表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
215/268

お元気ですか?



 拝啓、遠い地球で暮らす皆さんへ。僕は今日もどうにか元気です。こちらに来て早十年、そう十年にもなるのです。つい最近その十年を共に過ごした仲間たちに背を向けて得体の知れない秘密結社の仲間入りを果たした僕ですが、現在はそっちでの生活含めた人生の中でも過去一に意味の分からない状況にあります。こんな状況に仕立て上げたあのロリ上司はいっぺん熱々のスープで舌全体を火傷すればいいのに。

 そんな手紙をぼんやり頭の中で書き上げたところで、視線が身詰める先の空を一筋の白線が突き抜けた。

 過去では何でもなかった景色でも、こちらの世界では不慣れなモノで、違和感というものはそうそうに拭えるものではないらしい。たかがジェット機だが、今はそれを()として脳みそが情報を処理しようとしているんだから不思議でならない。きっと魔女のほうきとかなら脳みそはそれをごく当たり前の日常として処理するのだろう。

 ぼけーっと空を見上げていた視線をがっくり落として、全然隠れてない秘密結社『箱庭』の()()椎滝大和は大きくため息をついていた。

 事の顛末はこうだ。

 まず、なんやかんやあった飛行船で技術大国トウオウへとやってきた。というのも『箱庭』の本拠地はこの国にあるためだ。その後は電車ともモノレールとも違うヘンテコなカプセル状の乗り物に乗せられて大体30分、トウオウの入口である街を早々に抜け出してやってきたのがここ()()()()()

 一言でいえば都会である。

 エイリアンはトウオウの北東に位置する街の名前で、広さはトウオウの中枢かつ中心かつ心臓部である『セントラル』と変わらない。


「...懐かしい感じの都会っぽさがあって落ち着く......これさえなければ」


 そう零して、体の両脇の床に置いてある大量の紙袋やらビニール袋に目をやった。

 大和は現在トウオウ(こっち)での生活に必要な日用品なんかを買い揃えるため、ショッピングモールに訪れていた。どういうわけか、慣れない土地での『初めてのおつかい』のくせに買い物自体はスムーズに進行している。妙に馴染むのだ、この場の...この街の空気が。

 それはそうとして問題はちゃんとある。

 周囲からの視線である。

 そりゃそうだ、女性用ブランドショップの紙袋を大量に小脇に抱えた男が一人で女性用下着店のすぐ横の壁に寄りかかってれば、好奇やら怪訝やらの目で見られてもおかしくないだろうて。

 言ってしまえば地獄である、逝ってしまいたいくらいに。

 クエスチョン、なんでこうなったでしょうか?

 遡ること昨夜のことである。部屋も決まったことだし、少しずつ生活必需品を揃えていこう...とのんびりした心持ちでくつろいでいたところにロリ上司がやってきて『この前お給料入ったでしょ?生活基盤の形成は早ければ早いほどいいから明日にでもモールに行って来たら?あ、そうそうついでに買い出しは()()()の役目だからついでにお願いね☆』などとのたまいやがった。

 この椎滝大和、実はアジトの壁掛けホワイトボードに買い出し当番の順番が記されているのはちゃんと知っている。それによると今回の当番はあのロリ上司のはずだ。あの上司、新入りが生活用品を買いに行くのでそのついでに...という形で自分のタスクを押し付けやがった。

 ここまではまだいい。()()()()()()()()である。よりにもよって......。


「おい」


 どさっ、と新たな紙袋がまるでボールをぶつけるみたいに乱雑に投げ渡された。

 大和が背中から体重を預けていた壁のすぐ横の店から出てきたソイツが、ある意味大和の溜息を大きく深く連続させた元凶だ。

 元凶の少女は不機嫌そうに一言だけ言い放つ。


「持て、いくぞ」

「......はぁ~~~...」


 心の底からの溜息に、元凶の少女は隠そうともしない舌打ちで敢えて大和を上から威圧する。金髪のポニーテールをふわりと揺らし、容赦ないヤクザキックを椎滝大和へ叩き込む。

