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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
227/268

蠢竜



 息があがりそうだった。

 背中にじっとりと汗が滲んでいるし、一手を見誤ればあっという間に全身の表面を削り取られそうだ。きっとそんな思考も無意識に作用して、発汗を促しているのだろう。

 ずおんっっ!!と横薙ぎに振るわれた腕(?)を上体逸らしで回避する。目の前を横切った気色の悪い肉塊、その表面に薄く細かく並んだヤスリのような鱗のような肉組織。これに触れてヴァリミル・ハスキーは左腕を負傷したのだ。

 変幻自在に動く肉の触手は厄介どころの話じゃない。

 何せ関節が無いのだ、動きは極端に読みにくいしいつもやってるような対人の動きではいずれ削り取られる。

 加えて......。


(やっぱり...うぉ!?くそ!俺とこいつとじゃ相性が悪い!!)


 鞭のようにしなり襲い掛かる肉塊をどうにか躱し続けながら心の中でやけくそに叫び、アルラは敵から更に距離を取った。

 当然、街からもますます離れてしまう。

 そう...相性だ。

 言わずもがなこちらの主体は接近戦。全身に『神花之心アルストロメリア』の強化を施した体術による殴る蹴る。大前提が相手に触れる事、触れただけで削り取ってくるあの男とはすこぶる相性が悪い。


「これなら...どうだっ!?」


 追ってくる肉塊から走り回って逃げながら、そう叫んで土塊を投げ飛ばした。

 強化した肩と腕力から繰り出される投擲攻撃は並の人体くらいなら余裕で吹き飛ばす速度と威力だが、奴は『舌』を一薙ぎするだけでそれを弾いてしまう。


「無駄だねえ。僕の舌は硬くて柔軟だから...。こんなことも出来ちゃう...よっ!」


 ずおっ!?と。

 髭面の間の抜けた掛け声とほぼ同時、彼とアルラを結ぶ直線状の地面がちゃぶ台をひっくり返したように不自然に盛り上がった。

 視界の隅に捉える。

 奴の腰の辺りから、細い肉塊が地面へと伸びている。

 収縮も膨張も伸びる縮むも自在なら、地面へ潜らせた後に膨張させることで地面を崩すことも出来るというわけか。

 勢いのままに、まさにちゃぶ台返しのようにひっくり返された地面にアルラの体勢が崩された。

 生じた隙を逃がすような敵ではないのはわかっていた。

 ごずっっ!?という衝撃が腹部を突き抜ける。

 巻き上がった土塊の影からの一撃。反応できず、腹の奥底から灼熱が喉元へと出掛かった。


「ごぶっ...!?」


 呼吸がままならない。

 部屋のクローゼットから拝借した借り物のシャツが抉り取られ、痛々しい傷が外気に触れる。

 痛い。

 痛い痛い痛い。

 人前でなければ...敵の前でなければ地面を転げまわって叫びまわるような激痛だった。身長が2メートルもあるような大男の正拳をまともに喰らったような衝撃に加えて、ヤスリのような肉組織に表面を削り取られているのだ。痛みも並で済むはずがない。

 二本足で着地したものの、思わず片膝が地面へ落ちてしまう。


「ハァー...ハァー......猫舌とか、そういうレベルじゃねえな。まるで鮫肌...!!げほ...ッ」

「『異形の巨舌テイスト・モンスター』と言う術式でね。見ての通り肉体を『舌』に変換しているんだ。少しばかり大きくて痛くて柔軟だが、素敵だろう?」


 べぇっ、と。大口開けて舌を出し両手でそれを指差して、説明しているつもりかおちょくっているのか、くっくっと男が笑う。


「にしても君は痛みに強いんだね。常人なら掠っただけでのたうち回る激痛を何発も受けて平然としているし、毒もあまり効いてないように見える。その体を光らせる異能の力かい?興味深いねえ」

「な...毒...?」

「うん?気付いていなかったとは。正確には()さ。舌は人体において最も密に雑菌が集まる器官、僕の『舌』から分泌される唾液にはそれらを再現した数百種類の菌が潜んでいるのさ」


