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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
245/268

見えないゴールを目指して



 11月13日 11:18

 天候は快晴、冷たくも寒さを感じる程ではない穏やかな風が流れる一日の序盤。

 高身長目付き悪男(しいたきやまと)金髪ポニテ白衣(ことぶきがはらこくま)の二人は男心くすぐる未来列車に揺られていた。

 正確には揺れすら感じないのだが。

 リニアというくらいなのだから当然と言えば当然。超電導磁石を用いた車両の仕組み的にレールも車輪も存在せずそこに生じる摩擦や振動が無いわけだから揺れという概念が極限まで収縮されているのだ。

 がらがらというか二人以外無人の車両で、液晶の窓に時々挟まるCMを煩わしく思いながら大和は外の景色の移り変わりに素直に驚いていた。


「......速えー。マジで速い、『傲慢の魔王』の軍勢に居たサラマンダー並じゃね?」

「バーカ。地球でも超電導リニアくらいふつーに実用化されてたわ。ってことはトウオウのコレはそれ以上の代物なんでしょうよ」

「ビームが出るとか?」

「バカじゃねえの?」


 珍しく会話が成立するのがちょっと嬉しくてちょけてるとガチトーンが返ってきた。

 普段は『は?』とは『あ?』とか或いは無視が彼女との主なコミュニケーションなのでこれでも結構いい方だというのが悲しい話。

 二人共同じロングシートに座っているというのにわざわざ一番端まで距離を取られているのも地味に傷付く。

 嫌われてるのは勿論わかっているが、だとしてもそれを明確に態度に出されると傷は広がるのだ。

 誰にでも覚えがあるのではなかろうか。そりが合わないクラスメイトや上司、部活動やバ先の先輩に面と向かってネガティブなワードを吐き出された時のあの感触。

 大和が小隈とコミュニケーションを図ろうとするほど、彼はあのダメージを継続ダメージとして喰らい続けるのだ。


(でもなんか...ちょっと機嫌いい...?)


 アジトではあんなに不機嫌だったのに、外に出るとあの寿ヶ原がなんだか妙にすっきりしているように見える。

 いやしかめっ面は変わらないし語彙も口調も荒っぽいのだが、何というか、忙しかった平日の後の連休初日を迎える人の雰囲気というか......。


「......お前今『なんかコイツ機嫌いいなー』とか思っただろ」

「ウッ」


 お見通しなんだよなこれが。

 女子はたまにテレパシストかってくらい鋭くなる時があるがあれはいったい何なのだろう。男が進化の過程で失った第六感でも発動しているのか?

 思考の奥を突かれてぎろりと睨まれながら、しかし大和はこうも考えた。

 機嫌がいい理由を知れれば今後も寿ヶ原の機嫌をコントロールできるんじゃね?と。

 じゃあどんな風にその理由を知ったものか。機嫌がいいなら、丁寧に聞いたら教えてくれたりしないだろうか。


「差し支えなければご機嫌な理由をお教え願いたく...」

「......」

「あのー、寿ヶ原さん?これは今後の我々の心の平穏の為にも、というか俺の心の平穏のためにも、ぶっちゃけ普段からめちゃくちゃおっかなくて気が気でないし俺に直せるところがあるなら直す努力はするというか...」


 反応が無い、ただの屍のようだ。

 スッと、スマートウォッチ型デバイスに指を伸ばしてみる。

 寿ヶ原小隈の自由を縛る『カフス』と連動しているデバイスだ。一応は手動でも彼女の状態を操作できるようになっていて、自分を人質に取られた小隈はチッ!と舌打ちしてから嫌々喋ってくれた。


「...『箱庭』の連中がいないからだ」


 ものすごく嫌々なそれを聞いてなんとなく納得した。

 いつかテレビか何かで言ってたのを聞いた覚えがあった。ペットショップで子犬や子猫のような親から引き剥がして間もない動物は『観られる』ことそれ自体にストレスを感じる、と。

 多分そんな感じだろう。

 トウオウという慣れない環境に半ば無理やり監禁され(自業自得だが)、不自由を強いられ(自業自得だが)、その凶暴性のあまりメンバーからも信頼されず常に監視の目に晒されているの彼女のストレスは、こうして考えると確かに計り知れないだろう。ほぼ全部自業自得だが。

