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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
223/268

舌先三寸



 意識したら、体は勝手に動く。

 踏み込んで、懐へ潜り込む。

 下から掬いあげるような格好で拳を振り抜いて、わかりやすく言えばアッパーカットのような形で確実に顎を撃ち抜きに掛かる。きちんと当たれば脳が揺れる、意識を断ち切れる。

 そう考えて実行に移す直前で。


「避けろッ!」


 背後から響く声にアルラは咄嗟に敵の懐から飛び退いた。

 ずちゅり、と。

 肉を叩いて潰したような汁っぽい気色の悪い音が、さっきまで居た場所に()()()()

 飛び退いて敵の全体像を確認したことでその音の正体にも気づくことが出来た。音の正体は巨大な舌を模した肉塊...のようなもの。

 目の前の無精ひげの背中の腰のあたりから飛び出したそれは頭上を通過し、まるでサソリの尻尾のように上からアルラへ襲い掛かってきていたのだ。

 気味の悪い液体...唾液?が飛び散る。目標ターゲットを失い地面に激突したソレは不服を身で示すように蠢いている。

 ぶよぶよして柔らかそうな見た目の癖に、あれが激突した地面は杭でも撃ち込んだのかってくらい奇麗な穴が開いていた。ヴァリミルのおっさんの腕を抉ったのはあの細かいヤスリみたいな鱗のようなモノが並んだ肉塊の表面か?どちらにせよ、だ。


(アレに触るのはまずい、気がする)


 べちべちと鮮魚のように跳ねようとするそれをずずずと体に戻しながら、無精ひげの男は観察するようにこちらを覗いていた。

 それとも、測っているのか。こちら側の戦力を。身のこなしから、判断力から、咄嗟の瞬発力やその他の身の動きから。


「うん、やっぱり強いね。特に灰色の頭のキミ、拳から吹き出ているそれは異能かな。渡されたデータには無かったけど魔法じゃないね、咎人かな?」

「...だったらどうする?こっちは三人、アンタは一人だ。大人しく情報を吐いてから回れ右して逃げ帰るって言うなら赦してやっても構わないぜ。今ならな」

「三人、うん......()()()()()()()


 けたけたと薄ら笑いを浮かべながらそう語る男が両手を広げると、根元から両腕が変色していく。いいや、()しているのか。あの舌のような妙な肉塊に、奴の肉体そのものが。


「奴をどう思う」


 敵の無精ひげには聞こえない声量で、ヴァリミルはアルラに尋ねた。

 その質問にアルラは敵の変化を観察しながら少し考える。思考を巡らせる。


「...あの肉体からだの変化は魔力由来のモノに見える。つまり奴が体をあのブヨブヨに変化させ角に使っているのは異能じゃない、奴は咎人じゃない」

「となると魔法か」

「......それはそれで奇妙だ」


 アルラがそう不自然がっているのも、


「魔法...だとは思う。でも術式の回路がぐちゃぐちゃだ。意味のない迂回路をぐるぐる回して無駄な器官をいくつも取り付けてるイメージだ、術式構築で誰もがやるはずの効率化の意図がみじんも感じられない」

「見ただけでわかるのか。初見の魔法の術式がそこまで詳細に」

「前にアルラさんから聞いた『魔法を視抜く瞳(オカルトスコープ)』ですよね、確か」

「正確にはその前段階の『観察』だけどな」


「寂しいねえ除け者扱いは。僕もお喋りに混ぜてくれないか?答えられる質問になら僕はいくらでも答えるつもりだよ?」


 くっくと薄っすら笑みを浮かべて、男はみじんも思っていなさそうな言葉をべらべらと並べて見せる。苦手なタイプだとアルラは若干引き気味だったが、そういうのならとヴァリミルは一歩前に出て質問し始めた。


「何者だ」

「秘密」

「誰に依頼された」

「秘密」

「...なら、どうして私たちを攻撃するんですか?」

「それも秘密」


 はー...っと深い溜息の後に、ヴァリミルは人差し指の先を向けながら。


「答える気、無いだろ」

「言っただろう『答えられる質問なら』、と。キミたちの質問が悪いのさ、もっと簡単な質問にしようよ、お気に入りのお菓子は何ですかとかとか恋人はいますかとか。まあお気に入りのお菓子も無ければ恋人もいないんだけどね?」


 ピキッとアルラの中で変な音がした。

 どうしようすごくムカついてきた。

 きっと二人もそうだ。ラミルは明らかに引いてるし、おっさんもいつも通りの無表情かと思えばよーく見ると僅かに眉間にしわがよっている。

 うねうねと蠢いている肉塊も絶妙に気色が悪くてもうなんだか何もかもが気持ち悪い。ここまで生理的に嫌悪感を抱いたのはいつ以来だ?自販機の下に小銭が落ちたから拾おうとして、覗いてみたらゴキブリがうじゃうじゃと巣食ってたみたいな、そういう感じに似た嫌悪感だ。

 でも、きっとそれが()()()()()()()