 べしっ!!という音と共に大和がひっくり返った。

 大和が抗議の声を上げるより少女が口を開く方が速かった。


「私だって不本意なんだよ。よりにもよってアンタと仲良くお買い物だなんてよォ、虫唾が走るぜ」


 寿ヶ原(ことぶきがはら)小隈(こくま)

 椎滝大和の元クラスメイト、異界の勇者にして錬金術師にして【独善】の罪名を冠する咎人の彼女は絶賛大不機嫌中である。

 椎滝大和ら『箱庭』が乗り込んだトウオウ行きの巨大飛行船タイタンホエール号で寿ヶ原小隈は大きくやらかした。異世界に恨みを持つ『地球出身者』を集め『傷口の蛆虫(ダスターズ・エリニス)』を組織し、ティファイという子供の咎人を利用して、トウオウ全土を()しようと企み、そして大和ら『箱庭』に敗れた。

 これだけの罪を犯した彼女が警察組織に取っ捕まって裁判スルーの死刑宣告を受けていないのは、致命傷を受けて意識を失っていた彼女を『箱庭』が連れ出したからである。しかも大きめのスーツケースに詰め込んで運び出すとかいう人を人とも思わない所業で、だ。

 元は同じ『異界の勇者』とはいえ一度は完全に敵対した相手だ、信用できるわけが無い。向こうはこちらに殺意ガンガンなわけだし、冷たいと言われるかもしれないが、着陸時に駆け付けていたトウオウの警察組織に突き出すという選択肢を投げ捨てた上司にも不満が残っている。

 10対0で悪性。

 善悪で分けるなら、間違いなく悪の少女は悪びれる様子も無く、ショッピングモールの案内板の記憶を頼りに次に立ち寄る店に向かって歩き始めていた。


「......このペースじゃオレの私物揃える前に日が暮れちまうよ、どうして女の買い物ってこうも長いんだ!?」

「...まさか()()()と買い物してるときも同じようなことぼやいたんじゃねえだろうな。優しいあの子に漬け込みやがって糞野郎」

「へーんあいつはお前と違って買い物に時間はかけませんでしたー!『えっ?洋服欲しくないかって?ユ〇クロでよくない?』を地で行く質素で謙虚な子でしたー!」

「気ィ遣われてるだけじゃねえか」


 鼻で笑われたような気がした。

 高校生のお財布事情は厳しいのだ、例え相手が恋人でもブランドもののプレゼントなんて用意しようものなら一瞬で数ヶ月分の小遣い及びバイト代が消し飛んでしまう。

 二人は深い関わりのあった同じ少女を連想していた。

 大和にとっては今の組織のリーダーと同じ名を持つ、古い世界からの付き合いだ。今はもうこの世にいないその少女の存在は寿ヶ原小隈にとっても大きな意味を持つものだった。

 彼女は寿ヶ原の親友だった。

 故に。


「許したわけじゃねえし許す気にすらなれない。今でも思うよ...アンタ如きのためにあの子が死ぬ必要は無かったって。あの子の異能を我が物顔で使ってるアンタを見ると殺意と憎しみ以外の感情がどっか行っちまう」

「......」

「『お前があの子を語るな』ってツラだね。()だけが繋がりの形の最上級だと思うなよ?()だってあの子を想って泣く権利は十分過ぎるくらい持ってるんだよ」


 彼女を死なせてしまった椎滝大和への憎悪は深い。

 十年前、ヘブンライト王国率いる『異界の勇者』と傲慢の魔王軍が正面からぶつかった大戦争。通称『蛮勇戦争』はこの世界の住民にとっても記憶に新しい出来事だ。

 特にこの場の二人は、あの時の光景が毎晩のように悪夢として脳裏に蘇る。

 止められない血液の温かみを両の掌が未だに忘れることが出来ない大和の首根っこを、不意に寿ヶ原の右腕が掴み上げた。

 ぐえっ...!?と思わず情けない声が大和の口から零れ出る。

 寿ヶ原自身の言葉でフラッシュバックしたあの光景と怒りが、いとも簡単に彼女の理性を吹っ飛ばしたが故の行動だった。


「やっぱだめだ、あんたと並んで歩いているっていう現実が受け入れられない。今、この場で、きちんと、殺しておくべきだな」

「......やめ、ろ...!!」

「うるせェ」


 人の目なんてお構いなしだった。

 ショッピングモールの通路のど真ん中...寿ヶ原小隈の背後で()()()()

