献身的暴力
日常に存在する当たり前の無機物の集合体。それが、アルラが奴らに受けた印象だった。
三体もいる。
眼鏡、看板、粉砕された消防車、電話ボックス、ドアノブ、etc...大小様々、人型に固めただけの無機物の集合体の正体が何なのかには置いておいて、アルラがまずやるべきことは...。
「下がってろ!」
迎撃、道路を最速最短で突っ切ってくるそれらに拳を構える。
狙われてるのはアルラではなく、その後ろ。
栗色癖毛の少女に向かってくるそれらに、割って入るように立ち塞がったアルラの両手が極彩色に煌めいた。
少女が口角を密かに吊り上げる。
シズク・ペンドルゴンは手ずから処理するため夏夜の夢の王を虚空から取り出そうとして、途中でやめた。
かの妖精王の名を冠した大剣を用いれば敵の打倒は容易い。だが、敢えてそれを選択することを放棄した少女は考える。
アルラ・ラーファを見極めるために。
ガッ!ガギッ!!?という不快な足音が寄ってくる。
しかし、アルラが拳を付き出す寸前で、だ。
ゴッッッ!!!という轟音と共に、鉄の塊がそれを横から轢き飛ばし、空中でばらばらに解ける。
歪ながらも人の形を保っていたそれは跡形もなく道路に散らばって、運転手が慌ててトラックから飛び出してきた。
なんてことはない。起こった事象はアルラにも予想外な、いつの世にもありふれた交通事故だった。急に道路へ飛び出してきた人(?)を、油断して操縦補助を切っていたトラックの運転手が避けきれなかっただけ。
目の前の事故に異常があるとすれば、被害者がヒトどころか生き物ですらないことくらいか。運転手からすれば不幸中の幸いだろうが。
「何を、やってんだ?あれは...」
散らばった無機物が震えていた。霊障かの如く、憑りつかれた様に、一つ一つが細かく振動を続けている。その後浮き上がり、全ての部品の中心へ、磁石に引き寄せられる砂場の砂鉄のように集い、形を成す。
つまり人型。
あるはずのない関節があるように振舞い、あるはずの無い意思に沿った動きを模倣するそれは不気味の一言では言い表せない異質さを醸していて、見た者の不安を駆り立てる。
どこかに悲鳴が生じた。
民衆と運転手のそれだった。
トラックの正面に立つ人型の伸ばした手の先は車両に触れている。ギチチチチチチチチチチ!!という奴らの体から出るものと同質の異音がトラック全体から大音量で鳴り響き、そのすぐ後の変化に思わず表情を歪めた。
内側から引っ張られるようにして、歪む。
メシャッ!!と。
ばらばらに砕けたそれ等は纏まり、集い形を成す。
ゾンビらしく、破壊した無機物を媒介として増え続ける。それが『集合感知亡者衆』という誰かの魔法の真髄だった。
「増えた...っ!」
全八体...一台のトラックを介することで倍以上に膨れ上がった無機物の亡者たちの敵意の矛先は変わらず、それぞれが障害物すら無視して一直線に目標へ向かい出す。
即ちシズク・ペンドルゴン。
買った恨みの数は星の数より多いと密かに自負する少女の前にアルラが立ち塞がり、切り取られた方とは逆の手を、極彩色に染め上げた。
万物の力を強める神花之心、極彩色を纏うストレートパンチが一番槍の頬(?)を撃ち、ばらららっ!!と頭に当たるであろうパーツが散らばった。
が、動く。
前のめりに倒れると見せかけて、両腕でアルラの胴体にしがみつく。無機物だからこその、リミッターが欠けた締め上げに体の内がミシミシと嫌な音をたてている。
内臓を圧迫されどうしようもなく声が漏れるアルラの左右、アルラという障害物に目もくれず、トラックから生じたゾンビが通り抜けかけて。
「このっ...!ゾンビ野郎どもがァ!!」
左手で掴み取ったのは、アルラから見て左側を抜けて少女へ迫ろうとしていた無機物の首だった。
極彩色は左手、ではなく軸足へ。
