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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
225/268

師或いは親



 視線が交差する。

 重なった二つの銃声は二人の丁度中間地点でぶつかり合い、質量を持った弾丸それは互いに正面衝突の衝撃を受けて弾け飛ぶ。

 が...。


「ッッ!?ユーリーッ!!」


 砕けたはずの弾丸からユーリー・ヴォルグを守るようにゲルマが立ち塞がり、強く地面を殴りつけて水の壁を吹き上がらせた。

 直後、まるで近距離からショットガンを撃ち込まれたような散弾の群れと衝撃が水柱を搔き消したのだ。水の抵抗力だけでは威力を殺しきれなかった弾丸の破片がゲルマに食いこんで、衝撃は体の芯まで突き抜ける。

 喰らったそれに彼が思い出したのは数年前、師から訓練の名目で浴びせられた衝撃散弾銃インパクトショットガン。非殺傷を謳いながらも衝撃波だけで浴びた人間の全身の骨をバキバキに粉砕できるという当時のトウオウから持ち込まれた新兵器を、厚い防弾盾ライオットシールドを持たされていたとは言え正面から叩き込まれたときのあの衝撃だ。

 確か喰らった直後に思いっきり吐いて、十数分立つことが出来なかった。しかもあの後検査したら肋骨にヒビまで入っていた。この衝撃はアレに似ている。


(弾丸同士の衝突による破壊じゃない!?軌道上で散弾に変化したのか!!)

「この弾の名は『金貨コイン』。発砲後一定距離までは通常の弾丸として機能し...そして一定距離を移動した後に空気摩擦によって弾頭が溶解...分離し散弾へと変化する」


 人差し指と親指で金色の弾丸を摘まみ、見せつけるように弾丸の説明を終えたヴァリミルは再び空になったマガジンを捨て去り、何処からか取り出した新しいマガジンを装填しなおす。

 指で摘まんでいた『金貨』をマガジンの一番上に入れ直して、ガチャ...という子気味良い金属音と共に最新兵器のリロードが完了した。


「知らない技術だろう。俺専用の特注品オーダーメイドだ。金は掛かるが悪い買い物じゃなかった」

「随分と用意周到じゃないかよ先生。そんなに俺たちが怖かったか!?」

「ああ。怖いね」


 その場から後ろへ一歩飛び退いたヴァリミルへ、ゲルマが拳を振りかざしながら殴りかかる。。

 彼の拳は空を切り、勢いのままに地面を殴りつけると、直後に地面が轟音を立てながら爆散していった。

 衝撃波の類では無く、まるで爆薬が起爆したかのような爆発と爆風が周囲へと飛び散る。

 ぐおんっ!?と空気が振動する。

 ゲルマを援護するようにユーリーが撃った弾は、空中で壁にぶつかったかのように静止していた。いいや、弾丸の周りの世界だけが停止しているような―――。


「『世界編集ワールドエディット』、一時停止ポーズ!」


 一瞬だけ前に飛び出して弾丸を受け止めたラミルを再びヴァリミルが追い越した。

 懐から取り出した円柱状の何かを空中へと放り投げる。ぐおんぐおんと回転しながら宙を舞うそれに敵二人の視線は自然と吸い込まれていく。

 直後、顔色が変わった。

 ユーリーとゲルマの中間くらいの位置の上空にそれが辿り着いた時だった。


「『土管パイプ』...起動オン


 そう一言発した直後、もう一つ似たような濃緑色な円柱を取り出したヴァリミルが発砲した弾丸は銃口の先から消え失せた。

 より正しく表現するなら、後から取り出した円柱の穴に向けて撃った弾は()()()()のだ。先に放り投げておいた円柱が内部から光を発したかと思うと、消えたはずの弾丸が光の中から飛び出した。

 まるで突然の夕立のように散弾が上空からユーリーとゲルマに降り注ぐ。

 二人はそれぞれ別の方向へと飛び退いてそれを避けるしかなく、ヴァリミルは空いた空間を更に広げるように連続射撃で外へ外へとゲルマを追いやっていく。

 流石にあからさま過ぎたか、向こうもこちらの意図を感じ取ったらしい。

 ゲルマが軽く舌打ちした後にまたあの爆発する拳を近くの建物の壁へ叩きつけると、瓦礫が粉末状に飛び散って再び視界を塞ぎかける。更に二発、三発と拳を起爆させると、周囲には人が隠れられる程度の濃霧のような爆炎と粉塵の壁が出来上がる。

 からんという音をたてて、『土管パイプ』と呼ばれた濃緑色の円柱が地面に落下した。

 二人がその音に反応した一瞬の隙。ゲルマから見て正面...巻き上げた粉塵からぶわりと飛び出したヴァリミルが躊躇なく突きつけたアーミーナイフを、ゲルマは辛うじて彼の手首を掴み取りガードする。


(間合いに入った、逃がさんッ!!)


