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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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「それで、どうして話し合いの場が風呂なんだ?」


 呆れた表情で問いかけるのは激戦を制したアルラ・ラーファ。先の黒甲冑との戦闘で見逃した傷がないか大浴槽の中で自分の体を見回していた。

 一方で、助っ人のジルは浴槽から少し離れたシャワーエリアでシャンプーを頭の上で泡立てている。その表情は戦闘時の鋭く軍人らしい顔つきでは既に無くなっており、一番最初。アルラが以前見かけた人の好さそうな好青年という感じだ。


 時刻は朝6時。二人がいるのはアルラが宿泊している街の宿『まんまる河豚亭』の大浴場。アルラとジルが初めて出会った場所であり、ストレスという心の垢を落とすための場所である。


「風呂ってのは人が心も体も裸になって本心を語り合える場所だ。お互いを信用するというならここが一番いい。お前はどうかはしらんがオレはあんたを信用してるぜ」

「屁理屈にしか聞こえないけどわからなくも無いような気がしなくも」

「風呂好きと言ってくれればそれまでさ」

「割とすぐに人を信用するタイプなのか、ただのバカなのか、それとも違う何かなのか、あんたはよくわかんないな」


 その特徴的な薄い青髪をわしゃわしゃと泡まみれにしながら自論を語るお風呂大好きっ子ジルに、アルラがまた呆れた表情で言葉を上げる。


 そもそもだ

 アルラもジルも何故『強欲の魔王軍』の兵長であり呪術師。

 フランシスカ・ドーナッツホール・ホーリーがこの街にいるのか、その目的は何なのかを分かっていない。それを直接本人に聞く心の余裕なんてなかったし、聞いても答えるはずもないし、ジルはその少女が飛び去った後に駆けつけたしといろいろあったせいだ。

 アルラは出合い頭怒りに任せて殴り掛かっただけだしジルに至ってはそのお節介で巻き込まれただけだ。あの時巻き込まれなくとも警備委員会ガード・コミュニティ第二支部長という肩書があるので、巻き込まれずにはいられなかっただろうが、アルラが有無も言わさず殴り掛かったせいでこの街の警備委員会ガード・コミュニティ第六支部とその付近の地域は壊滅状態となった。

 たった一晩で、だ。

 巨岩があちこちに散乱し建物は崩れ、規則正しく並んでいた石煉瓦の床はボロボロになり鮮血に染まってしまった。

 見るも無残な状況だった。

 ジルが言うには幸いにも怪我人はやはり何人か出ていたようだが、

 あの戦闘による一般市民の死者はいなかった。

 アルラに拷問を施していた警備委員会ガード・コミュニティ第六支部長殿は殺されて黒甲冑の一体となってしまっていたが容疑者の話も聞かず決めつけで身勝手に拷問を行った嫌な奴という印象しかなかったのでアルラは特に何とも思っていない。ボロボロに崩壊した地域の修復作業はと言うと、現在は環境委員会シーナリー・コミュニティがその片づけを泣く泣く背負わされている。南無三。


環境委員会シーナリー・コミュニティの連中はこの街が大好きな、というよりあれはもはや変態の領域に足を踏み入れた連中の集まりだからな。泣きながら修復作業をしてたよ」

「申し訳ないことをしてしまったな...」

「なあに、お前が悪いってわけじゃあねえだろう?それにお前は壊した側を潰してくれたんだ、あのままでは被害範囲はさらに広がっていただろう。どちらかと言えば英雄さ」

「それでも俺が激情に溺れて突っ走ったのが原因であることに変わりはないんだ」


 以外にも重たい肩書を背負っている海人族の青髪ナイスガイはというと、


「それと分かったことがある、あの超戦力を有していた黒甲冑の中身のことだよ」

「中身?」

「結論から言うと中身は一般人。あちこちでくだらない悪事ばかり繰り返してるような連中だからまあ有名な奴らでな、すぐに身元が判明したよ」

「裏側の人間ならいなくなっても怪しまれることはあっても探されることない。ということか」

「ま。完全な裏の人間とも言い切れないようなはっきりしない枠組みだったが大体はそういうことだ。『語り部』があいつらを狙ったのはそういう理由があったんだろう。事の発見を遅らせようとしたとかな」