 だとしたら......まずいのはヴァリミル(おっさん)の方だ。

 最初に...しかも左腕から大部分にあの舌の攻撃を喰らっているし、もうかなり時間も経ってしまった。

 口内雑菌は生物には当たり前に存在するもので、中には人体に極めて有毒な種類もごろごろとありふれている。

 指なんかのちょっとした傷を舐めて、傷口から体内へ侵入した口内雑菌によって重症化してしまうケースなんてどこの世界でもザラにある。最悪の場合、敗血症に罹って増殖した細菌に内臓まで侵されてしまいそのままぽっくり...なんて事例すらあるのだ。


(『神花之心アルストロメリア』で治癒力を底上げしていてよかった...!免役能力も一緒に強化してるから効果が薄いんだ)


 だからと言って攻撃を喰らい続けていいというわけじゃない。

 攻撃を受ければ受ける度に細菌の付属効果は上乗せされていく。

 体から噴き出す極彩色の傾向を『治癒力』の方面で上乗せして、更なる回復力で万全の対策を講じるアルラの表情は暗い。

 大丈夫、まだまだ『神花之心アルストロメリア』を動かす寿命エネルギーには余裕がある。

 そう言い聞かせてはいるものの、吐き気を覚える緊張感が針のように身を刺し続けていた。


「...悪趣味な野郎だ」


 吐き捨てるように呟いて、口元から垂れる血を拭う。

 ビキビキと。

 全身の筋肉が張っていた。


「悪趣味、悪趣味ねぇ...。聞き慣れた言葉だ、安心してしまうよ」

「だろうな、お前ら一族は。前に合った奴らもそうだったよ、反吐が出る程悪趣味で...意味が解らないくらいに薄気味悪い。ぐちゃぐちゃでめちゃくちゃな魔法を利己的に振りかざして悪びれもしない」

「あれ?()()()()()()()()()()()()()()

「覚えがあったもんで」


 ヴァリミル・ハスキーはともかく、ラミルが奴の正体に触れられないのは仕方がない。

 何せ()()はアルラとラミルが出会うよりも前の出来事だ。洞窟に引きこもってたアルラがあの出来事で初めて奴らを知ったのだから、森の奥で暮らしていたラミルも知らなくて当然。

 それはアルラ・ラーファが訪れた最初の街で。

 それはアルラ・ラーファが巻き込まれた最初の事件で。

 金で雇われた三人の人間モドキ(ノーテイム)が加担し、悪逆の限りを尽くした。

 彼等にはいくつか共通する項目がある。

 一つは、その誰もが人体各部や機能をモチーフとした異質極まる魔法を操るということ。グレムリン・ノーテイムは関節を、ニンフ・ノーテイムは免役器官を、無性生殖ノーマンハーレムという自己増殖の魔法で散々アルラを苦しめたオーク・ノーテイムは繁殖器官を。

 そして目の前の男はまさに......。


「では改めて自己紹介といこう。()()()()()()()()()()()()、『舌』を信仰する悪しき竜。ノーテイムファミリーの一員であり、未知の味覚の開拓を求める愉快な求道者さ」

「アルラ・ラーファ。よろしくくたばれ」


 そして、二つ目。

 彼等『ノーテイム』は人類の失敗作。ありとあらゆる才能を取り上げられて、異常な精神性と努力でのみ望む結果を得てきた、欠陥だらけのヒトモドキであるということだった。

 ずおっっ!!?と力が交差した。

 地中を伝い背後に忍び寄っていた『舌』を足場に、馬鹿正直に正面から飛び掛かる。

 ジャバウォック・ノーテイムと、そう名乗った男は両腕を振るい、左右から挟み込むようにして迎え撃つ。

 べぢんっっ!!と肉と肉を打つ水っぽい音が響く。

 体を空中で前転させるように勢いよく折り曲げ、両腕を地面につけ、力いっぱい押し出すようにして得た反作用の力で飛び上がり、アルラは左右から迫る舌を回避してみせる。


「いいねぇ、曲芸かな?」


 空中から落下の勢いを加えて繰り出した頭部狙いのダブルスレッジハンマー......つまり両手を組んで振り下ろす重厚な打撃は、男の急激に盛り上がった肩にあっけなく止められてしまった。

