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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
237/268

焼けた家跡



 吐く息が白く凍えていく森の中、足音はますます遠ざかるばかりで追いつける気配が無い。

 速力がまず違う。馬の脚と人間の脚だ、アルラ・ラーファが異能で強化を施していたならまだしも、今はそれが無い。つまりただの鍛えた人間並みの脚力。

 それでもどうにか見失わずに追いかけることが出来ているのは、走る場所が舗装も何もされていない、道ですらない森の藪の中だからだろうか。アルラは枝に引っかかろうが葉に傷付けられようが無視できる程度の痛みの耐性を持っているが、馬からすれば走りにくいことこの上ないはず。

 或いは、騎手に何らかの意図があるのか。

 例えばアルラを誘導しようとしている、とか。


(ここからじゃフードの中の顔が見えない!っていうか少しでも気を抜くと振り切られる!)


 高速で薄暗い緑が前から後ろへと流れていく中、ぽつぽつと人工物の痕跡が目に写る。

 砕けて薄汚れたガラスの破片、傷んで苔むした材木。

 走る程に...街から離れる程に森は徐々にその正しい姿を現していく。塗りつぶしたキャンパスの一部分にぽっかりと残された空白のように、切り取られたような何もない空間が現れ始める。

 一方の修羅場では撃たれたヴァリミルの手当にその場の全員がひっきりなしに動き、ラミルもその内の一人だった。

 これから担架でひとまず適切な設備のある街の診療所までヴァリミルを運ぼうという中、いっそ逆に不審なくらいキョロキョロと周囲を警戒し続けるカイ・アテナミルの肩を叩いたのはユーリー・ヴォルグだった。


「あんた、さっきの...追いかけてったアイツとの連絡手段持ってるよな。灰頭の...」

「アルラのことか?悪ぃけど連絡手段は無ぇんだ。あいつは『ウィア』持ってるけど、そもそもあれって通信できるのかな」

「...そうか」


 アルラは走り続ける。痛みを無視して、苦痛を無視して。

 人は走れば疲れる、当然だ。だがそれは馬でも同じ、馬も走れば疲労する。

 走る場所も当然関わってくるだろう。藪や草木の中を気を張りながら走っていればストレスだってたまる、それも疲労に繋がる。

 追いつけこそ出来ずとも、引き剥がされない。

 治療班を割って入るように現れたヴァリミル派の兵士へ自ら両手首を差し出し、ユーリーは敗者として拘束を受け入れた。

 もうきっとその心配も無いはずだが拘束はあるだけで保険として機能する。アレは確かヴァリミルが言っていた、トウオウから仕入れたとかいう強化手錠。

 何か不審そうに眉間にしわを寄せるユーリーに、ラミルは嫌な予感を感じざるを得なかった。


「何か...伝えたいことがあるんですか?」


 問われて少し悩んだ後に、だ。


「...いや、もしかしたらってだけの可能性の話なんだ。伝えた方がいい気がして...だが手段が無いようではどうしようも」

「教えて、ください」


 その少女からは妙な圧が感じられた。

 年端のいかない少女に見えてだがしかし妙に落ち着いた部分がある。さっきまで名も知らなかった敵対者が守ろうとした『仲間』、彼女にどんなふうに伝えようかと迷っているユーリーに代わり、彼同様に拘束を自ら受け入れたゲルマが割って入った。


「そもそも俺たちがこの街へ寄ったのは裏切りの通報を受けたからだった。そういう話だろう?ユーリー」

「...ああ」


 それは最初に対面した時に聞いた話の続きに繋がる内容だった。

 直接戦った相手だからか、身構えてつつ話を聞こうとするカイを横目にゲルマは話を続ける。


「通報者は匿名、信用に値しないってことで最初は適当に聞き流した。国軍の罠の可能性の方が圧倒的に高かった、でもそいつは実際の音声通信ログやあんたらの画像を送り付けてきた、信憑性がグッと上がったんだ」

「でも兵長のおっさんは自軍連中の身元は全部洗ってあるって話してたぜ!?」

「反人類戦線全体のごく一部とはいえ何千人いると思ってるんだ?そいつら全員をお前は把握できるか?」

「うっ...」

「いや、実際、裏切者は反乱軍にはいなかったんだ」


 こんどはゲルマもユーリーに視線を投げかけて驚いていた。

 どういうことだ?と問い詰められるより先に、だ。


「俺と情報通信班だけで話を進めていた。密告者の加工された声を元の肉声に戻す、完了したのはちょうどここに攻め込むって直前のタイミングだった。妙な不安を残したくないからみんな黙っていたんだ。ゲルマ(おまえ)にもな」

