表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
239/268

嘗ては『幸せだった家』と住民、その現在



 取り繕うのは得意な方だという自負がある。

 繕う、偽物の笑顔で人の懐に飛び込んで懐柔する。これこそが商人としての成功の秘訣であり、人畜無害な一般人を装う秘訣。

 早朝のウォーキングも睡眠前のストレッチも続かなかった僕が、50年前から今の今まで唯一続けられたたった一つの事柄。

 恨み辛みを忘れないるな。


『終わりかけてたって!?()()()()()()()()()()()!!余計なのはそっちの方だ!あと一歩背中を押すだけだったのに!!』


 ここは家の中。

 ここに籠っていれば安全、誰も手出しは出来ない。家とはそう言う空間、そう言う『場』であるべきだ。

 急ごしらえの暴力ぶきを掴む力が増していく、カサカサに乾いた表面を握り続けて手のひらが擦れて若干の痛みを覚えた。

 殴る、殴る、殴る、殴る。

 彼は、アルラ・ラーファは両腕を頭の横に添えて耐えんとしていた。


『教えてあげますよ!!50年前、ただの()だった平凡な僕は一夜にして故郷を奪われた!!立ち並ぶ美しい麦畑が自慢の農村...戦争で資源を必要とした妖魔とログリア両軍に補給基地として狙われた故郷から、僕らは追い出されたんだ!!』


 嫌でも思い出してしまう景色を人はトラウマと呼び心の底から嫌悪する。

 ある者は乗り越え別のある者は囚われ続けるそれは水晶の表面に彫刻刀で傷を彫るようなもので、傷はどう埋めても元の水晶と同一にはなりきれない。

 刻まれたのが子供の頃なら猶更だった。一度傷付いた水晶ほど割れやすい。

 彼は割れてしまったのだ。

 攻撃に耐えながらアルラはそう思った。

 だがそれは見知らぬ妖魔を攻撃していい理由にはならないし、そこを赦す気もさらさらない。


『幼い僕には突然故郷を追われる不条理を理解できなかった、何もわからなかった。数年後、全部終わって戻った故郷に面影は残っていなかったんだ!!残っていたのは再起不能なほどに荒れ果てた土地と焼け焦げた建物、それとこびりついた死臭だけだ。貴方にわかりますかこの苦痛が!!』


 恐らくは足払い。膝を裏側から強く叩かれたアルラは尻もちを突かされ、崩れかけたガードの隙間を縫うように側頭部を棍棒で殴りつけられる。

 ずざざざざ!!と地を...いや『家』の『床』を転がされた。

 うつ伏せのアルラの背中へ振り下ろす形のフルスイングが襲い、ミシミシという音が背骨から体内を伝ってきた。

 鳴っちゃいけない音だった。

 背骨...つまり脊椎は神経の密集区域、体を支え保護する役割の他にも脊椎は全身を繋ぎとめるという大役を背負っており、それが損傷でもすれば肉体は部分的或いは全身に麻痺や障害を残す。

 ぐっ!!と思わず声が漏れ、止むことのない攻撃の雨にうつ伏せのまま身を丸める。

 力が抜けかけて、もうどれぐらい排出されたかもわからない血が喉を通って食いしばった歯の隙間から漏れ出した。

 ほぼ同時に、呼吸を荒げるシャハトは頭痛に耐えていた。

 自ら語った過去により連想されたトラウマに伴う痛み、目に見えない彼本人にのみ知覚できる精神の痛みだ。


『ああくそ...痛い!!痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!!』


 腹へつま先を突き刺すように蹴り込み、『客人』をまた床へ転がして。

 少年の姿を模ったシャハトは痛みに頭を掻きむしる。

 記憶、消えない消せない記憶。脳みそに根が絡んだような締め付ける痛みで嫌でもあの日の絶望が頭を揺らす。

 例年より遥かに涼しい夏の初めだった。あと一、二カ月で収穫というところまで育った麦畑が黄金色に輝く日のことだった。国からの使者が何百人という兵士を引き連れてやってきた。

 前の月に村の近隣で出没した魔獣の群れの討伐を国に依頼していたから、村のみんなは彼等がやってきたのはそれ関連だと思い込んでいた。

 妖魔がクーデターを起こして戦争に踏み込みかけていることを、田舎過ぎて連絡網の敷き詰めが遅れていた故郷の村はその時初めて知った。要は逃げ遅れたのだ、土壌が肥沃で作物に恵まれたこの地はいずれ妖魔にも補給基地として狙われると、そんなことを言ってたような気がする。

