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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
216/268

blood & black chain



 糞幼女の噂にたがわぬ暴君っぷりにしてやられた。

 この体内に埋め込まれた『カフス』とやらがある限り異能は自由に使わせてもらえない。即ち万全の状態ならノーモーションで一方的に殺戮できる目の前の椎滝大和にすら、今は手を出すことが出来ないのだ。

 名前の通りのカフス、寿ヶ原小隈という獣にかけられた首輪。間抜けな見物人共の喉元を喰いちぎってやろうにも、鎖が短すぎて届かない。

 嗚呼もどかしい。

 今すぐにでもこいつの胴と頭を切り離してやりたいのに、そのための道具いのうも手元に揃っているというのに、不条理はこにわがその邪魔をする。


「...念のためまた説明しとくけど逃げても無駄だからな」


 飛行船で散々叩きのめしてやった椎滝大和こいつが妙に落ち着いているのもこれのせいだ。野放しのライオンは無差別に人間を恐怖させるが、ライオンが檻の中に居るとわかった途端ライオンはキャラクターとして無慈悲に消費させられるだけのマスコットに成り下がる。

 さながら現状はライオンと調教師の関係。

 サバンナでは敵なしの猛獣も、檻の中で首輪と鎖に繋がれてしまってはどうしようもない。

 やれやれといった風に、椎滝大和は寿ヶ原を見下ろしていた。


「あいつらが言うにはカフスには追跡装置が組み込まれてるらしいし、そもそもカフス箱庭おれらの端末から一定距離離れたら問答無用で全機能がシャットダウンされる仕組みになってる。つまり腕時計こいつの電波の届かないとこだとお前はそこのショーウィンドウのマネキン人形みたいに全く身動きできなく...って」


 いよいよ周囲の一般客からの視線が集まってきた。

 急いでこの場を離れないとまた別の騒ぎになりかねないと思い、どこか落ち着ける場所は無いかと考えていると、正しい呼吸のリズムを取り戻した寿ヶ原がようやく立ち上がっていた。

 制服の上から白衣とかいうおかしな格好にさえ目を瞑ればどこにでもいそうな普通の学生にしか見えないのに、今すぐにでも喉元を喰いちぎってきそうな眼付は相変わらずなのは全く学生らしくないが。

 というより何度も屈辱的なやり取りを繰り返しているせいで、一層憎悪が強まってる気がするのは俺だけなのだろうか。

 寿ヶ原としてもこんな場所で面白がられて見世物になるのはごめんらしい。一度視線だけを動かして辺りの様子を確認すると、こちらに聞こえるように大きく舌打ちしてから苛立ち隠そうともせずに早足でこの場から離れ始めた。

 というか......。


「...荷物持てよ......」


 箱庭の下っ端のささやかな望みは周囲の騒がしい空気の中へ吐き捨てられてしまった。

 足早にその場から離れていく寿ヶ原の背中を追いながら、大和もまたほんの少し前の記憶を脳みそで反芻していた。

  時は数日前。場所はトウオウ、『異』の存在が集う街エイリアンのアジトでのことだった。

 寿ヶ原小隈が意識を取り戻したと聞かされて、安心していいやら不安になるやらで感情がごっちゃになってる真っ最中。突然聞かされた寿ヶ原の『()()()』で腰がだるま落とし見たいに引っこ抜けそうになったのを堪えた直後の、ナンバー2直々の()であった。


『いきなりで悪いけどヤマトあなた寿ヶ原(あのこ)の監視係だから』


 ピコピコという電子音は今トウオウで話題の携帯ゲーム機から発せられていた。なんでもメンバーの一人に自分がいない間に発売されるこのゲーム機を確保していくようにお願いしていたらしく、見た目中学生な栗色癖毛の箱庭のナンバー2シズク・ペンドルゴンはトウオウへ帰還した直後からほとんど毎日のようにゲームに没頭する不健康ガールと化かしてしまっていた。

 ソファーに寝っ転がりながらである。しかもポテチとコーラ完備のパーフェクトコンボと来たもんだ。人と話す時は相手の目を見て話しなさいと思わず説教したくなるぐうたらフォルムのまま何の気なしに発せられた内容は、椎滝大和の思考を停止させるには十分すぎるインパクトを持っていた。


『ちょっ...はぁ!?おまっ、どういうことだよ!?』

『どういうことってそういうことよ。昔馴染みでしょ?仲良くやってね』

『出来るかァ!!つい最近俺のこと殺しに来た奴だぞ!?ライオンとシマウマを同じ檻で飼うようなもんじゃんか!!』

『大丈夫よー長持ちさせるからー』

『最終的には喰われるってことじゃん!!


