運命的遭遇
アルラたちが兵士に案内されたのはどうやら会議室。横長の部屋の中央に細長い木製のテーブルが置かれ、それを囲むように幾つもの椅子が設置されたその部屋には、すでに何人かの兵士が部屋の隅に待機していた。しかもどいつもこいつも銃を携えている。
あからさまに警戒を示すアルラを他所に、ラミルとカイの二人はさっさと席に着いてしまった。
間にテーブルを挟んだ二人の正面の椅子には周りから兵長と呼ばれる男が腰掛ける。
とても戦争を控えているとは思えないような街中の騒音が窓の隙間から漏れ出していた。
「さっさと座れ。それとも立ったまま俺の長話を聞くつもりか」
ラミルが『心配ない』と言うようにこちらに視線を合わせて軽く頷いた。ラミルとカイが間に開けていた席にゆっくり着席すると、背後から女性がお茶の入ったコップを置いてくれた。
薬でも守られているのでは...?と目を細めていると、隣からラミルに声をかけられた。大丈夫ですから、と言うラミルがまず自分のコップのお茶を口に含み安全を証明してみせる。
その一方でカイはもらった側からぐびぐびとお茶を一気に飲み干していた。
「おかわりもらえます?」
「...お前は少し緊張感持てよ」
まあ、おかげで少しは緊張と警戒もほぐれた。
だからと言ってこいつは持たなすぎだが。
「...それで、どうして俺は街に入って早々にこんなところに連れてこられたんだ?何度も言うけど昨晩のアレは正当防衛だぜ」
「そう睨むなよ。今更ながらいきなりふっかけて悪かったな...お前の実力に興味があった。純粋な体術だけで俺とあそこまでやりあえる奴はそう多くない」
「まるで俺を知ってたみたいな口ぶりだな」
「よく知ってるともアルラ・ラーファ。そこの二人から話を聞いていた」
男の話に、アルラは思わず無言で視線を左右へ逸らしていた。
カイはともかく、ラミルが自ら暫定敵とも言える妖魔族の反乱軍にこちらの情報を渡すとは思わなかったからだ。
何か理由があったのか。逸れた後、二人がここに行き着くまでの過程で。
嫌な想像が脳裏をよぎった。
戦争中に兵士が捕虜から情報を抜き取る手段と言えば大昔から相場が決まっている。正方形のデスクを挟んでカツ丼で釣るような生優しいもんじゃ無い、生きたまま最大限の苦痛を与えて命を圧迫するような手段のことだ。
二人の体に目視できる範囲で拷問を受けたような傷跡は無かったはずだ。或いは精神をヤスリですりおろすような尋問にかけられたか。いいや、二人に目の前の男や兵士に恐怖を覚えているような様子は無い。
「アルラさんと逸れた後、私とカイさんは偶然通りかかった妖魔族の偵察船に引き上げられました」
「俺たちが密航...じゃなくて乗り込んでた飛行機、沈んだ残骸をサルベージしにきたんだと。んでとっ捕まった」
「とっ捕まったってお前...」
「しょうがねえだろ?海で凍え死ぬのを避けるには捕まろうが何だろうがあの船に乗るしかなかったんだよ!!それがまさかあんなことになるなんて......」
しーん...と、空気が冷える感じがした。
妙に意味深なカイの言葉に眉をひそめていると、なぜかラミルが居心地の悪そうな表情でモジモジしているのに気づいた。
ますます意味がわからない。
ラミルが何かやらかしたのか?カイじゃなくて?そういう風に口に出そうとした直前で、だ。
「こっちだって想定外だ。海で拾った嬢ちゃん一人に偵察船が丸ごと乗っ取られるなんてよ」
「......は?」
思わず自分の耳を疑った。
何だかありえない話を聞いたような気がした。温厚なラミルが、一人で妖魔族の偵察船を乗っ取ったと言ったのか?
「凄かったぜラミルちゃん、人が変わったみたいに暴れまわってさぁ」
まるで生で特撮ヒーローショーを観た少年のように興奮した口ぶりだ。ならラミルが暴れているその間お前は何していたのだと聞くと、途端に顔を背けやがった。どうせまた端っこで気絶してたに違いない。
どうやら表情に出ていたようだ。
自分を見る目に何か察したのか、カイはすかさず視線を首ごとこちらから逸らしていた。
もはや何も言うまい。
「だいたい暴れ回るって、ラミルお前そういうキャラじゃねぇだろ......」
「私も、その、何が何だか...。その時のことも記憶が曖昧っていうか、あまりよく覚えてなくて......」
火事場の馬鹿力という奴だろうか。
追い詰められて自分でも予想外の力が発揮されるということならなくはないと思う。が、記憶が曖昧になるなんてことは果たしてあり得るのだろうか。
現場を見てないだけあって聞いた話ではイマイチ場面が想像しにくい。
だが、まあ、考え直してみれば、確かにありえない話でもないのかもしれない。
そう思わせるほどにラミルの『世界編集』は万能だからだ。成長の方向性次第では新しい魔王にもなり得るらしいあの異能であれば、偵察船の一隻や二隻は難なく叩きのめせるということか。
ラミルの成長を、アルラはあまり素直に喜ぶ気になれなかった。
というのも、アルラは最初からラミルを自分の周囲で起こる事件に巻き込みたくないと思っているからだ。今回の件だって本当は連れていきたくはなかったのに、彼女が強硬策に出たために連れて行かざるをえなかったのだ。
「......それで、何がどうなって乗っ取った船の所有者と仲良くなったんだ?」