(明らかに意識を自分に引き付けようとしてる言動だ。陣取ってる位置もそう、街を背に俺たち全員が視界に収まるように常に気を配ってる)


 そう考えた思考材料は、さっきのサソリ攻撃だ。あの攻撃からは()()()()()()()()()()()()()()

 だから反応が遅れたし察知出来たのもギリギリでだった。殺気が無い...つまり殺す気が無いのだ。正確には、殺せてもいいし殺せなくても構わないといった感覚で放った攻撃だったのだろう。目的のモノが手に入った後の、余ったお金で回すガチャガチャみたいに。

 つまるところ、奴の目的に『こちら三人の抹殺』は含まれていない。

 適当に足止めしつつ、全員の動きを察知できる位置にさえ陣取れればそれでいい。そこが重要、行動の核心になる。そう考えれば、相手が何をしたいのかも見えてくる。

 となると、奴の目的は......。


「奴は俺が引き受ける、二人は先に行ってくれ」


 アルラのその言葉にラミルは驚き、ヴァリミルは無言で意図を察した。

 どうして、と尋ねようとしたラミルよりも先に、アルラが言葉を発した。ただし、視線は一切敵から逸らさずに。


「俺たちの会話を遮らない...遮る必要が無いんだ。多分奴の目的は足止め、ここで俺たち三人が足を止めてること自体が奴の思惑通りなんだよ」

「だろうな」


 ヴァリミルがそう肯定し、誰もが現状を理解する。

 事前に情報が漏れていたとするなら十分あり得る戦術だ。主戦力であるアルラ、ヴァリミル、ラミルの三人が本拠地から離れたタイミングで奇襲、そして主戦力を足止めしている間に一気に制圧。

 実際、それをやられたら詰みに近い。いくらこちらの個人戦闘力が高かろうが、人質を取られた上に自分たちの数百倍近い頭数に銃口を突きつけられてしまえば、降伏以外の道はないも同然だ。

 アルラ・ラーファは自分の無謀を自覚している。したうえで、流石に数千を超える銃口を突きつけられて戦おうとするほど馬鹿にはなりきれない。


「さっきの質問『誰に依頼された』に奴は『秘密』と答えた。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なら間違いなくユーリーの仕業だ。ユーリーが外部からコイツみたい兵隊を雇っているなら兵隊がコイツ一人とは限らない」

「...街に咎人は私とアルラさんとカイさんだけでした。戦場で有力な魔法を使える人もいません、武器を使えるのは敵も同じで、数も敵が圧倒的。これは...」

「街がヤバい」


 端的な結論を述べた途端に、汗が零れてきた。

 ヴァリミルも僅かに表情を曇らせ、ラミルは敵とその後ろの街に交互に視線を投げていた。


「なら残るのは俺の方がいい。戦力的に考えてお前たち咎人は主力になる。足止めは俺がやる」

「いや、多分おっさんじゃ相性的に奴を止められない。ラミルもダメだ、『世界編集ワールドエディット』は対多数に優れてる。街でみんなの援護を頼む...」


 多分、これが一番正解に近い。

 ラミルの異能ははっきり言って初見殺し、その上アルラに比べて数にも強く、遠距離からの対応も聞く万能性がある。

 ヴァリミルもそう。アルラやラミルよりよっぽど敵に詳しい。人に教えられるくらいにはユーリー・ヴォルグを知っていて、対策も立てやすいだろう。

 当初の目標だった『ユーリー・ヴォルグに対ユーリー性能を加えたアルラをぶつけ、初見の異能で一方的にたたく』という戦法が効かなくなるのはどうしようもないくらい痛いが、全員揃ってここで足止めを喰らう方がまずいに決まってる。

 街からいよいよ銃声が聞こえ始めた。

 いまいち納得できてない様子の二人に、アルラは追加でこう告げる。


「奴の正体に心当たりがある」


 ぴくんっ、と。二人はアルラに視線を向けた。

 本当に?と疑っているのだろう。正直、自分でもだいぶ疑わしいが、でも多分、99.9%ほぼ確定の事実になる。残りの0.1%を埋められるだけの確証さえ見つかれば、この場で最も奴を相手しやすいのはこの俺だ。

 けど今はその理由を伝えてる時間すらもったいない。

 ならどうする?動くべきだ、今すぐに。


「ラミル、今から言う通りに動けるか?」

「!」


 遠くから銃声が激しく鳴り響いている。

 銃声の感覚が短くなるたびに体に重しを付けられたみたいに気分が重くなる。

 アルラの耳打ちを聞いて、ラミルは静かにうなずいた。うなずくしかなかった。

 何も知らされていないヴァリミルの腕を取り、白銀の髪を風になびかせる少女は囁く。


「『世界編集ワールドエディット』、透過」

「!!」


 透過は名前の通り、彼女と彼女が指定した射程範囲3m内の任意の人物や物体を視認できなくする『世界編集ワールドエディット』の機能の一つ。

 今までも、散々アルラを助けてくれた力の一つだった。


「姿が消えた...、女の子も咎人だったのか。こりゃまずい」


 本当に思っていることを口にしたのかは甚だ疑問だ。何故なら、奴はまだあの気持ちの悪い薄ら笑いを崩していない。心に余裕があるんだ、余程自信があるのか、それともただ単にイカれているのか。

