ。ならばその理由は?考えるに、能力発動に何らかの代償があるタイプだろうね。そういうところで言うと大和の『万有引力テトロミノ』に近いのかもしれない」


 思った以上に頭がキレる。

 というより、実戦経験が桁違いなのだ。約十年を実際に戦場で過ごし、数多の屍と経験値を築き上げてきたのは音賀佐に合ってアルラにはない『努力』だ。

 観察眼も鋭い、長引かせるほど情報を揃えられてこちらが不利になるだろう。

 やるなら速攻、それも一撃で仕留めきるのが望ましい。


「聴いているんだろう?大和、そこの彼と通話を繋いで」

『っ!』

「あーあバレてら」

「通話を通じて大和にリアルタイムで僕たちの能力を解説させていた。最初に雲母きららを狙ったのがいい証拠だ、大和をこの場から逃がしつつ君は僕たちを足止めする係というわけか」


 エスパーかよ、とアルラは苦笑いするしかなかった。

 容易く思惑を読まれたことに、大和は改めて音賀佐翔という存在の恐ろしさを受け止めた。

 宝剣の切っ先を向けられているのは、実際にはアルラ・ラーファ。なのに今もなお必死に走り続ける大和は全身の鳥肌を収めることが出来ずにいる。

 かつての仲間からの殺意を否定したいのに出来なくて、震えが止まらない。


「悪いけど逃がさない。僕は僕の目的のために、必ず大和きみを連れ帰る」



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