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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
242/268

闇夜巡り



 寝静まった街は時に日の当たらない場所を好むような存在を迎え入れることがある。

 建物が多く、人も多く、そんな環境ならなおさら都合がいい。死角が増えるし()も果たしやすい。


「チッ、まさか入国まで丸々一週間もかかるとはな。例の戦争関連で入国審査が数段厳しくなったのは知ってたがまさかう〇こまで採るなんて、頬の内側を綿棒で擦るんじゃダメなのか?」

「性別年齢血液型健康状態食の好み...もうぜーんぶ国のデータベースに保管されちゃったわよー。一説によればアレだけで個人の趣味嗜好...食べ物の好みから異性の好みまで分かっちゃう...らしい?」

「徹底された監視社会ってのはいい気がしないねぇ」


 入り口の街、通称エントランス。

 トウオウの西側の海に面するこの街は他国よそには無いモノしかない、初めてこの国を訪れる者は大抵この街で『トウオウ』という国を知ることになるのだが、彼らは皆一様に同じような感想を溢すことになる。

 外界からの光のほとんどを吸収し電力へ変換するハーフミラー素材で埋め尽くされた高層ビルは序の口、電磁気力による摩擦力調整と静音化はもはやデフォルト機能として搭載された魔動自動車に、遥か頭上を通過する影は単騎で引っ越しもお手の物なコンテナ輸送ドローン機。

 逆にアナログを探すのが難しいくらいだ。

 文化と割り切ってしまうことすら憚れるほどの圧倒的な『差』、誰もが同じような言葉を漏らす。


「にしてもトウオウ...まるで異世界にでもやってきたみたいだぜ。街の何処を見回しても人工物ってのは気味が悪いもんだ」

「なあに?あんたこの国初めて?ふふ、のぼせちゃってまあ」

「ああ?」

「キレないでよ、パートナーでしょあたしたち」

「この()の間だけは、な!終わったら赤の他人だろうが。こんな仕事オレ一人でも十分だってのに頭の悪そうな女を寄越しやがって」


 三十台後半くらいに見える男は鍛え上げられた筋肉をスーツの下に無理やり押し込めて、大型のキャリーバッグを左手で引きずりながら悪態を吐いている。

 ピンク色の派手なツインテールの女は二十代前半くらいだろうか...明らかに観光客を装って入るが、そのせいで『パートナー』と称した男との外見に差が出来て浮いた空気が出てしまっている。

 度々すれ違う一般人は皆、横目に流し見てその二人の空気感に妙な気持ち悪さを感じて視線を逸らすように通り過ぎていく。警備ロボットも無反応、当然だ。この国でもまだ人が心に秘めた悪意に反応するセンサーは開発されていない。バスケットボールより一回り大きいくらいの球体にモノアイを取り付けたような警備ロボットは二人の間を通り過ぎて、決められた巡回ルートを辿り続ける。

 どう見ても親子という感じじゃない、兄妹?にしては似ていない。義理の...?ちょっと設定に無理がある。

 街行く一般人にパパとアレをアレする奴だと思われていると感じたのか、観光地でしか手に入らないようなTシャツの上に分厚いジャケットを重ねる妙な格好の女の方も不機嫌そうに不満を漏らした。


「あたしだって不満よーあんたみたいなむさっ苦しいおっさん、仕事が終わったら二度と会う機会のないことを願ってるわ」

「ハッ!そりゃオレもだ。なんなら今から殺りあってもいいんだぜ」


 最後の一言は余計だった。ビリッと、不穏な空気が二人の距離感に蔓延し始める。

 男の方は面倒そうに引きずっていたキャリーバッグを自身の真横まで持ってくると、伸縮できるプラスチック製の持ち手を押し縮めてバッグ上部に直接取り付けられた柔らかい布の持ち手へと握り替えた。

