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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
236/268

傷を食み痛みを分かつ



 人体における血液の重量はおよそ体重の8~9パーセントと言われている。

 成人男性の一般的な血液量は4から5リットルで、その内の20パーセントも失えばその人にとっての死はすぐそこまで見えている。

 三人分の出血を合わせれば人間一人の血液量に届いてしまうんじゃないかというくらいの夥しい赤が彩る道の真ん中で、アルラは一番新しい腕の傷をもう片方の腕で抑えながら出血に苦しんでいた。

 二人分の影が走り寄ってくるのが見えた。

 敵の増援かと一瞬警戒した後に、アルラはすぐにほっと心の中で胸を撫で下ろした。良く知るシルエットだったからだ。カールが掛かった長い白銀髪の少女と、長身で短髪のバカ

 戦場ファンタジーから実家リアルに帰ってきたような安心感すら感じてしまい、気付かないうちに口角を上げていた。

 荒く息を吐きながら到着したラミルとカイが現場の惨状に息を呑む。


「アルラさん!兵長さん!」

「うわっ!!なんだよその怪我の数...規模!オイオイ生きてんのか二人共!?」

「......大分ギリギリだけどな」

「俺はいいからおっさんの方見てやってくれ」


 二人共クタクタ...というよりふらふらだ。

 気が付いたらヴァリミル(おっさん)は地面に腰を下ろしていた。戦いが終わったという意識にようやく気が抜けて、緊張の糸が切れたかのようにアルラも胡坐で地べたに座り込む。

 連勤明けにやっと休めると布団に潜って、直ぐに会社から緊急の招集が掛かった時を思い出す疲労感が全身に泥のように染みついている。

 あれだけ道中で貯めた寿命もすっかり使い果たして、きっと髪の色素はいつも以上に薄くなっているのだろう。もうしばらく『神花之心アルストロメリア』は使えない。

 残りは3年から5年と言ったところか。またどこかしらで補給しなきゃなと思いつつ右腕にぽっかり空いた銃創の痛みに顔をしかめていると、そこにラミルが横から手を伸ばす。

 予めこういう事態を想定していたのだろう。いつの間にか取り出していた包帯やら何やらで手際よく止血を済ませてくれた。同様の処置をカイがヴァリミルに行っているのを見るあたり、こっちが特訓している間に練習でもしてくれていただろう。

 ありがたいが、心配させてしまっている申し訳なさになけなしの心が痛む。


「無茶し過ぎですよいつもいつも...!」

「しなきゃ...俺かおっさんのどっちかが死んでたよ。ノーテイムはともかく、そこでぶっ倒れてるそいつにはそれだけの覚悟と意思があった」


 敵ながらあっぱれと、そう思ってしまう程に。

 顎で指した方向には仰向けに倒れて動かない元凶の姿があった。

 息も途絶え途絶えだ。日が傾き始めて気温が下がってきて、抜けた血の分だけ凍えるようにユーリー・ヴォルグは小さく身を震わせていた。

 明らかに血が足りていない。

 今すぐにでも処置して、病院で正しく治療を行わない限り助からない。急激な出血は血圧の低下を招き細胞に酸素が行き渡らなくなる。体が失った水分を取り戻そうとして血はますます薄くなり、出血性ショックを引き起こす。

