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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
250/268

枯れた好奇心の跡地に咲く見知らぬ花



 建物の中に残っていた人もあっという間に逃げ出した。

 窓の外から突然人間が飛び込んでくればそりゃそうだ、散らかったデスクには何とも言えない既視感が蘇りそうになった。

 少女を下ろして、堪えていたものが吹き上げてきた。

 心臓が激しく脈打っている。血圧が上がって、呼吸と同時に体内で裂けた血管から滲み出た血液が口まで逆流し、吐き出された。


「ちょっと大丈夫!?まさかさっき...!」

「...どうってことない。ちょっとした持病みたいなもんだ」


 副作用、という名の代償。

 『神花之心アルストロメリア』による肉体強化は負担が大きく、たびたびアルラを傷付ける。いつもより更にそれが激しいのは言う間でもなく、編み出した()の仕業だろう。

 げぼげぼと水気を含んだ咳を繰り返すアルラを心配した少女に『問題ない』と言葉を返し、さっきここの人達が出ていった扉に向かって歩き始める。

 出口を目指す。扉を出て廊下へ、エレベーターは無視してその奥...非常用階段と記された扉を潜り、上を目指す。

 屋上へ出られる扉には鍵がかかっていたが蹴り破れば問題ない。ガシャンッ!!と派手な音をたてて扉が吹っ飛んでいった。


「持病って...」

奴ら(ゾンビ)は人間の形をして動きも人間を真似てた。身体能力もまあ高くはない。俺なら建物の屋上を()()()()移動できるが、奴らにゃ無理だろうぜ」

「だから地上に逃げるんじゃなくて屋上に」

「舌噛むなよ!!」


 建物ビル建物ビルの間に生じた隙間を軽々と飛び越え、『割とすぐ最近もこんなことやってたな...』とか鉄砲野郎ユーリーのことを思い出していたアルラは、抱きかかえた少女が街全体を俯瞰するように眺めていたことに気付く。

 パニック、としか言いようがなかった。

 悲鳴が飛び交って、至る所で無機物ゾンビの群れが蠢いてるのが一目でわかる。 

 思わずぽつりと誰に訊ねられたわけでもない感想を口に出していた。


「まるでチープなゾンビ映画だな。噛まれても感染しないのはいいとして、あちこち酷い有様だ」

「ええ。でも見て」


 だんっ!!という着地音の寸前に少女は観察を促す。

 丁度十字路の角に当たる建物に降り立ち大通りが見渡せた。

 一旦腕から降ろした少女シズクの差した指の延長線上、四、五体程の群れが集っている。が......


「...大人しい?つーか動いてない...?」

()()()()()()って感じね。今度はほら、あそこよ」


 すすいと少女の指がずれていく。

 道路を塞ぐように車両、その前方には人と、向かう先には無機物ゾンビがいる。


「発砲してる...警察?でもやっぱり、撃たれてる(あっちの)無機物ゾンビも動かないな」

()、ね」

「え」


 少女に視線を向けた一瞬の内に事態は急変した。

 金属のワイヤーを無理やり引き延ばしたような耳障りな雑音ノイズ。それに様々な素材が擦れる異音ノイズ。付け足すように銃声と悲鳴が入り混じり、数秒前とは全く異なる景色がそこにある。

 より一層甲高い悲鳴に反射的にアルラが視線を引き戻すと、警官に撃たれていてもずっと無反応だった無機物ゾンビが暴れ出していた。

 瞬間、浮かび上がる記憶。

 少女こいつを放り投げて、無機物ゾンビの群れに落っこちた時。あの時の無機物ゾンビは、確かに―――...。


(俺に向かって手を伸ばしていた!)


 少女こいつじゃなく、俺に、だ。

 最初は絶対に少女を狙っていた。いつの間にか対象がアルラにすり替わった?だとしたら、そのタイミングは?