地面へ刺すように突き立てた足を軸に、掴んだゾンビの加速度を勢いとして体を半回転。風を受けて羽を回転させる風車のような形で掴んだゾンビを振り回し、更には遠心力を加えて右側を抜けかけたゾンビへと叩きつけたのだ。
ゴギャッッ!!?という音と共に、二体のゾンビは歩道の奥まで吹き飛んでいった。
直後に振り下ろした肘はアルラの胴へとしがみついていたゾンビの背中(?)を吹き飛ばし、ある程度細かくなったからか、ゾンビのパーツは力なくその場に落下する。
「やるわね!」
「言ってる場合か!早く逃げろよ!!どういうわけか知らないがこいつらの狙いはお前だ!!」
「戦わないの?」
やるだけ無駄だ!と叫んで手を掴み手繰り寄せると、飛び掛かってきた何体かのゾンビが目前で目標を見失い地面や壁に衝突していく。
それだけで簡単にバラバラに砕け散ったのも束の間、先程アルラが砕いた個体含めて既にパーツが集まり始めている。
転がっていた右腕の先をすかさず拾い、二人は来た道を逆走するように走り出す。
背後からは恐らくは無機物共のであろう、得体の知れない不気味な悪意が感触として伝わってくる。
走りながら少女は心配そうに尋ねていた。
「あなたそれっ!右腕!大丈夫なの!?」
「問題っ無い!!」
「問題ないの!?」
ゴアッッ!!という水圧カッターの水しぶきを歩道の端ギリギリまで身を寄せて直前で躱すと、歩道のしばらく先まで床には深い溝が生じる。
『こっちの方が速い!』と少女に自身の右腕の先を投げ預けると、空いた左手一本で軽々俵担ぎするアルラ。その肩の上でシズク・ペンドルゴンは二人を追う無機物の群れを観察していた。
〈魔法...呪術に近いわね。魔力の繋がりを見るに単細胞生物の無性生殖みたいに全ての個体は同一個体から派生している。最初の一体に与えた命令も分裂体に記憶として刻まれてるのね)
恐らくは自動操縦、自己増殖すら行いネズミ算で増えていくゾンビの、アレだけの個体数を同時並行で操作可能とは考えにくい。つまり故に命令の後付けや上書きを遠隔で行われる可能性は限りなく低い。
与えられた命令は不明だが、大体の察しはつく。
(十中八九『殺せ』か『捕まえろ』のどっちかね、複雑な命令が通るとは思えないし)
「放水!左に曲がって!!」
「チィッ!!」
声に合わせて曲がった角の先、また別の個体が二体うろついている。
こちらを見る(?)なり明確に敵意を示したそれらが行動に移る以前に、アルラの行動は終わっている。
『神花之心』。脚に集中した極彩色で一気に懐へ踏み込み、薙ぎ払う。ついでに余ったパーツは後方の追手へ向かって蹴り飛ばすことで僅かでも足止めを試みる。
がこん!!と小型ホイールが無機物の集団へ突っ込んで、肉片代わりのパーツが散らばる。
一般人には反応を示さず、後続の個体はこちらを見た途端に態度を変えて襲ってきた。奴らの狙いが俵担ぎの少女であることは間違いない。
「どっちだと思う?名指しで私を探しているのか、たまたま奴らの検索条件に該当しちゃっただけなのか」
「どっちにしたって結果が変わらないから考えても無駄!!それより命令の内容のが重要だ」
わかってるじゃない、と関心してると、だ。
「命令が『捕獲』ならワンチャン死なないギリギリラインを攻めてくるはず。つまり命令内容『殺害』で全身全霊バーサーカー状態より何とかなりやすい!!」
「ちなみに判別方法は?」
「ねえよ!!祈っとけ!!」
「私、神様って信じてないのよねー」
「奇遇だな、俺もだよ!!」
正面を塞ぐ敵、背後から迫る敵、歩道の左は小さいビルで右側は車道。
車道に出ても奴らは追ってくる。それどころかさっきみたいにまた別の車を捕食して増殖する可能性がある。
例えターゲットが自分だったとしても、一人なら逃げ切れる。
だがそうじゃない、ターゲットは十中八九こっちの少女で、同時に行動を縛る足枷だ。
見知らぬ赤の他人、数十分前に出会ってそれだけだ。だからと言って......。
(見捨てるわけにはいかねェだろ!!)