 『語り部』フランシスカ・ドーナッツホール・ホーリー

 突如としてアルラの目の前に現れた宿敵の一人。キーワードを呪詛として相手の脳に直接入力することによって連想された事象を引き起こす『飛び出す絵本(オトギバナシ)』の少女は、アルラとジルをさんざ苦しめた黒甲冑を生み出す謎の呪術『肉の種』を扱う魔王の忠臣でもある。

 少なくとも、相手はそう名乗っていた。

 この国は『強欲の魔王軍』の本拠地からはかなり離れていたはずだが、何故そんなところに目を付けたのか。

 『何が目的なのか』事件解決の糸口としてもアルラの復讐成就のしっぽとしても、いずれにせよ重要視すべき点はそこだ。


「『強欲の魔王』の目的か、普通に考えればこの街にしかないモノの奪取、となれば技術か?」

「この街に魔王が欲しがるような技術があるのか?」

「たぶんある。例えばセルキーロッド。あれはこの街の魔法技術者が生み出した世界初の物質をマ素へ変換する装置だ」

「セルキーロッドって、あの水路の奴か。そんなすごいものだったんだな」

「ああ。マ素を物質へ変換することは簡単だ。子供でもよぼよぼの爺さんでもできる」


 主に後半の「誰でもできる」のあたりがアルラの胸に刺さっている気がするが今はそんなことを気にする場面ではない。思わず見えない何かが刺さったを胸を気にするように抑えるアルラをちらりと気にするとジルは。


「マ素を物質に変換する。実際はその何千倍も複雑だが...まあところどころ端折ってしまえばつまり、魔法で水や土を生み出す属性魔法のことだな。逆にセルキーロッドは水をマ素に変換する。詳しいことはオレも知らないが、とにかくこの街にはそういう世界が欲しがる技術を独占している状況なんだ」


 と頭の泡を湯で洗い流しながら。


「独占?技術を開示しているわけではないのか?」

「この街がどうして今まで平和でいられたのかわかるか?その技術があったからだ。むやみに戦争を吹っ掛けたり使者を出して技術を取り入れようとすればこの街との関係が断たれる。そうなれば技術は二度と手に入らない」

「戦争で街を制圧されたら技術なんてすぐ奪われてしまうだろう?そういう考えの奴も出てくるんじゃないのか?別の理由があるんだろう」

「そのとおりだ、その理由ってのがセルキーロッドを開発した研究者は既にこの街にはいないこと。数十年も前に旅に出たそうだ。今量産されてるセルキーロッドはその研究者が残した設計図通りに制作しているだけで仕組みは分かっていない。その仕組みを知っているのはこの街にいる研究者の弟子ただ一人だ。そしてこの人がさっき話したこの街の環境委員会シーナリー・コミュニティの委員長ってわけだ」