 反射的に声を荒げた大和に、人の気を知らないシズクは堂々と言い放つばかりだ。


『そんなに心配しなくても大丈夫よ...カフスのこと説明したばかりじゃない』

『寿ヶ原は首輪で繋げば安心できるようなただの猛獣とは違うの!自分の首を一旦切り離して首輪を外してからまたくっつけて襲ってくるタイプの猛獣なんだよ!!つーかついこの前までバチバチに殺し合ってたやつをいきなりスカウトとかあたまおかしいんじゃねーの!?このロリ!!邪悪ロリ!!』

『殴るわよ。グーで。全力で』


 この邪悪ロリのパワーでそんなことされたらお相撲さんの全力張り手を喰らった木綿豆腐より悲惨な姿になりかねないので残念な木綿豆腐の椎滝大和は黙るしかなかった。人間界も自然界同様、結局最後はパワーがものを言わす世界なのだ。

 シズクが言う『カフス』の効力も、それを造った『箱庭』の技術力も信用している。だがいくら理屈で分かっていても、納得できないものは納得できないのだ。観光客向けに造られたガラス張りの吊り橋を、実際には割れないと分かっていても恐怖してしまうのと一緒のことだった。

 『疑念』と『恐れ』は伝播する。

 湯舟で不意に出た鼻血の一滴が一気に水面に広がっていくように。そして一度それが混ざった器の中身は、以前とは全く別物になってしまって戻ることは無い。

 頭で理解しようとして無駄なことも多いのが人間という生き物。思い込みだけで疑念と恐れが完全に取っ払えるなら、この世に差別なんて生まれているはずがない。

 

『本当に大丈夫だから...カフスで異能は封じてあるし、何よりカフス()()()()()()()()()()()はヤマトに設定してあるの。カフスを遠隔で操作するその腕時計みたいな端末は装着者の心拍を常に計測してて、万が一あの娘がヤマトを殺すようなことがあれば端末経由であの娘も死ぬ。リードを握るのはあなたなのよ?』

『...だからって安心できるかよ。これを俺が言うのもなんだけど、あいつにとって俺は一番大切な存在の仇だぞ』

『だからあなたが適任なの』


 妙に含みのある言い方だったと記憶している。

 ようやくゲームをテーブルの上においてこちらを向いたシズクの表情は真剣で、まるでさっきまでのふざけた態度が嘘のようだった。


『あなた、あの()()()()で世に放つつもり?』


 シズクが放ったあの一言の真意をしばらくの間考えていた。

 始めは『あの凶暴な獣を野に解き放つのか?』という意味合いに捉えて、寿ヶ原の危険度だけに目を向けて考えていた。『あの状態の寿ヶ原を世に放って、どれだけの被害が出るのか考えたことはあるのか?』と...まるで寿ヶ原小隈という存在を害獣か何かみたいに、そんな気は無かったとはいえ......。

 けど違った。

 ついさっき...寿ヶ原が()()抑えきれ無い憎悪で襲い掛かってきたことで、ぼんやりと理解出来た気がする。

 全ての始まりだったあの戦争。仲間がたくさん死んだ。苦楽を共にした仲間が...互いに励まし合ってきた多くの仲間が。

 その内の一人に、彼女がいた。

 しずくという名の少女。この世界で何の力も得ることが出来なかった大和を守ることを誓い、最期は自らの異能を大和へと託すことに成功した、ある意味前例のない存在だった。

 彼女は椎滝大和の恋人で寿ヶ原小隈の親友だった。

 寿ヶ原小隈の椎滝大和へ向けられた一方的な因縁は、あそこから地続きで繋がっている。


(...寿ヶ原が俺を憎んでいても、俺が寿ヶ原を憎む理由なんてないんだ)


