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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
231/268

勝者



 粉塵の本当の目的は目隠しではなく、目隠しを目的だと思わせてあのデコイを作るため?

 言葉を投げかけたのは、直後のデコイへより意識を傾けるためだろうか。

 走馬灯のように思考だけが駆け巡る。

 意識だけが加速し続けて置いてけぼりな世界の中で、ゆっくりと、あくびが出そうなほどのんびりと、ゲルマの爆ぜる拳は着実にこちらの命へ突き進む。

 ......誰かが頭の中で話しかけてきた。

 代わろうか?と。

 その言葉に無性に腹が立って、それを受け入れてしまったら、みんなが私を理由に戦ってくれているのに、私だけが逃げ出しているみたいで。

 そんな風に考えて、ラミルは加速した意識の中でこう返した。

 いらない、と。


「......ッ!?」


 拳が。

 止まる。

 少女の...幼さの残る顔の、数センチ手前で。

 当然ゲルマの意志ではない。相手が同族の少女とは言え、一度己の敵と認めた相手への攻撃を躊躇うような良心はとうの昔に戦場で捨てたはずだ。

 要因が別にある。

 爆ぜる拳、持ち前の水と雷の魔力を用いたゲルマのオリジナル。拳を包むように形成した水球を電気分解、酸素と水素に雷で着火することで生み出す爆拳はラミルの眼前で固まっていた。

 ピクリとも動かせない。

 ただ凍っているだけじゃない。


(動かせない...!氷結させた俺の水球を...止める技で固定している!?いや、それより、どうしてあの奇襲に反応できた!?)


 アルラはいつも、戦う時に自分の思考を『強化』していた。

 真似ただけだ。

 急ごしらえ、つぎはぎだらけでいつ破綻してもおかしくない方法で無理やりに。

 それで間に合った。拳が体に触れるよりも前に、ゲルマの水が電気分解しきる前に凍らせた。


「『世界編集ワールドエディット』...倍速ブースト停止ストップ!げふっ...!」


 ()()()()()()()

 『世界編集ワールドエディット』で造り変える世界の中に、自身が含まれないはずは無い。

 意識の急加速による反応速度の強化。

 代償はあった。

 吐血はもちろん、頭痛が収まらない。自分ではわからないが鼻血も出ているらしい、視界もかすみ始めた。これは負荷...一定の速度で歩いていた人を、後ろから車で激突して押し出し続けるような暴挙だ。速度が緩やかに上昇するならまだしも脳みそは急激な加速に耐えられない。

 きっと私はもうすぐ意識を失う。

 そうしたら停止ストップは効果を失う。

 その前に。


「うっ、あ、ああああああああああああああああっ!!」


 ガラスの雨を叩きつけるにも等しい音の濁流があった。

 薄れゆく意識を、叫び、辛うじて叩き起こし、ゲルマへ向けた両掌から無限の弾幕を解き放つ。

 当たった端から凍っていけ。

 向こうも必死だ。歯を食いしばって現在進行形出腹部を貫く衝撃を堪えている。冷気は体外から内部にも影響を与えて体温を奪う。雪山に迷い込んだみたいに、やがては意識をも奪う。

 まるで綱引き。私が意識を手放すか、それとも相手が耐えきるか。

 綱を握る手の力を緩めた方が負ける。


「何故わからない...ッ!?全ては妖魔の為なんだ!俺の正義は妖魔の正義だ!!」

妖魔わたしたちの代表みたいに言わないで!!私の人生は私が決める!!」


 もう自爆はさせない。

 属性魔法で水を発生させれば冷気で凍結する!


「よく言ったラミルちゃん!」


 怒涛の氷砕音に負けない声量で叫び、カイ・アテナミルがゲルマの背に両手を当てる。

 氷の衝撃はますます逃げ場を失った。摘まんで持ち上げただけの紙に水鉄砲を撃っても破れはしないが、上下をぴんと張った状態の紙なら穴も開けられる。カイが身を挺してゲルマの巨体を後ろから押さえつけることで、ゲルマはもう()()()()だ。