「...それで?どうして密告者が軍の裏切り者じゃないと断定出来たんだ?」


 その頃のアルラは増え続ける空白に何度も目線を吸われていた。

 やがて木々の数も減り、切り倒された痕跡だけが残された空き地のような土地も増えていく。何キロ走ったかも忘れた頃になると、キャンパス上の空白に紛れて看板が突き刺さった土地すら現れた。

 『売地』、または『貸出地』と。そう記された看板が、だ。

 アルラを更に後続から追いかける部隊、負傷者の移動に専念する部隊、捉えた敵を移動させる部隊と、兵士が次々とラミル達の周囲から離れ始めていた。

 運ばれていく重症のヴァリミル・ハスキーを複雑な表情で見送った後に、ユーリーは口にした。


反人類戦線アンフェアブレイカーの入軍条件の一つに声紋の提出がある。海外のデータバンクに記録してある全隊員のそれと照合して、密告者のそれと合致するものは一つとしてなかった」


 告げられた確かな事実に、特にラミルとカイの二人は静かに驚いていた。

 カイに至っては生唾を呑んでいる。

 今更になって皮膚の下を虫が這いまわっているかのような悪寒を感じるのは、単に日が沈んてきて気温が下がったからというわけではなさそうだった。

 鼻を刺す火薬の匂いも冷たい風に吹かれて街から去りつつある。


「つまり、密告者は完全に部外者ってことか!?」

「そうなるな」

「でも、なら何のために...妖魔同士が争うことがそいつにとってのメリットってことだよな?」

「順当に考えればログリア国軍、我々が内部崩壊することで最も喜ぶのは奴らだ」

「秘密裏に輸送していた武器と人員を飛行機ごと爆破するような連中だしな」

「あの飛行機事故ってそう言う事だったんですか!?」


 国のための行動とは言え飛行機丸ごと爆破とは何たる恐ろしい所業か。一歩間違えたらそれでコロッとやられていたかもしれないという事実に、あの落下の瞬間を思い出したカイの顔が真っ青に染まっていく。


「俺は国軍でもないと思っている」


 ユーリーがそう言うと、全員の視線が彼へと集中した。

 どうしてだ?という発言への周囲からの無言の疑問。どう答えたモノかと僅かに悩んだあとに、だ。


「組織が何らかの作戦を立案する場合、その作戦が成功した時のメリットと同時にリスクについて考える。これが国軍の作戦として、メリットは敵組織...つまり俺たちを根幹から瓦解させられるというのがメリット。ではデメリットは?」

「...襲撃者が捕まり情報や作戦が漏洩する可能性、か?」

「正確には()()()()。俺たちは妖魔を一つの家族と捉え、その権利向上を求めて行動を起こした。内紛による自壊なんて企てられたと知った妖魔おれたちはどんな行動を起こす?少なくとも怒りを帯びることで今以上に過激化するのは確かだ」

「メリット以上にリスクが大きい...ってことですか?」

「ああ」

「でも、オレからすればリスクよかメリットの方が大きいように思えるんだけどなぁ...」

「いいや、ログリアの破綻に繋がりかねないリスクだ。本拠地がこの大陸というだけで、妖魔おれたちは世界各地に散っている。怒り狂った軍の仲間がログリア国外で騒ぎを起こせば、その責任は作戦を失敗したログリアへと向かう。そうなればログリアは世界から孤立しかねない」

「な、なるほど...そりゃ確かに最悪だ」


 ならば結局、あれは誰なんだ。

 そう言う話に落ち着いたが最後、この場で結論付けることは出来なくなる。

 誰よりも早く動き、追いかけたアルラであれば、或いは。


「...襲撃犯と密告者が同一人物で、それが国軍でも妖魔でもない第三者だとするなら、そいつは」


 ああ、とユーリーの言葉にゲルマが頷いた。

 兵士たちによって拘束の準備を着々と進められながら、彼は思いつめたように空を眺めて呟いた。


「我々妖魔に、よっぽど大きな憎悪を抱えているのかもしれん」


 ......息も絶え絶えだ。こんなに脚が疲労でがくがく震えるのは高校の頃のマラソン大会以来かもしれない。

 そりゃそうか、全速力で何キロも走ったわけだから。

 そいつは待っていた。こちらが会話できる程度まで回復するのを。

 

