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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
22/268

弾丸の雨で生まれる友情

誤字を修正しました



「くそっ!キリがねえ!」


 迫るのは、狂気てきだ。

 超速振動によって凶悪性を倍増させた幾多もの銀刃、そして掠るだけでも血肉を抉り飛ばす弾丸から身を躱すと、アルラはイラついたように吐き捨てる。

 拳が、脚が、眩いまでの光を纏ってその黒甲冑を撃つ。


 正確な狙いはその武器。肉眼で捉えきれる程度の速度は軽く脱してしまった、触れたものを鉄筋だろうがコンクリートだろうが簡単に切断してしまう高周波ブレードと。銀色に輝く銃身を持ち、一発一発がかすっただけで肉をえぐり取る機関銃。

 どちらも簡単に命を分断できる兵器だ。

 たとえそれを振るう者が子供でも、大人でも関係ない。当たれば、それは等しく人を殺す。


 『肉の種』で生まれた死体兵は本体である銀の装備を切り離せば溶けるように消えてしまう。死体の脳を基盤とし、銀の装備からプログラムを打ち込み動く黒甲冑は、その弱点たる武器以外を狙っても立ち上がってしまう。狙うのは銀の装備だけ。銀の柄に、生えた触れたもの全てを切断する刃と、当たったモノをパンでも毟るように削ってしまう機関銃。

 逆にそこさえ崩してしまえばあっさりと消滅する。


 しかしそうも簡単にいかない。

 一体一体が一国の騎士団隊長クラスの動きをするその黒甲冑に翻弄されて少しずつだがアルラの体にダメージも蓄積し始めた。

 このままいけば遠くない先の未来、アルラの持つ『異能』である『神花之心アルストロメリア』のエネルギー源。すなわち寿命も尽きて死ぬだろう。それとも再生が追いつかないほどの速度で肉を抉られるのが先か。

 どちらにせよ明るい未来は待っていない。

 再生も無限ではない。再生力の強化は他の力の強化に比べて著しく寿命を消費する。切り傷や擦り傷なんかの軽い傷は数秒もあれば完全に治癒するが、骨折や内臓の出血にはそれ以上、四肢を失うなどの部位欠損も修復こそできるものの、それこそ膨大な寿命を失うし再生に数時間はかかってしまう。


 焦りが形となってアルラの表情に現れていた。

 人形劇の席にでも腰かけているように上空から観察するのはこ全ての元凶だ。

 『強欲の魔王軍』兵長兼直属の呪術師フランシスカ・ドーナッツホール・ホーリー

 とんがり帽子にぶかぶかのローブ、片手に持ったゾウを模したじょうろを地面に傾けるその少女は、キシシシシ、と独特の笑い声を上げながら樹の根で造られた翼を羽ばたかせる。

 ふわり、と言うよりべぎぎっ!という擬音がよく似合う。狂気的に歪む、彼女の象徴。


「これくらいでいいですかね、ではアタシはおいとまさせていただきます。アタシも暇じゃないんです。はい」

「逃げるのか!!フランシスカ!」

「その量の死体兵がいれば貴方くらい簡単に処理できるでしょう。それでも生き延びたのならアタシが直接相手しますよ」


 アルラが叫びながら放った瓦礫の欠片も、やはりその強靭な樹の根で造られた翼が弾き壊してしまう。ばさりと翼を羽ばたかせ、紺のローブととんがり帽子の少女は夜明け前の空の闇へ消える。