「代表気取りにかましてやれよ!!余計なお世話だってなぁ!!」

「こ、の...裏切り者がぁぁぁあああああああああああ!!」

「元から敵だよ勘違い野郎!!」


 もう誰も逃げられない。

 我が身惜しさに逃げ出すような奴はここにはいない。

 ラミル・オー・メイゲルが少しでも弾幕を緩めればゲルマの気が勝る。カイ・アテナミルが衝撃の余波からくるダメージに力を抜けばゲルマに加わる衝撃も弱まってしまう。

 これはもうそういう戦いだ。

 全員が歯を食いしばって力を押し出した。

 叫び、注力し、堪え、耐え、気張り、そしてまた叫ぶ。そうして自分自身を奮い立たせる。そうやって相手を屈服させることでしか正義は証明できない。


「うああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 撃つ。

 凍る。

 また撃つ。

 次々に凍る。

 繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し......。

 自らの鼻血も凍り付いて、割れて、剥がれ落ちていく。

 これ以上何かをする余力なんて無かった。異能の連続使用、頭蓋骨の中でボールが乱反射しているかのような痛みが奔り続けていた。

 いいや、これが。これが、いつものの痛みなんだ。

 飛行船の(あの)時も神人と戦った(あの)時も、そして列車で私を叱った(あの)時も、彼はずっと自分以外の誰かのために力を使ってきた。誰かのために、痛みに耐えていた。

 霧が舞っている。

 砕けた氷が粒になり、大気に舞ってきらきらと光を反射しているのだ。

 濃霧はやがて風に散らされ、徐々に勢いを失っていく。

 濁流を思わせる勢いだった音も同様に。

 やがて、全ての音が止む。

 霧が晴れ、薄れゆく意識の中、ラミルは目の前に凍り付いた世界を見た。

 自らの...決死の弾幕を受け続けて凍り付いた敵の姿を見て、真っ先に悔しさがこみあがった。

 ぱりんっ、と。

 氷の花と薄氷が砕き割れると同時、ラミルは力尽きた。膝から崩れ落ちて、眠るように気を失った。

 一方で。


「ごふっ....!」


 纏わりついていた氷が払われ、剥がれた皮膚の隙間からは決して少なく無い量の流血が零れる。流石のゲルマも膝を付き、未だに体内を駆け巡る衝撃に血反吐を吐き捨てた。

 喉奥に溜まった血に濁った声で。


「......いつまでそうしている、つもりだ。げほっ...」

「さあな」

「少女の影に隠れるばかりだった貴様に今更何が出来る?唾でも飛ばしてみるか?当たる前に貴様の顔面が陥没するだろうな」

「......ああそうさ。年下の女の子に頼りきって何の役にも立てなかった。オレはいてもいなくても変わらない脇役だよ」


 くっくっと自嘲気味に笑った後、カイ・アテナミルは視線を倒れ伏した少女へ向ける。

 この騒動の中、いったいどれほどの不安が彼女の心に圧し掛かっていただろう。

 ある日突然種族だなんだと身に覚えのない戦争に巻き込まれて、あれよこれよとこの街にたどり着いた。優しい性格の彼女のことだから、アルラが戦って傷付く理由に自分を置いてしまっているかもしれない。

 彼女は本当に良くやってくれた。


「だからせめて、主役が届かなかった最後の一押しを代わってやらなきゃな」


 にっ、と。倒れたラミルへ労いの笑みを浮かべたカイが押し当て続ける手のひらは血に塗れていた。もうどちらのかもわからない赤色がぽたぽたとひたすらに流れて、そして地面の染みになる。

 呼吸が整えば、ゲルマはすぐにでも拳を向けてくるだろう。そしてその未来はそう遠くはない。遅くとも数秒...多分、あと一呼吸も二呼吸もしないうちにその瞬間は訪れる。

 なのに、こんなに冷静になれているのは勝利を確信しているからだ。そしてその勝利をもたらしてくれたのは他でもなく、ラミル・オー・メイゲルだった。

 忘れてはならない、カイ・アテナミルは咎人である。


(アルラみたいに...かっこよくはいかねえけど)


 誰にも教えていない、オレだけが知っている発動条件。

 この時点で奴は()()()()あの子(ラミルちゃん)がここまで削ってくれたおかげで、奴は追い詰められている。

 ゲルマの敗因は二つ。

 ラミル・オー・メイゲルを侮ったこと。それと、()()()()()()()()()()()()()()()