 もう離すものかと力いっぱいに片手が捕まったことをいいことに、だ。

 もう片方の拳を振り抜こうとしていたゲルマの足の甲を踏みつけ、躊躇なくナイフをその場に置くように捨て去ると、捕まった左手首を勢いよく自分の方へと引き寄せる。右手の銃の銃把グリップの底で頭を殴りつけた後に左手を掴ませたまま体の向きを反転、不完全な背負い投げのような形で更に左腕を引く力を強め、力任せにゲルマを投げ飛ばしたのだ。

 巨体が宙を舞う。しかし、手を離さなければ勢いのままに脳天を地面へ叩きつけられていた。

 そして落下予想地点に待ち構えていたのは...。


「さっきのお返しじゃオラァァァァアアアアアアア!!」


 どむっ!!という鈍い音が体の芯に響く。

 ゲルマは直前に両腕でガードを挟んだが、勢いがあったためか、カイが何処からか調達してきた鉄パイプはガードの上からでも衝撃を肉体の奥深くへと刻み付けた。


「ぐっ...!?」


 彼は転がりながら鈍い苦痛に小さく声を漏らしていた。

 背面から、今度はヴァリミルの隙を突こうとしたユーリーが肉薄する。肉弾戦の最中でも至近距離から容赦なく放たれた二人の弾丸が粉塵の壁に穴を開け、銃声が拳や蹴りを叩きつける音に混ざって轟いていた。

 ぎりぎりと、アクロバティックに起き上がりながらゲルマは歯を食いしばる。

 このままでは思惑通りになってしまう。一旦この場から引いて敵を撒きつつ、チャンスがあればユーリーと合流し一人ずつ確実に削る。こちらが分かれたとなれば敵は三対一でユーリーを狙うだろうが、増援を引き連れつつ合流できれば状況は振り出しに戻る。

 ガキンッッ!!?と。

 そんな思考を引き留めるようにゲルマの脚が冷気と氷に覆われた。地面から樹木のように伸びた氷塊に脚を取られて動けない。彼の視線の先には、白い息を吐きながら両手の平をこちらに向ける白銀髪の少女が居た。


「...同族が...っ!!」

「行ってください兵長さん!ここは私たちが!!」

「良くやった」


 ユーリーと間近で取っ組み合いながら、ヴァリミルは僅かに笑った。

 拳銃をホルスターへと戻し両手でユーリーの前腕を抑え、軽やかに飛び上がり胸板を両脚で蹴りつけると同時に手を離す。咳き込みながら大きくのけぞったユーリーへ、真横から強い衝撃が加わった。

 それはこの商人ギルド(ちゅうとんきち)で日常的に使われている貨物運送用の小型輸送車。形状的には一人乗りの小型バギーに近く、リアバンパーに取り付けられたフックに台車や貨物を引っ掛けて引っ張る使い方をするようだ。

 いつの間にか腰の辺りに巻き付けられていたワイヤーの尖端は小型輸送車のフックへと結ばれていた。輸送車が全速力で走り出せば、当然それに引きずられるような格好になる。古い時代であればどんな国にもあった引き回しの刑罰のように、小型の輸送車とは思えない馬力によってあっという間に元の場所から離されていく。


(煙幕に潜んだ一瞬、アクセルペダルに『土管パイプ』を仕込んで、今遠隔で起動したのか!?ワイヤーは...さっきの肉弾戦の時か!やられた!!)


 ワイヤーを切断しようとナイフを振り下ろすも妙に硬くて刃が通らない。そのうえワイヤーには何か粘性の物体が練り込まれているのか、妙に滑って掴むのも儘ならない。


『お前に結んだそのワイヤーは『導火線ファイアバー』と言う。極細のワイヤーを何本も編み込むように造られていて切れにくい。更に表面はスライムの粘液を素材としたオイルが染み込ませてある』


 聞きなれたはずの師の声は輸送車の運転席から聞こえてきた。

 誰もいない運転席からだ。

 輸送車の勢いは緩まない。恐らくは土管パイプに手かつっかえ棒のようなモノを突っ込んでペダルを踏んでいるのだろう。そして、アクセルペダルの『土管パイプ』を通して声だけ送ってきていると理解するのに時間は掛からなかった。


『ついでに言うとだな。()()()()()()()()()


 言葉の意味にはっと気が付き再びワイヤーへナイフを振り下ろそうとした瞬間。

 ダンッ!!と一発の銃声が轟く。

 光が瞬いた。

 輸送車が...恐らくは土管パイプ越しに撃ち込まれた弾丸にタンクを撃ち抜かれ、燃料に引火したのだ。目の前で爆ぜる小型車両の爆風が身に届くよりも早く、ワイヤーを伝って向かってくる炎が視界に飛び込んだ。

 音と、黒煙と、熱風が。

 ユーリー・ヴォルグを包み隠した。


「......これが『導火線ファイアバー』の名前の由来だ」


 ぱちぱちと炎が燃えて、黒煙が高く舞い上がっていた。

 車両とユーリーを追ってきたヴァリミルの周りには、四散した輸送車のモノであろう細かい機械部品が飛び散っている。

 ぶわり、と。煙が揺れる。ゲホゲホと咳き込む声が聞こえる。細いワイヤーの燃えカスが降り終わる直前の雪のように、或いは千切れとんだ蜘蛛の巣のように空中で揺らいだ。

 拳銃を握りしめた手で煙を掃うようにして、黒煙の中から現れた愛弟子に、ヴァリミルが笑いかける。


「相変わらず一人は嫌いか?たまには師弟水入らずと行こうじゃねェか」


 はなからこれで終わるとは思っちゃいない。

 敵は自分自身が直々に育て上げた一人前以上の兵士なのだから。ナイフの握り方、拳銃の握り方、命の奪い方...教えたのは全部自分だ。それが、今まで教えてきた全部を使って、敵となって立ちはだかっている。

 正直なところ、そんな元愛弟子の姿をどこか誇らしく思う自分がいる。

 ならば。

 男が一匹...育ての親を手に掛ける覚悟を決めたなら。こちらも全力でらなきゃ無礼ってもんだろう?


「受けて立ってやるぜ。先生」


 血の混じった痰を吐き捨てて、汚れた顔を腕で拭い、自分の挑戦に思わず感情を含んだ笑みを薄く零すユーリーが言った。

 二人だけの間合いだ。

 誰かが介入する余地はない。誰も邪魔できない。

 一際ひときわ大きな銃声を合図に、師弟は衝突し始める。



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