表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
240/268

敬意の拳が刈り取る寸前に



 頭の中で苦痛が増していき、その痛みは脳みその中で小鳥が躍っているかのようだった。

 目が合った。彼と、アルラ・ラーファと目が合ってしまっている。

 『幸せの家(ホーム・ア・ローン)』は解除していない。空間の内外を隔てる『杭』が破壊されたわけでもない。

 理解が追い付かない。

 ザッ!と、アルラが体を左右にふらつかせながらも一歩近寄った。ふらふらと立ち上がったシャハトは自分の意思とは無関係に後ずさりして、追い詰めるようにアルラの足は前へ前へと歩を進めている。


「答えろ...答えてくださいアルラさん!!何故見えている!?聞こえている!!?術式は...感覚は確かに失っているはずだッ!!」

「なんでだろうなァシャハト。俺の今までの行動全部がヒントだ、よォ~く考えろ」


 これと言って目立つような行動なんて無かったはずだ。

 一方的な展開になる、はずだった。

 殴られて仰け反って倒れていた。倒れされて床を転がされて、それだけだった。

 予測からの反撃というイレギュラーこそあれど目が見える理由にはつながらない、

 はっ!と一瞬のまばたきの隙間を縫うように眼前十数センチに迫る拳に、シャハトは反応できない。ゴッ!!と鈍く重い衝撃が頬から始まり頭全体へと浸透し、やがて反対側の頬へと抜けていく。

 殴り飛ばされる。

 異能で強化されていないとは言え鍛えられた拳をもろに受け、シャハトの少年のような体と足は地面から離れた。そのままノーバンで少し離れた地面へ投げ出され、ろくな受け身も取れず苦悶の声が漏れる...どころか溢れていた。


「ガッ...ハッ......!?」


 物理的な痛みにのたうち回りたくなった。ぐわんぐわんと頭が揺れて森の景色がブレていく。初めて船で異国へ向かった時を思い出す、酔いの余りにほとんど起きていられなかった。

 だがあの時より酷い。

 物理的な痛みが気絶を許してくれない、頭はどんどん重くなるのに痛みも同時に増していくので、視界はブレブレなのに意識は逆にはっきりしていくという最悪の循環が成り立ちつつある。

 あの日以来の最悪を体現したかのような一日だ。

 途中までは順調だった。目論見通り事が進んでいた、妖魔が同士討ちを始めて、勝手に消滅するはずだった。

 貴方はイレギュラーだ。

 そんな貴方を街まで運んでしまったのは僕だ。結局詰めが甘かったということか、余計なことをしたせいで何もかもが上手くいかなくなってしまった。


(どうしてこうなったどうしてこうなったどうしてこうなった!?()()()()になるのは貴方のはずだ!!そんな風に上から敵を見下ろすのは僕のはずだったのに!!)


 近づいてくる足音に恐怖を感じる。

 地べたに這いつくばっていたらまた攻撃されるだろう、わかってはいる。わかっているのに動けない、痛みと恐怖と脳の揺れが体を起き上がらせてくれないのだ。何度も何度も両手で支えて体を起こそうとしているのに、力が抜けて滑って上手く立ち上がれない。

 僕と彼で何が違うというのだ。

 向こうだって...ついさっきまで同じように地面を転がっていたはずだ。

 棍棒で殴り飛ばされて何度も何度も倒れて、強いくせにみっともなく這いつくばって―――。


「......這い...つくばって......!?」


 よくよく考えればおかしい、いくらぼろぼろでも...怪我をしていて異能まで使えないとしても、速度をある程度抑えたとはいえ馬で逃げるこちらを走って追いかけられる程の運動能力を持つ彼が、たかだか僕に殴られた程度でそう簡単に何度も倒れるか...?