 正しくは、圧縮された空気が光を捻じ曲げているのだ。

 周囲の空気に加わる圧力を自在に操る寿ヶ原小隈の異能『空圧変換エアロバズーカ』だ。

 圧縮された空気は最初のバランスボールくらいのサイズから、既にサッカーボール程度まで圧縮されている。まともに当てれば鉄筋コンクリートだってへし折る破壊力を秘めている異能の矛先が、吊り上げられた椎滝大和へ向けられる。


「...!!」


 両手の荷物を手放して、寿ヶ原の腕を掴んで呼吸を確保するのに必死だった椎滝大和は、その耳でブオンッ!!という音を聞いた。

 こんな時なのに大和は寿ヶ原の攻撃から逃れる方法に必死に頭を回すのでもなく、予め『箱庭』の技術班、ホード・ナイルから聞かされていた話を思い出していた。

 直後に、弾けた。

 寿ヶ原小隈の背後で徐々に徐々にと圧縮され続けていた空気が、針でつつかれた風船のようにはじけ飛んでしまった。

 そのうえ、だ。


「かっ......は...っ!!?」


 首元を抑えて、呼吸が出来ない苦しみに悶えているのは、寿ヶ原小隈の方だった。

 もちろん、大和が何かをしたわけでもない。例えこの場で少女への暴行の容疑なんかで警備員に取り押さえられて警備室に連れていかれても、モール中あちこちを見張る監視カメラで潔白が証明されるはずだ。

 行き場を失った空気弾は突風へと形を変える。

 空気弾が存在していた空間を中心に吹き荒れる風に腕を顔の前に持っていき、視界を狭めながら、わかりきっていたような口調で大和が呟いた。まるで大雪の次の日に凍った道路ではしゃいで走り回る子供に、『走り回ると転ぶよ』と忠告する親みたいな表情だ。


「......だからやめろって言ったのに」


 やれやれと風圧で吹き飛びかけた荷物を搔き集めた後に、大和は未だ床に這ったたまま声もろくに出せない様子の寿ヶ原に近寄った。

 ひとまず立ち上がらせようと差し出した右手は、ばしん!と振り払われた。呼吸も出来ないはずなのに、よっぽど大和に隙を見せるのが嫌で仕方が無いのだろう。こんな格好でも表情だけは鋭く大和に殺気を浴びせ続けている。

 仕方なく大和が左手首のスマートウォッチに近い形状の腕時計の液晶をスワイプしてみせると、ぶはっ!!?と寿ヶ原は大きく荒れきった呼吸をどうにか取り戻した。


「今日だけで何度目だよ、ホードに説明されただろ。()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()


 ぜえぜえと荒く呼吸を繰り返す寿ヶ原が大和からのその言葉に思わずビデオを再生するように頭の中で思い返したのは、飛行船の一件が完全に終わって、この地で目覚めた直後の記憶だった。

 無機質な白い空間、一定のリズムで機械音を繰り返す心電図モニタが置いてあった。救急タンカより簡素なベッドの上に縛り付けられ、目の前には手術着姿なのにやけに背丈が低い二つの影。そして何より、首と四肢に取り付いて離れない無機質な違和感だ。

 何か言葉を口に出そうとして、瞬間、体が言葉を出力する方法を忘れてしまったかのように機能しなかったのを覚えている。

 幼く聞こえる声は、動けず、喋ることも出来ない私に機械的にこう告げたのだ。


『あなたの肉体は先の戦闘で著しい損傷を受けた。内臓破裂に脊椎損傷、全身の筋断裂...そして一番酷かったのが脊椎の更に内部、()()()()()()


