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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
219/268

白い歴史



 ダンッ!!ダダダッッ!!と、乾いた発砲音が景色の先へ消えていった。

 ヴァリミルの銃から空の薬莢が飛び散り、足元の短い草の絨毯へ転がった。

 弾丸を喰らったアルラは撃ち込まれたのが非殺傷弾だったために目立った外傷は無いものの、突き抜けた衝撃に体を吹っ飛ばされて尻もちをつかされている。

 荒げた息を整えようとアルラが深く息を吸い込もうとして、すっかり暗くなった辺りの冷え切った空気が体内に潜り込む。

 どこからか獣の吠える声が聞こえてきた。

 陽が落ちてからどれくらい経っただろうか、分厚い雲の合間からうっすらと星空が顔を覗かせている。


「今日はここまでにしよう。平原は夜になると魔獣が出る、手持ちの赤金貨レッドコインもほとんど消費したしな」

「俺は別に構わないぜ実弾でも。まだ約束の一発をおっさんの顔面に入れてない」

「馬鹿野郎お前が良くても俺らは良くねェ。お前は俺らの貴重な戦力だ、本番前に怪我されても困る。続きは明日やればいい」


 足元へ散らばった空の薬莢を、数歩歩くたびに足の裏で踏みつける感触があった。

 その装備の何処にそれだけの弾を隠してたんだってくらい撃たれたので散らばってる銃撃の痕跡の数も相当のものだ。自然愛護団体が見たら奇声を上げながら卒倒しそうなレベルで。

 赤金貨レッドコインとか言ったか、例の弾丸も散々撃ち込まれてしまった。

 体に手で触れた途端、撃ち込まれた箇所では鈍く薄い痛みが奔る。転んでぶつけた場所が後々青痣になって痛みだす、あの痛みだった。

 途中からは『神花之心アルストロメリア』による耐久強化のガードも寿命の消費を抑えるためにストップしていたのだ。非殺傷弾と言えど衝撃は本物の弾丸に近い、痣や内出血の一つや二つ出来て当たり前だ。


「40点ってところか...まだまだ集中が足りない。地の能力が高いだけに所々の動きが単調で予想しやすい。俺程度に苦戦してるようじゃアイツらには到底敵わない」


 ヴァリミルが、そんな風に背を向けたままダメ出しをしてきた。

 自然を敬う精神なんてないらしく、散らかした弾丸とその残骸はそのままにそそくさと街へ帰ろうとするヴァリミルの後ろへついて回りながら、ふとアルラはずっと疑問に思ってたことを訪ねていた。


「...なあおっさん、あんたその、ユーリーってのと個人的な繋がりがあるよな?反乱軍とは関係ないところで」

「どうしてそう思う」

「勘...ってわけでもないな、やけに二人の内情に詳しいと思ったからだ。そりゃ同じ軍隊に所属してんだから一定以上のデータがあるんだろうが、対個人で対策立てれるレベルで相手を知ってるとなると途端に不自然だ。俺が穏便に済ませられないか聞いた時もおっさんは性格とかこれまでの行動から予測していたように見えたし」

「話してもいいが聞いてて面白くはないぞ」

「これから戦う相手に関わってくるんだ、面白くなくても無駄ってことは無いだろ?」


 雑に頭を掻いて、ヴァリミルは視線すらもこちらへ向けなかった。

 ただ単調に、だ。


「五十年前の妖魔戦争は知ってるよな?」


 そんな風に話を切り出した。

 アルラは自分の頭で考えた通りのことをそのまま答える。


「まあ、ぼんやりと」


 ぼんやりと、だ。

 詳しく知っているわけでは無い。が、聞いたことが全くないというわけでもない。妖魔族が宣戦布告を行ったときにも聞いたワードだった。

 妖魔戦争。

 妖魔族が人類と正面衝突し、そして敗れた。現代まで特定の地域に続く妖魔差別を加速させる要因となった出来事である。アルラも生まれる以前の出来事ながら、洞窟で暮らした十年間のどこかのタイミングで師匠から話を聞いたことがあった。

 妖魔差別...というより、非人間差別は太古の昔から存在する概念だった。

 差別の歴史は奴隷の歴史と密接な関係にある。

 師匠曰く、かつて妖魔族は人間族の奴隷の立場にあった、と。


「俺たち現代の妖魔族が生まれるずーっと昔、俺ら妖魔が人間の奴隷として使()()()()()。莫大な時間の流れと共に奴隷としての妖魔族が終わった後も一部の地域ではその名残が残った。差別として」


 能力で劣ってはいても数だけは膨大、蟻の群れが時にゾウすらも殺してしまうことがあるように、膨れ上がった人間という一種族は太古の昔、多くの種族を支配していたらしい。

 その筆頭こそが魔力操作に優れ高い知能を持つ妖魔族。

 今ほどに科学も技術も進んでいない魔法体系全盛期、生活の基盤として今以上に魔法と魔力が密接に繋がっていた時代に、妖魔族はまるで道具のように扱われる日々を過ごしたという。