「悪いね、オレのは()()()だ」


 次の瞬間、どぐんっ!!?という気味の悪い感触がゲルマの全身を巡った。

 そう感じた次の瞬間に今の今まで揺らぐ気配のなかった意識が薄れていくのを感じて、前のめりに倒れかける。否、薄れていっているのではない、手放しかけているのだ。

 頭蓋に重い衝撃を受けた人々が簡単に意識を奪われるように。

 或いは敗者が地に伏せる直前のように。

 困惑以上の混乱がゲルマの思考を埋め尽くし、体を支える脚の力が失われていく感覚があった。視線を己が体へ移し、異様な光景に目を疑った。


「な...んッ!?これ、は...げぼっ!」

「オレの異能は戦闘向きじゃない、でも向いてないってだけだ。全く使えないとは言ってない。その気になれば鉛筆でだって人は殺せるだろ?ラミルちゃんのおかげでお前は鉛筆にやられる程度に弱っていた、だからこれはラミルちゃんの勝利だ」


 所々を氷に覆われた体のあちこちに現れた、数秒前まで存在しなかった傷の数々。そして、腹部を中心に広がる歪な()

 どこからか湧いて出たそれらが放つ痛みは本物だった。

 勢いよく吐血してから内臓へのダメージにも気づかされる。冷気と熱が一つの体の内部で別々に存在している。熱したガラスのグラスへ冷水を注いだかのように、全身にヒビが入っていく感触があった。


(体の内から...熱!?いや、それよりこの外傷...まさか、これは...ッ!?)


「どいつもこいつも正義だなんだって暑苦しいんだよ。戦う理由なんて『友達のため』...これだけで十分だと思わないか?」


 巨体が前のめりに倒れ伏す。完全に意識を失い、傷はじゅくじゅくと赤を吐き続けていた。

 勝鬨かちどきは上げられない。

 勝利は彼女ラミルのもので、自分はその最後の一押しを担っただけだから。他人が丁寧に...丁寧に作り上げた料理の最後の盛り付け、皿を飾っただけの人間が料理人以上に立てるわけがないように。

 すっかり全身の傷が消え失せたカイ・アテナミルはそんな風に思うと、どさっと地面に腰を下ろした。項垂れるように首の力を抜いて大きく息を吐く。吐いた息がいつもより暖かいのは、口の中にこびりついた血の温度のせいだろう。


「『全権与奪プラスマイナス』!の...『譲渡プラス』!!オレの全ての負傷をお前に譲渡した!」


 ネリトコ区大通りの戦い。

 勝者はラミル・オー・メイゲル...及び【友愛】の咎人カイ・アテナミル。

 また街のどこからか爆風が突き抜け、熱を持ってカイの前髪を撫でていく。

 いくつもの足音が連続して、直後に現れた妖魔の兵隊はその場の惨状に言葉を失った後に、残された青年へと銃口を向けた。

 じゃきん!という金属音が鳴り響き、引き金に指が掛かった。

 そして。


「!」


 離れた地で、異形の竜の化け物の名を冠する異常者が意識を街中の方へと向けていた。

 彼の腕...否、腕だったものが変質した巨大な舌のような物体が巻き付き、吊り上げ、締め付けているのは人間だ。

 アルラ・ラーファ...今にも握りつぶされてしまいそうな【憎悪】の咎人は音が聞こえるくらい強く呼吸を繰り返していた。

 巻き付けた巨舌の力は嬲るようにぎりぎりと徐々に力を増していく。

 苦しそうに口の端から苦痛を漏らしかけるアルラにはもはや目もくれず、男は冷静に分析を続けていた。


(取り付けていた肉片たんまつの反応が途絶えた。ゲルマの意識が消えたということか。やられたのかな?期待外れ...)


「よそ見するなよ」


 アルラの口の端からは赤い線が垂れていた。

 極彩色の勢いも弱まりつつある。

 残された寿命はあと何年だろう。百年?二百年?今のところどんなに力を込めても拘束が揺るぐ気配はないらしく、圧力は増すばかりだった。

 呆れたようにため息をついたジャバウォック・ノーテイムは視線だけを動かして告げる。


「よそ見も何も...君のことは眼中にないよ。ただ普通に殺すのももったいない気がするからね、君を使って君の仲間を殺す算段でも立てようか」



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