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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
217/268

地雷原



 五日後...対人類戦線アンフェアブレイカーの本隊がこちらに合流するという話だったが、何故かアルラは兵長とやらに街の外れのだだっ広い平原へ連れてこられていた。

 地図でこの辺りを見ると山脈は四方の一辺を除いたような、わかりやすく表現するとUの字型に街を取り囲んでいる。ここは丁度アルラが街に入るのに使ったトンネルの反対方面...Uの字の頭の部分だ。

 周囲には人影は無く、もうすぐ日も落ちてくるという時間帯。見渡すと平原の奥は高い標高と季節のせいか積雪と思しき純白の絨毯が広がっている。今はまだ心地よい肌寒さだが、その内一気に冷え込むようになるだろう。こんな季節は日本人にとって神器に等しいアイツの中に半身を突っ込んでミカンでも貪りたいものだ。

 歩きながらアルラがこきりと首を鳴らし、街の影が薄くなった辺りで男は立ち止った。


「この辺りでいいだろう」


 ざくざくと靴の裏で確かな足場の感触を確かめている兵長がそんな風に呟いた。

 そうは言われても何が()のかわからない。だって本当になーんにも聞かされていないから。ただ、男の醸す空気と雰囲気から二人で平原でピクニックなんて可愛いことがしたいわけじゃないことは伝わっている。

 男の腰には会議室の時には無かった拳銃がぶら下げられていた。兵隊服の上から着こんだコートも、所々に怪しい妙な膨らみが見て取れる。

 街の外へ出る時は用心のために武装する、そんな理由ならこちらとしては嬉しいのだが。


「そういえば名乗ってなかったな。ヴァリミル・ハスキー...気軽にヴァリミル()()()()とでも呼んでくれ」

「ジョークにしては顔が真面目過ぎるぜ、()()()()

「......まあ呼び方なんてなんでも構わないが」


 相変わらず表情が動かないが、男の声のトーンは落ちていた。

 おっさんとはギャグを分かってもらえないと拗ねてしまう生き物なのだ。前世の上司もそうだった、渾身のギャグも世代が違うので若手に全く伝わらず、職場の空気が重くなる。


「嬢ちゃんとカイには説明した話だ。俺たちレジスタンスにはどうしても衝突が避けられない敵が若干二名存在する。こいつらだ」


 男が指で摘まんで見せてきた画質の荒い二枚の写真にはそれぞれ別の男が写り込んでいた。

 鋭い眼付きのバンダナ男と熊みたいな大男。なるほどどちらもただものじゃなさそうだが、正直つい最近神人とやり合ったばかりだからか、あまり苦戦したり手こずったりするようなイメージが湧いてこなかった。

 あの戦いで少し自信が付いたという事でもあるのだろうか。


「バンダナの方が反乱軍のトップで首謀者のユーリー・ヴォルグ。デカいのはゲルマ・グリズ。二人共戦闘経験豊富な傭兵出身で腕が立つ。味方の内は頼もしかったんだがな...」

「で、俺にどうしろと?」

「簡単だ。近いうちに俺らはこいつらとぶつかることになる。お前にはこの二人のどちらかを相手してもらうことになるはずだ。流石の俺でもこいつら二人を同時に相手するのはキツい、かといってレジスタンスには二人のどちらか一方だとしても勝てる見込みのある奴はいない。どうしたもんかと悩み切ってるとお前が現れた...利用しない手は無いだろ」

「......どうにか穏便に済ませられないのか?レジスタンスとはいえおっさんももとはそいつらの仲間だったんだろ?」

「話し合いに応じるような奴が全世界に宣戦布告なんてイカれた真似すると思うか?説得は無理だと思え」


 確かに、全世界に堂々と宣戦布告までかますほどの覚悟を持った男がそうそう簡単に自分の意思を捻じ曲げるとは思えない。

 あの宣戦布告は見方によっては自ら退路を塞いだという事でもある。

 この先自分に何が起こっても引き返せないように。完全にブレーキを取っ払ってしまえば、この先どれだけくじけそうになっても進む以外の道のりと選択肢が無くなっているのだ。背水の陣...今思い返してみると確かに凄まじい覚悟だ。

 このユーリー・ヴォルグとかいう男がどのような道を辿ってその決断に至ったのかには少々興味があるが...。

 というか、いつの間にかそのユーリー・ヴォルグとやらと戦うこと役目を確定させられてないか?まだYESもNOも一切返答してないのに。

 もしやコイツ前世で嫌という程お世話になった人の話を聞かずに自分の話を進めるタイプの上司なのでは?と表情を歪めていると、だ。


「ユーリーは()だ」


 写真をコートの内ポケットにしまいながらヴァリミルは言った。

 まるでポケットから携帯を取り出すような自然な動作でホルスターから抜き取った拳銃を扱い慣れた様子で何やら手の中でカチャカチャと弄りまわすと、アルラの注目がそのヴァリミルの手の中へと集中する。