 そこまで見れば誰でもわかる行動だ。

 彼のキャリーバッグに何が秘められているのか、少なくとも下着やタオルや歯ブラシが雑に詰め込まれているわけでは無いことくらいは。

 ギチギチギチッ!!と革を強く引き伸ばすような音が連続していた。

 一方で。

 上着の袖からギラギラと光沢を放つ刃を見え隠れさせる少女は目を細め、一瞬に備える。ニヤリと笑ってこれまでに経てきた経験を集め、男の動向を伺っている。


「報酬も独り占めって訳ね、上等じゃない」


 こっちについては本意ですらある。

 何のためにこの国へ?何のためにこの仕事を?どんな枝でもたどれば『金』に行き着くのだから、得られる報酬が増すというのであればこの状況もやぶさかではない。

 そんな風に考えた女は舌なめずりをして一瞬を待つ。

 ビルの窓から漏れる灯りに照らされた道路を車が走り抜け、隣の歩道を歩く男女の空気はもう隠す気もないくらいだ。

 二人は、いわゆる社会の『影』に潜む人種だった。

 法に背くようなことを生業に生計を立てる人種......国を渡り歩いては依頼をこなし日銭を稼ぐ、そんな無法者。

 二人だけがそうというわけじゃない、同じような人間はこの世界にごまんと存在している。

 足を止めず顔も合わせぬまま、言わば気配だけでの睨み合いのような空気がしばらく続いた後に......。


「はー...やめやめ、たかだか人探しでやることじゃねえや。命は資本ってな」

「言えてるわ、仲良くしましょ☆」


 革を伸ばすような音は止み、刃は引っ込んだ。

 いかに素早く冷静さを取り戻せるか。これが影の世界を生きる上でとても重要なことだということを二人は知っている。感情のままに行動を起こした奴がどうなるか。

 自分を見失うことが死に直結する世界、二人は自ら望んでその世界へ身を投じた『悪人』だが、それでも死にたくないとは常日頃から考えている。

 仕事をこなし、金を貰い、飯を食う。


「明日もおいしいご飯を食べるため、さっさと終らせましょ。何処から調べる?」

「この国はカメラって奴で四六時中国のあちこちを監視してるって聞いたぜ、管理団体を襲撃するのはどうだ。手っ取り早いだろ?」

「名案だけど目立つのはやめたほうがいいんじゃない?今後の仕事に差し支えるしぃ」

「確かにそれもそうだな。ならここは大人らしく紳士らしく行くか」

「...紳士?」

「そうさ、()()()


 そう言った男は歩道を向かいから歩いてきた、くたびれた様子の恐らくは残業上がりだと思われる会社員らしき男性の肩に手を回し、彼が何か言う前に掌で口を塞ぐと、慣れた様子で横道へ入り汚い路地裏の奥の奥へと連れ込んでしまった。

 何事もなかったかのように女の方も追従して、狼に洞窟の奥深くへと追い込まれた哀れな羊は何が起こったかも理解できずに逃げ道を塞がれてしまう。

 頭の上に無数のハテナが浮かんでいるようだった。

 そんな被害者の状況は一切考慮しないとばかりに、男は一枚の写真を提示しつつ、極めて簡潔に尋ねることを尋ねた。


「この男を知らないか?名前住所姿形、なんでもいいんだけどよォ」

「......あの、え?その.....え?」


 当然こうなる。

 素早過ぎたせいだ、路地裏まで引っ込むのに余計な動作を挟まなかった。テレビゲームのRPGで自分が操作しているキャラクターが、画面の右端に急に出てきたモンスターに突撃されて即死したみたいな反応も無理はない。

 人は予想外への対処となると行動が一気に遅くなる。内容の理解に時間が掛かるからだ、彼もまた理解の過程に居た。自分の身に降りかかった不幸をまだ不幸として認識できていない段階から徐々に理解が進んでいく。

 理解が進むと同時に自分がまずい状況に置かれていることを理解し始め、男の全身は鳥肌を立たせて小刻みに震えだす。

 要因の一つは、女の方が袖からスッと取り出したわかりやすい凶器を認識してしまったためだろう。

 ナイフはグリップなどにやたらギラギラとジュエリーをまぶしたようなデコレーションがされているが、刃は正しく機能する。


「混乱してるわよー?これじゃ話聞けないじゃない」

「テメエが得物出したから怖がってんだろーが!」

「えー?こうして脅してるていの方がわかりやすいでしょーよー。何もわかってないで混乱してる奴より怯えてる奴の方が恐怖で理解が早まるの。一発目で当たり引けるとは思ってないしィ、だったらこうやって効率よくパパっと処理するに限るっしょ」

