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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
229/268

着火剤



 怖くないと言えば嘘になる。

 勝てる見込みがあると自分に言い聞かせて思い込もうとしても、それも結局は嘘だ。

 爆発をもろに喰らって吹き飛ばされたカイを助けに行きたいが、きっと敵はそれをやろうとした瞬間に二人纏めて叩きのめそうとする。

 言っては悪いと思うが、今この場で目の前の強敵(ゲルマ)に通用するのは私の『世界編集ワールドエディット』だけだろう。

 だから。


(大丈夫。私だって咎人...守られてばかりじゃない...!)


 震えを押し殺す。

 出来ることをやる。

 拳を前に押し出し構える敵を正面に見据えたラミル・オー・メイゲルは深呼吸して、その小さな口から真っ白な息を吐き出した。

 冬にはまだ早い。

 ぴくりと、ゲルマが反応を示した。

 ラミルを取り囲むように真っ白な空気が充満している、やがてそれらは集まり、固まり、鋭い氷柱となってその先端をゲルマへ向けた。


(氷...基本的な属性魔法。俺と同じだな)


 そんなゲルマの思考は次の瞬間に塗り替えられた。

 少女が放った合言葉キーワード、自身の膨大過ぎる能力を区切り、適切に制御するために、彼女は異能の機能一つ一つに名前を付けて使役する。


「コピー、貼り付け(ペースト)


 ゾンッッ!!!と。

 たった四、五本浮いていた程度の氷柱が、言葉に合わせて増殖した。その一本一本がゲルマに狙いを合わせるように先端を向け、きらきらと日の光を乱反射させている。

 ゲルマがそれを認識し、思わず背筋を冷たくした次の瞬間だった。


再生リムーブ!!」


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッ!!!という轟音が場を氾濫させた。

 まさに、音の洪水という表現の正しい使い方のような、凄まじい光景。

 常時20~30の氷のミサイルが敵へ向かって飛翔し続け、尚且つ弾切れが存在しないのだ。更に着弾地点は氷結するため撃てば撃つほど安定した足場は減っていく。敵にとってこれがいかに厄介なことかはもはや説明する必要も無いだろう。

 実際、ゲルマが取った行動は回避だった。

 今までのように水魔法の壁や拳で受ければ相性が悪いし、撃たせてしまった時点で後手に回ったと判断したためだ。


(弾速は大したこと無い。が、物量がえげつないな!恐らく異能。物体の増殖、発射...リソースは?もしや無限か?)


 ゲルマのギアが上がった。

 地面だけなく障害物や壁をも一時的な足場として蹴り、移動を繰り返すゲルマの動きに、氷のミサイルの引き金を握るラミルは照準を合わせるだけで手一杯だ。

 感覚は『ホースで動く的を狙う感覚』にとても近い。花壇に水を撒いているとき、不意に庭の茂みから飛び出したハチに驚いて、それに放水を当てて追っ払おうとする。

 ホースを動かす手元を動かしても既に放たれた水までは動かない。動くのは新しく放つ水、当然狙ってる的に当てるタイミングもずれる。

 そのズレを、ゲルマは着々と狙っていた。

 更に急加速。急激な緩急の『急』が少女の視界から敵の姿を晦ませる。

 ドッッ!!?と。

 ゲルマが感じた拳の先の違和感、いまいち起爆音が物足りない。衝撃波の風圧も爆発で生じたにしては冷たすぎる。

 拳の感触が人体のそれじゃない。

 起爆の直前にラミルは貼り付け(ペースト)で氷柱を一点集中、指向性と威力を持たせた壁として機能させたのだ。


(攻守の切り替えが速い)


「なるほど凄まじい能力だ」

「立ってカイさん!私の後ろに!」


 至近距離での掃射を恐れてゲルマは一旦下がるしかない。

 そうして空いた間に乗じてカイを背にするように移動しつつ、両の手で水を掬うような形を形成したラミルの手の中には小指サイズの氷が生成されていた。

 何かを変えたいと思っていたのはヴァリミル・ハスキーと特訓を続けていたアルラだけではないということだ。世界編集ワールドエディットで出来る事、そのささやかな工夫の一つ。