そう尋ねられて、ラミルが少し考えた後に口を開こうとした瞬間、兵長と呼ばれた男の軽い咳払いが聞こえてきた。
「その辺の話は後でお前らだけでやってくれ。話が逸れ過ぎた、さっさと本題に移ろう」
面倒臭そうに男がそう口にすると、最初から部屋に待機していた兵士たちがいきなり動き出す。
何をするのかと思って一瞬警戒したが、彼らは窓際に寄ってブラインドを閉め始めただけだった。その後は部屋から退出したかと思えば、入り口の前で改めて待機態勢に移ったようだ。
扉が閉まる前に、扉の両隣に壁を背にして立つ二人の兵士の姿が目に映った。
まるで今から話す内容を誰かに聞かれたくないような態度だった。
この対応にはラミルやカイも何も聞かされていなかったのか、きょろきょろと首や視線を動かしている。
「アルラ・ラーファ。お前を我々対人類戦線の一員として迎え入れる」
男の何の気無しの発言の意味を理解するのに数秒を要した。
両隣は......アルラほど衝撃を受けたようには見えない。どうやら最初から知っていたらしい反応だった。
となると男の発言にも二人が関わってるに違いない。戦闘におけるアルラの有用性をアピールでもしていたとすれば、出会い頭の『腕試し』もこの受け入れ宣言も合点がいく。
男は最初からアルラ・ラーファ存在を知っていた。
アルラはこれをラミルたちがやむを得ずに情報を渡してしまったと思っていたが、そうじゃなかった。二人はアルラを売ったのではなく売り込んだ。後々合流できた後に、アルラが動きやすくなるように。
思わず心の中でラミルを褒め称えていた。
男の発言に裏が無いなら実に都合がいい。
おかげで今から対人類戦線の懐に潜るために策を弄する必要がなくなったと言うことだ。
妖魔族が起こしたクーデターが戦争に発展するために止めると言う目的に、内部から干渉できるようになったということでもある。
「...おっかねえ名前の組織だなあ」
他人事みたいにカイが呟いていた。
お前も当事者の一人だろうがとツッコミそうになるも、冷たい視線を向けるだけに留めた。
視線を受けたカイがまた情けなく呻く。
「いきなりで困惑しただろうがまあ大体お前の想像した通りだ。そこの二人がお前の立場を作った。手を合わせて実力があるのもわかった。あるモノは全部使うのが俺の主義だ...歓迎しよう」
「......なんでもお見通しなのな」
「五日後に本隊がこちらに合流する手筈になってる。お前には奴らと戦えるようになってもらうぞ...お前は強いが奴らは戦争のプロだ。戦闘じゃなく『戦争』なら妖魔族の中でもダントツだろう」
「おい待て、お前らが本隊じゃなかったのか?対人類戦線の!」
少なくともアルラはそのつもりでここまでやって来たのだ。
街を見て回っても兵士の数と規模は一つの軍隊並みだったし、この街も狭くはない。むしろ、旅の途中で見て回った街の中でも広い部類に入るだろう。それをまるっと駐屯地として扱っているのに......。
「俺らは第一分隊。早い話が様子見と先行が仕事の斥候部隊だ。本隊の規模はここの比じゃない」
「マジかよ...」
「あの、私たちは?何かやることは...」
「そいつのサポートに回ってやれ。お嬢のもそうだがお前らの異能はどれも役にたつ。異能での連携をいくつか考えておくといい、いざという時に役に立つ」
斥候は主に敵の出方や地形の特徴を偵察、管理する役割のことを指す。情報収集が主な仕事内容で、本隊の進む道を決める役割を持つために軍の中でも重要な意味を持っている。
よくよく考えてみると単純な話、ここは地形的に見ると大陸全体としては中央に近い位置にあるが、ログリアという国単位で見れば端の方だ。
そしてログリアは妖魔族が住む土地であり事件の中心地。土地勘も働く彼らにとって最も動きやすいフィールドで、わざわざ本隊を国の端っこに追いやって動きにくくしたり街に駐屯させて目立ちやすくする必要はないわけだ。
国境に近いこの街に駐屯する斥候部隊は他国の情報を収集する役割の他に、いざという時の囮としての役割も持っているのだろう...。
(.........あ?)
...何か、今の会話におかしなところがなかったか?
妙に引っかかる部分があったような気がするが、自然過ぎてそのまま受け流してしまった。まるで魚の小骨が奥歯の間に引っかかってたみたいな、意識するまで気付けないレベルの違和感を感じる。
「あぁ...言ってなかったか」
違和感に小首を傾げているアルラの様子に気付いた男が、思い出したかのように呟いた。
男は相変わらず何の気無しでいい加減でやる気が感じられない。なんでこれで兵長なんてポジションに立たされてるのかが不思議なレベルだ。
片方の腕を机に肘を付けてぽりぽりと頭を掻いていた男はテーブル傍の小皿に盛り付けられたチョコ菓子を摘みながら平然と言い放つ。
重要なことを、まるで今晩のおかずは冷凍のハンバーグですよと旦那にメールするやる気のない主婦みたいないい加減さで。
「俺たちは反戦争派のレジスタンス。お前ら同様...戦争から無関係の妖魔を守るため集まった種族の裏切り者だ」
ひっくり返るかと思った。
今までもなんやかんやでほとんど毎回あったわけだし今回もそういうことはあるんだろうなとは薄々勘付いてはいた...つもりだ。予想外の展開には散々慣れてるつもりだったが、流石にこれは聞いてない。




