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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
224/268

血飛沫と二重奏



 前方から...街から吹く風が体を撫でるように通り抜けていく。

 さっきの白衣の男に削られた右腕から血が滴り落ちるたびに、不吉な感覚が入れ替わるように腹の底からせり上がってくるのだ。

 考えることを辞めてはいけない。

 さっきの敵から十分離れたタイミングで彼女の透明化の能力は解いてもらった。透明のまま街へ踏み込み逆に奇襲し返すというのも考えたが、まずは話を聞くのが先だと考えたからだ。話すこともせず殴り合ってては人類が知性を得た意味がない。

 そんな思考を頭の中で巡らせながら、ヴァリミル・ハスキーは脚を動かす。

 そのすぐ後ろをラミル・オー・メイゲルが追従し、彼女はしきりに後ろを気にしているようだった。


「大丈夫だ。あいつは強い。振り返ったらあいつが俺たちを進ませた意味が薄れる」

「わかってます...!」


 白衣の男はこの少女の異能や存在を知らなかった。

 つまり敵に知られている我々勢力の情報に彼女は含まれていない。それがわかっただけでも右腕を差し出した意味はあったと思える。

 当初の計画ではアルラ・ラーファを対ユーリー・ヴォルグ用に鍛え上げ、所謂いわゆる初見殺しで敵にぶつける予定だった。

 戦場において情報の有無は生死に直結する重要な要素でもある。

 一方的に知っているということは、ただそれだけで無血開城すらも可能となる程に有利に働くものだ。極端な例では、入念な偵察によって敵の情報を得た数百の兵が十倍以上もの兵力差をひっくり返して勝利した例も存在する。

 こちら陣営にも想定外だったアルラ・ラーファという外部勢力を最大限に利用した必勝法...のはずだった。

 もっと早く気付くべきだった。ユーリー・ヴォルグは誰が育てた?俺が思い付くことをあいつが思い付かない保証なんてないのに、その可能性を切り捨てて仲間を危険に晒した。この事態の全てが俺の責任だ。

 今更自責の念に駆られても全てが手遅れだというのに。


「兵長さん、商人ギルド(ちゅうとんきち)から黒煙が!」

「ああ。まずあそこへ向かう」


 アルラが未確認の敵の対処に回って身動きが取れない以上、アルラがやるはずだった初見殺しの役割を担うのは、ラミル・オー・メイゲルしかいない。

 過保護なアルラの奴はあまり彼女にやらせたがらないだろうが......。


(カイの奴は...どうだかな。役には立つが如何いかんせんピーキーな異能だ)


 そんなことを考えていると、いよいよ目的地が目の前まで迫っていた。

 火薬のにおいも一層強まってきている。

 曲がり角を曲がって、真っ先に目に飛び込んできた光景。立ち上る黒煙と銃を持って建物を取り囲む複数の兵士。更に地面に転がっている薬莢と、人影。

 転がっている兵士は...ほぼ全員反乱軍(こちらがわ)か。

 ラミルが思わず声を上げた。


「カイさん!!」

「ぐがっ...ラミル、ちゃん!?」


 大柄な男に左腕一本で襟元を掴まれ吊り上げられているカイが、苦しそうに声を上げる。

 男は吊り上げたカイへと狙いを定めて引き絞っていた拳を制止させ、視線だけこちらへ向けようとしたが、直後に表情を変えた。

 ドパパパパッッ!!?と。

 ヴァリミル・ハスキーの拳銃から放たれた計四発の弾丸は正確無比に男のカイを吊り上げていた左腕を撃ち抜き、衝撃は男の腕を半身ごとその場から弾き飛ばしたのだ。

 思わず男が苦悶の表情を浮かべたのも束の間、非殺傷弾故に出血はないものの、人体構造で最も意識的に固定するのが難しい関節を狙った狙撃。肘と膝の関節が強制的に折り曲げられたことでバランスが崩れ、解放されたカイが咄嗟にこちら側へ動ける程度の隙が生まれた。

 げほげほと咳込みながら急いで合流を果たしたカイがヴァリミルの背後に隠れるように移動する。

 大丈夫ですか?と声を掛けると、彼はまだ若干苦しそうにせき込みながらもサムズアップで反応して見せた。どうやら怪我はなさそうだ。


「ユーリー...」

「......先生」


 ヴァリミルを先生と呼ぶ、冷たい瞳を持つ妖魔族のバンダナ男は、静かにこちらへと視線を向けていた。

 冷たい、冷たい声だった。

 まるでヒーローを信じていた子供が、現実を知った瞬間みたいに。信じていた何か、或いは()()、裏切られた瞬間を悟ったように。

 カチャ...と、彼は拳銃の銃口を突きつける。

 自らが先生と呼んだ存在に。


(彼がユーリー・ヴォルグ。反乱軍のリーダー...!)


