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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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夜明け




「我々『箱庭』は男女その他含む七名で構成された暗部組織です。その目的は人それぞれですが、皆人生のどん底から這い上がりたいという共通の目的も持っています。例えば死にたいのに死ねない化物とか。人間に生まれたかった海獣族とか、ね」


 自傷気味にそう語る者がいる。

 見た目は十代前半、糸目に薄水色の髪の少年だった。しかしその口の中には二本の鋭い牙がちらりと見える。透き通るような白い肌の少年からは、確信こそないものの、なんというかこう源泉から湧き出す流水のような溢れ出るような知性が感じ取れる。

 ホード・ナイル。

 あらゆる物事の対極を追求する『箱庭』の情報収集担当。海獣族という世界に数百人しかいない希少種族の彼は、幼いころからとある小さな島と海で育った。島に彼の仲間はいなかったが、両手で数えきれないほどの友達くらいはいた。

 そして人生に挫折した者の集まりという『箱庭』に所属しているということは、また彼も挫折者。

 丁寧な口調で説明する海獣族の少年の隣の席には、いつの間にかその小さな背丈に似合わぬ仰々しい大剣を背負った少女がもりもりと大皿のオムレツを頬張っていた。


「ねえホロ、化物って何よ化物って。私にも人に名乗れる名前くらいあるわ」

「ホロじゃありませんホードです。何度言えば正しく名前を呼んでくれるんですか?ってかわざとですよねそれ」

「誰にだって間違いはあるものよ」

「間違った側が発するセリフじゃないですよそれ!!」


 突っ込みに追われるホードの前に座るのはどこか場違い感が否めない椎滝大和その人だ。『異界の勇者』にして亡き恋人の【敬虔】の罪を受け継ぐ青年。目の前の大皿によそられたスクランブルエッグをスプーンで掬いながら、大和は目だけをホードに向ける。


「決断を迷っているようね?シイタキヤマト」

「大和でいい。いちいちフルネームじゃなくていいっていったろう」

「それはこれから先も私があなたの名前を呼ぶ機会があるって解釈でいいの?」

「誰もそこまで行ってないだろう」


 夕暮れの喫茶店のようなおとなしめなBGMが流れる中、ガチャガチャとスプーンやフォーク、ナイフの音に混じって少女の声が強まる。


「迷っているならやめるべきよ。私達も脅して言ってるわけじゃないし、ただあなたがいればこちらはいろいろと都合がいいのよね」

「『箱庭』とやらが欲しがっているのは『異界の勇者』か?それとも肩書き云々は抜きにして『俺』なのか?」

「どっちもよ。だからどっちでもあるあなたが欲しいの。あなたはあなたしかいないけどね」

()()にも一人『勇者』がいましてね。もっとも、あなたのような『異界の勇者』ではありませんけど」

「ちょっと待て...この世界に俺たち以外の勇者がいるなんて聞いてないぞ」

「言わないでしょうね。ただの軍事兵器としてしかあなたたちを見ていないヘブンライトは」


 今まで何を信じて戦っていたんだろう、と。落胆と脱力感が体を蝕んでいくのを感じていた。たった一人、失ってからと言うもの、無力とはいえがむしゃらになって走り続けた青年を打ち壊すには十分すぎる会話。

 攻める者こそいなくとも、本人が受け止めきれないらしい。


「じゃあ、『傲慢の魔王』が俺たちを元の世界へ戻すための鍵って話も、俺たちをうまく丸め込むための、」

「嘘、とは言い切れませんね。『傲慢の魔王』は多くの科学と魔法と呪術を取り込んでいると聞きますし、そんな根も葉もない噂の一つに『死者の蘇生』なんかもありましたよ確か。何にせよ、魔王なんてゲテモノの極みですから何したっておかしくないでしょう」


 ブラックコーヒーの入ったカップを持ちながらホードが答える。流石は世界に名を轟かす暗部組織の『情報収集担当』といったところだろう。こういう『裏の情報』は一通り頭の中に納めているらしかった。