 つまり


「街を愛しすぎた変態集団の親玉、一番の変態さ。この街が他国の手にでも落ちようものならこの街の誇りと共に死ぬ!って言ってるほどにな」

「なるほど、それが抑止力になっているのか」


 ざばん!とお湯が流れる音が大浴場に籠る。泡を流したジルが「そのとおり!」とアルラを指さして湯船に浸かると、その体積の分のお湯が浴室の床に流れ出た。

 ジルは頭の上にタオルを畳んで載せると、再びアルラを指さして


「さあ、次はお前に話してもらう番だぜ、過去に『語り部』と何があった?」


 アルラの過去に踏み入った。

特に気にする様子もなくアルラも答え、


「直接の面識とかはないが、アイツが生み出した黒甲冑に故郷を奪われた。それから十年をとある人(?)の元で修業を積んで、偶然訪れたこの街で出会ってしまったんだ」


 予想以上に重たい話だったからか、少しの沈黙が二人の間に訪れるが、それを嫌がったアルラが「べつにあんたが気にすることじゃない」と付け足す


「俺の罪は【憎悪】。『異能』は自分の寿命を使ってあらゆる『力』を強化し、殺した生き物の寿命を奪う『神花之心アルストロメリア』という」


 簡潔に述べるアルラに耳を傾ける。

 両手を胸の前で組む薄青髪はふんっとはなから息を吐いて、


「やはり"咎人"だったか」

「知っていたのか?」

「あの光と身体能力の強化は魔法で得られるものじゃないだろう。魔装を使っている様子もなかったし」


 アルラは『神花之心アルストロメリア』でマ素変換力を強化しなければ魔法を使えない。他の誰かよりも、必ず一手を挟まなくては、正しくは魔法を作るための魔力が生み出せない。

 本人が知るよしもないが、病名は先天性マ素変換障害症。ごく稀に生まれてくる治療不可能の病であるのだが、そもそも本人はそんなことをいちいち気に留めない。

 そのため寿命を消費してあらゆる力を強化する『神花之心アルストロメリア』を利用する。元々0のマ素変換力に寿命をマイナスし、そのマイナス分をプラスとしてマ素変換に利用する。

 仮にこの『神花之心アルストロメリア』が足し算ではなく掛け算だったら、このような芸当は出来なかっただろう。力を何倍にする、何分の一にするではなくプラスに変える


 そういえば、と切り出すアルラは


「なんであの時、すんなりと俺を信用してくれたんだ?あの状況じゃ普通判断できないと思うが」

「実はオレも"咎人"でな【疑心】の罪を背負って生きている」

「【疑心】の罪、か」

「異能の力は『噓発見器ライアーハント』オレには常に、人が正しいことを言っているのかが分かる。戦闘向けじゃないけどな」


 そう言う青髪ナイスガイのジルの手にはいつの間にか酒瓶が握られている


「もしも『強欲の魔王軍』が狙っているのが、オレ達の推測通り物質マ素変換技術なら真っ先に狙われるのは」

環境委員会シーナリー・コミュニティ委員長コミュニティリーダー。だけど本当にそれだけか?」

「それだけって、他に何か理由があるのか?」

「何かが引っかかる...」


 顎に手を当てて考えるアルラに怪訝な表情を向けるジルが、ぐびっと酒を喉に流し込み。酒のせいなのかのぼせたのか、少しだけ顔を赤く染めてアルラに片手に乗せた何かを差しだす。


「食う?」

「こんな朝から酔っぱらってんのか?ってかさっきの酒瓶と言いどっから出してんだよ」


そうは言いながらも受け取ったチョコを口に放り込み、バリボリと噛み砕くアルラは言葉を重ねる


「第一、『強欲の魔王』はその技術を手に入れて何をする気なんだ?そこから突き止めないといけないかもしれない」

「おいおい無茶言うなよ。大体どうやってそんなこと調べるんだ?」

「とりあえず、まだ街に潜んでいるであろうフランシスカ・ドーナッツホール・ホーリーを探そう。見つけたとしても街の外か、誰もいないところに誘導したい」

「あてはあるのか?」

「この街は魔法の最先端なんだろ?科学もかなりのところまで来ているだろうし」

「ああ、トルカスの中では最も発展している街だ」

「アイツは俺のことを調べる際に『外部ツールで入国時のデータベースにアクセスした』と言っていた。実際俺が個人情報を細かく提示したのはその時だけだ。つまりこの街の入国者のデータベースに何かしらの形跡が残っている可能性が高い。そこからアイツの足取りを辿って外部ツールとやらを逆探知できれば位置は分かる」