 何を言ってるのかわからなかった。

 実際、その時は痛みすらも感じていなかったし、どちらかというと肉体的には、四肢と首の違和感さえ除けば軽やかな気分すら感じていたというのに。


『まるで正面からロケット砲弾にぶち抜かれたみたいなダメージよ、或いは重機並みのパワーを持った誰かに思いっきり飛び蹴りでも喰らわされたのかしら?処置が遅れていれば間違いなく死んでいたし、そうでなくても何らかの重篤な障害は残ったでしょうね。そうならなかったのはきっとあなたが今も感じている違和感のおかげ』


 ここでようやく全身に力が入ることに気付いた。

 拳を握ることが出来た。首を左右に動かすことが出来た。寝ているだけで背中が痛くなりそうな硬いベッドから上半身を起こすことが出来た。そしてすかさず『空圧変換エアロバズーカ』を声の主に向けた...はずだった。

 だが出ない。

 空気を極限まで圧縮することで灼熱を帯びた砲弾を造り出し、敵へを焼き崩す破壊力は見る影もなく失われていた。


『な、にを...しゃ...がった!?わた...の...から、だ......っ!!』

『だから、言った通りよ。あなたの肉体はもはや再起不能なほどのダメージを抱えていた。だから、私たちが()()()()()()()()のよ。千切れて繋がらない神経は培養幹細胞由来の人工神経に、粉々に砕けて戻らない骨は有機性カーボンロッドに、そして機能を完全に失った脊髄には私たち『箱庭』特製の『カフス』に』

『......カ、フス...!?』


 意味不明な内容の連続だった。

 だが実際、今まで手足を動かすみたいに自在に扱ってた異能は使えない。両の掌を開いたり閉じたり、腰をひねってみたり足の指を動かしてみたり、どれも問題はない。『異能』だけが、まるで肉体から機能を除去されたみたいに力を失っていた。

 そして『カフス』の意味を察した。


カフスはあなたの脊髄と四肢にそれぞれ埋め込んであって、脳みそから送られてくる一部の命令を完全にシャットダウンして肉体に通させない。もう実感したと思うけど今の設定は異能の完全遮断...脳みそから()()使()()という命令だけをピンポイントで取り除いてるわ。無理に『カフス』に対抗しようとすればそれなりのに苦しめられる』


 言葉の通り、首枷。どうしようもない悪党で抑えの利かない私を飼いならすための首輪。これ以上屈辱的な扱いは他にない、陽の光の当たらない地底の底とかにある監獄にでも送られた方がまだましとすら思える。

 だがここまでやって元々は敵だった私を手の内に入れた理由の方は、その時はどう考えても理解できなかった。


『な、にが...もく、て...だっ...!!』


 死んだ組織の情報を欲しがるとは思わない。更に『異界の勇者』絡みなら椎滝大和の保有する情報の方が量も質も高いはずだ。魔法や錬金術なんかの超常技術体系は奴らの専門なのでそういう知識を求めているならこっちに来て十年やそこいらの私を必要とするはずも無い。それともなんだ、脳みそだけ生かしたままホルマリンにでも漬け込んで生体電池にでも使うつもりなのか。

 そんな風に考えうる全ての可能性に思考を巡らせるか弱い私に対して、新しく買ってもらったおもちゃの人形に思わず声を掛ける子供みたいに、あの糞ロリは平然と言い放ちやがったのだ。


『ちょうど下っ端がもう一人欲しいと思ってたのよね。勧誘のためとはいえ『箱庭』としての仕事をあれだけ長いこと休んじゃったわけだし、成果物がヤマトだけってのも私が休んでる間もあくせく働いてた団員からの不満が募ると思うの。だからぶっ倒されて瀕死で選択肢の無いあなたは丁度よかったわ』


 こんなのが上に就く『箱庭』とやらの苦労が、何となくわかったような気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