 一通りの処置を終えて、ふらつきながらもヴァリミルが立つ。肩を貸そうとしたカイを無視して歩いた先では、満身創痍の弟子が目線だけで彼の姿を追っていた。

 もう動けない弟子へ銃を向ける師の後ろ姿を、残酷と非難できる者はここにはいない。

 その行為の意味を知っているからだ。


「......もう、立ちあがる気力も...引き金引く余力も...ねェ」

「立派によくやったよ。本当に。お前はよくやった」

「...珍しいな。先生が俺を褒めるなんて」


 あれだけやかましかった戦闘の音もいつの間にか消えていた。

 まるで今この瞬間の二人の問答を聞きたがっているかのように。

 或いは二人の決着がこの戦争の決着だということを最初から理解していたかのように、だ。

 空を流れる雲の動きがいつもより速いと感じた。

 瓦礫の崩れる音、背中で捉える地面の感触、体から抜けていく温度、目の前の師の表情。その一つ一つをいつもより繊細に感じ取れるだけの余韻。

 絞り出すような本心だった。


「悔いは無い」


 銃声が鳴り響いた。

 乾いた金属が擦れる音が静寂の中に異物として差し込まれ、その結末に後ろで見ていた二人は慌てて止めようとしたのが間に合わなかったことに息を呑んでいた。

 弾はユーリーに()()()()()()

 アルラがヴァリミルの袖を引いて逸らしたのだ。弾はユーリーの顔から十センチ程右に逸れて地面を抉っていた。


「...お前を殺そうとした奴だぞ。アルラ」

「わかってる」


 それだけ言って、そして聞いて、あっさりと銃を下ろした。

 もうこれは必要ないとでも言うように両手を使ってあっという間にパーツの集まりに分解したそれをばらばらと捨てたヴァリミルはアルラの肩にぽんと手を置くと、ある建物の影の方を向いて大きく声を上げる。

 その声に肩を僅かに跳ねさせた者を呼ぶ。


「いるだろ。出てこいゲルマ」


 傷だらけの巨躯が現れた。

 ゲルマと言う名のユーリーの親友兼兄弟弟子は壁にもたれかかりながら大きく息を吸っては吐いてを繰り返していて、拳には例の水球を纏っている。

 爆ぜる拳、通称『爆拳』

 彼が生まれ持った二つの属性...『水』を纏い『雷』で電気分解、発生した水素を爆ぜさせる近接格闘技能。

 直截やりあったラミルと...特にカイが警戒して全身に緊張を巡らせる。うそだろ...!?とあの体で動くタフさにビビりつつも誰よりも前に出て、田舎の不良のように慣れない戦闘態勢で威嚇する。

 だがこの場の状況を完全に理解したゲルマは諦めたように水球を解除すると、泣きそうな表情のまま俯いて肩を振るわせていた。

 敗者に口無し。

 戦場に幾つもある掟の一つ、生殺与奪を握られた者は従う他ない。


「......お前も手酷くやられたな」

「...すまない」


 ユーリー・ヴォルグは『いいんだ』とだけ呟いた。

 それからいくつかあるポケットをゆっくりとまさぐった後に無線機を取り出した。

 指示出し用の親機だ。無数に接続した子機全体へ指示を飛ばす用の完全軍用。子機ごとに集団でタグ付けすることで部隊毎に纏める機能なんかもついている高級品だが、今必要とするのはもっと無線通信機としての本質的な機能だけだ。

 スイッチを入れるとザザザとノイズが奔る。


「全兵、武器を捨てて...降伏せよ。俺たちの負けだ......すまない」


 そう告げた直後に周囲のあちこちでどさどさどさっ!!と銃が落ちた。

 いつの間にか、だ。

 彼等は敗北したリーダーを助けようとしていたのだろう。積み上がった瓦礫の裏に、建物の影に、集まっていた彼等。通信を受け武器をその場に落とした彼等もまた酷い表情をしていた。

 ただ、一人としてユーリーの命令に背きアルラ達に銃を向けるような者もいなかったのは、それは軍を率いるリーダーとしてのユーリーのこれまでが得た信頼の賜物。ある意味では彼の力の証明だった。

 敗北しても先導者リーダーであり続けられる者は多くない。

 責任を押し付けられる者もいる。力量不足を責め立てられる者もいる。裏切られて背中を刺されるような者も珍しくない、しかしユーリーは真逆だった。

 本気で変えようとしたからだ。

 今の妖魔を本気で変えようとしたから、みんなユーリーの背中についてきた。

 戦いながらも言葉を交わし、今のダメ押しで更に思い知った。

 だから。


「お前は...どうしたかったんだ」


 聞きたかった。

 歩いてきた道と見てきた像を。そして踏み外したきっかけを。

 出来れば映画館で90分の長編をポップコーンとソフトドリンク付きでじっくりと。でもそれは出来ないだろうから、ユーリー・ヴォルグ本人の口から、だ。

 少しずつ、アルラの味方の兵士たちも集まってきている。味方の証の赤いバンダナを右腕に巻き付けた連中がぞろぞろと駆け付けて、そして自ら武器を捨てた敵兵を拘束し始める。