「確かに外部からのアクセスを探知する程度の科学力は警備委員会ガード・コミュニティにもある。よし、オレはとりあえずそれを調べよう。アルラはこれからどうする?」

「目撃情報を調べるとか、地道に人に聞くくらいしかできないな...」

「取り合えず、こっちで警備委員会ガード・コミュニティに連絡と情報の開示を要求してくる。その間そっちはそっちでいろいろやっといてくれ」

「わかった。取り合えず人が多い中央広場辺りにでも出向くか、今日は屋台は中止だな」

「ことが全て終わったら、お前の最先端スイーツとやらを食わせてくれよ」

「こんな場合はそういうことを言ったやつから倒れていくんだ」


 トルカス入国者の情報を管理するシステムはそれなりの地位とアクセス権限を持つ者にしかアクセスは許されない。ジルはこれでもこの街の警備委員会ガード・コミュニティ第二支部長という重っ苦しい肩書があるため問題なくアクセスできる。

 アルラも前世の経験からコンピューターには強いが立場はただの旅人でありこの国の国民ですらない。こういう仕事はジルに適任だった。


 脱衣所に移動した二人が設置してある自販機で牛乳を買うと、ぐびぐびと喉から音を漏らして流し込む。大体ジルはいつの間にか酒瓶一本を完飲してるのはどういうことだろう。


「そういえば、あんたの【疑心】の罪、『噓発見器ライアーハント』だっけ?それの詳細を聞かせてくれないか?互いに能力をよく把握しておけば動きやすいだろう」

「そうだな...簡単に言えばオレの『噓発見器ライアーハント』は発言の『色』を見れるんだ。正しければ白、嘘なら黒、真実に嘘を混ぜているとかなら灰色とかにな。そしてそれは無生物にも適応される」

「無生物にもだって?」

「AIとかってあるだろ?人工知能とかそういう奴。生き物ではないが自分で考えて適切な返答を返す機械。そんな機械とかの発言も嘘かどうかわかる。あの黒甲冑との戦闘でオレが一発も被弾しなかったのも

この能力のおかげってわけだ」


 頭にはてなを浮かべて首をかしげるアルラにを見て、ジルが説明を補足する。


「『噓発見器ライアーハント』にはお前の『殺した生き物の寿命を奪い取る』みたいな補助機能があって、嘘を見抜くだけじゃなくて相手の心理状態もわかるんだ。怒りとか喜びみたいな喜怒哀楽が色として現れ、そのうちの一つに『敵意』がある。敵意を含んだ行動は赤い線となって攻撃より先に浮き出る。すっごい簡単に言えば攻撃される場所が分かるのさ」

「便利な能力だな」

「戦闘なんかの実践には全く使えないけどな」


 ジルの説明を聞きこきこきと首に手を当てて骨を鳴らしながら。穴だらけの服を着るアルラはボロボロになってしまった服を見て、残念そうな表情を浮かべていた。


「なんだよその服、ボロボロじゃないか」

「ファンタさんの店に言って同じ服を新調するか...この服思いのほか動きやすかったしな」

「へえ、その服ファンタのおっさんから買ったのか」

「ああ、草原を歩いていたらたまたま出会ってな、そこで売ってもらった。あっけど店の場所知らないしな...聞いとけばよかった」

「それなら中央広場から海側にまっすぐ行ったところ、ちょうど海と中央広場の中間付近だ。羽が生えた馬の看板が目印の店だよ」

「あの人有名なのか?」

「なんでも扱ってる上に安いから人気なんだ。品質もいいし、本当に何でもあるからな。日用品から土地までいろいろと」

「土地って...なんでもすぎだろ」

「それが店の強みらしいから」


 アルラは宿の入り口の扉を開けた。二人で外へ出て別方向へ行くために。


「夜にオレの部屋に来てくれ。214号室だ。鍵は開けておくから」

「わかった」


 時刻は既に七時。

 昨晩はあれほどのことがあったにもかかわらず街は人で賑わっていた。



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