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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
222/268

アサルトダイブはいつだって唐突に



 ザッ...ザザッ......。

 PM1:27

 目標地点を目視にて確認。当初の予定通りアルファ、ブラーボ両小隊は索敵を続行しつつ順路を迂回、速やかに目標へ接近せよ。

 ザッザッ......。

 こちらアルファ、内包魔力測定透視機を確認。付近に敵影無し、前進します。

 同じくブラーボ...民間人と思われる子供を四名確認。速やかに拘束のち後方部隊へ送ります。

 了解、対象の身柄は捕虜として扱う事とし、情報収集を目的とした拷問及び類似行為を含む加害行為の一切を禁じる。

 ザザザッ...。


「ノイズが酷い」

「...我慢してくれ。周波数の特定を防ぐための予防策だ。そもそも電波を飛ばすこと自体が危険なんだ、通信を傍受とまではいかずともこちらの存在に気付かれる可能性がある」

「敵も通信機を日常的に使う以上、電波の存在それ自体を不審に思うことは無いはずだ。あるとすれば偶発的にチャンネルへ介入される可能性だが、その予防策のおかげで少なくとも今すぐに気付かれることは無いはずだ」

「複数の中継器を設置して、各中継器間での周波数をランダムに設定し直しているだけだがな。やりすぎは下手な鉄砲も何とやらで敵の目を惹くリスクがあるぞ」

「構わない、今回の作戦はすぐに済む」


 ザザザッジジッ...ザザッ......。


「なあユーリー、彼は信用できるのか?とても一線に出て戦うタイプには見えなかったが」

「奴の見た目は気にするな...()()()()()()だ。金さえ積めばどんな仕事でも引き受けるしネームバリューも申し分ない、奴を雇うことで世界から見た俺たちの勢力にも変化があるだろうな。俺が欲しかったのはそれだ、『奴の一族が俺ら側についた』っていう客観的事実」

「願わくば『箱庭』だったんだがな」

「元からダメ元だったんだ、別に落ち込んじゃいない」

「知ってるっての。大体お前、長年片思いだったユミリーのあねさんに告白して振られた時もたったの三日で立ち直った奴がこんなことでいちいち―――」

「はったおすぞ」


 ピピーザザッザッ...

 こちらブラーボ、今の話初耳です。詳しくお聞かせくださいどうぞ。

 こちらデルタ、以下同文、どうぞ。

 ザッ......


「見ろよアホ共が食いついた」

「わかったわかった。今回の作戦が無事完了したらその時に...」

「話さねえよ馬鹿。いい加減気を引き締めろお前ら敵地だぞここは」


 ザザー...。

 ...りょ...い。

 こち......ャーリー。異...ザザッ!!...し...ださ......。

 ザザッ!?ザザザザザッ...ザザ...ザザザザザザザザザザザザザザッッ!!?

 ザザーピピー......。

 ....................................。


「これは...」

()()


 ザザザザッ...。

 発信源不明の妨害電波を確認。対妨害電波用周波数検索装置を使用、敵対勢力による妨害電波の影響が最低値となる周波数を確認、選択。通信復旧完了しました!

 ザザザザザッッ!!


「捕捉された。案外早かったな」

「つまりここからは速攻というわけか」

「ああ、ゲルマ...いつも通りだ。速攻でケリをつけるぞ」


 ガガーピピー...。

 ザザッ...。

 こちらチャーリー、現在目標地点上空で命令を待機中。いつでもいけます。

 同じくデルタ。以下同文、どうぞ。

 ザザッ...ジジジ...。


「...チャーリー、デルタ。合図とともに速やかに降下を開始せよ」

「忘れてたがユーリー、そう言えば作戦名を決めてなかったな」

「...いるか?今更」

「必要だろう、気が引き締まる。お前はチョコチップが入ってないクッキーでテンションを上げられるのか?或いは鹿肉の入っていないシチューならどうだ?」

「.........オペレーション『漂白(bleaching)』...各隊、行動を開始せよ!」

『『『『了解!!』』』』


 ザザザザ...ジジッザザザ......。

 ザッザッザッ...ザザザザザザザザザ!!