「...ハァ......ハァ......。ここは?」

「......『家』」


 家。

 そう称された土地はただの空き地にしか見えなかった。

 だだっ広い、だけど何もない森の中の一コマ。ずぼらが掃除した時にゴミを部屋の端へ寄せるように、周囲の森にはあらゆる残骸が朽ち果てた状態で転がっている。

 のに、ここだけは空白で。

 入ってくるときに見たのは看板。

 『売地』と、無造作に吐き捨てるように打ち込まれたそれから始まり、端から端までは大体50メートル程の雑な円形空間の中央で、馬から降りた彼は止まっていた。


()()()()...どうしてあんなことを?」


 旅の商人は...いや、襲撃犯の少年は答えない。

 眉間にしわを寄せて、まるで敵を威圧するかのようにアルラを睨みつけていた。

 シャハト。

 アルラ・ラーファをこの街へと送り届けた商人の少年。

 もう必要ないと判断したのか脱ぎ捨てたローブの下の格好は前と違っていた。恐らくは反人類戦線の兵士に紛れるためだろう兵隊服の防弾ベストすらも忌々し気に脱ぎ捨てて、雑にその場へ落としていた。

 馴染みのある感情だった。

 あれは...そう。『憎悪』だ。

 人が人に憎しみを向けるときの表情だった。


「あなたこそ何をしてるんですか...?もう少しだったのに。あと少しで全部上手くいったのに...!!もうこんなチャンスは二度とこないかもしれないのに...ッ!!」

「話が繋がらねェよ。どうしてあんな馬鹿な真似をしたのかって聞いてんだよ俺は!!」


 森の中へと馬を逃がし、少年は頭を掻いていた。

 いいや、もう本当に少年なのかすら疑わしい。

 言葉の一つ一つに重みを感じる。何十年と絶やさず感情を薪にくべたような憎悪の先にあるであろうあの無機質な瞳。【憎悪】の咎人が言えたものじゃないが、並大抵なモノじゃない。

 ここは魔法と異能の世界だ。

 外見年齢が必ずしも本人の年齢と一致するとは限らない。

 なら、彼はいつから憎悪の炎を内に抑え込み続けていたのか。


「ああそうか、言ってませんでしたっけ。僕ね、大嫌いなんですよ妖魔族が。だから嬉しかった。あの若造が反乱軍なんて作って、人類相手に勝ち目のない戦争を仕掛けようとしてるって知った時は本当に嬉しかった...!!」

「何の恨みだ...その妖魔嫌いは、妖魔がお前に何をした!?」

「何もかも、ですよ。僕は妖魔の何もかもが気に入らない、いけ好かない、気に食わない、憎たらしいおぞましい!!50年前のあの戦争で妖魔という存在それ自体が赦せない、許容できないッ!!」


 それは言葉で言い表すならまさしく、理屈の無い憎悪と呼ぶにふさわしい感情。

 ごく普通に生きた人間の一生の中でも出くわすのが珍しい程の感情の起伏、心の底からの恨みを外から眺めて、アルラはそこに【憎悪】の咎人たる自身を重ねてゾッとした。

 言いたくはないが、何と醜いことか。


「ところでアルラさん」


 ゆらりとシャハトの指が動いて、アルラの心臓を指し示す。

 泥を滑るように滑らかに。

 指はずずいと示す先を下へ下へとずらし、やがてアルラの足元を示すように辿り着く。

 口角を若干吊り上げつつ、少年は囁くように言った。


「招かれてもいない貴方が人の『家』に土足で上がり込むのは、()()()()()()()()()()()()()?」


 何を...と返そうとして、家と呼ばれたその空間を仕切る存在に目が行った。売地の立て看板の他に、ぐるりと空間を隔てるように建てられた三本の支柱、ただの木材。四点を抑え、それぞれを結ぶことで生じる正方形の内部空間に嫌な予感を感じた直後だった。

 少年の一言を浴びた灰被りの青年は硬直し、動揺を隠しきれなかった。

 突如として、アルラ・ラーファの()()()()()



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