 彼の存在を認識したラミルが民間人まで巻き込んだこの強襲を問いただそうとする直前に。


「ユーリーお前、どういうつもりだ。自分が何をしたかわかっているのか」

「『どういうつもり』?聞きたいのは俺の方だぜ、先生」


 割り込んだのは、師弟の問答。

 静かな怒りを前面に押し出しているヴァリミルとは対照的に、呆れと失望を明確に浮かべるユーリー・ヴォルグは訴えた。

 言葉の勢いが徐々に強くなる。

 話せば話すほどに感情の抑制が効かなくなっている。普段の彼の言動を知っている、その場でラミルとヴァリミルを取り囲もうと動いていた妖魔の兵士が困惑するほどに。

 いっそのこと...泣きそうなほどに。


「どうして俺を...妖魔族を裏切った。なあ...先生。他でもないあんたが...!!」

「何のことだ。傭兵たるもの情報に踊らされるようなことはあってはならないと昔教えたはずなんだがな」

「少し落ち着けユーリー...。相変わらず嘘と芝居が下手ですね、先生」

「ゲルマ...そういうお前も少し変わったか?抵抗できない一般人を嬲れるくらいには肝が据わったらしい」


 ゲルマと呼ばれた大男が静かに片腕を上げると、その合図を受けて、ユーリーたちの背後で扇形に広がった兵士が一斉に銃を構える。

 ガチャガチャという金属の擦れる音の後に、威圧的な銃口の群れがラミルたちに睨みを利かす。

 どんな戦場でも必ず見かける自動小銃。誰もが使うということはそれだけ優れているという事。銃にとっての優れているが何を示すかは明白で、一丁だけでも、その銃口から発射された弾丸が人体を撃ち抜いたなら致命傷に成り得る威力という事だ。

 それがざっと数えて22...いや24。


「正気か?無関係の一般人も巻き込むつもりか」

「外部戦力でしょう?後ろの二人は。なら巻き込んだことにはならない。首を突っ込んだなら最後まで責任と覚悟を持つべきだ」

「イカれてんな」

「そう育てたのはあんただよ、師匠」


 そう口にしながらゲルマを押しのけてユーリー・ヴォルグは一歩前へと踏み込んだ。

 いよいよ兵士がこちらに狙いを定めている。

 オーケストラが正しく音楽を生み出すには導く指揮者が必要で、そして小銃を手にした彼らを指揮する指揮者ユーリーは自分の覚悟を示すかの如く、誰よりも踏み込んだ位置を陣取っている。

 指揮棒代わりの拳銃を突きつけて。


「やばいぜ兵長さん...!あいつ完全にやる気だ!!」

「おいカイ、街で起こったこと全部話せ」

「どうもこうも見たまんま!散歩してたらいきなりあいつらが降ってきたんだ。ひとまず逃げたけどすぐ捕まっちまって...ってか前!こんなこと話してる場合じゃ...」

「兵長さん撃ってきます!私が止めます、後ろに―――」

()()()()


 引き金に掛けた指が動いた。

 いつかの魔王城でやったように...『世界編集ワールドエディット』で攻撃を防ぐため、前に出ようと動いたラミルを、ヴァリミルは止めた。

 カイがこれから来る衝撃と痛みに備えようと咄嗟に目を瞑るも、発砲音の次に来るはずだった衝撃はいつまでたっても訪れなかった。

 恐る恐る、目を開く。そして目の前の光景に驚かざるを得なかった。

 吹き飛んだのは、()()()()()()()()()()()()()()