 自分が考えていることがおかしいことはわかっている、だが彼はもっとおかしいのだ。普通は討伐隊が組まれるような魔獣の群れを平然と殴り殺し、銃火器を受けきる程のタフネス。当然倒れまいとする力...つまりは体幹だって優れているはず。

 そんな人の形をした人外が...子供じみた腕力で振るわれる棒切れ如きで簡単に地面へ転がされたというのか!?

 地面へ倒れなくちゃ達成できないような目的があったんじゃないのか!?


「倒れる...いや、探していた?地面を這って何かを...」


 気にも留めていなかった、今の今まで忘れてすらいたくらいだ。

 ハッ!となって今更それを記憶から掘り起こす。


「......アレか!!」


 最初の方で彼の懐から吹っ飛んだ黒っぽい何かがあったはずだ。

 探していたのは、倒れるふりをして地面を這って手探りで場所を特定しようとしたのは、きっと転がっていったそれだ。

 アレが何かはわからないが二人で馬車旅をしていた頃には持っていなかった、話題にも上げていなかったはず。隠していた?彼ははぐれたという仲間と街で合流していた、預けていたそれを受け取っていたのか...!!

 あれが感覚を取り戻した『きっかけ』...ッ!!


「正解」


 簡潔な答え合わせは淡々と、そして無慈悲にも暴力を伴って行われた。

 今度はギリギリ合わせられたシャハトは不格好ながらも間に腕を挟んで蹴りの威力を抑えることが出来た。が、尻が地面につきっぱなしのシャハト目掛けたアルラの容赦のないサッカーボールキックは衝撃を全身へ伝播させる。

 電流が流れたかのような痺れ、シャハトの意志とは関係なく体はごろごろと後転を繰り返して一旦は距離が空く。

 シャハトから見た恐怖の象徴は、アルラ・ラーファは取り出したソレを掌に乗せていた。


「こいつは『ウィア』...学習して成長を繰り返す、()()()()()データ端末」


 アルラが言い放ち、直後にヴォン!!と液晶から画面が飛び出した。

 立体的に複数のタブが展開され一つ一つが高速でデータを動かしている、所謂ホログラムだがアルラ程テクノロジーに身近な立場にいなかったシャハトはそもそもの概念を知らない。ただただ圧倒されるだけだった。

 複数展開されたタブの一つ。

 アルラが一声掛けるとたった一つが極端に拡大されて表示されていき、空間に浮き出ていたそれ以外はぽつぽつと消えていく。

 たった一つだけが残る。

 何か...映し出されていた。人...?二人いる。この景色、この人物は...。


「映像...さっきまでの?」


 そう呟いた直後に映像の視点が切り替わる、今度は街中、激しく映像が乱れてはいるが映る所はきちんと映っている。これはアルラ・ラーファとユーリー・ヴォルグの異能戦か。

 どういうわけか、ユーリー・ヴォルグの顔にはぼかしが掛かっているが......。


「これは、いったい...?」

「.........お前の魔法、幸せの家(じゅつしき)は独立させた空間に中立の第三者を設定し、マナーを押し付け合う」


 映像が更に切り替わった。

 今度は完全に知らない光景だった。アルラ・ラーファが体格のいい男と異能で戦っている、相当に苦戦しているらしいが、またも相手の顔にはぼかしが掛かっていて、映像の中で明確に姿形を捉えられるのは『アルラ・ラーファ』だけだった。

 これは、なんだ?

 僕は何を見せられているんだ!?


「指摘と罰則の付与は双方向...つまり術者であるお前が俺に攻撃するだけでなく俺もお前に攻撃が出来る。発動までが面倒なはずの環境構築術式を『空間に招き入れる』だけで発動できたのはずっと引っかかってたが、敢えて自分に不利なルールを追加して無理やり発動条件を緩和させてたってわけだ。初見殺しだな」


 いくつも、いくつも、いくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつも切り替わる。場面も、相手も、戦い方も、異なる映画のフィルムを切り貼りして無理やり一本に繋ぎ直したかのように。

 相手がぼかされていることだけが変わらなくて、そして映像は終わった。


「なあ...()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「......................................................は?」