 アルラに尋ねられたユーリーはその光景を一瞥し、あとはしばらく俯いていた。五秒か、十秒くらい。

 そして語り始めた。


「見たくないもんばかりが目に映った」


 ぽつぽつと。

 秋の夕方の小雨のように。


「ただ種族が違うからってだけで身に覚えのない罪に石を投げられて育った。大昔に妖魔おれたちが戦争をしたせいで大勢の『人』が死んだ。そう罵倒され蔑まれて、まず家族を失った」


 ()()痛みは知っている。よくわかる。

 失う痛みに比べれば、肉体的な痛みなんてどうってことないのだから。


「そいつが言う『人』に妖魔は含まれていなかった。俺は不思議でならなかった。同じ形で同じように動いて、同じものを食べて同じ言葉を話すのに、じゃあ妖魔おれたちと『人』の違いってなんなんだ?」


 その純粋な疑問に回答できる者は少ない。

 『人』は生まれながらにして平等じゃない。

 それは万人がいつかは必ず悟ること。成長の過程...自分と他者の秀と凡を比べて、或いは環境の差異を見せられて。誰もが必ずそれを知り、そこを埋めるために努力する。

 ユーリー・ヴォルグはそれが人より早かったのだ。

 投げつけられた石も蔑みに使われた言葉も覚えて、まだ幼いユーリーは現実を知った。

 子供の心に深く刻み込まれた記憶は大人になっても夢に見る、酷い記憶なら猶更だ。ユーリー・ヴォルグは、いや、()はその傷を埋める方歩と、傷を次の世代へ残さない方法を知りたがっただけだった。

 なら彼らはどうすればよかったのか。

 それはわからない。

 少なくとも自分アルラには、その答えが見当たらない。


「向こうが許容できないなら俺たちが歩み寄っても無駄なんだ、だから戦った。でも馬鹿みたいだな、俺の願いを阻んだのは俺と同じ妖魔だった。しかも行く当てのなかったガキの俺を拾ってくれた恩人がリーダーだ。俺のことを誰よりも理解してくれてると思ってた。まさかこんな風になるなんてな...お前もそうだろ?ゲルマ」

「俺は...正直人間を憎んでる。お前みたいに大義だけで動いていたわけじゃない、心の底にはやはり拭いきれない憎悪があったはずだ。そんな奴が大義のために動いた奴に対してどうこういう資格があるとは思わない」


 大義、か。

 結局その定義も人それぞれでつまるところ、人によって色を変える虹の光のようなものなんだろう。

 同じ物体を見ていても、角度が違えばその人の目に写る画面上の形は別物だったりする。

 戦争はその見え方の押し付け合い。

 子供の喧嘩の延長線のようなものだった。

 問題は、それを気付いた上で続けていたという事で。


「...未来あるガキ共に傭兵の道を示したのは俺だ。戦う方法を教えたのも俺。憎悪を拭いきれなかったのも俺だ。だから教え忘れたことを今更になって教えようとして結果的に追い込んだ。恨んでくれても構わない。二人だけじゃない。この場にいる全員がだ」


 酷な言葉を投げかける。

 こっちはともかく、あっちの二人がおっさんを恨めるはずがないだろうに。

 もう今までの爆音も聞こえない。鼻をつく火薬臭も風に散らされつつある。集まってきて自ら拘束される奴の中には明らかに妖魔以外も混ざっていて、きっと彼等も彼等に親しい妖魔ゆうじんのために武器を握ったのだろう。