 青年の舌打ちが迫りくる甲冑共の金属音に埋もれた。


 アルラが現在『神花之心アルストロメリア』を使って強化している力は三つ。

 状況を冷静に分析し、相手の行動の裏をかくための「思考力」。頭の回転率と言い換えてもいい。圧縮された時間の中で、冷静に相手の動きを捉え、考え、先を読む。

 そして相手の凶刃や凶弾から身をかわし、翻弄し、敵を撃つための『筋力』

 飛翔する銀の弾丸をから身を躱し、その武器を殴り弾く。

 最後に『再生力』

 いくら思考力と筋力を強化していると言っても細かい傷のいくつかは覚悟しなければならない。下手したら腕ごととか心臓とかを一瞬でハチの巣にされかねないのだ。

 そんな小さな傷でも、塵も積もればなんとやら。確かに残るダメージを少しでも抑えるためにの強化であった。


 アルラ・ラーファに残された寿命ガソリンは231年

 たった数分で33年を使いきったのだ。

 これはほぼすべてがアルラが草原で殺したヒポポランクス...サイもどきカバのもの。殺せる生き物がいない『街』という環境でエネルギー(寿命)の補給は出来ない。

 つまりこれだけがアルラに残された燃料だ。


 相手は黒甲冑数十体。それも全員が全員現代科学の先を征く兵器を携えた超戦力の集団。


「っ!」


 アルラの脇腹を、左肩を。

 銀に塗られた弾丸が突き抜ける。狙いを外した銀の弾丸はその歩道めいっぱいに敷き詰められた別の黒甲冑の頭を甲冑ごと撃ち抜くが当然のように起き上がるのが腹立たしい。同士討ちは期待できない。


 回し蹴りが。

 手刀が。

 パンチが。

 アルラに詰め寄る黒甲冑の腕から武器を叩き落とす。武器を失った黒甲冑から、言葉には表せない奇声が漏れて地面に溶けるように消えてゆく。

 残るのは当たり前なのだが、うんともすんとも動かない死体のみである。

 それでもキリがない。倒して、溶けた甲冑の隙間の空間に次々と押し寄せている。素材となった死体から漏れ出た赤が、ボロボロに崩れた石煉瓦を染め上げ。それを踏む黒甲冑の足元をも赤に染めていた。


 騎士団の隊長クラス

 それは決して低い位置ではない。

 特撮ヒーローと相対する怪人が、毎回当然のように生み出す雑魚兵士のようにはいかないのだ。敢えて言うのであれば各個体全てがその怪人クラス。一話をまるまる使ってヒーローが倒す強さの敵。


 それが。

 それが数十。

 絶望的な数だった。

 少しずつ減っていってはいるものの、次から次へと押し寄せる黒の波はそれでも多すぎるのだ。加速された思考の中で、明確な焦りの表情を隠し切れない。

 先の未来を暗く染めてしまうような混沌は、いちいち青年の意思など汲み取ってくれやしない。


(このままではいつか...)


 そんなアルラの焦りが隙を産んでしまったのかもしれない。ずるりと血に足を滑らせ、背中から地面へ向かう形で倒れこむ。当然敵もそれを見逃してはくれない。触れただけで命をも断ち斬る凶刃がアルラの肉を分断しようと迫った。


「しまっ...!」


ダァンッ!!と

機関銃とは違う軽い銃声が、連続する轟音に紛れてアルラの耳に届いた。五つ《・》の銃弾が針に糸を通すように黒甲冑の間を抜けて、その黒甲冑の首を撃ち抜いた。そして弾痕は一列に連なり、その首から下と頭を切り離す。視覚情報を失ったせいか、ブレードはアルラの体から大きく逸れた位置を通り過ぎると、暗闇の空を斬り裂いた。


 偶然に救われたアルラが思わず声を漏らすも、そこから先は彼の時間だ。

 頭を失ったことなど全く気にせず闇雲にブレードを振るう黒甲。そんな当てずっぽうな攻撃が強化されたアルラに当たるわけもなく、はっと我に返り腰をひねるアルラがあっさりとその手に持った銀の最新兵器を蹴り飛ばし、その甲冑は消滅する。


 だがそれは数十体の黒甲冑の一体でしかない。

 ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!と。


 機関銃の火花が飛び散り、空気を揺らす振動の中。再び乾いた銃声が何かを撃ち抜いた。


 甲冑を銃弾が突き抜ける音と共に、六体ほどの黒甲冑が胸と頭、脚から血を吹き出す。アルラ弾丸が飛んできた方向を見れば。

 そこには――――。


「俺は警備委員会ガード・コミュニティニミセト第二支部長、ジルという者だ!単刀直入に聞く!