 それが、とりあえず現状の自分が導き出した答えのようだった。

 恨まれる理由はあっても恨む理由はない。歩み寄るだけで解決できるとも思えないことだし、そりゃ、幼いティファイを兵器として利用しようとしていたのは許せない。最終的にはトウオウを汚染物質で埋め尽くして完全に滅ぼすつもりだったわけだし、そこを切り取れば寿ヶ原小隈という少女は大罪人に違いはない。

 でも、それとこっちの因縁とは話が別だと、そう思う。

 あの戦争のあの場面、()()()は確実に椎滝大和の心を救った。けど、それが精いっぱいで、あの場面に立ち会っていたもう一人の少女を救うことは出来なかった。

 憎しみの先に自分がいるとしても、だ。あの子の代わりに、もし彼女の心から憎しみを取っ払うことが出来たなら、少しはあの子に報いたことになるだろうか。

 彼女ことぶきがはらから最愛あのこを奪った俺が、彼女ことぶきがはらの心を救いたいと願うのは我儘だろうか...?


「おかえりー」


 考え込んでいたら、いつの間にか買い物は終わっていた。

 結局最初から最後まで寿ヶ原の荷物持ちでろくに自分の買い物はさせてもらえなかった。仕方ないので足りないものはまた後日時間を見つけて買い揃えることにする。

 二人でアジトの玄関を潜って聞こえてきた第一声、キャッテリアと周りから呼ばれていたゴスロリ少女だ。ソファーに腰掛けながら夕方アニメに夢中な彼女から頼まれていたファミリーパックのチョコレートをソファー越しに手渡した後に、少し離れたところでシズクが誰かと通話しているのが目に入る。

 盗み聞きするつもりは無かったが話が聞こえてきた。


「悪いけどその依頼は断っておいて、箱庭わたしたちにメリットが無いわ。......報酬はボーダーに達してるって?その陣営に味方したって事実だけで『箱庭』のブランドが下がりかねないわよ、ただでさえ世間はそのニュースにくぎ付けだって言うのに...今後の依頼に響くわ。じゃあよろしくね」


 通話を終えたシズクがこちらに気が付いたようだった。

 頼まれていた、シズク以外に誰も飲んでいなさそうなゲテモノジュースのペットボトルを手渡し、ふと好奇心で尋ねてみる。


「仕事の依頼...断ったのか?」

「あ、聞こえてた?今話題の妖魔族からの依頼が入ったんだけどね...ちょっとメリットデメリットが釣り合ってなさすぎたから」

「はんっ、金さえ積まれりゃ国でも落とすって評判の『箱庭』が仕事を選り好みするなんてね」


 相変わらず不機嫌そうな寿ヶ原が、椅子に腰掛けて缶コーヒーを啜りながら煽るような口調で笑っていた。よっぽど居心地が悪いのか、


「妖魔族って、近々起きるっている噂の戦争に関係が?」

「大有りよ!依頼主は妖魔族の反乱軍の()()()()、戦力増強に『箱庭』のメンバーとブランド力を買いたいって言ってきたらしいわ。断ったのは『箱庭うち』は名の知れた組織で一つ一つの依頼の影響力も高いから。こういう大多数の国家とか社会を敵に回すような依頼は断るようにしてるの、後が面倒だから」

「チッ、暗部組織がいちいち正義の味方ヅラしてんじゃねェよバカ舌ロリが。いくら『箱庭』でもいくつも国を敵に回したら連合組まれて一網打尽にされるってビビってるだけじゃねえのか?」

「次何か言ったら縄で縛って天井から吊るすわよ。エロい感じに」


 流石の寿ヶ原も憎き大和の目の前でエロエロな亀甲縛りで天井から吊るされる覚悟は無いらしい、舌打ちをも呑み込んで心の底から不満げに視線を適当に反らしていた。

 あの寿ヶ原が他人のペースに呑まれているのを見るのは愉快な光景と言えなくも無いが、ここでくすりとでも笑ってしまったら後が怖い。忘れてはならない、彼女は異能が無くても身体能力だけで成人男性くらいならぺしゃんこにできるという事を。いつか心の底からキレた時に道連れ覚悟で畳まれてはかなわない。

 にしても、だ。


(『箱庭』の力を借りようとしてまで、反乱軍のリーダーって奴は一体何をやらかすつもりなんだ......?)



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