 俺と同じだ。


「戦うのが悪いわけじゃない、ただお前らは巻き込んじまった。普通に暮らしていた奴も、差別を知らない人間も、だ。だから俺はここに来た、戦った」

「......皮肉だな。人に成ろうとした俺たちが、一番嫌っていた類の『人』に近づいていたなんて」

「ああ、気付かせられて良かったと思うよ」


 口の中の鉄錆の味を噛み締めるように、腹を刺された傷を抑えながらヴァリミルは悔いるばかりだった。

 弟子の暴走、後始末を付けなきゃいけないのは自分なのに、その責任を外部アルラたちに押し付けて、戦わせようとしたこと。

 結果、より多くの血を流させたこと。

 痛みが強くなっている。

 腹を捌かれたくらいじゃこの罪は清算しきれない、誰よりも前線に立つべき者が部外者に守られて、お膳立てされてようやくこの結末まで辿り着くことが出来たという現実に頭が追い付いて、柄にもなく罪悪感に殺されかけている。

 彼等と巡り合わなかったらと考えて恐ろしく感じてしまう自分に腹が立つ。

 代わりを務めてくれたアルラに改めて、心からの言葉を投げかけようとして、だ。


「お前は立派だよ―――」


 ......僥倖だった。

 アルラの方を向いたから、()()()()が訪れるよりも早くそれに気が付いた。

 誰も気付いてない。皆この中央での会話で視線を内へと向けているからだ。唯一外に目を向けてた俺だけが見つけられた。

 アレは、影から半身を覗かせてるアイツが握っているのは銃だ。俺たちが全兵士にと配備した拳銃。影から伸びた手に、斜めに差し込む日光を浴びて鈍く光っている。

 銃の先端は弟子に向けられていた。

 不思議と頭が良く回っていた。

 叫んで知らせてもあの怪我じゃ動けないし避けれないだろう。他の誰かを頼ることも...出来なそうだ。

 時間がゆっくり流れているようだ。すんなりと思考がまとまって。意識せずとも走り出せていた。

 良かったと自分の反射の仕組みに安堵できた。

 ()()()()()()()

 ドッッ!!と。

 飛び込むように殴り飛ばして、ほぼ同時と言っていい程の刹那に。

 鋭く、腹に突き刺さって倒れた。ヴァリミルは勢いのままにずざざと地面を腹で滑って、そこには赤く痕が残される。流れちゃいけない何かが水風船を針で刺したみたいに流れ出ている。

 震えながらその一瞬の出来事を認識して......師匠が、さっきまで殺し合っていたはずの、敵の自分を庇って倒れたという事実が。


「な......?」


 受け止められない。

 終わってから鈍く上体を起こしたユーリーが、殴られた頬にべったりとついた血の飛沫を手で拭い、更にその赤に思考が止まりかけた。

 うつ伏せに倒れた師の姿を見て、拭った手の赤が誰のものかを考えて、わけもわからないはずなのに。

 自分だって......この人を殺そうとしたくせに。

 叫んでいた。


「先生ッ!?」

「おっさんッ!!」


 流れて、溢れる。

 夥しく、血がどくどくと止まる気配がない。

 二人して駆け寄って、アルラが確認した血の源泉は小さな穴だった。

 こっちの大陸に渡ってきてから嫌という程嗅いだ匂いが、火薬と熱を帯びた鉛の匂いが、そこから。


「アルラあそこ!!」


 叫んだカイが指差した方向で、犯人は硝煙の匂いを漂わせながら銃を構えて立っていた。

 発見されたと気付くや否や、奴は着ていたローブのフードを深く被り直して、建物と建物の隙間の横道へと身を隠した。

 いいや、逃げたのか。

 足音が遠ざかる。

 建物の影が重なっていたし出血で視界もぼやけていた、顔が良く見えなかった。背丈は...フードで誤魔化されていてそれすらも曖昧だ。

 だが何の目的で?