そこの"咎人"お前はこの街の敵か!?味方か!?」


 どこかで聞いた声。

 どこかで目撃した青年。風呂場の主が、巨悪の眼前そこに立つ。

 警備委員会ガード・コミュニティの軍服を身にまといそこに立っていた。表情に大浴場でアルラに見せたような人の好さはほとんど感じられない。腰に収まっているのは掃き溜め箒(ヒートエッジ)。両手に持つのは小型のリボルバー。その鋭い目つきから軍人らしさがひしひしと伝わるような風貌の男

 ジル・ゾルタス

 ニミセトの警備委員会ガード・コミュニティ第二支部長と名乗ったその海人族の男の両手がアルラへと向けられる。


 少しでも返答を間違えれば。

 彼は――ジルは一切の躊躇なくアルラを撃ち抜くだろう。それがニミセトの街を守る警備委員会ガード・コミュニティの役割であり絶対的な存在の意義。そもそも返答を素直に信じてもらえるとは限らない。目の前の怪しい人物の言葉を素直に受け止めれる純粋さを持つ人など。

 この世にいったい何人いるのだろう。


 だが、迷っている暇もない。そして覚悟を決めたように、アルラは声を張り上げる。


()()だ!()()を生み出したのは『強欲の魔王軍』の呪術師の女で俺はそいつと因縁がある!」


 表情すらうかがえないような暗闇。願う青年の叫びを受けた風呂好きは、じっとアルラを見つめている。やがてすうっ、と息を吸って。


「...信じよう、アルラ・ラーファ!お前は白だった()!」


 三度放たれた乾いた銃声がアルラを狙う黒甲冑を撃ち抜く。左胸を二発、額に一発。大量の血が噴き出ているものの、やはり倒れることはない


「どうなってんだこいつらっ!!」

「頭を切り離すとか心臓を撃ち抜くとかじゃダメだ!この黒甲冑の本体は銀の装備、あれ死体の脳を基盤としてプログラムを実行させているんだ!!」


 銃身の中央を折り曲げてシリンダーに弾を込めながら、軍服の銃士は飛び交う流れ弾から身を躱す。それはサーカスのピエロのように。華麗にステージを跳び跳ねるバレリーナのように軽やかでいてしなやか。

 アルラの頬を、肩を、全身を掠め削りとる弾丸が、ブレードが。ただの一発も当たらない。

 例えば模範解答を机の上に置きながらテストに挑むようなあるいは完全な攻略本を読みながら進めるRPGゲームのような。そんな感覚に近い。


「あんたそれっ!どうなってんだ!?」

「今説明する必要はあるか!?目の前の害虫に集中しろアルラ・ラーファ!」

「いちいちフルネームで呼ばんでいい!」


 全方位から襲い掛かるその黒甲冑に、やはりアルラは拳を振るうしかない。それ以外の技もあることにはあるが寿命の消費が激しいうえに時間が掛かる。

 今この場では使えない。


 ただし戦っているのがアルラ一人なら。決断は迅速に。


「少し時間を稼いでくれ!時間がかかるがこの状況を何とかできる!」

「本当なんだろうな...!?嘘だったら恨むぞ!」


 アルラの体が眩く輝き、夜明け前の闇に電球をつけたように光を灯す。並外れた戦力を持つその黒い悪魔たちが銀の装備を向ける中、アルラは静かに目を閉じた。


 普段からは使()()()()

 だがマ素変換率の強化。

 それだけでいい。

 ただそれだけでいい。

 それだけで彼の魔法を縛る鎖はブツリと音を立てて崩れ去る。機関銃の細長く、より命を奪うことに特化した形の弾丸がその周囲を飛び回る中。その光を味方につけた()()()()()()()()()()


「あれは...基本術式魔法か?」

「数分かかる。何とか持ちこたえてくれ」


 集中させろ、といった口調で短く返答するアルラの体を包む光がより一層眩いものとなる。簡単に言うなよ!と震える軍服男ジルの弾丸は正確にアルラに襲い来る黒甲冑の手首を撃ち抜き、銀の装備と肉体を分離させている。忙しく放たれる乾いた銃声が



