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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
226/268

鉛のにわか雨



 左右を飲食店の建物に挟まれた、幅20メートル弱の道での戦い。

 恐らくはここでも戦闘があったのだろう。人影こそ無いものの、道の脇には銃痕がまばらに散った車両が横倒しに転がっている。建物の高いところには吊り下げ式看板があちこちでぶら下がっていて、道の至る所に薬莢や機械部品が散らばっていた。

 先手を取ったのは師。何発もの銃声が重なり一発分に聞こえる程の目にも止まらぬ早撃ち。

 発砲後一定距離で散弾へと変化するという『金貨コイン』の特性をフル活用した、正面と左右方向への三方向射撃。道の幅いっぱいを散弾で埋め尽くす絨毯銃撃を、ユーリー・ヴォルグは全速力で背後へ退避することで散弾の隙間を広げて回避する。

 直後に、引き金を引き反撃する。

 ヴァリミルのものより若干低めの発砲音の後に、弾丸は空へ...二人の頭上へ向かって飛んでいく。

 一見すると訳の分からない攻撃。

 だが、互いの手の内をよく理解している二人にとってはそうではない。

 直後、空へと撃ち上げられた弾丸が()()()()()()()()

 ガガンガンッ!!と。

 更に正面からの発砲、急激に軌道を曲げながら頭上から飛来する弾丸との疑似的な多方面射撃がヴァリミルを捉えた。

 頭上からの致命的なダメージを避けつつも、躱した先で正面から掠めるように足にダメージを負い少なく無い血を流すヴァリミルは搔き立てるように言った。


「ようやく使ってきたな...今まで使ってこなかったのは他の奴に見られたくなかったからか。最初から知ってる俺になら使っても問題はねェよな」


 投げかけられた会話に返答はなく、彼は横倒しの車両を壁にしながら淡々とマガジンを装填し直していた。

 彼は撃ってこない。少なくとも、今は対話を望んでいるのだろう。

 そもそもの彼の目的はきっとユーリー・ヴォルグの撃破には無く、どちらかと言えば時間稼ぎこそが彼の狙いであることはとっくに読めている。

 適度に応戦しつつ会話で時間を稼いで増援を待ち、一気にこちら陣営を叩いて出来るだけ無血開城。根が優しい彼の思い付きそうなことだ。


「つれねェじゃねえか。久しぶりの師弟水入らずだ。少し話すくらいいいだろ」


 会話で油断を誘うのはヴァリミル・ハスキーの常套手段。

 分かっているから話さない。話そうとしてはいけない。さっきはそれでやられたのだ、会話で相手の精神を揺さぶり、油断を誘い、そこを突く。

 傭兵という職業は金次第で誰の味方にでもなれてしまう特別な職業なのだ。

 昨日の仕事仲間が明日は敵なんてことも全然珍しいことでは無い。となると、生き残るうちに見る顔はほとんどみんな顔馴染みになっていく。

 戦場のさなかでも、ヴァリミル・ハスキーはこんな風に口を開いて真面目な顔して敵をおちょくるのだ。

 そうして生き残ってきた。

 絶えず銃声があちこちから鳴り響く。


「お前の異能『軌道制御トリガージャーク』は自分が触れていた飛翔体の軌道を曲げる。ことゲリラ戦においてこれ以上に厄介な能力はない。なにせ正面の敵の弾丸が背中を撃ち抜いてくるんだからな。全くとんだ理不尽だぜ」


 金属が落下するような音を間近で聞き、ユーリーが音の方へ注意を向けると、緑色の円柱...『土管パイプ』と呼ばれる空間移動の魔道具がこちらへ穴を向けながら転がってきていた。

 すかさず飛び上がる。

 土管パイプ経由で放たれた散弾が射線の先の洋服店のショーウィンドウを砕き割り、ガラスがパラパラと散っていた。

 車両を乗り越えた先で、師は悠々と待ち構えていた。

 すかさず互いに拳銃を突きつけ合う。

 

「これも教えたはずだぜ。『()()()()()』と。お前の軽はずみな行動のせいで世界中の妖魔どうほうがパニックだ。みんながみんな戦争を望んでいるわけじゃない。平和に暮らしている妖魔だっている。お前はそいつらを逆境に引きずり下ろしたんだ。どう責任を取る」


 力のこもった声だった。

 表情こそ変わらないものの、明らかに怒気を孕んでいた。

 ヴァリミル・ハスキーは多くを見た。

 弟子の声明を受けて、ますます立場が悪くなるのではないかという不安に駆られ、自分を訪ねる妖魔の民間人を数多くなだめてきた。

 誰もが争いを求めるわけじゃない。

 今ある状況を平和として享受する者も大勢いる。


「迫害される立場にある妖魔を救う...なるほど立派な目標じゃねェか。で...その具体的な手段が戦争これ。無駄に主語をデカく広めて未来ある妖魔どうほうの立場を奪い勝ち目のない博打の場へ皆を引きずり込んだ。反吐が出る」


 妖魔族への迫害は、確かに存在する。

 だが平和に生きている妖魔も大勢いる。例えばラミル・オー・メイゲルのように......身に覚えのない因縁に巻き込まれてわけもわからぬうちに勝手に同類などと括られてしまう妖魔のことは考えたことはあったのか?