 一つしかない。警官への対応を見てもそれは明白だろう。


「障害の排除、優先順位の変動...なるほど()()だ。やられたらやり返すっていうのか...」

()()とも言い換えれるかもね。あ、警官やられた」

「...つーかよく気付いたなお前」

「ん~?まあ普段から()()()()()()からかもね」


 プログラムなのだ、要するに。

 ①術者が追跡対象の情報を入力する。

 ②対象を発見後、追跡する(目的は捕獲或いは殺害)

 以上の基本のルールに加え、『対象追跡への妨害が加わった場合の条件式』が加わった結果があの行動。優先度の最上位に『妨害者の排除』を設定し、徹底的に報復を開始する。

 手を出しさえしなければ基本無害。だが一般人がそんな結論にすぐ辿り着けるはずがない。

 街中で起こってるパニックは恐らく本来必要の無かった自衛の結果だ。無機物ゾンビという非日常...恐怖か潜在的な防衛意識か、どこかの民衆だれかが手を出した。

 そいつは『妨害者』となり報復されたはずだ。そしてこれだけ人の多い街で観衆が居ないはずがない。無機物ゾンビの報復は傍から見れば一方的な攻撃に映り、パニックは人を伝う。

 傾斜で雪玉を転がすみたいに、膨れ上がって駆け降りた。

 何も知らない民衆からの()()()()。『妨害者』は増殖し、報復され、その光景を見た観衆が先制的自衛を行う。繰り返す。

 負の循環だ。

 そしてよく出来た術式だと認めざるを得ない。混乱が広がれば広がる程、妨害者含めた対象はネズミ算的に増えていく。無機物ゾンビ自体の個体数も戦うほどにあらゆる無機物を吸収して増えていく。あとは数の暴力で本筋の『対象』に辿り着く。

 目的が捕獲であれ殺害であれ関係ない。数の暴力とはそれほどまでに圧倒的な力だ。


「本体の魔法使いはかなりのやり手ね、無関係の人間まで平気で巻き込むやり方はクソだけど効率的だわ。敵の本体はよっぽど道徳の成績が低かったのね」

「...つーか、何者だよ敵。最初から狙われてたんだしお前心当たりとかないのかよ」

「ありすぎて無いわね!心当たり!人に恨まれるようなことばかりやってきたから!!」

「クソガキ!!」

「でも大抵は相手が悪いのよ?私は火の粉を被る前に払っただけよ」


 敵に対して、アルラと同じ感想を少女も口にした。

 強風が栗色の髪を後ろへ撫でて、まるでつまらない映画でも眺めているかのような無機な表情を覗かせる。

 思わずラミル・オー・メイゲルという少女を重ねてしまい、アルラの中に心配の感情が生じていた。

 彼女は巻き込まれて居ないだろうか。カイ・アテナミルは...まあ自分で何とかするだろう。連絡を取ろうにも二人は携帯なんて持ってないし、そもそも『ウィア』が全く反応してくれない。

 ギリギリと、ビルの縁から真下を見下ろすと中途半端な高さで外壁清掃用のゴンドラが放置され風に揺れていた。


「さてと。話を戻して、一通り観察したけどこれからどうしようかしら。あなたの意見が聞きたいわ」

「意見も何も...前提が足りな過ぎるだろ。敵が不明、目的も不明、辛うじてわかったのは無機物ゾンビの生態の一部くらいだ。んで生態それに付け加えると無機物ゾンビ共は多分、全ての個体で攻撃対象を共有してる。逃げてるときにばったり出会った個体まで襲ってきたし確定だろ。ありゃ恐らく『妨害者』ってのも一纏めにしないで妨害頻度ごとに順位付けして細かく優先設定してやがるな」

「観察が得意なのね」

「まあ、普段から()()()()()()からな」


 倒れた警官たちを踏み越えた無機物ゾンビは次なる『妨害者』を見つける。倒れた警官は気を失っているだけのようだった。妨害頻度は報復の過激度とも比例しているみたいだ。

 恐怖に呑まれた民衆の一人...OL風の女性が何か叫びながら手当たり次第に投げつけている。バッグ、携帯、石ころ、破壊された警官の防弾盾の破片。沼へ沈むように、無機物ゾンビの体に呑まれ吸収されていく。

 やがて一定量に達したのか、ぼこぼこと内から膨れ上がったゾンビが二体に()()()

 彼女は尻もちを突いて涙を浮かべて、全身を震わせて恐怖を表現している。

 救える一般人を見捨てたとあっては目覚めが悪い。シズク・ペンドルゴンはどうすればアルラにバレずに自然な流れで彼女を救助できるかを考えていた。


「...お前は騒動が落ち着くまでここで隠れてるか、タイミングを見て避難しな。そうだな...目に見える範囲から無機物ゾンビが消えてから最低でも一時間は待機しろ、避難は出来るだけ人が多そうな場所を目指すといい」