 嘘のような本当の話。

 当時は軽く聞き流していた話も、身近に妖魔の少女(ラミル)がいる日常の今になって歴史の恐ろしさを感じている。


「妖魔戦争はそいつを払拭する戦いだった。勿論全人類が敵対的だったわけじゃない。むしろ、五十年前でもそういう差別主義者の方が圧倒的に少数だった」

「...なのに」

「そう、妖魔は負けた。しかも無駄に善戦したせいで、戦争の前まで妖魔族に特段興味すらなかった一般人にも『人間に対抗しうる力と恨みを併せ持つ狂暴な種』という認識が植え付けられた。差別を完全に消し去るために始めた戦いは、皮肉にも妖魔への恐れと差別意識を加速させてしまう結果になったわけさ」


 想像してみようとして、しかし自分の中のリアリティに欠ける。

 知らない言語でクロスワードパズルを解こうとしているみたいに、目の前の男が淡々と語る歴史は、何不自由ない日本での暮らしと愛に恵まれたこちらでの暮らしに慣れ切ってしまった自分ではイメージすることも難しい。

 しかしヴァリミルの語る妖魔の過去の凄惨さは伝わってきた。


「奴は...ユーリー・ヴォルグはそんな逆境の時代に生まれた。家族以外全てが敵の土地で石やゴミを投げつけられて育った。食料を求めて小規模な妖魔の村から人里へ降りればそのたびに冷ややかな視線を向けられる。そんな生活、お前なら耐えられるか」

「...さあな。少なくとも俺は『愛情』って奴に飢えることはなかったよ」

「だろうな、お前はお前が思ってる以上に()()()だ」


 『奴も別の意味では真っ直ぐだけどな』と言葉を付け足して、更にヴァリミルはこう続けた。


「弟を亡くし母が精神を病んでから...奴は、ユーリー・ヴォルグは()()()()。二度と何にも誰も奪われたくないと吠えるユーリーに傭兵としての全部を叩き込んだのはこの俺だ」


 街の光がすぐそこまで届いていた。

 山に囲まれた静かな街の夜をほんのりと照らす微かな灯りの中で、ヴァリミルはやはり淡々と語る。

 アルラに驚きはない。

 ユーリー・ヴォルグとヴァリミル・ハスキーの師弟関係は、予想していた。

 つまりヴァリミル・ハスキーは、これから自分が手塩にかけて育てた弟子と正面から戦おうとしているということになる。

 口調は淡々としていても、内心はこれをどう思っているのだろう。

 きっと彼でも穏やかではいられないはずだ。


「...どうして奴の敵に回った?」

「どういう意味だ」

「親代わりで、師匠なんだろ?おっさんは。ならユーリーの側に付く選択肢だってあったはずだろ。今のおっさんにこんなことを言うのも変だけど、どんな世界でも子の味方をするのが親ってもんだろ」

「お前の常識で俺たちを測るな。子の間違いを全力で正すのもなんだよ。奴が間違えたなら、正すのは奴を育てたこの俺だ」


 そういうものかと納得して、やっと街へ踏み込んだ。

 足を止めたヴァリミルはようやく後ろのアルラへと向き直ると、


「話し過ぎたな。明日また同じ場所に来い。今度は搦め手もしばしば使っていくからな」


 商人ギルドを寝床の建物として使え、とだけ言い残してヴァリミルはどこかへ消えていった。

 その背中を何も言わずに見送ったアルラは行きで通った道をなぞるように戻って商人ギルドの建物に辿り着く。中に入ると相変わらず兵士や協力者たちがせわしなく動いていて、アルラは出迎えてくれた兵士に案内されるがままに用意された個室のドアを潜る。

 その後個室まで迎えに来てくれたラミルたちと食堂へ向かうまで、波乱の今日という一日を頭で反芻しながら目を閉じていた。


「へえー、兵長さんがそんなことをねえ」

「反乱軍のリーダーの育ての親で『強欲の魔王』とも戦って生き残っただなんて...私も初めて聞きました」

「ここに来てから数日経つけどオレらにはそんな身の上話してくれたことなかったもんなー。信頼されてるなーアルラ」

「『戦力』として、な」


 食べながらそんな風に言う二人はあの後から街の兵士の手伝いをしていたらしい。

 ラミルは既にシャワーも借りた後らしく、あの似合わないミリタリーを脱いでいつものマリンワンピ姿になっている。


「でも、思いもよらない所で『強欲の魔王』に近づけましたね。こういうのをなんて言うんしたっけ、えっと」

「タナボタタナボタ(もぐもぐ」

「...向こうの世界のことわざとかって実は俺が思ってる以上に広まってたりするのか?どこで知ったんだ」



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