 出し惜しみはナシにする。

 情状酌量の余地はない。奴は俺たちに手を挙げた...ならここから先は正当防衛だ。()()()()()()()()()()()()

 その意思の元、アルラの体のあちこちから吹き出る極彩色が殺意を帯びる。

 『神花之心アルストロメリア』の明らかな臨戦態勢。全身の硬度、筋力、体のバネを底上げした戦闘態勢を取るアルラを目撃してもなお、男は余裕のスタンスを崩さない。

 それどころか、嘲るように笑いながら――――。


「流石に気付くよねえ思惑に。まあ、だから何だって話だけれども?」


 ずりゅりゅりゅっっ!!という気色の悪い音があった。

 無精ひげの男の右肩から先。ただでさえ気味悪く蠢いていた肉塊が膨れ上がる。だけじゃない、両手でビニールを裂くかのように、肉塊は先端から徐々に分割されていく。

 一つから二つへ。

 分かれた肉塊はそれぞれがぐにょぐにょと蠢き合い、その動きはまるで、空気中で何かを探っているような......?


「そこか」


 ぎょろり、と。

 無精ひげの男の眼球が虚空を捉える。

 肉塊が蠢く...まるで巨大で歪な鞭。

 しなり、加速し、殺到する。照準を定めたある一点目掛けて、肉塊は餌を見つけた獣のように突き進む。

 グジュッッ!!という水気のある音が炸裂した。

 人体を構成する赤い液体が飛び散った。

 ただし吹き出た血液の持ち主はラミルとヴァリミル...ではない。消えた二人を肉塊が撃つ直前、アルラが極彩色を纏って間に割って入ったのだ。

 しかし...。


(なんて威力だよ!?皮膚を強化してるのに削られる!)


 ガードした両腕の血がにじむ。

 足腰の踏ん張りが足らず、そのまま弾き飛ばされてしまう。

 驚いて姿を現しかけたラミルだったが、吹っ飛ばされたアルラの目を見て、言葉を聞かずとも言いたいことを理解できた。

 速く行け、と。

 だから従う。透過で再び姿を晦ましてここを突破する。それだけに専念する。

 自分に言い聞かせる。大丈夫だ、彼が守ってくれている、私はやればできる、ここを突破して街へ向かう...と。

 その思いをへし折りに掛かるように、更に先端から分割され四本にまで増殖した肉塊は襲い掛かる。

 更にアルラが割り込んでそれを抑える。ただし、今度は正面からは撃ちあわない。側面から打撃を加えることで先端の軌道を反らして、ダメージを最小限に抑えようとしている。

 が、肉塊に触れた拳や脚は徐々に削られていた。

 じんわりと痛みがアルラを蝕み始める。

 二人の姿は完全に消えている。なのに、肉塊は正確過ぎる程に二人を狙いすましている。

 視覚に頼っているわけでは無いのか?何か別の察知方法が...。


「うーん...もどかしい」


 そう発したかと思えば、ぱんっと乾いた火薬のような音を伴って肉塊が弾けた。

 いいや、分かれたのか。間に割って入ったアルラを避けて迂回するように、正面から向かってきていた肉塊が先端から大体十等分に。

 備えていた、アルラの虚をつく動きだった。

 分かれた肉塊それぞれの尖端が、正面のアルラを避けてその背後のターゲットを狙う。

 まずい、防ぎきれない。

 十本の肉塊に対してこっちは両手足を使ったとしても四本。肉塊は無精ひげ(ほんたい)に繋がっているから、ラミルの『世界編集ワールドエディット』でも射程範囲外で防げない。

 どうする...どうする!?


「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 アルラの選択。

 叫び、痛みをごまかし、()

 激しい苦痛が両の掌にのしかかった。力を込めれば込めるほど肉塊の表面にびっしりと並んだヤスリのような鱗のような硬質体が皮膚を抉ってくる。

 分かれた肉塊の根元を両手で掴み取り、ラミル達とは反対方向に引っ張り戻す。ヤスリのような表面に皮膚を削り取られながらも、分かれた触手は全て根元で繋がっている。根元を引っ張れば引きずられて肉塊全体が後退する。

 痛みには慣れている。

 それでも苦痛であることには変わりないのだ。

 アルラの内でどす黒い感情が沸騰する。

 よくも俺にこんな痛みを、という憎悪。それは戦いのトリガーであり、己を鼓舞するための燃料にもなる特別な感情。

 『神花之心アルストロメリア』......30年。30年分の命を削り、更なる膂力を開放したアルラは、掴み取った肉塊へ加える力の向きを上方へと切り替えた。

 肉塊を、その根元に繋がった無精ひげの男ごと投げ飛ばす。


「お前の相手は俺だ髭面!!」

「面倒だね、キミ」



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