 見慣れない鳥が頭上の空を通り過ぎていく。

 いつの間にか山の向こうから顔を出し始めた分厚い雲が、沈み始めている日の光に影を落とそうとしている。

 そして、直後に、だ。


「奴は弾丸を異能で操作する。そのために今からこの場でお前に対策を叩き込む...まあ何をするかというとだな...」


 どぱんっ!!?という耳を貫く轟音の後、弾丸がアルラの頭から横2センチを通り過ぎていく。

 不意打ちに耳に残った残響に思わず冷たい汗が額に滲み出る。一瞬遅れてから、改めて目の前で発生した事実を脳みそが理解した。

 な...っ!?と声が出た直後に、改めてヴァリミル・ハスキーは銃を構えた。


「ユーリーに確実に勝てるようになるまで鍛え込む...この俺がな」


 衝撃と同時に体を突き抜けたのは皮膚に弾丸がめり込む感触。

 ぐあっ!?と声が漏れ、走馬灯のように思考が加速した時間の中で弾丸で撃ち抜かれた場所を自覚する。

 左胸、脇腹、首といずれも人体の急所に位置する重要な場所...ぎりぎりで『神花之心アルストロメリア』の強化によるガードが間に合っていなければ弾丸は内臓を抉っていたはずだ。

 銃の衝撃で大きく背後へ吹っ飛ばされながらそう考えたアルラは、ふと異能による思考の加速の中で肉体の違和感に気付いた。

 弾丸の衝撃はあったが痛みが無い...というか()()()。いくら異能で皮膚の耐久と頑強性を強化していても衝撃は突き抜ける、はずだ。

 どざっ!!と一度浮かされたアルラの体が背中から着地した。


「非殺傷弾『赤金貨レッドコイン』...弾速は実弾さながらに、ただし貫通はせず衝撃も抑えられた弾丸だ。当たれば痣くらいは出来るだろうがギリギリのところで異能でガードしたな」

「いきなりすぎるだろ!!そういう説明は撃つ前に―――」

「あの程度の不意打ちも受けきれないようなら奴には勝てん。もっとも最初に手合わせした時点でお前の実力は大体わかった。まず間違いなくユーリーよりゲルマよりもも俺よりも強いよ、お前は」

「ならこれに何の意味が!?」

「ただしルールが設けられたリングの上ではの話だ。()()()()()


 がちゃがちゃと拳銃のマガジンを交換しながら言うヴァリミルに黙らされ、アルラはじっと目を細める。

 今もなお残る非殺傷弾の感触を服の上から撫で下ろしながら立ち上がろうとして、腰を起こした。

 先程の不意打ちから、警戒は怠っていなかった。

 なのに察知が遅れた。

 シュッ!!と、空を切り裂く音がそこにあった。


「っっぶな!?」


 『反射神経はまあまあ』という声を送れて聞いた。 

 ヴァリミルが放った投げナイフは、イナバウアーの様に上体を大きく逸らすことで何とか回避した。が、ここまで連続して不意打ちを喰らわされたのだ、流石にアルラも察しがつく。

 追撃が来る。

 飛び起きて、右足で大きく地面を蹴ることによって発生する反作用。アルラの体がヴァリミルから見て右側へ大きく動いた瞬間、直前までのアルラの位置に『赤金貨レッドコイン』が通り抜けた。


(銃身が伸びてる、いやサイレンサーって奴か!?さっきのリロードの時か、音を消してきやがった!!)


 アルラは戦う相手を観察するのが自分の戦闘における第一歩だと思っている。

 ヴァリミルはリロードのタイミングでサイレンサーを取り付けて、アルラの『射撃には轟音が伴う』という先入観を利用したのだろう。ナイフより先に銃撃を見ていなかったら間違いなく引っかかっていた。

 観察して気付いたこと...ヴァリミル・ハスキーは、いや...きっとユーリー・ヴォルグもゲルマ・グリズもそうなのだろう。彼らは今まで戦ってきたどのタイプとも違う種類の敵なのだ。

 戦士でもなく、勇士でもなく、即ち兵士。

 ダーティープレイはお手の物。不意打ちだろうがなんだろうが迷わず使って勝ちに来る戦場と闘争のエキスパート。戦場を知り尽くした彼等へ対抗するための経験値は、アルラには無いものだ。