 無責任に言うだけ言って、彼は運動前の体操でもするように腕の筋肉を伸ばしている。

 傾けた首からバキバキと不安になる音が鳴る。

 口元を拭った手の甲に塗りたくられた赤色を、シズク・ペンドルゴンは見逃さなかった。


「...ちょっと待ってよ。まるで私を置いていくみたいな言い方じゃない!」

「観察のおかげで糸口はつかめた。ここまでやった後で悪いがお前やれる善意はここまで、後は好きに動くとするよ。拾い物のボディーガードにしては上出来だろ?」

「糸口って、何もわからないと言ったのはあなたでしょ?そんな状況に糸口なんて―――」

「あるさ」


 最初から、前提から、根本から『わからない』を削ぎ落す。

 最初からなかったものとして話を進める。あとで困るとしても、不安が常に心にあるとしてもいつかその時の自分に任せることにして、そういう開き直りも時には必要と学んだ。

 故郷を二度失う不安に駆られてやっちゃいけないことをした馬鹿シャハトから学んだ。

 今はとにかく―――...。


()()()()()()()()


 飛び降りる。

 放置されていた清掃用ゴンドラの縁に着地して、更に足を押し出す。重力に相乗りするようにして斜め下へと落下していく。

 触れる前に壊した。無機物ゾンビの腕は恐怖に叫ぶ女性に触れることなくどこからともなく突き抜けた青年によって千切れ飛び、瞬間。

 全ての無機物ゾンビの敵意は集中する。

 取り残された少女はビルの屋上から身を乗り出してそれを見ていた。

 激しく動き回る彼の姿を目で追う。思わずにやけてしまう。


「何よそれ...」


 殴る蹴る抉る割る裂く引きちぎる吹き飛ばす薙ぎ倒す払いのける食らいつく。暴力に分類されるありとあらゆる肉体言語を駆使してことごとくを寄せ付けない青年に釘付けだ。

 どっちが化け物かわかりやしない。

 無機物ゾンビに赤い血が通っていたなら今頃あそこは血の池だ。地獄の閻魔様もドン引きだろう。


「全個体共通の...目下最優先の排除対象に自ら立候補するって訳?他に敵意が向かないように...!!進んで不特定多数の赤の他人の囮になるってこと!?」


 かつてない事態に箱庭の暴君ことシズク・ペンドルゴンは、ぷっ...!と吹き出している。

 不謹慎は百も承知で、だがしかし。


「あっっははははははははははははははははははははは!!!凄い!凄い馬鹿だあいつ!お人好しなんてレベルじゃない!」


 堪えていた。込み上げてくるそれをせき止めていた。

 でもダメで、感情のダムはあまりの水圧に耐え切れなくなって簡単に決壊した。

 ガガガガガガッ!!というさながら工事現場のような音の洪水は群がる無機物ゾンビを片っ端から撃退し続けるあの青年を中心に巻き上がり、弾けとんだ無機物ゾンビのパーツの一部がここまで飛んできて頭上を通り過ぎていった。弧を描いて落下していくそれはカタカタと蠢いていたが、少女が何の気なしに指を振るうと共に内から爆ぜて消えて無くなった。


「まっ......すます!!あなたを気に入ったわ!!ああもう、せめて名前くらい訊いておくんだった。っていうか私も名乗ってないし!!」


 アルラの押し出すような前蹴りがその時最も間近に迫っていた個体のどてっぱらを捉え、四肢を残し胴体だけが砲弾のように地面に並行に突き抜けた。

 偶然にも周囲を巻き込んで吹っ飛んだおかげで包囲網に穴が開く。

 ここぞとばかりにトンネルを抜け、ギリギリ無機物ゾンビが追い付ける程度の速さで遠ざかるアルラの姿を見送った。

 予想だにしなかった収穫に満足し、また出会える運命にあることを願いながら、少女もくるりと向き返って扉のドアノブをひねる。またもや鍵がかかってるらしく開かない。ので、えい!と彼を真似して前蹴りを繰り出すと金属製の扉はひしゃげて吹っ飛んでいった。

 また会えるかなあなんて新しい興味の矛先に想い馳せながら、だ。

 携帯に映る連絡先一覧の中から選んだ文字列に触れる。


「もしもし?私だけど」

『ハァ!!?』



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