 ...。

 ......。

 .........。


「気が逸れているんじゃないのか集中しろ」

「わかっ...てるよォ!!」


 ヒュンヒュンという風切り音が、アルラの耳元を通り抜けていく。

 恐らくは額を狙って撃たれたであろう銃弾を、発射される直前に銃口の向きと引き金を引く指先の動きから推察して予め体を動かす。

 体を特定の位置に置いておく、という表現が最も適切だろう。アルラがヴァリミル・ハスキーから教わった、最も効率のいい弾丸の回避方法だった。

 ...簡単に言ってるが、中々の難題であることは想像に難くない。アルラも洞窟で十年鍛えた五感を総動員してどうにかこうにかという感じだ。実際5発撃たれれば3発は当たっていた。

 『神花之心アルストロメリア』で動体視力や反射神経を強化すればより確実だが、異能に頼らない地力を鍛えるという名目でそれは禁じられている


「非殺傷といっても脳天にまともに喰らえば脳震盪くらい起きるぞ。もっと必死にやれ。標的《俺》からどんどん離れてどうするつもりだ」

「うるっ...せェ!見りゃわかるだろこっちも必死なんだよ!!それともおっさんには俺が不真面目に見えるのか!?」

「ああそうだな不真面目だ。俺の言った通りにできないならお前はずーっと弱いままだな」

「クソジジィ!!」


 そもそもの指示が抽象的過ぎるのだ。

 さっきボソッと聞き取れたアドバイスは確か何だったか、ああそうだ。『意識と、集中力の波を捉えろ』...だ。


()()()()()()()。山のように昇タイミング、谷のように沈むタイミングが必ずどこかにある。それを見極めて利用しろ。()()()()()


 ダンッ!!というもう嫌という程聞いた銃声が鼓膜を揺らした。

 直後、アルラの体の三か所で同時に衝撃が響く。左肩、脇腹、そして左足。決して油断なんてしていなかったはずなのに、気付いたら尻もちをつかされている。

 何が起こったのかわからず落とされた腰を地面から離そうとするアルラに、ヴァリミルは銃を突きつけながら見下ろすように言い放つ。


「今のがお前の()()()。集中力の境目とも言える部分だ」

「境目...?」

「人の意識や集中力ってのは長く続かない。ずっと張り詰めてればどこかでほころぶ。だから誰もが無意識的に...一度張り詰めた集中をリセットするタイミングを持っている。張って伸びきった糸を引き戻してまた張り詰め直すように」


 そう言って、ヴァリミルはアルラを無理やり引っ張り起こす。

 くるくると手の中で拳銃を弄び、ア小ばかにしながら揶揄うみたいに拳銃の銃口をアルラの額に向けた。


「今の攻撃、普段のお前なら難なく回避できたはずだ。けど実際にはそうはならなかった。どうしてかわかるか」


 波...つまり波形。高校生が数学だか物理の授業で習うあの形のことだろうか。サインだかコサインだか、谷と山を連続して繰り返すあの形状だ。

 意識の波、集中力の境目...か。

 彼の言う集中が意識の波とやらの『山』の部分を指しているということは何となくわかった。集中すればするほど意識は波の線を山なりに駆け上げっていくということ。そして山があるという事は必ず同じだけの谷があり、谷は上昇を意味する山とは真反対の意味を持つはずだ。

 つまり。


「...意識の谷、俺の集中が途切れるタイミングにピンポイントで攻撃を合わせてきた。避けれなかったんじゃなくて、反応できなかった。体が付いてこなかった。おっさんは、張り詰めた俺の集中力が一瞬リセットされるタイミングを読んでいた」

「正解。ご褒美に飴をやろう」


 投げ渡された飴玉の包装紙は、一応受け取っておく。

 すぐに食べないのは下剤でも入っているんじゃないかとちょっと疑ってるからだ。目の前で地雷を仕掛けようとしてた辺り、ヴァリミルならないとは言い切れない。


「攻撃...つまり敵意だ。強い感情には強い意識が乗っかる。意識が強い分だけ『谷』を突いた時の衝撃もデカくなる。丁度さっきのお前みたいに」


 なるほどと納得してしまったが、果たしてそれは三日やそこいらで習得できる技術なのだろうか。

 二人があーだこうだ特訓に勤しんでいる間、二人の特訓を離れた位置で見学していたラミルは、アルラの動きを目で追いながら、時々二人いる位置の先にある街の様子を遠目に観察していた。

 今日の天気は安定している。雲の流れも緩やかで、気温も程よいから過ごしやすい。そんなことを考えながらふんわりとあちこちを眺めていた。

 だから気付いた。

 街の上空に佇むそれに。

 光の異常な屈折によって歪んでしまったように見える空間。目に見える景色がキャンバス上の絵画だとしたら、そこだけ回りの絵の具を水で薄めて伸ばしているような、不自然な違和感。

