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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
228/268

経験の差



 衝撃の一部が脳みそに残っている。

 敵の発する一言一言がやたらと意識に食いこんでいく。


「ごぶぉっ...!?」


 腹の底から源泉みたいに血が這い上がろうとしていた。

 薙ぎ払うような、或いは鞭のような一撃。倒れ伏していたアルラの体を容赦なく吹き飛ばし、辛うじてガードに挟んだ腕からはみしみしという嫌な音が内部に響いている。

 ずざざざざざと地面に転がされていた。

 仰向けに倒れたから空が良く見える。

 街の方から風に流された黒煙が、ノイズのように空色に混じっている。

 どうやら自分で思っている以上にダメージを負ってしまっていたようだ。痛みが引く様子が無いし、少しずつ視界もぼやけ始めていた。

 神花之心アルストロメリアの治癒を緩めてしまえば意識も失うだろう。


「可哀想に」


 嘲るような声だった。

 子供が、蟻の巣にホースで水を流し込んで、面白がるみたいな笑みを浮かべていた。


献身とか友愛(そんなもの)を持って生まれてしまったばかりに君は僕に殺される。君も、君の友達も、君達の高尚な理想は低俗な僕の目的かねのために消えてなくなる」


 神花之心に使える寿命は...あとどのくらいだ?

 いいや、いくら寿命があっても、拳や蹴りじゃ奴には届かない。

 単純な物理攻撃の衝撃はあの柔らかくも強靭な舌にいなされてろくなダメージが通らない。かといって別の攻撃手段があるはずも無い。神花之心アルストロメリアで無理やり魔力を生成して小規模の闇魔法なんて使ったところで焼け石に水、寿命を無駄に消費するだけだろう。

 地面を力いっぱいに押して体を起こそうと試みた。

 ようやく膝を付いて状態で起き上がり、そんな無様な姿を見てジャバウォック・ノーテイムはまた嘲笑わらった。


「岩の次はつばでも吐いてみるかい?」


 唾......唾液.........。

 体にうまく力が入らないのも、奴の唾液の雑菌がいよいよ効いてきたのが原因なんだろう。

 例えるとそう...振り返った拍子に肘を椅子の角にぶつけた時の痺れ(アレ)。アレが断続的に、しかも全身に広がっていく感覚。

 全身の免疫力を『強化』してやっと抑えられるデバフ。ますます消耗が激しくなる一方で、身体強化の副作用デメリットものしかかってくる。

 ジャバウォック・ノーテイムは、明確に今までとは異なるタイプの敵だった。

 自分の異能や術式を押し付けて体力を削る、ゲラルマギナや飛行船のテロリスト(ことぶきがはらこくま)のようなオーソドックスタイプ。彼等はゲームで例えるならシンプルなアタッカーで、自身にバフを付与したり攻撃技でガンガン体力を削りに掛かってきていた。

 対してジャバウォック・ノーテイム。

 状態異常でデバフを与え、自分自身は堅牢な防御力で敵の消耗を待つ戦闘スタイル。同じくゲームで表現するなら、デバッファーを兼ねたタンクといったところか。

 ああくそ...ゲームならどれだけ良かったことだろう。

 残念ながら現実はそうそううまくは出来ていないという事か。


(せっかく...特訓したのにな。こんな奴じゃなくて...ユーリー・ヴォルグをぶちのめすために、あんだけ撃たれまくって、痛い思いをしたってのに)


 こんな奴に阻まれて、本来自分が戦うべき敵の顔すら拝めないのか。

 第一、『ここは俺に任せて先に行け!』とか、敵を倒す手段もないくせに何を舞い上がっていたんだ?さっきまでの俺は。ただただ敵の正体にたまたま感づいた程度の分際で。

 浮足立っていたんじゃないのか?恥ずかしく思わないのか?

 トウオウで神人ゲラルマギナと対峙し、生き残った経験を得て、思い上がっていたんじゃないのか。

 どうせ妖魔族反乱軍編(こんかい)も上手くいく。何とかなる。どうにかなる。最終的にはみんなバンザイのご都合主義全開エンドになると高をくくって。

 調子に乗るなアルラ・ラーファ。

 この世が思い通りにならないなんて事は、十年前に思い知ったはずだろう。

 ...