 だったら今から獲得するしかない。

 仲間ラミルの生活の平穏を保つために。


「おっと」


 右腕から噴き出した極彩色が弾丸を完全に受け止めたのを見て、ヴァリミルの引き金を引く指の動きが止まる。


「全力でいいんだな?おっさん」

「練習で手を抜く奴は決まって本番で失敗するんだ。来い、俺の顔面に一発でも喰らわせたら合格だ」


 だんっ!!と再びアルラの脚が地を蹴った。

 回避のための左右の移動ではなく、前へ突っ込む直線移動。

 遠距離武器相手に接近戦へと持ち込むのは常套手段だ。正面からの弾丸を異能で固めた両腕でガードしつつ突っ込めば膂力で劣るヴァリミルは回避せざるを得なくなる。固めた両腕はそのまま攻撃に転じ、正面からまともに受ければ文字通り大打撃になる。

 と、目の前の男はここまで考えるはずだ。

 放ったのは極彩色を纏ったパンチ...ではなく、右足による蹴りだった。奴のサイレンサーにならった意識の隙間を縫う攻撃、極彩色を纏っていれば当然その部位の攻撃が来ると身構える。異能による強化が無い分威力では劣るものの、当たらないよりは何倍もマシなはずだ。

 ヴァリミルは顔面目掛けた蹴りがギリギリに迫ってから動いた。

 頭を僅かに後ろへ引いて蹴りを逸らす。変わらず無表情はキープされたままで、視線だけがアルラの全身の筋肉の動きに反応している。

 蹴りの風圧がヴァリミルの前髪を浮かしていた。


「ああ言えばそりゃ狙ってくるよな、頭」


 直後に、蹴りを放った右足を掴まれた。ぐいっ!!と、前方...つまりヴァリミルの方へと引っ張られる。バランスが崩れ視界がブレたと思うと眼前には銃口が付きつけられていた。

 反射的に銃の側面を叩き、ヴァリミルの銃弾があらぬ方向へと飛んでいく。

 アルラは掴まれた足を強引に振りほどきようやく着地する。

 上体を低く、ヴァリミルに見下ろされる体勢でインファイトに持ち込むことで銃を撃たせない。

 ガガガガガガガッッ!!!と、凄まじい数の打撃の応酬が超至近距離で発生していた。

 攻撃力を異能で高めたアルラのパンチやキックを、ヴァリミルは巧みに捌いていく。

 膂力で劣るヴァリミルがアルラの攻撃を的確に捌くことが出来ているのは彼の豊富な経験値もそうだが、力に対して力をぶつけるのではなく力を外へ外へと流す動きに注力しているからだろう。

 右腕によるパンチを左手で掴むと同時に引き込みバランスを崩させ、カウンターの膝蹴りを喰らわせる...といった具合にだ。

 ヴァリミルのカウンターによる僅かなダメージよりも、攻撃を流されることによるストレスがアルラを焦らせる。

 一方でヴァリミルの方はアルラの攻撃を捌きながらパターンの分析を繰り返し、独り言レベルの小さな声で呟いた。

 

「いまいち集中が足りないか」


 そして考える。

 今のアルラ・ラーファから全力を引き出す方法を。出会ったばかりのクソガキを自分たちの元リーダーにぶつけられるだけの経験値を獲得させるために、何をけしかけようかと。

 そうしてしばらく拳を交えながらラミルから得た情報を踏まえて考えた結果、ヴァリミル・ハスキーは思い付く。

 あっさりと決断してしまった。そうだ、地雷を踏み抜いてしまおう、と。

 態勢を立て直そうと両者の距離が広がったタイミングでヴァリミル・ハスキーは勝負を仕掛けた。


「嬢ちゃんから聞いたぜ。強欲の魔王を追ってるんだってな」


 それがアルラ・ラーファの、いわゆる地雷の部分だった。

 身に宿す【憎悪】の罪名の根幹。全ての行動理由の祖、今こうしてこの場にいるのは寄り道にすぎず、本筋はそちらにあるのだと再認識させる地雷中の地雷だ。

 軽く息切れを起こしかけていたアルラが『強欲の魔王』の言葉にぴくりと反応を示したのをヴァリミルは見逃さない。


「......それがどうした」


 何でもかんでも話し過ぎだ、とアルラは思った。

 妖魔族かれらの信用を得るために自分たちが提供できるものを提供したのだろうが、にしてもこの内容はプライベートが過ぎるだろう。

 まさか俺に関連する話は平日昼のワイドショー番組ばりに何でもかんでも全部話しちまったんじゃないだろうなと、なんでもカミングアウト娘ラミル・オー・メイゲルにそんな懸念を浮かべていた時にだった。


「俺が『()()()()()()()()()()()()()...としたら?」


 どぐんと。

 心臓の辺りで得体の知れない鼓動が起こった。



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