 詳しい会話の内容はもはや記憶の彼方だ。ただ村の老人たちが必死に何かを懇願していたのは覚えている。


『避難先...住み慣れない土地での疎開生活!年寄りは故郷の村をもう一度見ることも無くくたばった!!無茶な移動と今までにない生活で体を壊したのでしょう、死に際の無念の表情が頭から離れない...!!』


 最初は抵抗していた村人も徐々に徐々にと減っていった。次々と村人が避難に応じる中、少年を含めた何人かはそれでも村に残ろうとした。いよいよ妖魔が攻めてきたというタイミングになって、ようやく全ての村人が避難した。

 それも半ば強制的だった。残っていた村人は魔法で眠らされて、気が付いたら避難先の土地で先に逃げた村人と合流していた。

 月に一回送られてくる伝達魔法の報告では村の現状なんて触れられもしなかった。兵士もみんな戦うのに必死だったから、土地に構う余裕なんて無かったのだろう。両親と祖父母は村の中でも畑の管理を任されている役職に就いていたから、いつも曇った表情をしていた。それが嫌だった。


『人は失って初めて気付くんだ...!今まで何とも思わなかったありふれた景色、故郷の面影にどれだけ縋っていたのか。僕だってそうだった、何とも思ったことの無かった故郷が...失ったとたんに愛しくてたまらなくなった、帰りたくてしょうがなかった。無くなった途端に皆崩れた、散り散りだ。でも受け入れる他なかった、それは夢でも妄想でも無くて現実に怒ってしまった事実だったから!!』

「ゲホッ!!......わか、るよ」

『わかる!?何がわかる!?所詮貴方は妖魔側、僕の心の内は僕にしか―――ッ!?』


 ぶおんっ!!と突風染みた音が吹き上がり、下からすくいあげるようなアルラの拳の一撃は惜しくも拳一つ分シャハトの顔面から逸れていた。

 驚いて距離をとる。自身の魔法の効果がきちんと発動していることを再確認してからアルラ・ラーファへ視線を戻すが、やはり彼には見えていないし聞こえていないようだった。

 ではどうしてこちらの位置が分かった?


(見えてない、聞こえもしない。今までの攻撃の位置とタイミングからパターンを予測した!?)


 恐るべきはそのセンスと対応力。

 得意の押し付け合いである魔法戦でいち早く相手の能力を把握し対策を講じる能力がある。つまりは分析力、学ぶ力が人並外れている。

 まともにやりあえばまず勝てないしよーいドンでも無理だろう、削げるだけ力を削ぎ機を待ちようやくこの状況を作った。

 彼さえ消えれば妖魔はまた沸騰できる。

 アルラ・ラーファさえここで消えれば―――。


「失って...!!初めて気付いたってとこ、俺もそうだったから。俺も故郷を奪われた...魔王に焼かれた...家族も友達もみんな死んだ。今の俺は復讐のために生きているから」

『なら猶更わからない。妖魔が僕の魔王ってだけなのに...!!』

「ハッ、そいつは違うね...。お前にとっての魔王は...妖魔は妖魔でも『今の妖魔』じゃないだろ、先祖が人殺しならその子孫まで罪人か?俺はそうは思わない」

『なら現在のユーリー・ヴォルグ本人の罪まで許容しろと!?』


 急ごしらえの武器を捨てて拳を握りしめた。

 怒りのままに振り抜いた拳はアルラの顔面を打ちぬいて、それでも倒れようとしないから繰り返し浴びせ続けた。

 繰り返し、繰り返しだ。

 万物は互いに影響を及ぼし合い、限りなく小さな値でも積もり積もれば必ず双方へ影響を及ぼす。鍾乳石から滴り落ちる水滴が石を穿つように、一方的な影響というものはこの世の何処にも存在しない。

 何度も何度も、繰り返し殴りつけたシャハトの拳の方が痛みを覚え始めている。

 神花之心アルストロメリアは使っていない。


『ユーリー・ヴォルグが自身のエゴで多くを巻き込んだのは変えようのない事実で、実際に多くの人間ヒトが傷付いた。言い訳しようのない彼の罪!!見過ごしていたらまた...!失ってようやく得た次の故郷まで失うかもしれない...!!そうなる前に引き金を引いて何が悪い!?』