 そんな風に思ってたらまた思考を察知されたのか、めちゃくちゃ睨まれた。


「常に『箱庭』の誰かしらに監視されてるのがストレスだったと?」

「そう言っただろうが今」

「じゃあ俺からみんなに伝えとくよ。どうせ『枷』で異能も使えないわけだし危険はないって」

「...私が『空圧変換エアロバズーカ』頼りの一発屋だとでも?ナイフ、毒、格闘、お前の死因は何処にでも転がってる。ボールペンですら凶器に成り得るってことを努々(ゆめゆめ)忘れないことね」

「俺が死んだら寿ヶ原も死ぬわけだし、それが嫌だからついてきたんだろ?」


 ふんッ、とまたそっぽを向いてしまった寿ヶ原だったが、会話が成り立つだけでもありがたいと感じられるのだ。

 フレンドリーに話せるようになる日が来るかは分からないが、いつかは普通に話が出来る程度に仲良くなりたいと大和は思い続けている。何故なら二人の根幹に居る存在は同一だから。

 ()と話す会話には何回だって寿ヶ原が登場していた。


「......前々から思ってたけど寿ヶ原(ことぶきがはら)って一々呼びにくいな。長い」

「人の名字にケチ着けてんじゃないわよ。言っておくけど名前で呼んだら死なない程度にぶち殺すから」

「......じゃあガハラで!」

「略して呼ぶな!!つーかなんで普通にフレンドリーなわけ!?一応命を奪い合った仲だよな私ら!?」


 二人で何処へ出かけて何が面白かったとか、どんな出来事があってどういう日々を過ごしたとかそういう話を何度も聞いている。

 寿ヶ原もきっとそうなのだろう。彼女を通して椎滝大和という人物の話を聞いていた。


「俺は死ぬほど憎まれてるけど、俺は寿ヶ原を恨んじゃいないよ」


 寿ヶ原は眉間にしわを寄せて目を細めていた。

 リニアがトンネルに差し掛かる。液晶窓の映像が黒く染まって、しかしリニアのあまりの速度にすぐに突き抜けた。

 黒に反射して映る自分の隣に居てほしい人がいなかった。日常で感じるこの痛みの連続が、寿ヶ原小隈の心をささくれのようにチクチクと攻撃し続けている。

 雫という少女は、かの戦争で大和を庇い死亡した。

 寿ヶ原小隈は手の届かない距離でその瞬間を目撃し、そして壊れた。

 憎しみの根幹。寿ヶ原小隈は椎滝大和が彼女を殺したと思っているし、大和も同様に自分が雫を殺してしまったと考えている。


「箱庭は『対極』を求める者が集まる組織...って、お前なら聞いたことあるよな」

「有名な話だ、けど現物を見ちまえば理想は理想でしかない。その大層なフレーズも結局ビラビラと組織拡大と共に外部からくっつけられた尾ひれとしか思えないわ」

「...まあぶっちゃけ俺も似たようなこと思ってたけどさ」

「お前が言おうとしていること、察しが付くわよ椎滝大和。だからこそ優しィ~私がこの場で断言してあげるわ」


 端の座席に座っていた寿ヶ原小隈は席を立つと、両手に硬く力を込めながら椎滝大和の前まで歩いて、見下ろすように彼の視界の正面を遮った。

 ぐいっ!!と大和の胸倉を掴み力強く引っ張り、立たせた彼に少女は顔を近付ける。

 怒りと憎悪を織り交ぜた表情で、断言した。


「死人は、二度と戻らない」


 シズク・ペンドルゴンとの初めての邂逅...彼女が語った甘美な響きに誘われ、椎滝大和はここへ来た。

 『死』の対局、即ち『生』。

 永遠の命を生きる不老不死の元本に囁かれ、死の対局と失われた彼女との再会を夢見て、椎滝大和は『箱庭』に加わった。

 それを知って、敢えて寿ヶ原小隈は断言したのだ。

 彼女を、雫を蘇らせる?()()()()


「失われた命は取り返しがつかない。お前はあの子の蘇生だなんてありもしない幻想を餌に釣られただけの世間知らずな小魚なんだよ!連中が求めたのはお前じゃない、お前に付随する得体の知れない『何か』だ。死者の蘇生なんてお前を箱庭に繋いでおくためのていのいいでっち上げられた目標に過ぎないんだよッ!!」