「確証はないわよ。何処まで行っても()()()()()()の話なんだから」

「ゼロじゃないだけマシだよ。少しでもヘブンライトを信じれるならいい」

「ここまで話してまだヘブンライトですか...。近頃いい噂を聞きませんけどね。かつて戦場で名をはせた王とやらが何処か遠い国から大量の兵器を密輸してるとか」

「武双国家って自分から名乗るくらいだし、それくらいはするんじゃないの?」


 大ジョッキに入れられたオレンジジュースをがぶ飲みした少女が言う。それにホードが付け足したのは大和が聞き逃すことはできない話だ。なんてったって、こんな夕暮れ過ぎの食事で安易に持ち出すべきではない程度には。


「こんな噂もありますよ。王女が『異界の勇者』の第二期セカンドシーズンに着手し始めたとか」


 ガタッ!と。それを聞いてテーブルを揺らして立ち上がったのは椎滝大和。

揺れたテーブルの勢いで彼の正面に置いてあったグラスが音を立てて倒れ、中からぶどうジュースを漏らしている。


「なんだって...?第二期セカンドシーズン!?聞いてないぞそんなの!!」

「公に言えない情報だからホードの耳に入ったんでしょ」


 声を荒げる大和に、周囲の視線が集まる。大和も当然の反応だ。今まで信じていた国家の黒い噂が次々と目の前に現れたのだから。


 一方体格に合わず大喰らいな少女は至極冷静だった。ただ食べものを頬張るのをやめてナプキンで口元を拭いていれば少しは威厳が見えたかもしれない。少女はいまだ口の中に片っ端から皿の料理を放り込んでもごもご言っている。

 ホードはと言うと身をテーブルの奥に乗り出してタオルで大和のこぼれたぶどうジュースを拭き取っていた。


「そもそもあのエスカル王があんな無謀な戦争を自ら引き起こすことがおかしいのよ。数十年前までは戦王エスカルとか智将エスカルとか呼ばれたほどの『戦争のプロ』だったのよ?()()()()()()()()()戦争を仕掛けるほどボケる年でもないでしょうにね」

「負けるとわかっていて、だって?」

「そりゃそうよ、いくら国の領土が支配域に隣接しているからって『大罪の魔王』の中でも特に異常者と言われる『傲慢の魔王』に喧嘩売るなんて、無謀にもほどがあるわ。『大罪の魔王』ってのはどれも規格外の化物集団なのよ?その気になれば一人で大陸一つなんて簡単にぶっ壊しちゃうほどの。それこそ魔王に勝つ手段なんて、他の魔王と手を組むとか、神龍が動くのを祈るとかしないと」

「僕もその辺は気になっていました。ですがエスカル王だけでなく、どうやら国全体の様子がおかしいんですよ」


 十年もたって、今更になって吹き出てくる国への不信感。このことだったのだ。さっきのホードの視線は。

 もしホードが言っていることが正しいのなら、一体自分たちは何のためにこの世界に呼び出されて一体何のために命を懸けて戦ってきたのだろうか?

 不安が、心臓に喰らい付いたような胸の痛みが突き抜ける。


「おかしいのは、あなたもですよヤマトさん」

「何?」

「むしろそんな状況の中心にいて、今まで何故不信感を抱かなかったんでしょう。どうやら『傲慢の魔王』を倒せば自分たちの世界に帰れると思っていたようですが、確証なんてどこにもないですし。何よりあなたたち『異界の勇者』は武双国家ヘブンライトが絶対正しいと、信じて疑わなかったみたいです」

「確かに、よくよく考えれば、何故俺は...」

「僕が掴んでいる話の一つに、というよりは有名な話にこんなのがあります。ヘブンライト国の王女は【偽証ぎしょう】の"咎人"、そして異能の名は『心理誘導メンタルコントローラー』これはどうやら正しい情報のようですが何故国の中心のあなたたち『異界の勇者』には知らされていなかったのでしょう」