 脳みそが真っ白に染まっていた。

 せっかくあれこれ工夫を凝らした一枚のイラストを、全てのレイヤーを統合した上でバケツツールで全てを純白で塗りつぶしたかのような空白が思考に生じて、文字通りシャハトはその場で固まっていた。

 しばらくしてようやく、油を指し忘れた車輪のようにギリギリと音を立てそうなほどに鈍く脳みそが動き出す。彼に見下ろされたまま、思考することを()()()

 土地...そうだ土地と言っていた。確かにここは個人の私有地では無い、国に管理された売地で僕個人には何の権限も存在しない。

 そう言えば......そう言えばあの時、馬車で街を目指していた時。話した、話してしまった。この大陸は土地が余っていて、それを安価で売りに出していると。

 彼は未知の端末を所有していた。その気になれば通信だって出来るはず、そしてそれがさっき見せられた映像のようにオーバーテクノロジーを持っているのだとしたら。

 まさか、まさか、まさか。

 だが...やりかねない。彼なら、アルラ・ラーファなら。いや、そう考えると全ての辻褄が合う、失った感覚を取り戻した理由も全て納得できてしまう。

 震える声で問う。

 自らの思考との答え合わせのために、ほぼほぼ確定している予測を声に出して読み上げた。


「......買ったんですか!?こ、この土地を!その端末を通して今さっきッ!!?あっ、あり得ない、安価とは言え土地を、そんな大金を!?街に到着した時点の貴方は無一文だったはずだ!!」

「その答えをさっき見せたんだろうが。今まで撮らせてた俺という個人の戦闘記録、『神花之心いのう』の詳細、個人情報......()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 『幸せの家(ホーム・ア・ローン)』、その判定に中立の第三者を用いていると仮説を立てたのは、アルラが視覚を奪われたタイミングでだった。

 第三者と言っても生物を創造するわけでは無く魔法によって構築されたシステム...ようはゲームのNPCのようなもので、与えられた入力してきに対し術者シャハト記憶データを基準にオートで判断を行っているのだろう。そんな風に当たりを付ける。

 ウィアが懐から吹っ飛んでいくというハプニングは、殴られ倒れるふりをして地面を這い探すことで解決した。感覚を奪われる前に探し当てられたのは僥倖だった、うつ伏せに倒れていたので腹の下はシャハトからは背中で隠れて見えない、そっと懐へ戻すと同時に命じて、そしてウィアは実行した。

 そして聞かれぬよう()した。

 更にこれはシャハト自身も知らなかった術式の裏道、空間に第三者を立ててそこに判断をゆだねる以上、相手シャハトに宣言を聞かせる必要は無い。ようは空間に聞こえればいいのだから、その場で誰にも聞こえないくらい小さな声で呟く程度でも『指摘』は成立する。

 結果、アルラの指摘は認められ罰則は帳消しに――――――。

 ひっ...!!と小さく声を漏らしていたことに、シャハト本人は気付いていただろうか。

 尻もちをついたまま無意識に彼から遠ざかろうと体を後退させたことにシャハト本人は気付いていただろうか。

 気付けなかった。彼は、シャハトは何よりアルラ・ラーファという青年の覚悟に気付くことが出来なかった。目的のためなら何でもやるという、文字通りの彼の信念とイカれ具合に気付くことが出来なかったのだ。


「イカれてる...!!」

「そうかな?」

「そうに決まってる...これから先の貴方の敵はみんな貴方を知っている!!対異能対魔法戦闘は如何に初見殺しを押し付けるかだ!!なのに貴方は...貴方は自分で自分の首に荒縄を掛けたようなものだ!!未来の敵に自ら手札を晒すことの意味を、貴方がわからないハズはないだろう!!?」

「俺は来るかもわからない遠い未来より明日を生きたい」


 彼の反応に、それ以上の言葉を紡げないシャハトはわかっていなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ごくごく当然な自然の摂理だ。