 舌打ちをしながらもその肩を足蹴に素早く離脱するが、着地に合わせて空かさず敵の舌が襲い掛かる。

 幸い、奴の着用する白衣が盛り上がった肉と拳の間に挟まっていたことで攻撃に使った両手は無事だ。しかし服越しに伝わるぶよぶよという気色悪い感触と染み出した奴の『唾液』に、ただでさえ最悪な気分がますます酷くなる。

 嗚咽がこみあげてくるようだった。

 着地と同時に繰り出した背面蹴り(バックキック)もあっさり片手で受け止められて、いよいよ自信を無くしそうだ。魔法が使えないならせめてと10年鍛えた体術も初見でここまで捌かれては格好がつかない。


「ノーテイムファミリーが...どんな企みで妖魔のクーデターに手を貸してやがるんだ!!」

「一族の誰かしらと面識があるようだね。ならば知ってるはずだよ、我々を動かすのは莫大な『研究費』と『好奇心』だけさ」


 ジャバウォック・ノーテイムの手がムキムキとまた変質していく。

 アルラの片足を受け止めたまま引き留めていた腕を舌化させると、男はまるで重量物に結びつけたロープを振り回すみたいに腕を振り抜き、アルラを浮かせ、更には空中へと投げ捨てた。

 当然、追撃があった。

 地中を伝い分散させられていた舌が地表各所からモグラたたきよろしく飛び出した。

 最大限まで『神花之心アルストロメリア』で硬度を増した拳を振り下ろしそのどれもを叩き落とすも、やはりと言うべきか、奴の舌に触れた拳からはじりじりと意地の悪い痛みを感じる。

 思わず苦しそうに、しかし上っ面では好戦的に口角を上げて呟いた。


「異常者め」

「『才能』と呼べよ健常者くん」


 直後に、どむん!!という、まるで胎動のような重苦しい音があった。


「僕からすれば異常は君さ!妖魔でもない君のような若者が何故彼らを想い、そして文字通り身を削りこの僕と対峙する!?ああ、ああ...好奇心が尽きないよ。全く人間きみたちは図り難い!!」


 地中から突き出たそれはもはやそれぞれにジャバウォック(ほんたい)とは別に意志の宿った一つの生き物のように思えた。

 まるでSFものの映画で見たような触手生命体。或いは人をも喰らう食人植物。地下から飛び出たタコ足のようなビジュアルのそれはぐねりぐねりと身を捩り、そしてあるタイミングで解き放たれる。

 風切り音が遅れて聞こえてくるほどの速度、()()()

 気付いた時にはもう。


「ごぶっ...あぁ...ッ!?」


 喰らっていた。

 どてっぱらに。

 血反吐を吐き出す感覚を止められない。

 完全に不意をつかれた。

 地面に落とされても受け身を取ることも出来なかった。


「何故耐える必要がある?苦しければ泣けばいい。逃げ出せばいい。投げ出せばいい。誰も君を責めない、いや...逆だね、君は称賛されるだろう」」


 ざっざっという足音が近づいてきている。

 四つん這いの状態からどうにか立とうと、そして近づいてきている敵を視線の内に収めようとして、二度目の衝撃が顔面を横から突き抜けた。

 脳が揺さぶられる。

 全力のサッカーボールキックを頭に叩き込まれたと気付いたのはショックによる一時的な意識のブレが収まった後だった。


「きっと君の戦う理由は友達や仲間のためで、今日までの無意味な人生においてもいつだって自分以外の誰かのために戦ってきたんだろう。僕...あ、いや僕たち(ノーテイム)には無い発想だ。基本的に自分本位だしね」



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