 .........

 ..................腹立たしい。


「腹立たしい」


 噴き出す。

 両手いっぱいに極彩色が。

 色とりどりの負感情が、街の向こうの黒煙を真似て空へと立ち昇ろうと揺らめいている。


「お?」


 間の抜けた声で反応した、あの余裕ぶってるノーテイムを叩きのめすにはどうするか。

 そうだ。

 これでいい。

 ()()()()()

 頭の螺子を飛ばせ。憎しみに身を委ねろ。

 憎め。恨め。憤れ。悔め。呪え。

 【憎悪】の罪名に恥じず敵という敵を恨みつくす......基本中の基本を忘れるな。今までだってそうしてきたように。


()()()()()()()()()()()()


 特訓初日のヴァリミルの言葉をアルラは不意に浮かべていた。

 集中。

 辞書で引けば出てくる最初の意味『一か所へ集めること』『定めた範囲に集まること』。


「可哀想とか殺されるとか...好き勝手言いやがって」


 ヒュオンッッ!!という風切り音が横薙いだ。

 ジャバウォック・ノーテイムの右足が変化した肉のムチもとい『舌』が()()()による加速を経て、アルラ・ラーファを正面から撃ち抜いた。

 いいや、撃ち抜こうとした。

 ばづんっ!と。

 濃縮された極彩色を鎧でも纏うように絡ませた左腕の一薙ぎ。飛び回る蚊をうっとおしがって片手で掃うようなモーションで、ヤスリの機能を備えた鈍重な肉のムチはあっさり軌道を反らされる。

 使った左腕からはぶしゅっ!!と鮮血が噴き出していた。だがそれもじきに治まる。

 なんてことは無い。

 痛みを堪えるなんて今更だ。


(さっきまでとは質が違うねぇ。あの妙な光で膂力が増してる?シンプルな自己強化系の異能かな、なぜ今まで使わなかった?異能の使用に何らかのリスクが?)


 こんなに他人へ興味を向けたのはいつぶりだろうか、と、ジャバウォック・ノーテイムは自分の中にまだ人間らしい感性が残っていたことを喜んだ。

 くくくとほくそ笑んで、にやりと口角を引き上げ、両手両足を『舌』に変換する。

 うねうねと一つ一つが本体とは分離した一つの生命体のように蠢くそれを好戦的に従えて。


「覚醒展開はウケないよ」

「別にそんな大層な技でもねェよ...」


 コスト度外視。

 リスク度外視の濃縮された極彩色を身に纏い、全身の痺れを吹き飛ばし、拳を構えながら飛び出した。


「ただのヤケだ!!!」


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッ!!!という空爆じみた轟音があちこちから鳴りやむことなく轟いた。

 街から一歩離れた...未だ激闘収まることない平原でも、更には街中でもだ。

 中でも一際ひときわ強い音の根源で男は走り回っていた。

 今にも泣きそうな情けない声を発しながら。


「無理無理無理無理死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ!!」


 ラミル&カイサイド、対ゲルマ。

 ドガンッ!!という鈍器で固いモノを叩き壊すような音に続いて、火薬に火をつけたような爆音が鳴り響く。

 とても拳から発生した音とは思えなかった。

 だが事実、爆ぜているのはカイを追って殴りつけ、空振った先で地面を撃った拳の方だ。

 爆拳のゲルマ...やはり、事前にヴァリミルから聞いていた通りだ。


「カイさん異能は!?」

「おおおおオレの異能は戦闘では使いにくいんだよォォォォォオオオオ!!!」

「下がって!!」


 そう叫ぶラミルの口から薄っすらと白い息が漏れる。

 パキパキと空気中の水分を持ち前の『氷』の属性魔法で凝結させて生み出した氷柱を放つも、攻撃はどれも『水』の属性基本魔法と思われる水の壁で防がれるか、直接躱されて当たらない。