 しかも、だ。


「......何か降ってる...?」

「え?」


 指差しで示された空中に、二人も目を向けた。

 今まで何をしたって変わらなかったヴァリミル・ハスキーの表情が変わる。眉間にしわがよる。額から汗が一滴滑り落ちる。

 アルラも一瞬遅れて気が付いた。

 鍛え抜いた視力をよくよく凝らして、歪みの形を正確に把握して、次にウィアのカメラをそれに向ける。

 あっという間に画面上で解析が進み、いよいよ懸念が確信へと変わった。

 三人でウィアの小さな画面を覗き見ながら、だ。


「輸送...ヘリ!?ステルスの!?レーダーに映らないって意味ならまだしも、目に見えない方のステルスなんて聞いたことが無いぞ!?」

「馬鹿な。まさか気付かれるはずは無い。街の兵士の身元は全員洗ってある。情報があいつらへ行くはずはない」

「どっ、どういうことですか?兵長さんっ?あそこから飛び降りてる人たち、ヘリコプターと同じで半透明に見える何かを上から羽織ってて見えにくいですけど、『ウィア』でちらっと見えました。私たちと同じ服装です!」


 同じ服装。

 ラミルが来ているミリタリージャケットも、ヴァリミル・ハスキーが来ているものも、全て対人類戦線アンフェアブレイカーの本隊から支給されたものだ。

 一般に販売されているモノじゃない。自分たちで造ったものだからよくわかる。

 という事はつまり、ヘリから降下しているのは......。


「襲撃だ。俺たち(レジスタンス)の企みが奴らに気付かれた。襲撃者は対人類戦線アンフェアブレイカーの本隊だ」


 それを聞いたアルラが街へと駆け出した。

 ラミルの制止も聞かず、一心不乱に街を目指すアルラの背中をヴァリミルが追いかける。更に遅れてその後ろにラミルが続く。

 アルラの背中に張り付いたヴァリミルの脳みそは、嫌な推察を勝手に思い浮かべていた。

 街の兵士たちの裏切りはありえない。彼等の身元は確かだしレジスタンスへの賛同も心からの本心だった。が、誰かが内部から情報をリアルタイムで抜き出さないとでもしないと、この本隊の奇襲の説明が付かない。

 兵士じゃないなら、後から来たアルラたちが一番怪しい。

 

(...いや、考えすぎか。こいつらが本隊に協力する動機がない。妖魔が戦争に勝てると本気で思うなら別だがカイはともかくこの二人はそこまで馬鹿じゃない。現実がわかっている)


 だとしたら何が起こっているのか。裏切り者の内通者が存在することはほぼ確定、しかしその対象が絞れない。一番可能性が高いのは情報を送ってる本人も、自分が本隊に協力していると知らないことだ。

 自然と、地面を踏み込む力が強くなる。

 一瞬でも早く、一歩でも近くという意思が頭の中から離れない。

 街の入り口が遠目に近づいてきた。ここまで来ればと、アルラが極彩色を脚に纏いかけた。

 瞬間、地が爆ぜる。

 違う...()()()()のか。

 気色の悪いゲテモノ、淡紅色の肉塊のようなモノが地面を抉って二人へ向かって殺到する。

 咄嗟に、ヴァリミルがアルラの服を手前に引っ張った。

 ズシュウッッ!!という飛沫があがるような音と同時にアルラを引っ張ったヴァリミルの右腕から鮮血が噴き出す。

 表面をヤスリで削られたように、皮膚の一部がこそげ落ちていた。


「おっさん!!」

「問題ない。敵を視ろ。集中しろ」


 地面から飛び出した肉塊に全員の注目が集まる。

 ボゴッ!!バガッ!!?と、地面が更に抉れて似たような肉の塊が次々と飛び出している。

 気色の悪い光景だ。

 かなり太い触手のようにも見える。ヴァリミルの皮膚がこそげ落とされたのは、あの触手の表面に小さく細かい鱗のような構造が無数に敷き詰められているからだろう。

 その肉塊の構造に見覚えがあった。

 というよりそれは、人間の誰しもが持っている器官を、そのまま数十数百倍に大きくしたように見える。


「舌...か?」


 不意に察知する。視線と敵意。

 飛び退いたとたんに元居た地点へ襲い掛かってきたのは、地面から飛び出した舌のような肉塊と同様のモノ。

 ただし出所は地面ではない。アルラの視界の中、何もない空中から飛び出るようにして、それは鞭のように襲い掛かってきた。

 いいや、そう見えるだけだ。

 空から降りる兵士同様、肉塊の出所の空間が歪んで見えている。

 とっさに、肉塊が上がった地面のかけらを蹴り飛ばす。

 歪んだ空間を形成していたもの...肉塊を操る本体を覆い隠していた、透明に見える布切れが、土くれに弾かれて飛んでいく。

 隠れた敵が、姿を暴かれる。

 出てきた男は、アルラの咄嗟の行動に対して、感心するように呟いた。


「やるねぇ君...殺気に敏感だ。相当強いね?」

 

 薄汚れた白衣に無精髭。

 ボサボサに伸び切った黒の頭髪。

 生気のない死んだ魚みたいな目。

 それに何より、粘っこくこびりつくような悪意と敵意。

 間違いない。こいつは、敵だ。



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