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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
246/268

邂逅



 11月13日 9:46

 Tシャツとペラペラのアウターに袖を通しただけの格好に若干の肌寒さを覚えるが、アルラにとっての『衣』は『食』や『住』に比べて圧倒的に優先度が低いカテゴリーだ。

 食はまず無くてはならない最重要項。飢えの恐ろしさを知るアルラは食べないことには生きていけないことを経験で理解しているので何よりもこれに大事を置いている。

 住に至っては完全に経験が影響を及ぼしている。なにせ十年も極寒と暗闇の洞窟で過ごしてきたアルラ・ラーファだ、屋根と光があるだけマシという思考に同居人は思わずブーイングをかましていた。

 衣に至っては原始人みたいな理論で乗り切るつもりだ。着れればそれでいい、少し寒かろうがちょっと運動すれば体は温まるじゃん?と口走ったら同居人の少女に正気を疑われた。

 ちなみに運動すれば腹が減って食費が掛かるという当たり前のサイクルは頭には無かったらしい。節約の鬼と化したアルラ・ラーファが向かうはカイに向かわせた駅前の激安店とは別の、徒歩で一時間以上は掛かる距離のスーパーマーケットだ。

 あそこは野菜が安い。モヤシ炒め(ばんごはん)に備えるのは当然として、今後数日分の野菜を買い溜めておくのもいいだろう。


「予算は...うーむギリギリ足りるか?そろそろ俺も仕事とか探して、でもそうすると箱庭探しが...」


 おかしな格好でブツブツ独り言を漏らすアルラを道行く人々は気味悪がったが本人は思考に夢中で気付いていないようだ。

 住居の契約費、毎日の食費、消耗品...人が三人も集まって暮らしていればどう頑張ったって金銭の支払いは発生してしまう。

 まだ手元に残る金銭には余裕があるが、それも元は妖魔族の件でヴァリミル・ハスキーから受け取ったもので減り続ける一方だ。

 状況を打破するには今すぐにでも収入源を得る必要がある。だがしかし正式な居住権も無しに職に就けるものなのか?

 というかトウオウの居住権関連はどういう仕組みなんだ?


「......最悪、カイの奴を日雇い労働にでも送り込めば何とかなる...か?」


 邪悪な発想を感じ取った短髪長身の青年が別のスーパーの特売コーナーで身震いしているとも知らずうんうんと頭をひねらせるアルラだったが、しばらくして急に歩道に人が増えてきたことに気付いた。

 というより、この先の道で流れがせき止められているのか?

 歩けば歩くほど決して狭くない歩道を人が埋め始めて、車道でもどれも近未来的なデザインの車が立ち往生していた。

 まるで帰省ラッシュ時の高速道路だ。アルラはその最後尾付近で目の前のせき止められた人の流れを迷惑そうに観察していたが、背伸びして奥をなんとか覗こうとして、遠目に赤と青の光が目に入った。

 あれは確かトウオウの警察組織の車両だったはずだ。パトランプが交互に色を入れ替えながら光を発している。

 どうやら二百メートルくらい進んだ場所で車道歩道含め通行止めを喰らっているようだ。文句を言いながら渋滞の先の方から人混みを掻き分けて引き返して来る通行人の中には面白半分で状況を覗きに来た野次馬も混ざっている。

 その内の一組らしき大学生くらいの二人組が話が聞こえてきた。


「道路の爆破事故だってよ、この先一帯現場検証で通行止め」

「最近多いよなあそういう事故とか事件。この前もどっかのビルが倒壊して...」


 まったく物騒な話だ。

 治安がいいという話は確かにあまり聞かないが、そう頻繁に事件ばかり起こるようでは我々住民としても安心して生活できないじゃないか。警察さんには是非とも頑張ってもらいたいものだが、今はそれよりも野菜だ野菜。

 ここを通れないとなると少々厄介だ。


「マジか...迂回してたらセールに間に合わないかも」


 一カ月もこの辺りをぶらついて大きな道は大体覚えたが、地図にものらない入り組んだ細道までは流石に覚えきれない。

 目的地の方角へ適当に進めばいいというわけでもなく、この街の細道や裏路地は行き止まりも多い。土地勘に乏しい観光客が頻繁に遭難してしまう、殆ど迷路みたいな厄介な土地なのだ。かといって大通りまで戻って迂回して...そうすると時間が掛かりすぎる。

 悩んだ末にアルラはいっそのこと建物の上でも跳ねて進むか?とも思ったが、よく考えればその必要もなさそうだ。

 こっちには『ウィア』が()。普通の携帯のナビゲーションとはわけが違う、持ち主(アルラ)も把握してない謎技術を駆使して、街中のカメラに入り込みリアルタイムの状況に応じて適切な道を示してくれる頼れる相棒の力をもってすれば―――...。


『30メートル程引き返した先の路地を右折、多少入り組んでいますが事故現場を迂回可能です。実行した場合の到着予定時間は―――...』


 先月までは画面上に文字を表示してもらって行っていた会話(?)もここ数週間で大きく変化した。

 以前は文字でのやり取りだったのが、いつの間にかウィアは中世的な機械音性を使って文字通りの『会話』が成り立つように自分自身をアップグレードしていたのだ。自己進化を続けるAI...これがシンギュラリティかなんて思ったこともあったが便利には違いないので今まで以上に重宝させてもらっている。

 ぴろん!という電子音の後に画面が切り替わる。

 黒い円形端末の画面から浮かび上がるようにマップが展開され、現在地と目的地には立体的なピンが立っている。建物の隙間を縫うように赤いラインが二点間を繋いでいて、所々に設けた中間点にまで到達予想時間が表示されていた。