「『心理誘導メンタルコントローラー』...」

「この情報は国民なら誰しも知っている一般常識で、ヘブンライト国も公言していたものよ。なぜかあなたたち『異界の勇者』が現れてからは何も言われなくなったけどね」


口の中の料理を空にした少女が付け足すように言う


 ガラスは、ほんの少しのひび割れがあれば後はふとしたことから崩壊を始める。大和の精神を蓋していたガラスに、ホードの言葉が穴を開けた。後はもう崩れるだけだ。大和の違和感が、音を立てて崩れ去っていく。

 今まで信じ続けた王国が、ヘブンライトが、ただ身勝手に自分たちを呼び出し利用していただけだったと。

 重くのしかかるのはただただ無念。


「なんとなんと、どうやらようやっと正気を取り戻したようね。これで王国と私たちどちらが信用できるか、分かったとは思うけど」

「さすがにぱっと出の怪しい団体を簡単に信頼するとは思いませんけど...僕たちは強制はしません。たとえ真実を取り戻したヤマトさんがそれでもヘブンライト側につくというのであれば、僕たちからは何も言いません。大人しくこの場を去りましょう」


 大和の視線が自らの手首に巻かれたミサンガに移る。かつての自分を救ってくれた恩人から受け継いだそれに。

 白と黒が螺旋を描く形のミサンガ。


「俺は...」


 と、その瞬間だった。


 ドッゴォォォォォォォォォォォォォォォン!!と。

 空間ごと爆ぜたような爆発音が響いた。優雅な旅客用フェリーには似合わないつんざくような轟音は、船内に波紋のように広がり大きくその船を揺らしたのだ。

 まるでそのちっぽけな青年の決断を打ち切るかのように、だ。


「なっなんだぁ!?」


 思わず叫んだのはまたもや大和だった。

 戦争とかの予め予定された理不尽には強い大和だが、こういう予定にない理不尽(トラブル)には耐性がない。

 正面で大口を開けて料理をほうばっていた少女も慌てた様子を見せるが、どうやらそのテーブルの上に置かれた大皿の料理はどれもこぼれてもいない様子。

 それどころか少女はまだ食べるのをやめていなかった。

 辺りを見渡せばテーブルや食器、皿は倒れドレスやスーツを着込んだ裕福そうな人たちが悲鳴を上げている。


「...なによ」


 じろりとジト目でホードを睨む少女は不満そうな声を上げる。普通こんな不意打ちを食らって飯を食べていられるのか?と恐ろしいものを見るような目で少女を大和が覗くと、その幼い拳が顔面に飛んだ。


「あいてっ!」


 幼いとは言っても見た目は十代の中盤ほどの少女だ。拳にもそれなりの威力がある。

 レディをじろじろと見るもんじゃないわよ!と少女が喚くと船内アナウンスから男の声が聞こえてきた。いかにも悪者といった感じのドスが効いた声がフロア中に響く。


『こっ、この船は俺が乗っ取った!!少しでも妙な真似をする奴がいたらこの船を爆破するッ!さっきみたいな部屋一つ吹き飛ばすだけの爆弾じゃねえぜ、この船丸ごと消し飛ぶような爆弾さ!!分かったら全員その場で大人しくしてろ!!』