 人の腕並のサイズだった氷柱を世界編集ワールドエディット拡大表示ズームアップコマンドで圧縮、サイズが縮む代わりに硬度と弾速を向上させる―――...。

 発射していた氷柱が置き換わる。

 より小さく、より効果力で高密度な、氷のガトリング砲へ。


再生リムーブ...倍速ブースト!!」


 ヒュッッ!!と。

 音までもだ。

 音までも、彼女に意志に呼応するかのように鋭利さを増していた。背後で大きく呼吸を乱しているカイの耳にも風切り音が届く程に鋭く。

 撃ち出すたびに冷気が漏れる。

 手先がかじかむ。吐いた息が白く濁っている。

 まずい、とカイは思った。

 明らかに冷静さを欠いている、少なくともこちらからはそう見える。

 肩越しに覗いた視界は常に発射し続けている弾丸のせいでうまく狙いが定まっていないようだ。だが撃つのをやめれば反撃が来る。それがわかっているから、ますます止まれなくなっているのだ。

 一言声を掛けようと思って、ハッとする。

 少女の一歩後ろに控えていたからこそ気が付いた。


「ラミルちゃん上だ!!」

「っ!?」


 付け入る隙には付け込んでくる。

 当然だ。敵は傭兵、戦闘のプロフェッショナル。一瞬の躊躇で自分も自分以外も死に至る世界を何年も渡り歩いて生き延びた男だ。

 カイは、彼女が年齢の割に小柄でよかったと思った。咄嗟にラミルの襟首を掴み上げて後ろへ投げ飛ばし、ゲルマの攻撃範囲の外へ追い出せたからだ。

 得物を見失ったゲルマの攻撃は代価を求めるように爆風に破片を乗せてカイを襲うが、直撃程の衝撃は無い。そういう意味では、早い段階で直撃を喰らっていたのは良かったのかもしれない。

 飛散した瓦礫が少々肉に食いこんだ程度だ。ダメージとしては軽い部類、そのダメージこそ()()()()()()になる。

 そうやってずるずる引っ張って、やがては削り殺す。


(普段のようにはいかないか。これだから咎人は厄介だ)


 痛みで全身が硬直している。

 アルラ(あいつ)のようにはいかない、痛いときは痛いと思いっきり叫びたいし、正直今すぐにでもぶっ倒れてのたうち回りたいくらいだ。最初の爆発の熱がまだ鳩尾で尾を引いている、さっきの爆発で飛んできた瓦礫が当たった場所からは血が滲んでいる。

 ラミルの援護射撃がまた一時的にゲルマと二人の距離を遠ざけるが、今度は完全にゲルマを見失ってしまった。

 互いに互いの背後を見張るような態勢を取る。

 一瞬たりとも気が抜けない。糸を張り詰めたような緊張が二人の体を強張こわばらせる。

 がごんっ!!と。

 錯乱目的で投げ飛ばされた瓦礫はラミルが停止ストップコマンドで止める。止められるが気は散るし、そちらの対処に多少なりとも脳のリソースが割かれているのをラミルも自覚している。