「......だろうな」

「あァ!?」


 無理やり座席から立たされて、至近距離でめ付けられて、どうもこちらの一言一句は彼女の逆鱗に近いところをなぞってしまうらしい。

 再びトンネルに差し掛かった車両の、ドア上の液晶に流れるコマーシャル。貴金属買い取り業者の映像の中できらきらと光る黄金に何となく目が行って、そう言えばそうだったなと大和は思い出した。


「俺よりずっと賢いお前が言うならその通りなんだろうな。錬金術には命に関する分野もあるんだろ?口ぶりから察するに...()()()()()()()?」

「...ッ!!」


 ぎりぎりと奥歯を強く噛み締め、寿ヶ原は乱雑に大和を投げ捨てた。どすんと座席に尻から着地して二人の位置取りは元通りだ、ただし寿ヶ原の表情はより鋭さを増していた。

 白衣の錬金術師のその反応は、もう答えを言ってるようなものだと大和はわざわざ口にしない。

 言ってしまえば本当にボコボコにされそうだからだ。

 殺せないと言っても大和が死ななければいいという事で、死に至らない暴力に関しては割と寛容的なのは『カフス』の改善点だとホード辺りに伝えておこう。


「死者の蘇生...ありがちだけどいざ目の前に置かれたら......心躍ったよ。だってそうだろ?もう会えないと思ってた人に会えるかもしれない、今までゼロだった可能性を少なくともゼロ以上に押し上げてもらえたんだから...」

「言い出した奴も馬鹿だけどあっさり信じたお前も大馬鹿ね」

「大馬鹿な俺だって気付いたさ。ファンタジーなこの世界にも不可能があるって、人には出来ること出来ないことがあるってあの時に」

「あの時?」

「飛行船。タイタンホエール号だっけか?錬金術でなんでもできるお前が蘇生それを試さないわけが無い。そんなお前がテロ計画(あんなこと)してた上に全力で俺のことブチ殺そうとメチャクチャ憎んでたから何となく察した」

「不可能とわかっていながら目標に据えたと?無いゴールに向かっていって人生を使い潰すつもり?」


 馬鹿馬鹿しいにもほどがあると寿ヶ原は思った。

 こんな風に清々しく言い放っておきながら、結局はそうなのだろう。走って走って走り続けるその道中で、誰かが都合よく手を差し伸べてくれて、それできっとどうにかなるという他力本願に縋っているに過ぎないのだ、とも思った。

 反吐が出る。

 いつものような悪態を吐き捨てようとして、先に大和が言い放った。


「それが、あいつを死なせた俺への罰なんだ。不可能とわかってても走り続ける、死ぬまであいつを想い続ける。一生を雫のために使う」


 だから『箱庭ここ』に居る、と続けた大和を見下ろしていた寿ヶ原は、また舌打ちした後に今度は大和の向かい側の座席に腰を落とした。


「...お前が何をしようとも私はお前を赦さない。例え何かの奇跡で本当にあの子が生き返ったとしても、それでもお前を憎み続けるわ」

「雫を殺したのは俺で、俺だけが雫を大切にしてたわけじゃない、お前が俺を憎み殺したいと思うのは正当な権利だと俺は思っている。だから俺はお前を憎まない。例えお前が俺を殺そうとした事実があっても俺はこの考え方を崩さない」


 妙な成長をしやがってと心の中で吐き捨てて、直後に二人だけの車両にまもなく到着のアナウンスが響き渡った。

 超高速で通り過ぎていく窓の外の景色も緩やかに減速していく。

 寿ヶ原が背中越しに覗いた景色は灰色と白がそびえたつ、まさに都会。入国時はスーツケースに押し込められて気も失っていたから外の景色を見ることは無かったが、こんな場所だったのかと今更になって知って余計にあの時の屈辱にムカついた。

 停車したのを感じないほど揺れも無い。

 開いた扉を潜り抜けて振り返ると大和が出てこない。窓を外から見て目に入ったのはぼーっと何か考え込むように反対側の窓を見つめる無能の姿で、寿ヶ原小隈は首を触りながらサーッと最悪の未来を連想すると―――。


「早く降りろ馬鹿!!私を殺す気かッ!!」

「うわわっ!!?」


 駆け込み戻って叫んだ寿ヶ原が聞いた、『まもなく8番線、扉が閉まります。ご注意ください』という車外からのアナウンス。

 慌てて扉をくぐり抜ける大和を見て、『あの子はこいつの何を好いていたんだろう』と、寿ヶ原は割と本気で親友の異性の好みを心配するのだった。



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