 だが、飛びのいて避けてくれたおかげでカイは逃げきれた。


「ぶべっ!!」


 頭からすっころんで間抜けな声を上げるカイに駆け寄った頃には、敵は姿を消していた。

 というよりは素早く障害物の影に潜んでは移動を繰り返すことでこちらに位置を悟らせない奇襲を目論んでいるらしい。

 今更周囲に視線を配ってももう遅い。姿形は捕えられない。


「どっ、どういう仕組みだよあのパンチ!?殴りつけたモノが爆発するとか...っ!!異能!?魔法!?」

「『水』と『雷』の属性複数持ち(デュアル)。両手に水を纏わせて通電で電気分解、水素と酸素を発生させて電気で引火、爆発させてるんです!!」

「なっ、なんでそんなん知ってるのラミルちゃん?」

「兵長さんが説明してくれたじゃないですかこの前!」

「ごめん半分寝てたァ!!」


 空から差す影に二人がそれぞれ左右へ飛び退いた直後、空中から襲い掛かるゲルマの拳が地面を叩いた。

 文字通り爆音、続いて爆風がラミルの体を強く押し出す。

 ぱらぱらと粉砕されたタイルが飛び散る。

 数日前...三人で晩御飯を食べたあの日、特訓後のアルラがさっさと床に就いてしまった後、ラミルとカイはヴァリミルに呼び出されてある話を聞かされた。

 それは二人が対峙する可能性のある妖魔族の話だ。戦争を引き起こした者として、ヴァリミルは伝えるべきことを伝えようとしたのだろう。ユーリー・ヴォルグの話を終えると、彼は次にユーリー・ヴォルグを隣で支え続けた男の話を始めた。

 彼には銃を操る才能が無かった。

 彼は引き金を引くより、拳を振り下ろす方が得意だった。

 持ち前の複数持ち(デュアル)を磨き、魔法と打撃で銃火器に対抗する策を身に着けた。

 ユーリー・ヴォルグと並んで戦場で暴れまわり、今じゃ傭兵の界隈でこの名を知らない者は馬鹿か新入りくらいだそうだ。

 いつしか彼に()異名が付けられた。


爆拳ばっけんのゲルマ...!」

「先生...いやヴァリミル・ハスキーから聞いたのか。その呼び方は好きじゃない―――」


 また姿が消える。

 違う、影に潜む。

 他人の視線の先を読み、誘導し、あたかもその場から消えたかのように見せる移動法。いわゆるマジシャンの視線誘導能力であるミスディレクションに近いこの技能は、殴る蹴る()()ないゲルマが銃火器を携えた兵士に近づくために身に着けたスキルの一つ。

 そういう話を、前もって聞いていたのに...!


「呼ぶならただの『ゲルマ』にしてくれ」

「っ!!」


 ゴバッッ!!と拳が爆ぜる。

 気が付いたらそこにいる。

 いとも簡単に術中へハマってしまう。

 辛うじて氷を盾に防げても、爆風や衝撃はこの小さな体を簡単に浮かして飛ばしてしまう...っ!!


「くそっラミルちゃん!!」


 助けようとしたのか、割って入るつもりで飛び込んだカイのぎこちない拳は簡単に躱されてしまう。

 慣れないパンチの勢いにふらついた体へ突き刺さる重いカウンターに肺の空気が持っていかれ、そのすぐ後に光が瞬いた。

 つまり、起爆する。

 カイの鼓膜にもはや音とも感じ取れない衝撃がつんざき、得体の知れない熱と痛みが全身を駆け巡る。


「げふ...ッ!!?」

「カイさん!!」


 少なく無い吐血が地面を彩る。

 持っていかれた空気を求めて、肺が無理やり呼吸しようとカイを咳き込ませた。咳の音には水っぽい、血の染みた濁点が混ざっている。

 これは本当にまずい、とラミルは思った。

 二対一とは言え敵はプロの傭兵。対してこちらはろくに喧嘩もしたことが無いような男女一組。そんな風に改めて状況を客観視できるからこそ見える戦力差......。

 戦闘の経験値が違い過ぎる...!!


「俺は女子供だからと言って加減するほど人が出来てもいない。存分に死合おうか」



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