 本当に頼れる相棒だ、家でくっちゃねばかりの駄人間カイはもうダメだ。

 早速指示通りに入った道は入り口付近は小奇麗だったが、ちょっと奥まで進むと途端に狭く薄暗い。そう言えばいつぞやにもこういう道を通って害虫害獣を駆除することで寿命を集めたこともあったなと思い出にふけっていると、だ。


『ルートを更新しました』

「!」


 ぴろん!という再度の電子音と共に現在地と目的地を繋ぐ赤いラインの位置が変わった。

 きっと元のルートの付近で何らかのトラブルが生じたのだろう、ネットワークを介して街中のカメラやセンサーにアクセスできるウィアならそれを察知してリアルタイムで更新できる。

 新しく示された道は今歩いていた道をまた引き返さなくてはならなかったが、ウィアを完全に信用しきってるアルラは指示されたその通りに歩き始める。

 だがルートが変わってから数分もしないうちに気付いた。


「なあ、本当にこっちで合ってるのか?最初に決めてた道順からだいぶ離れてるんじゃ―――」


 喋り終わる寸前に道を抜けると広めの十字路のような場所に出た。広めとは言え裏道には変わりない、道幅は普通の歩道よりは狭いし所々が汚れている。建物の影になっているせいで薄暗さは大して変わらない。

 ただ、そんな場所で人の声が聞こえてくるのはどういうことだ。

 自分が出てきた所を除いて三本ある道の一つ、その奥の方からだった。そしてその道はウィアの指示した道順にぴったり重なっている。

 嫌な予感は感じつつもナビに従わなければどっちみちどこにも辿り付かない。いやいやに進んで、その先で、だ。


「ちょっと!触らないでよ服が汚れちゃうでしょ」

「うるせェ!さっさと出すもん出しやがれ!!」


 まるで少女漫画の序盤にありがちな出会いのワンシーンだという感想を、目の前の光景にアルラは思った。

 見るからになチンピラ集団が居た。三人組でガラの悪く、壁際に寄って集まって小さなふわふわした何かを取り囲んでいた。

 ふわふわした何かは女の子だった。こんな薄暗くて不気味な場所には極めて似つかわしくない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この光景を見て状況を察せない奴はよっぽどだろう。

 しかし思わず、アルラ・ラーファは呆れたように溜息を吐いて呟いていた。


「ウィア...お前わかっててここにナビしただろ」


 あそこの角の監視カメラか。本当にどこにでもカメラがある国だが、カメラがあってもこういう事が普通に起こってしまっているなら設置した意味がないんじゃないか。

 こういう時ばっかり無言になるのも彼または彼女の学んだ一種の人間臭さなんだろうか、ウィアは声どころかバイブレーションすら発さず置物みたいに固まっていた。

 画面まで完全に暗転していたポケットに仕舞って、はぁ...と声まで漏れていた。

 無償の人助けを好んで行うほどのお人好しじゃない、だがこんな状況に出くわして何もしないほど人でなしでもない。溜息の理由はそれだった。というかここを素通りしたらこっちが悪者じゃないか。


「覚えてろよお前」


 小声でそう言ってポケットの外からウィアの端末を指で弾く。

 何があったかは知らないがチンピラは今にも力に訴えかけてきそうでドキドキだ。

 ごききと首の骨を鳴らすと、不意にきょとん顔の少女がこちらに尋ねてきた。

 

「あなたもコレの仲間?」

「......違う」

「コレとは何だクソガキ!!テメェ人を舐めるのも大概にしろよコラァ!」

「あらそうごめんなさい、なら行っていいわよ。私は別に平気だから」

「見かけちまったからにはそういうわけにもいかんだろうよ、大人として」


 やけに肝が据わってるなと思いつつ近づこうとしたアルラの足元に振り下ろされた金属棒がカーンッ!!という甲高い音を鳴らし、アルラを威嚇した。

 目の前の青年少女に無視されたのが余程ムカついたのか、明らかにこちらもターゲットに含んだ視線でねめつけてきたそれらは、まずはこっちを痛めつけることで少女に恐怖を植え付けようと決めたみたいだ。

 三人そろって鉄パイプ、ナイフ、メリケンサックと多種多様な武器を大事そうに握り込みながら寄ってくるそれらからは血の染み付いた臭いがした。

 一朝一夕で染み込むような臭いじゃない、本来であれば関わるべきではない類の人間が多く身に纏うそれだった。

 こちらが向こうのそれを察知できても、向こうはこっちの臭いを嗅ぎ分けられなかったようだ。


「テメェも観光客か?トウオウの裏道には安易に入っちゃいけねェって話を知らねェようだなァ」


 マジで知った話じゃない。むしろ率先して入ってるくらいだし、なるほど日の高いうちでもこの手のやからは徘徊してるのかと知れて得した気分になったくらいだ。

 今度からは暇なら昼の内から活動するのもアリかもしれない。それを知れたってところに関してはある意味ウィアの誘導はプラスに働いたわけか。

 どれも結果論だ。

 

「教えてくれてありがとう?でもそういうことならアンタらもさっさと離れた方がいいんじゃない?この辺は危険が危ないんだろ」

「くッ......!?この野郎舐めやがってッ!!いいか聞いて驚け!オレは【闇雲】の咎人!!『暗中模索エレーションスモッグ』のダル―――...」


 ダルなんちゃらのくだらない宣言が終わるより遥かに速く、極彩色は咲き乱れる。

 力という概念を体現したかのようなその異能は魅了する。

 たまたま居合わせただけの少女を。ある界隈においては『暴君』、或いは『人外』とすら呼び恐れられた箱庭の創造主を。



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