 これがゲルマの基本戦法。

 速度で惑わせ横槍を入れ続ける、あらゆる手段を用いて敵の処理リソースを削る。全ては後の一瞬のため。


「ヒットアンドアウェイ...一撃のヒットでも死にかねない威力だぜ」

「その一撃を喰らってる人が結構無事みたいですけど...!」

「無事じゃねえよはらわた飛び出そう。頑丈に産んでくれた両親に感謝しまくってるところだよ今」


 靴底が砂を噛む。

 ちりちりと現実には存在しない熱が漂っている。熱は空気中を伝播し、緊張に名を変えて二人の発汗を促した。

 街の外の方から聞こえてきた轟音にほんの一瞬。二人が反射的に意識を向けた一瞬で、ゲルマだけがこの場以外からの一切の情報を遮断していた。

 戦場以外からの全ての情報を断ち切っていたのだ。

 戦場で培った集中力は一瞬を見逃さない。

 直後、地を蹴る。

 建物の壁を突き破り、巨漢がただ一直線に敵へと飛び掛かる。


(まずは男を潰す。少女は戦闘向きの性格じゃない、仲間が負傷すれば()に入る!)


「ラミルちゃん目と耳塞げ!!」


  考えてから動いていては間に合わないから。

 ゲルマが壁を突き破ったタイミングと同時、カイはほとんど反射で叫び、頭の中で反芻はんすうしていた通りに体を動かした。

 ピンッ!!と、カイが蹴り飛ばした何かがゲルマの前面に飛来した。

 恐らくは、その辺の軍用車両のような戦闘の残骸に残されていたものを抜き取っておいたのだろう。見慣れた形状、それが何かをゲルマは瞬時に理解する。


(閃光手榴弾スタングレネード...!?あらかじめピンを抜いておきいつでも起爆できるようにレバーを踏みつけ押さていたか!だが...)


「舐めるなッ!!」


 振り下ろした拳に弾き飛ばされた円柱状の非殺傷兵器は起爆こそすれど、カイが想定していたより爆発の規模は数段低かった。

 拳に纏わせた水を接触時に移すことで威力を抑えたのだ。

 ゲルマの勢いは微塵も減速することなく、シンプルに二人の敵対者を殲滅しに掛かる。

 一秒にも満たない時間でカイにできたのは、ラミルを突き飛ばすくらいだった。

 ゴボッッ!?と。

 血生臭く、声が濁る。

 爆風が鉄錆くさい赤を彩る。

 受け身を取る余裕もなく、カイは蹴り飛ばされた空き缶のように無造作に地面へ転がされる。 声を掛ける暇すらも与える気は無いらしく、巨漢が地面を蹴る。

 どろりと溶けるように輪郭が歪んで見えた。またあの奇妙な歩法...周囲の地面や建物は氷の弾丸で部分的にとはいえ凍結して足場は悪いはずなのに、それを少しも苦にしていない。

 何処からともなく声が聞こえる。


「同族の少女、生まれは他所よそか?一つ忠告しておく。妖魔は元来雪原に生きる種族、この程度の凍結は妨害の内に入らん」


 移動に生じる足音を認識できないのが不気味でしょうがない。

 パキパキと世界編集ワールドエディットの有効射程ギリギリの地点、目印代わりの氷柱つららを地面から薄く伸ばすことで奇襲に備える。

 頭を動かせと、ラミルは自分で自分に命じていた。

 私を守って攻撃を諸に喰らったカイさんは地に伏したまま動かない。今すぐ助けに行きたいが、敵もそれを分かっていてこちらが動くのを待っているのだろう。助けに行けば今度こそ二人纏めて吹き飛ばされる。


「貴様の異能には射程距離がある。2メートルか、最大でも3メートルといったところか。でなければ俺は止める技(ストップ)で即敗北してただろうし、貴様も氷を飛ばして攻撃なんて手段は取らんだろう」


 大当たりだった。

 この短い戦闘でまさか世界編集ワールドエディットの正確な射程範囲まで見切られるとは思ってもいなかった。

 ゴウンッ!!と風が唸る。

 振り返るとそこには拳があった。


(しまっ)