 妖魔が束になったって人類には勝てない。

 誰だって薄々感づいているはずなのだ。数が違う、力も違う、勢力も違う。


「お前が負けた後...妖魔には何が残ると思う。簡単だよ。今以上の迫害だ。無関係なところで平和に生きていた妖魔まで石を投げられる世界。お前がさも妖魔族全体の意志のように語った言葉のせいで次の世代は今以上の苦痛を背負って生きなきゃならねェ」

「......勝てばいい」

「勝てねェよ」

「そうやって聞き分けのいい子供みてェに頷いてばかりいるから!!俺たち妖魔は搾取され続けてるんじゃねえのか!?」


 拳銃を握る二人の手に力が籠る。

 ユーリーの後頭部で、バンダナの結び目の先が何処からか吹いた爆風に揺れていた。


「ここまで来る途中に何人もの同胞と言葉を交わした。中にはガキもいた!詩人になって世界中を飛び回り詩を書くのが夢だそうだ。妖魔族に生まれたってだけで、ただそれだけで石を投げられて心無い言葉に心を焼かれるこの世界でだ!!子供が夢を想うのに『権利』が必要か!?」


 ヴァリミルから見た弟子の眼光がより一層鋭さを増していた。

 彼は、硝煙の匂いにすら酔ったような吐き気を覚えそうだった。


「戦争こそが人の『歴史』。大昔の人間がそうした様に、俺たち妖魔は戦い、勝って手に入れる!!何人にも侵されない『自由』と...未来永劫の『安寧』を!!」

「話にならねェな」


 呆れたように溜息を吐いたヴァリミルは銃を握る手を下ろす。

 引き金を引き、直後、ヴァリミルの放った弾丸は彼の足元の地面で火花を散らした。

 ぼしゅっ!!という音を伴い空中に火が灯る。

 ユーリーは遅れて気付く。

 いつの間にかあちこちに張り巡らされていた『導火線《ファイアバー』。その内の一本がヴァリミルの足元と自分の背後の横転した車両を繋いでいて、弾丸によって生じた炎が線となって勢いよく迫ってきていることに。

 思わず隣の洋服店へ、割れたショーウィンドウから飛び込んだ。

 炎が車両へ到達し、大規模な炎上によって一段と大きな黒煙が吹き上がる。

 しばらくヴァリミルは黒煙を噴き上げ続ける車両の残骸を眺めていたが、黒煙に紛れて洋服店から放たれた四発もの弾丸がまたも軌道を急激に変換させながら彼を狙い、ヴァリミルはそれをステップでも踏むような身のこなしであっさり躱してみせた。


(『軌道制御《トリガージャーク』...罪名は【直截ちょくせつ】。事前に触れた飛翔体の軌道を一定の運動エネルギーを犠牲に強制変化させる。一方向からの銃撃なら特に問題は無いが...やはりネックは弾道を散らばらせる()()()()()か)


 ユーリー・ヴォルグは咎人である。

 異能の名は『軌道制御トリガージャーク』、触れたことのある物体が何らかの形で飛翔している状態にある場合、その物体が保有している運動エネルギーを一定量消費して自由に飛翔中の向きを変えることが出来るという能力だ。

 物体に触れていた時間も能力の効果時間に影響を及ぼし、大体3分間の接触があった物体の軌道を20秒程度自由に変えられる。この接触時間と効果時間は比例関係、つまり事前に長く触れていれば触れているほど効果時間も増加するというわけだ。

 あの洋服店に隠れながらでも、ユーリーならばいくらでもこちらに攻撃できる。

 

「戦争は人の歴史と言ったな。分かっていてなおのこと繰り返すのか。お前のその癇癪でいったいどれだけのが死ぬと思っている」

「戦わなくても同じことだ!!いつか来る破滅をじっと待つくらいなら...俺たちは戦って勝機を得る!!」

「だから...それに妖魔を巻き込むんじゃねェよ」


 バキンッ!バキンッ!と左右の建物目掛けてワイヤーを放ち、『導火線ファイアバー』の包囲網を広げて回る。

 この街のことならよーく知っている。

 ユーリーが飛び込んだの店に裏口は無い。脱出には入ってきた場所から出るか、二階へ上がって窓から飛び降りる必要がある。どっちにしろ、この街路に飛び出すしかない。

 仮に壁や反対側の窓を壊して出ようとすれば音で気付く。

 それに、炎上している車両の炎がショーウィンドウに飾られていたマネキンの衣服を通して店に移りつつある。何もしなくても、炎が勝手に奴をあぶりだす。

 そうこう考えている内に動きがあった。

 炎の影から勢いよく飛び出した人影へ躊躇なく引き金を引く。

 べぎょっ!?という音をたてて、散弾を受けたそれは粉々に飛び散った。


(...マネキン)