「まだか!?もう持たんぞ!!」

「もう少しだ!!」


 二人の頬を嫌な汗が伝う。

 弾も当然無限にあるわけではない。

 ジルの腰にぶら下がる掃き溜め箒(ヒートエッジ)の反対側の革袋。そこにはスピードローダーと呼ばれるリボルバーの装填を速めるための器具がいくつも収まっている。だが数は決して多いとは言えない。精々あと30発撃てればいいほうだ。6発撃ったら銃を空中に放り投げ、空いた手で革袋を漁りスピー

 ドローダーを取り出し装填。それをもう何度繰り返しただろうか

 彼自身も、もはや覚えてはいない


「クソッ!最悪の気分だ!愛する街を守るために愛する街を血で染めるなんて!」


 吐き捨てるように苛立ちを露にするジルのリボルバーを握る両手が汗でにじむ。当たってはいないと言え、当たればそのまま命を摘み取る弾丸が頬の横やら脇をすり抜けていくのはやはり恐ろしい。まともに喰らえば致命傷。

 そもそもジルが銃をここまで使うのは今回が初めてだ。

 今までに街をここまで恐怖に沈めた事例は無いのだから


「もう弾が少ない!早くしろ!」


 ぐおん!と。

 血の赤に染まった石煉瓦の地面を上から塗りつぶすように。

 アルラを中心として深い深い黒が広がる。

 それは泡立つ液体のようにも、沈殿し充満するガスや煙のようにも見える。


復讐鬼アルラ・ラーファ


 不本意、という感じの発言だった。


 復讐に身を焦がす鬼の名を冠するその術式はその者を象徴するかのように広がり付近の地表を覆い隠すアルラが洞窟の暗闇の中。

 師匠に魔法のあれこれを教って、ようやく完成したオリジナルの術式。オリジナルとはいえどもただ魔力を闇に変換して足元から液体を流すように広げる。シンプルかつ『神花之心アルストロメリア』と相性抜群の魔法。

 この魔法の使い方は簡単だ。

 敵の足を止めて『神花之心アルストロメリア』でタコ殴りにする。相手を動けなくしたところで筋力を高めた拳や脚で殴る蹴る。ただそれだけのために生み出された魔法術式。


「闇魔法の本質は『抑制』あらゆる運動やエネルギーの流れを阻害することに有り」


 泥のように広がった闇は黒甲冑の足に纏わりついた闇はその動きを阻害する。ぬかるみに嵌ったように、動かない足を必死にばたつかせる黒甲冑の手首を。光に包まれた手刀が断ち切る。


「今だ!撃てェ!!」

「あいあいさ」


 ジルの両手に構えられたリボルバーが合計十二の火を噴いた。

 恐るべき命中精度放たれた弾丸が足を固定され動けない黒甲冑の手首、銀の装備を撃ち抜き、運よくその標的から外れた黒甲冑のすぐそばを。

 高速で移動する光の塊が通り過ぎると甲冑の手首ごとその銀の装備が斬り離された。黒甲冑が人ならざる奇声と共に地に溶ける。


「終わった...?」


 アルラの寿命は大きく削られ、ジルの手持ちの弾薬も全て使い果たした。今になってどっと襲ってきた疲労感にアルラが足をふらつかせ、その手を掴んで肩を貸すのはジル。

 苦しい戦場を共にし、二人の間に友情が芽生えつつあった。


「ふふっ」

「ははははっ!」


 互いの顔を見つめあい、体の奥底から湧き上がってくる何かをこらえ切れず。二人の戦士は笑いあう。


 こうして数十の黒甲冑は全て大地に染み込み、残されたのは。大地を染め上げる赤と大量の死体、そして二人の勇敢なる戦士だけとなった。


 もしも今あの少女が舞い戻って来て、新たな兵隊を落としていったら?

 考えたくもない。それこそ終わりだ。

 速やかにこの場を離れなくては、その可能性も十分にあり得る


「離れよう...とにかくどこかに...」

「ああ、取り合えず一時間後に『まんまる河豚亭』で落ち合おう。そこで話を聞かせてもらう」

「一端離れるのか?」

「やることがある」




おかげさまで十万文字到達しました。ありがとうございます

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