「うッ......!?」

「ぐぅおっ!?」


 と、あの二人すらも口に漏らして、そして流血が見えた。

 立ち上る硝煙の香りはすぐ傍からだ。

 ヴァリミル・ハスキーがいつの間にか握っていた拳銃の尖端。


「お前らよォ...俺のこと舐め過ぎじゃねーのか。誰がお前らを育てたと思ってんだ?」


 撃たれる前に撃てば撃たれない。

 火器対策としては無茶苦茶が過ぎるし、仮にそれができるとしても一対一ならの話だ。敵が複数人なら一人を撃ってる間に誰かに撃たれる、だからそんなのは対策とは言えない。

 ヴァリミルからその無茶苦茶な対策を聞かされた時に、ラミルが苦笑いを浮かべながら思ったことだった。

 思い知った。彼はそれが出来る。だから軽々と口にした。さも出来て当然のように言い放った。そして今この瞬間にやって見せた!


(口調が...変わった?)


 いいや、明らかにそれだけじゃない。

 雰囲気と呼ぶべきか、身に纏う気配と言うべきか、それが明確に別物だ。

 全ての動きを追いきれたわけじゃない。

 辛うじて見えたのは最初と最後。ヴァリミルが腰のホルスターへと手を添えた瞬間と、直後の銃声が鳴り終えた瞬間の銃を構えたヴァリミルの姿だけだ。

 困惑する味方二人を他所に拳銃へ新しいマガジンを装填し終えたヴァリミルの姿を視界にとらえて、ユーリーはまだ起き上がることも出来ない兵士へ新しい命令を与える。


「総員警戒、殺されるつもりで殺しに―――...」


 ダンッ!!という重い銃声は、彼の発言を最後まで許さない。

 左右へ分かれて避けたユーリーとゲルマ以外の兵士は、その一撃で更なるノックアウトを強いられる。流血と共に意識もろとも吹き飛ばされて地面を転がっていく。

 チッと舌打ちしながら転がり込んだユーリーの前に、ゲルマが自らを壁にするように立つ。更に彼が片足で強く地面を踏みしめると、恐らくは属性魔法によるものと思われるいくつもの水の壁が地面から噴き出した。

 射線を切られたのだ。程よく不純物が混ぜ込まれた水の壁は向こう側を写さない。


「よく聞けお前ら。これから俺があの二人を分断させる。ユーリー・ヴォルグは俺がやる。二人はゲルマの相手をしろ」


 防がれながらも一定のペースで射撃を続けるヴァリミルが二人へそう声を掛けると、慣れない銃撃音のたびに肩を浮かせていたラミルが慌てて待ったをかける。


「まっ、待ってください!!敵は二人だけありません。どれだけいるかもわからない敵の数に対してこっちはたった三人、今はまだ固まってお互いをフォローし合った方が...!」

「オレも賛成!!無理に戦力を分ける必要は無いんじゃないのか!?」

「一つ...敵の主力はあの二人。さっきの無精髭のような主力級の追加戦力があるなら初っ端に切って不意打ち初見殺しを狙ったはずだ。二つ...兵力は五分五分。向こうの取り巻きがあの程度の数だったのは恐らく街中の戦闘に人員が割かれているから。どこかに戦力を集中させようとすればどこかに穴が開く。こっちの兵士が抑えてくれてんだよ」


 片手で射撃を続けながら、空いた片手の指でそうやって一、二と数字を示すヴァリミルの左腕から滴り落ちた血が地面を濡らす。

 無精髭に削り取られた左腕の傷...浅くはない。処置も最低限だ、出血はただそれだけで体力を奪う最悪のデバフに成り得る。戦闘を長引かせたくないのも、きっと彼が語る理由の一つだ。

 そして、彼は左手で三を示しながら...。


「三つ...戦争の勝敗は大将の首が繋がってるか否かで決まる。この馬鹿げた茶番を終わらせたけりゃとっととバカ(ユーリー)を獲るしかねェんだよ」


 有無を言わさず、だ。

 ヴァリミルの手にした拳銃がひときわ強い光をまたたき、連続した一撃という矛盾を以て水の盾を全て弾き飛ばした。

 飛び散った飛沫の裏に潜んでいたユーリーと目が合った。

 次の瞬間、二つの銃声が重なった。



投稿ペースが遅れ気味で申し訳ありません。

この辺りから正していきたいと思っています。

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