 直後に、本物が飛び出した。

 互いに引き金を引き何発もの弾丸が交差する。ヴァリミルが辛うじて肩に掠めるようにして躱しきったのに対し、ユーリーは洋服店から持ち出した、円盤状のマネキンの土台を盾に使う事で散弾を防ぐ。

 が、散弾は通常の拳銃と比べての衝撃が強い。

 思わず背後へのけぞり、異質な細い触感が背中を伝う。

 ヴァリミルが張り巡らされていた導火線ファイアバーだ。

 既に着火している。更に頭上からは、またヴァリミルが放り投げた『土管パイプ』が迫っていた。

 背中をワイヤーから離し、頭上の土管パイプに対し繰り返しマネキンの土台を構えた。


(...撃たない!?しまっ――)


 どむっ!!という強い衝撃がユーリーの腹部を貫く。

 宙を舞う土管パイプに気を取られていた一瞬のうちに間合いを詰めたヴァリミルは、更に続けざまに二発、三発と打撃を加えていく。

 脚を掃い、弟子を地面へ倒した。

 全体重を掛けた右足の踏み付けをユーリーは上体を転がして辛うじて躱す。起き上がれぬまま反撃に放った二発の弾丸は躱されて空へと消えていった。

 腰を浮かし、両脚をガードの上から蹴り飛ばすことで間合いを取り、どうにか起き上がる。

 ボッ!と足元で火が灯っていた。

 炎が奔るワイヤーの尖端はユーリーの足元へと繋がっていた。妙な重さを覚えて足元を見てギョッとする。

 ワイヤーにはまるで足かせの重りのように、手榴弾が括りつけられていたのだ。

 速やかに距離を取るヴァリミルに対し、ユーリーはナイフを構えた。


「―――ッ!!」


 一際大きな轟音が鼓膜をつんざいた。

 この距離でも爆風の熱を感じ、衝撃波が身を叩く。

 まともに巻き込まれれば手足の一本や二本じゃすまない火薬量に調整していたが、予め実験くらいはしておくべきだったか。ずる向けの左腕の傷に熱が染みる。

 やりすぎたとは思わない。

 アイツのことは俺が一番わかっているから。

 この状況、あいつなら間違いなく.........。


「ハァー...ハァー......ッ!」

「ま。生き残るよな」


 あちこちの服が焼けている。

 肌も所々から血が滲み、痛々しい傷が散見していた。

 盾代わりの土台が粉々なことから察するに、直前に土台を手榴弾と自分の間に挟み、地面に押し当てて、自分は限界まで身を縮こめて盾の影に隠れたのか。だがそれだけではあの威力は殺しきれるはずも無い。苦手だった『氷』の基礎魔法で体を覆い熱から身を守ったか?

 師としては嬉しい成長だが......。


「この辺でやめておけよ。お前じゃまだ俺には勝てない。今のでわからないお前じゃないだろ」


 荒い息を吐くユーリーにそう言葉を投げかけるのは、師としてせめてもの温情だった。

 今なら命までは取らなくてもことを収められる。

 罰は免れないが、最悪の事態だけは避けられるのだ。

 戦場での引き際は何度も教えた、それに忠実にあるだけでいいのに。


「あんたは.........変わらないな。こんな時ですら敵に情けを掛けちまう」

「師匠だからな。お前がこうなった責任の一端くらいは感じてる」

「責任か...」


 一歩、一歩と、地に腰を下ろして荒い呼吸を繰り返すかつての弟子へと歩み寄った。

 かちゃりと引き金に指を置き、銃口を額へ向ける。

 見下ろすような格好で、ヴァリミルは静かに弟子が次に言おうとしている言葉に耳を傾けた。

 ユーリー・ヴォルグは。

 師を見上げて、いっそ泣きそうにも見える表情で、目を細めていた。


「ならば俺も踏み越えていくよ。あんたを...師を手に掛けた責任を」


 それは音も無く。気配すらも無く。

 ただ無機質に到来する。


「...ッ!?」


 二発の。

 弾丸の雨粒が、空からヴァリミルを貫いた。

 ありふれた鉛玉の熱とどこの戦場でも体験できる痛みが。ヴァリミル・ハスキーの背中で炸裂する。



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