「あのなァ......」

「ひっ...ヒィィイイイイ!!?」


 ようやく状況を完全に理解した。いや理解してしまったオジサンは聞いてられない叫び声を上げてガチガチと歯を鳴らし、首筋に当てられた冷たい金属の感触に全身が硬直してしまう。

 

「しらっ、知らない。そんな奴知らない!!」

「.........だってよー?この後はどうすんの、このまま生かして帰しちゃっていいわけ?」


 何の気なしに訊かれて、男はあっさりと。


「いやいやいや、殺すぜ勿論。顔見られてるし」


 命を否定され、オジサンは悲鳴すら上げられなかった。

 自分はこれから死ぬという確信に怯えきってしまい、全身の力が抜けていく。股間を生暖かい感触が抜けていき、今更になって恐怖からくる涙が大粒に固まって頬を流れていく。

 感情が混乱しまくっている。

 顔を見たから殺す?そっちは隠してもいないのに?

 叫べば聞こえる距離に人はいる、警備ロボットだって巡回中。真夜中とは言え似たような境遇の社畜は溢れかえっている。しかしながら声を張り上げれ(たすけをさけべ)ば彼らの逆鱗に触れるのと同義で、オチが読める。

 そうやって思ったことを悪態として吐き出すことも出来ず―――。

 

「ちゃっちゃと処理してよねぇ。一般人パンピーに見られても面倒だし、あたしは入り口見張っとくからさー」


 そう言ってゆらゆらと手を振った女がナイフを弄びながら光の指す方へ戻っていく。

 ()の目撃者が現れないように見張るということは、被害者がこの路地裏から逃げられないように道を塞ぐということでもある。

 暗に告げられたようなものだ。

 『逃げられないぞ』と。


「ってことで...」

「たっ、たすけ、助けて...っ!!」

「悪いねオジサン。こっちもさ、仕事なんだわ」

「頼むっ、いやお願いしま、お願いします。娘も...妻もいるっ!金ならいくらでも払うからっ...たす、助けてくださいっ!!」

「助けてやるとも今この場で依頼主よりも払えるならな。ちなみに今回の依頼料は八桁後半な......よっ!と」


 ガチャチャチャチャチャ!!とキャリーバッグが食虫植物のように口を開いて、飛び出したのは金属製の折り畳み式伐採斧だった。柄の中央から真っ二つに分割されており込まれていたそれはバッグの外へ出ると同時に組み上がり、農具から昇華された武器として完成する。


「...ん?ああこれ?表の身分は林業従事者ってことになっててね。そうすると便利でよー、普通は税関で弾かれるこんなものも『仕事道具』として楽に持ち込めちまう。申請書と年110日以上の労働実績が必要だけどな!後者は()の友人が居れば改ざんし放題だし」


 元は魔力噴出による推進装置を組み込んだ木材の伐採用として量産された魔装、推進装置への術式的な改造を経て異常な推進力を得たそれは一撃で人体どころか電柱ですら切り倒すほどの威力を手に入れている。矛先が人体へ向けられた時の被害は言うに及ばずだろう。

 繰り返すようだが男は『影』の人間である。

 命を奪うことに罪悪感も覚えなければ、むしろその行為自体をゲームのように捉え楽しむことが出来る()なのだ。

 だからだろう。薪を割るように全身を使った縦振りの一撃目は被害者のスーツの前面を切り裂き、皮一枚をも傷付けず深々と地面に突き刺さる。

 ザギンッッ!!と。

 金属の重厚な切断音は威嚇。逃げるどころか命乞いすら儘ならない被害者の生への執着を煽り、自身の嗜虐心を煽るためだけの演出に過ぎない。

 思わず笑みが零れていた。

 いつもそうだ、無数に繰り返す作業の一つだとは分かっていても笑わずには居られない。プチプチの梱包材を一個一個丁寧に指の腹で圧し潰すことに快感を得るのと感覚的には似通っているのだろう。