 なんとなんと、犯罪者のお手本のようなセリフである。


 一方腹ペコ少女はというとのんきな顔で。


「勇者の旅にはトラブルが付き物よね」

「言ってる場合か!!どうすんだこれ!」


 焦る大和にのんきな少女。さらに面白そうにそれを観察するホード。この辺だけ辺りと空気が異なるので、自然と周りの視線が集中する。

 そして少女が椅子から立ち上がり、ぺろりと舌なめずりをすると、自信に満ちた表情で背の大剣を抜いた。凶悪な殺気を放つ大剣が怪しく光沢を放ち、


「『箱庭』の力の一端をみせたげる」

「ここで不特定多数に見せてもいいんですか?」

「見られたところでなんとかできるものじゃないから別に構わないわ」


 そう言うと少女は片手でその幼い体躯に似合わぬ大剣をくるりと片手で回して、不安定に揺れるフロアの床に突き立てる。


「『夏夜の夢の王(オーベロン)』」


 再び、船が揺れた。

 しかし爆発後のような大きな揺れではない。静かに、震えるような揺れ。

 妖精王の名を冠する異能の力が船全体に行きわたり、何処からか男の悲鳴が響く。


 悲鳴を聞いた海獣族の少年はと言うと、何処からか取り出した大画面液晶のタブレットを指でクイクイッと操作している。やっと何かを食べるのをやめ、


「放送してたところはあっちかな。行くわよ」


 少女が何の気なしに言いながら大剣を床から引き抜くが、その後には剣の切れ込みは残っていない。巨大な剣は再び少女の背中に収まり、寝息を立てるように凶悪性を潜める。

 バイキングのフロアを抜けて階段を駆け上がり、『立ち入り禁止』と大きく記された重厚な扉を蹴り破ると、扉の奥にはさらに両側に扉が広がり、奥にはまたもや立ち入り禁止の文字と扉が見える。

 どうやら一般的な思考を持ち合わせているのは椎滝大和くん(28)だけのようだ。簡潔に意見のみを述べる『箱庭』連中に向ける視線も相応。


「騒がしいのはあの扉の向こうですね」

「行ってみよう」

「のんきだなあんたら...」


 操舵室へと通じる道を走り抜け、船の全操縦を担う部屋の中へと飛び込むと、腹に何か巨大な刃物を突き立てられたような傷から血を吹き出す無精ひげの男とそれを取り囲むように恐らく船員と思える人たちの姿がある。


 乗員から見たら自分に銃を突き付けていたテロリストが急に腹を抑えて苦しみだし、血を噴いたのだ。むしろ銃で脅されるよりも恐ろしいかもしれない。というかこの場の全員が正常ですらなかった。

 本来であれば兎のようにびくびく震えて両手を頭の上に掲げているであろう乗員体。

 その乗員の数名は血が止まらない腹を抑えてのたうちまわる男に銃を突き付けて。目的や情報を吐かせようとしていた。

 侵入者であるはずの三人にすら気が付かない。

 戦乱の狂気の一部分を、再現したかのように。


「これ、は...?」

「どうどう?凄いでしょ」

「いやんなこと聞かれても説明も何もないからなんにもわからないんですけどっ...!?」

「シズク、爆弾がまだですよ」


 血を失い青ざめた顔の無精ひげの男の隣に転がっているボウリング玉ほどの球体は、目覚ましのアラームのような音を立てながら、デジタル時計の画面に映し出された数字を小さくしていく。

 大和がそれを覗いた時点で残り時間は、二分。


「さて、これをどうしますか。見るからにタイマー式の時限装置付き爆弾。残された時間も少なそうです」

「私が凍らせるってのはどう?」

「形状から考えるに衝撃を与えたり温度を変化させるといった急な変化は良くないでしょう。もちろん斬るのもですよ」

「俺がやるよ」


 右手首に巻かれたミサンガを左手で触りながら、大和がその大役に名乗り出る。乗員が不安の声を漏らすが当然だ。

 経歴どころか個人の詳細も愚か、名前すら知らぬ青年が船を丸ごと吹き飛ばすほどの爆弾の処理を名乗り出た。信用できるはずもない。

 乗員の一人が大和に詰め寄る。


「おい!勝手なことを言うな!!急に入ってきてなんなんだお前たち、爆弾なんて海に捨てればいい!」

「それではだめですよ。この男の言う通り、船丸ごと吹き飛ばすほどの爆発を起こす爆弾なら海に捨てた程度では脅威は排除されません。爆破の衝撃で起こった波が船を転覆させる危険性もありますよ」

「じゃあ空に捨てればいい」


 簡単に言う大和の手には既に時限式爆弾が積まれている手首に巻かれたミサンガが光を放ち、


「『万有引力テトロミノ』はy座標、高さを操る異能だ。本来の戦い方は敵をはるか上空に飛ばして落下させる。『万有引力テトロミノ』ならば爆弾をより安全な高度まで飛ばせる」