 びゅおんっ!!と拳が目の前を横切った。

 その一瞬手前の時間で、服を強く引かれる感触があったのだ。

 血反吐を吐きながら力を振り絞ったカイがいつの間にかそこにいた。這ったまま服を強く引き、背面へと転ばせることでラミルに拳が命中するのを防いでいた。


「うっ...!」


 尻もちをつき、無防備な少女へ、突進の速度を保った状態で巨漢の膝が繰り出された。

 氷を盾に使おうとして、寸前。

 ラミルの服を引っ張った反作用を利用して飛び出したカイが身を挺して受け止めたのだ。

 げぼっ...!!と。

 再び血反吐を吐きながら、だ。


「この子に何かあったら...あいつに面目立たないじゃろがい!!」


 叫び、飛び出した勢いのままに押し倒した。

 勢いが強すぎてカイはそのままぐるりと前転するように引き剝がされた。が、ガードのために氷を使う用意をしていたラミルも駆け出していた。

 バキンッ!?と、手始めにゲルマの両手が凍り付く。

 正確にはゲルマが爆拳を繰り出すための準備として両手に纏わせていた水が、その直下の地面を巻き込んで凍結していた。

 一瞬だが動きを止められた。

 これで間に合うかは五分五分。

 走る。

 その小さな掌を、氷を破り上半身を起き上がらせようとする男へ向ける。

 起き上がりざまに振り抜こうとしたゲルマの拳は、ラミルがかざした掌からほんの十数センチの地点で完全に停止する。


「......停止ストップ


 もはや彼女の射程範囲内では、万物が重力に従うことすら許されない。

 荒い息を吐く少女は、今この瞬間、確実に爆拳のゲルマという強敵を見下ろしていた。

 この地へ訪れる僅かに手前でアルラを止めるために使った技だった。


「体は動く...装備、というより俺が身に着けている人工物を空間に固定したというわけか」


 拳を開いたり閉じたりを繰り返しながら、男はそんな風に現状を観察しているようだった。

 少なくとも敗者の態度ではないことは確かだ。

 ラミルもそれをよく理解し、次のように言葉を繋いだ。


「私たちの勝ちです。大人しくしていれば危害は―――」

「勝ち?ただ俺の動きを止めただけじゃないか」


 言葉は遮られた。

 ゲルマの瞳は敵意に黒く濁った輝きを発して見えた。


「早くとどめを刺すといい」

「...私は無意味に人を殺したりしません」

()()()の間違いだろう。それほど人殺しに特化した異能を生まれ持っておきながら...貴様には命を奪う覚悟も守る覚悟も足りていない」


 言い返そうと思って、悩んで、結局言葉に詰まって何も言えないじまい。

 きっとこの場にアルラが居たなら耳を貸すなと言ってくれたはずだ。

 敵の言葉を一々聞き入れる必要なんて無いと、また代わりに全部を背負って躊躇いなく命を奪っていただろう。

 自覚はある。

 もっとうまくやれたんじゃないか。もっといい方法があったんじゃないか。そう考えだしたらキリが無かった。誰も傷付かないようにする道を考えれば考える程、自分の異能が誰かを傷付けることに長けていることを思い知る。

 ナイフはどんなふうに使おうがナイフ。『切る』という用途からは決して逸脱しない。

 同様に。


「覚えておけ、()()()()()()()()()()()()かを()()()()()。俺が戦場に出て一番に学んだことだ」


 バチバチと耳が痛くなるような音が瞬いていた。

 それはゲルマの体から、彼の内面を代弁するかの如く湧き出ているように見えた。

 ゲルマという男は異能には恵まれなかった。代わりに、二つの属性を持って生まれた。『促進』の性質を持つ水の魔力と『伝播』の性質を持つ雷の魔力。

 彼だけの才能。

 取り上げることのできないナイフ。


「殺す覚悟も無いような奴が戦場に立つな。不愉快だ」


 体の動きを止められていようが、()()()()()()()()

 ごぼごぼと、男の全身から噴き出した水は瞬く間に消えていく。否、電気によって分解され、空気中に散っていく。

 バチッバヂヂッ!!と。

 雷が瞬く。

 空気が震える...いや、揺らぐ。

 この日一番の爆発が街の大気を動かした。



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