「だから戦って...そんで俺が勝った、俺たちが勝った!ユーリーも負けを認めて罪を認めた。赦してもらうために責任を取ろうとしたアイツを撃ったのはお前だ!!」

『赦したのは貴方一人だ!僕は違う!!』


 ゴッッ!!と。

 頬にめり込んだ拳に瞬間、反応する。左手で掴み取った前腕、手前に引いて引き寄せてシャハトの頭が動いたであろう位置目掛けて思いっきりに右の拳を振り抜いた。

 拳を使ってきた経験の差からか、今までのシャハトのどの拳よりも鈍重な音が空気を叩く。アルラには聞こえなかったが。


『ぐぼぁッ!?』

「...じゃあ面と向かって直接それを言ってやれよ。アイツにはお前のその感情に付き合う義務があるから......。ふらふらのアイツを後ろから狙ってハイお終いじゃなくて、悔い改めようとしているアイツをちゃんと正面から否定してやれよ!じゃなきゃ伝わらねェだろうがッ!!」


 グゴッッ!!という感触が骨を伝わり、肉を伝わり、腕から肩を通って全身に伝播した。

 頭部への二度目の打撃。片腕を掴まれているから後ろへのけぞれない、衝撃を逸らせない

 急ブレーキによる急停止のような反作用を想像すればわかりやすいか。殴られたことでシャハトの頭へ働いた後ろ向きの力が掴み取られた腕によって引き戻され、慣性による衝撃が時間差で襲い掛かって脳をますます揺らしていた。

 打撃なら圧倒的にアルラへ分があった。

 打ち慣れてるし打たれ慣れてる。

 体の一部を抑えているから見えずとも聞こえずとも関係無い。掴んだ腕の位置から大体の他の体の部位の位置は予測できるし、相手が魔法使いなら大抵の魔法は術者の意識を落とせばそのまま解除されてしまうものだ(一部例外を除く)。

 五感の消滅も一時的なもので今後に何ら差し支えはしない。

 つまり遠慮する必要がない。

 好きなだけキレていいんだ。


「...テメェもアイツと一緒だよ...最初の方のなァ」


 殴った拳の先に纏わりついた生暖かい液体の感触、鼻血が止まらないようだ。

 心にあるのは怒りと憎悪。

 言いたいことは全て口に出した。受け入れなかったのは奴自身の選択、その先はもう知ったことか。


「自分の主義主張を押し付けるのはまぁいいさ、傍から見れば俺も同じだし。気に入らねェのはその姿勢、意見は押し付ける癖に都合の悪いところは見て見ぬふりしてなかったことにしようとする。けど最後にはきちんと理解したアイツ(ユーリー)に比べて何なんだ?お前は。間違いを間違いと認めようとせず言い訳ばかり...いつまでもガキじゃあるめェし!!」


 そう言った彼は明らかにキレていて、バキボキと首を傾け骨を鳴らして拳を構えようとしていたのが目に映った。

 まずい、まずい、まずい。

 掴まれた腕を離さなければ、高速から逃れなければ。

 殴っても引き剝がそうとしても離れないこの腕を!!


『くそっ!来客が家主にムグゴッ!?』


 口を塞いだ、もうこちらの罪状を指摘させたりはしない。

 鷲掴み吊り上げる。クレーンが徐々にワイヤーを引いていくように、片腕で口元を塞ぎ発言を許さぬまま、だ。恐らくもう足が地面についていない、向こうも振りほどこうと必死に腕を殴りつけたり引き剥がそうとしているがそもそもの体の出来が違う。

 最初が不法侵入、次が恐喝。ならば今のこれは恐らく暴行などに該当してしまい『幸せの家(ホーム・ア・ローン)』の次の発動を許してしまう。

 木霊の木札は発声を肩代わりしていると言っていたが厳密には違うのだろう。木札はシャハトが実際に声に出して話した内容を伝えているだけのスピーカーで、奴の頭の中で考えたことを伝えてるテレパシーのようなものってわけじゃない。

 根拠はさっきの攻撃で奴が漏らした嗚咽だ、『ぐぼぁッ!?』と伝わってきた。殴られて頭の中で『ぐぼぁッ!?』なんて考える奴はいない、あれは奴が思わず声に出してしまった反応を木札が拾っていたのだ。

 喋らせない、発動させない。

 はずだった。

 これまでとは比較にならない違和感が全身を包み込み、その一瞬の綻びをこじ開けるように腹部へ足蹴りによる衝撃が突き抜けて拘束が解けてしまったのだ。

 まさかこれは...と思ったのと同時に、だ。


『『幸せの家(ホーム・ア・ローン)』の管理者マスターは僕じゃない、管理者マスターは術式を付与された空間そのものだ。貴方が自分の行いに罪を感じ、それを認めてしまったことで発動条件が満たされた。触覚すらも...!』