 我儘がまかり通る世界...ああ、これだから『影』からは抜け出せない。


「ごめんなあ、葬式ん時困らないくらい奇麗に殺してやるからなァ」


 宣言通りに終わらせるための斧の道筋、左肩から入り肺と肝臓の間を通すように右の腹へと抜ける軌道。イメージ通りの道筋が図画工作の切り取り線のようにオジサンに重なっていた。

 ズチャッッ!!というみずみずしくも汚らしい肉の音、叩きつけた水風船の中身が飛び散った時に似たグロテスクな固有の音色。

 ...だが不可解。()()()()()()()()()()()()()()

 がばっ!!と勢いよく振り返った男の隣を何かが高速で通り過ぎ、そのまま壁にぶつかった。

 振り上げていた伐採斧を両手で短く持ち直し、首から上だけを回して飛来物の確認を行うと、それは()()()()()()()()

 多分、十中八九、間違いなく。


「お前、『影』の人間だよな?」


 視線の先の男(?)はそう尋ね、こちらを指差していた。

 後ろからの光で顔が良く見えない、だが間違いない。奴が、やったのだ。この仕事での()を肉の雑巾のように造り変えた、明らかな敵意を以て。

 頭のスイッチを切り変えろ。

 あの女は決して弱くは無かった。影の世界でもそこそこ名が売れ始めていた、ナイフ型の魔装を扱う手練れだったはずだ。それが目を離したちょっとの間にあのざまだ、目の前のこいつは最低でも()()より強い!!


「一つ訊きたいこt」


 ぐおん!!と噴出口からの加速を加えた伐採斧の横薙ぎは狙った通りに『敵』の首を捉え......損ねる。

 上体を逸らして避けられた。腰から上があり得ない速度で曲がっていた、普通背骨をあの勢いで折り曲げると鍛えていても相当な負担が掛かって最悪折れる。こちらの動きを分かっていたのか?相当な手練れだ。

 言葉を遮ったからか、一瞬見えた表情は不機嫌を露わにしていて、それどころか舌打ちを溢すとほぼ同時に腕を伸ばしブリッジのような体勢を取った。

 直後に、男の下顎部は強い力で痛みと共に上方向へ弾き飛ばされる。

 ブリッジのような全身を仰け反らせた体勢移動の加速を利用して足を起こし、全身を後方回転するようにして顎を蹴り飛ばしたその動きはまるで新体操。

 どうやら男は意識を失っていた。顎への衝撃は直後に脳へと伝わり柔らかく脆いそれへ威力を伝播させる、つまり脳震盪である。

 男の全身から力は抜け落ち、伐採斧は感性による推進力ですっぽ抜けた。

 それが壁にぶつかるより早く、後転から早くも両足で地面を捉えて立ったは再び膝を折り曲げることで圧縮したスプリングの如く溜めた力を、直後に開放した。

 右腕に極彩色を纏い、不審者改めアルラ・ラーファは影の男の顔面を打ち抜く。

 ばしゃっ!!と。


「ひっ...ひぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!??」

「......あ」


 ぶつかった二つ目の肉塊が壁面を益々赤っぽく塗り替え、その飛沫を顔面でもろに浴びてしまったオジサンが悲鳴を漏らしている。

 悲鳴じゃないものもますます漏らしている。

 冬の寒空の中に漏らしたアレが白っぽいもやを立ち上らせる目の前で、アルラはがっくりと肩を落として呟いた。


「......ああクソ、()()()()()...」


 11月13日。

 今日も狩りは失敗、せっかく見つけた『影』の住人を()()()()反撃して殺ってしまった。

 封印された扉を開く鍵の目の前まで辿り着いて、うっかりセーブ前に指が電源ボタンに触れてしまった感じだ。もしくは残業でようやく完成した資料をブルスクで爆散させられたアレに近い、どうであれろくな気分になれない。

 拳に纏わりついた血を極彩色と共に掃い、アルラ・ラーファは速やかにその場を後にした。

 おっさんは放っておく。見るからに巻き込まれただけの一般人だし、ちょっと見るに堪えない。心理的な傷は深く残るためとても苦労するだろうが一刻も早く立ち直れることを祈っておく。

 一度の失敗が何だというのだ、何があっても探し出す。そのために、俺たちはここへ戻ってきた。



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