 戦いは終わった、首謀者ユーリーも倒れた。今回の被害者だというのならユーリーを殺すメリットは無い、ユーリーに降伏を宣言させることだけが平和的に全てを終える唯一の方法だからだ。

 単に復讐心に駆られただけにしては練習でもしていたかのような手際の良さだ。

 巡らない。

 考えが、頭が回らない。


「おい先生しっかりしろッ!!なあオイ!?くそっ血が、血が止まらねェ!!誰か!」

「ユーリー何がッ、何が起こった!?」

「見て解れゲルマ撃たれたんだよ!先生が俺を庇って!!」

「体を揺らさないで!私に任せて!」


 薄く開いた瞳孔から光が消える前に。

 そうやって周りを押しのけて動いたラミルの手によって。


「『世界編集ワールドエディット』っ!一時停止ポーズ!!」


 抑えつけた布切れが完全に『固定』される。傷と付近の主要血管を締め付けて出来得る限りの止血を促す。弾は体外へ抜けていないが、それすらも『固定』して仮蓋とする。

 しかしこれは一時的なもの。

 効果範囲3メートル、ラミルの一時停止ポーズは発動後に対象が範囲外に出てしまえば効果が無くなる。しかも血が完全に止まったわけでもない、先の戦いで既に大量に失っているのだ。これ以上は本当にもたない。

 医者を呼びに行くか?

 いいや、さっき集まってきていた兵士が無線で応援を呼んでいる。きっと医者も連れてくる。

 今の俺にできることは......!!


「アルラさん!?」

「見失う前に犯人を追う!!まだ仲間がいるかもしれねェここは任せたぞ!!」

「おい待てアルラ!一人じゃお前!」


 勝手に腰を落としかけた体を自ら殴りつけた。

 傷はむしろ都合がいい。血さえ止まっていれば痛みのおかげで気を失わずに済む。

 ユーリー・ヴォルグとゲルマが叫ぶように呼び掛けている。ついさっきまで殺し合いの仲だったくせに、だ。必死に、死なせないように。

 今の俺に出来ること。

 駆ける。苦痛に叫ぶ体を奮い立たせて。

 ラミルはダメだ、動けない。彼女が異能で処置しなければヴァリミル《おっさん》の命が持たない。カイにはラミルを守ってもらいたいし、ユーリー・ヴォルグもゲルマもダメージで動けない。


(俺が追うしかない、他の誰にも任せられない!)


 制止する声は聞こえなかったことにした。

 奴が曲がった角を曲がると当然、敵の姿はもう見えなかった。

 角を曲がった先は入り組んだ裏路地で、道は突き当りで左右に分かれている。首を振って姿を探し、辛うじて今まさに更に左の道の先で更に角を曲がった奴のフードの端を捉えたと同時に。

 地面を蹴る。

 片方の足が置いてけぼりになる前に前に出すを繰り返して追いかける。

 そして視界の正面に...。


「捉えたッ!!」

 

 逃げるフードが壁近くに積まれていた木箱の下段を蹴り崩し、中から果物や野菜が散らばった。崩れた木箱それ自体も障害物と化してアルラの視界を塞ぎかけた。

 故に、某有名アクションゲームのように壁を蹴り繋いで全部無視する。

 単純な脚力でなら強化抜きでもこっちが上だということが分かってる以上、妨害に時間をとらせるわけが無い。

 影が深く差す裏路地の暗さも、失血で目が霞む今なら奴を見失う要因になりかねない。

 しかしその影で気付いた。落ちかけている日の光から方角を割り出して、頭に入れた街の全体図から現在地を割り出すと、だ。


(この逃走経路...森に抜ける気か!!)

 

 ぐねぐねと曲がって進んでを繰り返し大きな路地へ飛び出した。

 一足先に到着していたフードの姿を探して、直後に横から突っ込んできた何かから体を翻して身を守る。よろめきそうになり壁に手を付くも、駆け抜けていったソレに視線を合わせる。

 背中に例のフード野郎を乗り込ませた『何か』は、森へと続く長い一本道の先へと駆けて行く。


「馬ァ!?」


 街を抜けて緑の中へと消えていくそれを、無茶だと感じても追いかけるしかなかった。



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