 失う。

 全身から感触が消える。痛みすらも、だ。痛覚は触覚の一部、全身を蝕んでいた、常人には耐えられないほどの痛みが切り取られたかのように消えうせた。

 体内を伝わる衝撃だけが感じられる。

 それに伴うはずの痛みや触れられたという実感だけが置いてけぼりを喰らっていて、自分が何をされたのかすらも把握することが出来なくなっている。

 足を押し出すような前蹴りに鳩尾を貫かれた。

 痛みは感じずとも肺の中の空気が一気にせり出そうとして激しく咳き込んだ。背中から地面に倒れたはずが何も感じない。

 追い打ちのように腹を踏みつけられたのか、ひたすらに苦しさだけが蓄積していく感じがあった。


「ごぶぉっ...!!」

『ハァ...ハァ......。もういい、もう聞きたくない。同じ境遇でもこんなにも僕らは違う存在です、きっと永遠に分かり合えない』


 その言葉を最後にシャハトからの荒々しい攻撃は止んでいた。

 ぼそぼそと何かつぶやいたアルラはどうにか片膝を付いて立ち上がろうとするも、片腕を地面に添えていなければようやく起こした体も再び地面へ倒れてしまいそうだった。

 連戦に次ぐ連戦、相当な疲労と失血、それに伴う全身へのダメージは既に臨界点に飛び越えているのだろう。感情だけで...憎悪からくるアドレナリンだけでそれを無理やり補っている現状。

 俯いたまま顔を上げられないようだ。

 体が小刻みに震えている。酸素をうまく取り込めていないのか呼吸が常に荒々しい。


『終わりにしましょうアルラさん』


 ままならない呼吸を整えようともせずそう言い放つと、彼は目線の先に見つけた、人の頭の半分程のサイズの石を両手で地面から掘り返して持ち上げた。

 ずっしりとした重みが疲弊しきった体へ圧し掛かる。

 感じているそれは物理的な重みだけじゃないのだろう、今からこれをアルラ・ラーファの頭目掛けて振り下ろす。どれだけ強かろうが頭を割られれば人は死ぬ。そして今の彼は異能で体を強くすることは出来ない。

 失敗から学ぶのは商人の必須スキル、もう位置を割られるようなミスはしないという自負があった。

 夜の足音が近づいていた。

 空気が冷たくなっていた。カサカサと乾いた風が皮膚を撫でるように通り過ぎて、殴られてひりついている肌が過敏に痛みを放っている。

 人一人の頭蓋骨を割るのに百キロのハンマーは必要ない、数キロ...いや数百グラムでも事足りる。ある程度の重さと加速で、硬い殻は果物のように砕けて中身は飛び散る。

 頭上高くまで持ち上げて、勢いよく振り下ろした。


「ああ、終わりだ」


 その言葉を声として捉えて、認識した時にはもう間に合わない。

 ガゴンッッッ!!?と、刺さる。

 完璧な形で拳が......アルラの引き絞られた腕が矢のようにシャハトの頭蓋を撃ち抜いていたのだ。

 彼は、薄れ掛けた意識の中で自分の身に起きた現象を理解しようとしたが、しかし理解できなかった。対応できるはずがないのに、目も耳も失っているはずなのに、これ以上ない程の完璧なタイミングで拳を合わされた。

 形はボクシングのカウンターに近く、相手の攻撃の勢いを利用している分『神花之心アルストロメリア』無しでも十分すぎる程の打撃力を備えた拳は、少年染みた肉体を数メートルも吹っ飛ばす。受け身も取れず、辛うじて意識こそ保っていられたがシャハトの脳みそはぐちゃぐちゃに混乱しきっていた。

 ぼだぼだぼだぼだっ!!?と蛇口をひねったように鼻血が止まらない。口の中を切ったのか血の味が秒ごとに濃くなっていく。

 当てられた箇所を片手で抑えながら体を勢いよく起こし、ゾッとした。


「今のは危なかったぜシャハト...けど残念、打撃で俺に挑んだのがそもそもの間違いだ」


 ()()()()

 彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 こんなことは今まで一度だってなかった、あり得ない、あり得るはずがない。術式は...『幸せの家(ホーム・ア・ローン)』は発動している。

 何が、何が起こった?


「なんで......ッ!?なんで見えてるんだ!?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