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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
213/268

支配のカタチ



 街に足を踏み入れてまず、そこに暮らす人々の生活が目についた。妖魔族によって占領されたという割にはやけに平和だ。そりゃあちこちにミリタリーチックな妖魔族やその支援者が彷徨いてはいるが、もともとこの街に住んでいたらしい住民は彼らを特に気にすることなくごくごく普通に生活している。それどころか、妖魔族の兵士相手に八百屋の親父が笑顔で接客しているくらいだ。

 とても戦時中とは思えないワンシーンにおもわず歩きながら視線が逸れていた。

 『占領された街』という概念はそうそう目にする機会が多いものじゃないが、それでも例えば前世の中高生時代の歴史の授業なんかを通してある程度イメージが固形化している。

 戦争の映像を教材として見せられたのも一度や二度じゃない。当然、その中にも『軍隊に占領された土地』の概念は存在している。映像の中で住民は侵略者である軍隊に、とても平和的ではない扱いを受けていた。

 当然アルラもそういうイメージを抱えながらここまで進んできた訳だが......。


「へいちょーさんこんにちはー」

「へいちょーアレやってー、ぐるぐるー」

「お前らの母ちゃんに『危ないから子供にナイフ格闘術を見せびらかすのはやめてくれ』って言われたからダメだ。他の奴に遊んでもらえ」


 占領区域で何をやってんだコイツは。

 思わずツッコミそうになったのを抑えてその光景を見ていたアルラの横を、遊んでもらえなかった子供達はちぇーっと不満を口にしながら過ぎ去っていく。今のやりとりの一から十まで、全部に違和感しか感じなかった。

 ぶっきらぼうだがフレンドリーな侵略者と、侵略者を受け入れる住民。

 恐怖で支配しているのとも違う、まるで遥か昔からその地域の一部であったかのように彼らが受け入れられているのだ。


「意外か。妖魔族おれらが受け入れられているのが」


 先頭を歩く、兵士たちに兵長と呼ばれていた男がなんの気無しにそう尋ねてきた。

 そりゃ意外に決まってる。

 侵略者が住民に受け入れられている光景なんて、簡略化してみればライオンをシマウマの群れが歓迎してもてなしてるようなものじゃないか。はっきり言って拭えない違和感が景色にこびりついている感じがしてならないのだ。

 改めて周囲を見渡してみる。街の住民らしい子供が兵士に遊んでもらっていた、遠くからその光景をも守る母親らしき女性は心配している素振りすらなかった。


「...まあ」

「もともとこの地域は妖魔の住民も多くて活発な交流があったらしいですよ。私もすんなり受け入れてもらえて...」

「...ところでそのアンバランスな格好はなんなんだラミル。ワンピの上から兵隊服とヘルメットってどんなファッションだよ」

「興味が街から移るのが早くないですか...?これは一般人とそれ以外を区別するために...っとそうでした、アルラさんもこれを」


 そう言って差し出されたのは赤色の布切れだった。ラミルはそれをそのままアルラの右腕にぐるぐると巻き付けて結んでしまう。

 これについての説明はと言うと、


「『妖魔族の味方』の証です。住民と区別するときの目印にもなるのでこの街にいる間はずっとつけておいてください」


 とのことだった。

 よく見れば街のあちこちに同じような布切れを身につけた人間が散見している。

 なるほど彼らが妖魔族の身内のために合流した義勇兵というわけか、と。納得すると同時にその数の多さに無意識に警戒してしまった。

 妖魔族の家族、或いは友人を持ち、今回の宣戦布告に乗っかって集まってきた者たちだ。口でなく彼らは行動に移している、それだけで各々が持つ覚悟が窺い知れる。

 敵に回ったときの厄介さも含めて、だ。

 強い意志と決意を持ち合わせた敵の『強さ』は前回、ビルのてっぺんで嫌と言うほど思い知っている。


(...にしてもラミルのやつ、どうやってこうもうまく潜り込んだんだ。ぜんっぜん警戒されてねぇ)