 栗色の髪に大剣を背負った少女はただその光景を見つめているだけだった。

 彼女は彼女でこれから仲間になるかもしれない男の行動をゆっくり観察するつもりなのだろう。幼い容姿ながらもそこは暗部組織『箱庭』のサブリーダー。まるでピクニックにでもやってきたようなご機嫌な様子で、少女は語りかける。


「100メートルや200メートルでは衝撃が強すぎて船が転覆しかねないわよ。もっと遥か上空じゃないと、あなたはそこまで飛べるのかしら?」

「飛ぶさ。どこまでも」


 次の瞬間、既に周囲の人たちの目に大和の姿はない。その行先は船から約100メートル上空、このまま重力に身を任せれば真下にある鉄の塊に叩きつけられてミンチになるだろう。

 ほんの少し前の大和なら、そうなるのもいいかもしれない。なんて思ったかもしれない。だけど、だけど今は違う。

 軽く目をつぶり、ゆっくりと開くと変わらない景色が広がる。下には広大な大海。上には透き通るような青空。しかしそこは先程の『空』からさらに100メートルほど上空。それを、繰り返す。

万有引力テトロミノ』の連続転移(ジャンプ)

 爆弾が船から上空700メートルほどの位置にある時にはすでに、大和は操舵室の中にいた。落下の速度は『万有引力テトロミノ』で転移するたびに打ち消される。


「終わったの?」

「ああ」


 短い返答だった。しかしついさっきまでの心の迷いはもうない。あるのは強い決意


「いつかは、あの国から皆を救い出す。今はまだ難しそうだけど」

「変ったね。ヤマトさん」

「そうかな?」

「そういえば、まだ名乗ってなかったわね。私は悠久の時を生きる死にたい不死者、『箱庭』のサブリーダーにして氷の魔法使い、シズク・ペンドルゴンよ」

「シズク...」

「どうかした?」

「いや、何でもないさ」


 バゴォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!と。

 大和たちは静かに甲板に出ていた。遥か上空では爆音が轟き、パラパラと金属の破片が飛び散っていた。

 花火のように美しくはいかないが、危機は去った。そして大和の道も決まった。


「これからよろしく頼むぜ、サブリーダー殿」

「ええ、こちらこそ」


 固い握手も、サインも必要ない。ただ言葉だけが大和を結びつける『紐』となる。

 この世界に来て初めての『組織』としての繋がり。


 人生の挫折とは、必ずしも負の連鎖へ続いていくわけではない。むしろ人は、一度どん底へ叩き落されてから無様に這いつくばり、よじ登り、這い上がる。

 たとえどれだけ醜くてもその結果が重要なのだ。

 誰しもが巨悪に立ち向かう勇気を持って生まれてくるわけではない。

 誰しもが力に打ち勝てるほどの知識を身に着けているわけではない。

 むしろそういう心を持って生まれてきてしまう人と言うのはごく少数だろう。

 持たざる者の多くは挫折を繰り返し、諦め、絶望の淵で逃げ続ける。そんな挫折者が這い上がるために集まって生まれた組織が『箱庭』

 彼の挫折は、最愛との別れだった。

 ありきたりだが、何よりも悔しく、悲しい挫折。過去に抗うために大和は拳を握り、歯を食いしばり、『箱庭』として対極を追求する。

 船から降りる頃、大和の顔つきはまた別人のように変わっていた。その隣を歩くのは海獣族の少年と、背中に容姿に似合わぬ大剣を背負った少女。


「まずは、観光でもするかな」


 思いつめた表情の『異界の勇者』はもうそこにはいない。そこにいるのはただ一人。挫折から抜け出すための選択をした勇敢なる青年。

 ようこそ『箱庭』へ。

 限りない0の群れの果ての1を追求する大いなる探求者の世界へ。



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