車道と歩道を隔てる防護柵に足を掛けて、アルラは建物方向へ力いっぱいに押しだした。
べごんっっ!!と金属が歪む。空中へと大きく飛び上がりビルの外壁...窓枠の僅かなでっぱりへ足を掛ける。
一連の動きをテーマパークのアトラクションみたいに楽しんでいたシズクが指差した先で。
「足!掴まれてるわよ!!」
「ッ!」
手とも言い切れないごちゃごちゃとした雑品の群は、彼女の言う通り壁面に引っ掛け損ねた方の片足を掴んで離さない。
飛び上がった瞬間に捕まれて腕ごと千切れたが、腕を核に体を引き寄せ《さいせい》させたのか。
次々と重みが増す。掴んでいる一個体を、更に別の個体が手繰り寄せるように掴んでいる。集まり、群を為し、狩る。自分の命を勘定に入れない無機質な光景は、人型というよりは虫...まるで働き蟻。
「早く振りほどいて!引きずり込まれるわ!!」
こうなっては仕方ないと力を使おうとしたシズクの体を、直後に重力と浮遊感が包み込む
。地上が遠ざかる...いや、シズク・ペンドルゴンがビル壁面に沿って飛び上がっている。
自身に何が起こったのかを、箱庭の創設者という経歴なだけあって少女は即座に判断できた。
体は言葉通り空中へ投げ出されていた。青年は、残された片腕でシズクを力いっぱい上へと放り投げたのだ。小柄な体形とはいえ40キロ近い人間一人を一息で、しかも片腕一本で。
一方で落ちていく青年と目があった。腕は例の極彩色に包まれていて、彼はもう次のことを考えているようだった。
(さも当然のように...!他人のために自らをなげうった、自己犠牲をちっとも躊躇わない!!)
『欲しい』と、見た目通りの少女であったなら泣くか気絶するかしていたであろう状況で、何もかも見た目通りではない少女は改めて思った。
一方で。
少女を投げ上げた反作用も加わり、無数に伸びる無機物の腕の中へ落下しようとしていたアルラが声を張り上げる。
「腕ッ!!投げろォ!!」
「!!」
やり取りは迅速に行われた。
真下へ...落下し続けるアルラ・ラーファに対して、少女は預かっていた右腕を、少しだけ強めに投げつけた。
落下し続けるアルラ以上の速度で投げ渡されたそれに驚きつつも、彼は掴み、繋げる。
ぐじゅっ、という肉と水音。
右腕の切断面同士を無理やり押し当て、圧迫し、極彩色が包み込む。
痛むは痛む...苦痛であることに間違いないだろうが、どうしてだろうか。込み上げる感情の前に痛みは霧散するようにどこかへ逃げていく。
べきべきべきっ!!と右手を鳴らして、だ。
ぎゅうぎゅうに寄り集まってもはや人型とは思えない無機物の中心に埋もれた青年は、極彩色が爆ぜると共に、自身の異能の新たな形を嬉々として発揮する。
「『神花之心』...一点集中」
起爆...爆裂した。
中心だ。寄り集まり互いに互いを足掛けて上空の少女へと手を伸ばしていた全ての無機物の中心で、爆発じみた衝撃が拡散されて飛び散って、からんからんとパーツ共は道路へ歩道へ散らばった。
上昇を終え、やがて落下へ移行するという瀬戸際でシズク・ペンドルゴンは見た。
両腕だった。
極彩色が集中してより色濃く、力強く光を放つ。
衝撃波の根源。圧倒的な腕力。くっつけたばかりの右腕と、強化の代償とも言える肉体内部からのダメージ。悶えて吐血するも、アルラは次を見据えて顔を上げて、また少女へと目が合った。
バネのように体を押し縮めて、直後にカタカタと。
(さっきより再生が速い!学習と成長?でも彼も気付いてる!!)
上体から徐々に。あっという間に元の形へ戻りかけ、飛び散ったパーツの分だけ周囲を囲み、包囲し、アルラへ手を伸ばす。
触れる、ほんの少し前の瞬間で。
「一点集中...『速』!!」
ドドッッッ!!と再びの衝撃が、集まりかけてたパーツを散らす。壊す。
一瞬にしてアルラの姿がその場から消え失せた。しかし逃げ惑う民衆には無理でも、少女だけは上から彼の挙動の一切を視界に収めることが出来ていた。
そして、シズクはアルラの腕の中に居た。
ビルの窓を蹴破って、確かな足場の感触を確かめながらアルラは声を掛けた。
「...悪かったな、何も言わず放り投げたりして」
ドドッ、と。音は重なっていたのだ。
地面に亀裂が入っていた。つい一瞬手前までアルラの足元だった場所だ、同じように車道を挟んだ向かい側の建物の壁面にも亀裂と横向きの陥没が生じていた。
動作としては単純で。
悍ましいまでの脚力をもって地を蹴り跳ね、建物の壁面を足場として経由し、落下中の少女を空中で攫った。ピンボールのように。
体に染みついた献身を、本能のように実行していた。
それがますます、シズクのアルラへの興味を駆り立てる。