 そんな風に、すれ違う義勇兵達からまるで近所の家の娘みたいに気楽に声をかけられるラミルを不思議に思っていると、辺りの様子が変わってきた。

 住宅地のような建造物の密集地帯を抜けて、より大きな施設が集まる街の中央へ。

 道の幅も進むうちに広がりいつのまにか二車線道路くらいの横幅になっている。両サイドを建物に挟まれた道の直線上に他より一際大きい建物が見える。

 周りより一際大きな西洋教会じみた建物を取り囲む鉄柵と門の前で男がぴたりと立ち止まった。


「お疲れ様です兵長殿!」


 おう、と男が一声返し、門番が門を押し開ける。教会っぽい建物を中心に、鉄柵の内側には馬を休ませるための厩舎やちょっとした庭のようになっている。

 前世でもこっちでも見たことのないタイプの建物だ。外見状の建物の大きさは小さめの小学校といったところか。

 明らかに妖魔の軍が駐屯ちゅうとんする基地だろうに、なぜか中庭では子供達の遊び相手をしている妖魔族の兵士なんかもいたりするのが余計アルラを混乱させていた。

 兵士はどいつもこいつも、すれ違うたびに兵長とやらに挨拶か敬礼を返している。


「商人ギルドだ」


 扉を潜る寸前で、男が呟くように口にした。

 曰く。


「古来からこの大陸は自然豊かな商人の聖地。ギルドはその商売にルールを設けて商人同士のいざこざを防ぐ役割がある。最近じゃ持て余した土地を他国や個人に貸し出し売りつける商売に苦労してるようだがな」


 ギギギィ...と両開きの扉を男が押し開ける。

 木製の扉の奥に役所のような内装をちらりと視界に写した途端、遮るように凄い勢いの何かが飛び出した。

 真正面にいた男は身を一歩引き半身を逸らして避けるも、男の背後に突っ立っていたアルラは、どがっっ!!と正面から思いっきりぶつかってしまう。

 ぐえっ!?と思わず間抜けな声が漏れる。

 急に衝撃を受けた上体が大きく仰け反って尻餅をついた。

 飛び出してきた物体も建物の中と外の境界で倒れていた。あいてててて...と小さく声を漏らし、ぶつけた頭をさすりながら、だ。

 両者が、同時に相手を認識した。


「アルラ!」

「お前ェ!!」

「ちょまっいだだだだだだだ髪はっ、髪はやめていだだだだ!!」


 逆立つ短髪、長身。

 知り合って間も無くにアルラとラミルと共に(なぜかついてきて)大陸へ渡り、そのまま逸れていたカイ・アテナミルその人だ。

 自らを咎人と称する割には頼りない青年が目の端にうっすら涙を浮かべているのは心配からか、はたまた毛髪を鷲掴みに引っ張り上げられていることへの痛みからか。

 当然アルラも『ラミルがいるならこいつもいるんだろうな』とたかを括っていたが、同じくらい『ぶっちゃけいてもいなくてな...』とも思っていたのだ。ラミル登場の時より反応が薄いのはそのためである。

 だって仕方ないじゃない。こいつに関しては情けない姿しか見たことがないんだもの。


「お前が到着したって通信兵さんに聞いて...オレぁもう心配で心配で...あのまま海で溺れ死んじまったんじゃないかといででででででで!!」

「逸れた直後、カイさんは何度も海に潜ってアルラさんを探してたんですよ」

「いでででででいいからそろそろ離してっ!!毛根が、毛根が老後までもたなくなる!!」


 いくら自分の目的を達成するのに必要とは言え、知り合ったばかりの他人のために冬直前の海にダイビングを繰り返すような馬鹿げた真似は、普通の人間なら絶対にしない。

 よっぽど目的への執念が強いか、お人好しが過ぎるかのどっちかだ。理由がどちらにせよ、そんな後先考えず自分の命を躊躇なく天秤にかけれるような奴は馬鹿に変わりはない。

 ...そして思ってた以上にカイは馬鹿だったようだ。

 海に潜ってまで自分を探してくれたと言うラミルからの弁護に免じて毛根を解放してやると、ブブブブブ...という微かなバイブレーション音が彼の胸元から聞こえることに気がついた。


「おいお前、それって」

「あいてててて...ん?ああ、潜った時にお前は見つけられなかったけど、なんとかコイツは回収できたんだ。ほら」


 ほら、とカイから手渡されたのは黒い円盤型の液晶端末......つまり、アルラが無くしたと思い込んでいた情報端末『ウィア』だった。

 受け取った手の中でブルルル!!とウィアの端末が振動している。同時に、黒一色だった液晶画面に光が灯り、なにやらプログラムが上から下へズズズイと流れ続けていた。


「やっぱりアルラが持ち主って設定されてるんだろうな。オレらじゃうんともすんとも言わなかったのに」

「ウィア......」

「......なんかアルラ、オレとの再会より喜んでない?なあオイ!お前の中の優先度でオレは何番目なんだ!?」

「付き合いの長さの問題じゃないですか?」

「いつまでくっちゃべってんだ。早く中に入れ」



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