 何者もが生き延びることに必死になる。狩る獣は飢えを満たすために奔り、狩られる獣は自らの生を守るために奔る、勝者だけが明日を生きる権利を得るのはごくごく自然なことだった。

 彼等は遠い未来を見据えて奔るのか?五年後、十年後に自分が生きるために競い戦い勝ち残ろうとするのか?違う、近い明日を迎えるために奔るのだ。

 『二十年後の子孫のために狩りを控え獲物の数を増やしておこう』などと考える肉食獣は存在しない。例え今追いかけている目の前の一体が絶滅目前の種の最後の一体だとしても、獣は控えない。

 それが生きるということ。或いはアルラが自らに課した覚悟と呼ぶそれの正体で、シャハトはアルラ・ラーファを明確に敵と見据えながらもそこをわかっちゃいなかったのだ。

 ()()

 ()()()()()()()()()()()


「...で、俺の心配してる場合かよ。なあシャハト」


 一歩ずつ、しかし確実に歩み寄るアルラの言葉が震えるシャハトを現実へ引き戻す。

 腰が引けている、逃げる脚を汚した草食獣の末路は大昔から決まっているのだから。


「ぐ、う...あ.........」


 逃走。

 戦いから逃げることを本能が選んでしまった、ふらつく足取りで走り出し何とか進もうとするシャハトを徒歩で追うアルラ。一時的に距離は開く。

 が、シャハトの足が止まった。進もうとしているのに意志が邪魔をしているようだった。

 境界線...『家』の中と外を区別する杭と杭の間に引かれたライン上、ここから出れば『幸せの家(ホーム・ア・ローン)』は完全に硬化を失いいよいよ成す術が無い。だが留まっていても追いつかれる、負ける。

 馬を呼び戻すか?間に合わない、間に合っても優先的に馬を殺される。赦しを請うか...?ダメだ、あそこまでの事をしてあんなにも彼を怒らせた。あの目は人を憎む目だ、良くわかる。例え自分がアルラでも自分シャハトは赦せない。

 詰んでいる.........のか?

 もうどうしようもないのか。


「あ、ああっ...あああああああああああああああ.........ッ!!!クソッ...こんな、こんな!!不公平だ、どうして僕ばっかり...元はと言えば奴らが悪いんじゃないか!!僕はただ守りたかったんだ!故郷を...大陸を!!五十年前と同じ轍は踏まない、今度こそ後悔しないように戦うってそう決めて行動しただけだ!!一度目の痛みを知ってるからこそ二度目を恐れたんだ、逃げ出したくなかった。なのに...なのに!」


 指先でひっかいた地面に赤く線がなぞられ、握りしめた土の塊を、迫る敵に投げつけた。

 何度も、何度も、何度も。

 彼は避けようともしなかった。たまたま顔に当たった土塊を手で掃い、口に入った不快な感触を唾液や血液と共に吐き捨てた。

 見上げる草食獣と見下ろす肉食獣。双方の足は止まり決着が迫っている。

 口を開いたのはアルラの方だった。

 小指から親指へと順番に内側へ折りたたみ、力を拳に乗せながら、だ。


「......その言葉がお前の本音なら、もう二度と失いたくないもののために戦うって決めたなら。なあシャハト」


 最初に考えるべきだったのだ。

 『敵』と断定し切り分けた存在の戦う理由、何を背負っているのかを。

 シャハトは間違えた。復讐の相手と、タイミングと、手段を間違えた。

 今、目に涙を浮かべ、握りしめられた敵の拳に震えている男を赦すことは出来ない。この拳を振り下ろすことは確定した事実となるだろう。

 故にアルラは最後に言葉を投げかける。

 彼がきちんと自分自身で気付けるように......、復讐の先輩に敬意を表して。

 ゴッッッ!!と、鈍重なその音が意識を刈り取る前に。


「きちんと考えるんだ。お前がこれから戦わなきゃならない相手は...妖魔や俺じゃあないはずだ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