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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
212/268

不意打ちの出会い



 一触即発、それ以外にこの空気をどう表現できようか。

 銃を向けるという行為は無論、敵対の意思を示す行為だ。或いは最大級の警戒、自身を守るため相手の命を脅かし脅す行為...いずれにせよ好意的ではないことだけは確かだった。

 それが無数に、だ。

 無数の銃口、すなわち無数の敵意が二人を正面から貫いていた。

 思わず冷や汗が皮膚を伝う。


「『敵が味方か』だぁ...?銃を人に向けながら聞くことじゃねえだろ」

「悪いな、こっちも色々立て込んでる。お茶出してソファで接待出来るほど悠長にしてられない」


 男がそう言いながらスッと片手を上げると、ジャキジャキッッ!!という機械的な音と共に無数の銃口の先端が数歩前に出たアルラ一人に向けられた。

 後ろではシャハトがヒィッ!?と情けない声を漏らしてる。


「『敵』か『味方』か、だ。それ以上は聞かない、知る必要もない」

「被害者ぶりやがってふざけんなクソジジイ。あれは正当防衛、そっちが仕掛けてきたから撃退しただけだろうが!」

「気性が荒いなボサボサ頭。報告にあった咎人ってのはお前の方か?そっちで固まってるガキの方はとても戦えるようには見えん」


 すぅ...ハァー...と男のため息混じりの呼吸が冷たい空気の中に溶けていく。

 何故か男の周囲で銃を構える兵士たちの方がざわつき始めていた。

 台風が直撃する直前、強風に木の葉が騒ぎ出すように。


「どっちみちな」


 キンッ...と。

 男がベルトに引っ掛けていたケースから、コンバットナイフを引き抜いた音だった。

 真っ黒なコンバットナイフの持ち手には所々細かな傷が刻まれている。よっぽど使い込んでいるのだろう、しかし刃の部分には一切の傷も汚れも無く、手入れが行き届いていることが見て取れる。

 何より、だ。

 態度と同時に圧が変わった。

 淡々と必要事項だけを述べる機械のような男の醸す空気に、明確な敵意が加わった。


「斥候連中も雑魚じゃない。それなりの経験を積ませた一人前の兵隊だ、そいつを咎人とはいえたった一人で撃退できるような奴を放って置くわけにはいかない。『銃を人に向けながら聞くことじゃない』とか抜かしてたが咎人を丸腰で出迎えろって方が横暴ってもんだぜ。俺たちゃ無力な一般市民サマなんだからなあ」


 何が一般人だ、とアルラは思った。

 男が逆手で握るナイフに、視界を釘付けにさせられている。今まで戦ってきた誰とも違うタイプだと、直感が告げていた。


「いくぜ」


 あっさりと開戦が告げられた瞬間、ナイフだけがアルラの視界の中に取り残されていた。

 一瞬、思考が混濁する。

 理解の追いつかない現象を無理やり理解しようとして、無駄なリソースが割り振られる。

 ズゴンッ!!と。

 アルラの頭部へ下から突き抜ける衝撃があった。


「ぐあ...ッ!?」


 ナイフへ注目の全てを集めることによってアルラの視界の下へ抜けた男の、右足による横蹴り。顎を強く撃ち抜かれながらも意識はまだここにある、足は地面から浮かされたが問題なく着地できる。

 しかし決して油断などしていなかったのに不意を突かれたという事実が、肉体とは関係のない確かなダメージを残している。

 そう...油断はなかった。

 全ての五感を動員した上で最大限警戒していたのを、奴はただ道を歩くような気軽さですり抜けてきたのだ。

 空中へ置くように放り捨てられたナイフを男が再び手に取り、そのままクルクルと片手で回しながら呟いていた。


「後ろに飛んで衝撃殺したか。悪く無い判断だ」


 アルラの中での目の前の男に対する警戒度が格段に跳ね上がったのも束の間、両者が激しく交差する。

 アルラの右脚による上段蹴りを首を傾けるだけで簡単に躱してみせると、男は伸び切ったアルラの脚に沿うようにして一瞬で間合いを詰め切った。

 おそらく狙いは胴体。

 黒鉄のコンバットナイフが躍る。

 瞬間、直前。

 腰を反時計回りで強力に捻ったことで、初弾に繰り出したアルラの右脚は地面に深く突き刺さっていた。

 杭のように突き刺した右脚はその直後、軸足に転ずる。

 空いた左脚と腰の捻りによる反動をそのままに利用した後ろ回し蹴りが男を捉えた。

 ドカッ!!と、男の体が大きく吹き飛ぶ。

 ......いいや、脚に返ってくるはずの反作用が足りない。()()()()()


「おー痛ぇ。人の脚力じゃないな」


 難なく着地した後に、男はガードした両腕をぶらぶらと回しながらそんな風に言っていた。

 一方で。


(ガードの両腕ごとへし折るつもりで蹴り付けたのに)


 いつの間にか左脚に赤い線が奔っている。

 後ろ回し蹴りのタイミングで切り付けられたらしい。傷は浅いがこれだけで相手の技量が窺い知れる。

 両者が同時に間合いを詰めた。

 突き出されたナイフを握る腕を両手で掴み取り、背負い投げのような姿勢で勢いよく放り投げた。男は受け身を取るでもなく、自ら体を捻って足から着地する。着地した足が軽く地面にめり込むほどの衝撃をこの男は簡単にいなしている。

 即座に握り込んでいた両手が振り払われた。

 横腹への蹴りが突き刺さり、アルラの重心がブレる。容赦のない腹パンチに鳩尾を捉えられて、体がくの字に折れ曲がった。

 いいや、自ら体を折り曲げてそう見せたのだ。再びアルラの右手が男の腕を掴んだ。

 ぐいっ!!と引き寄せる。

 大きくのけぞらせた上半身の一点に力を集約させる。攻撃と呼ぶにはいささか泥臭い、しかし絶大な威力の頭突きが男の顔面に叩き込まれた。

 ...が。


(間に腕を挟んで威力を抑えた!?嘘だろ!?)


「お前ら下がってろ邪魔だ」

「しかし兵長...!」

「どっちみちアレはお前らの手に負えるタマじゃねえぞ。俺じゃなきゃとっくに死んでる」


 最後の一言が効いたのか銃持ちの兵士たちがそそくさと二人から離れてく。

 視線は目の前の男から逸らさず、同様にアルラも離れてろとシャハトへ声をかけた。

 二人の半径10メートルから他人が消える。

 二人の間合いが可視化されたかのように圧力を帯び始める。ここに入ったら危険、近づくと命はないと空間そのものが告げているかのように、いつの間にか集まっていた群衆がじりじりと後退しようとしている。

 肉体は寒さを感じないほどに昂っている。

 最初の横蹴りで口の中を切ったらしく、口内に鉄錆の味覚が広がっていた。

 数秒後にまた激突する。

 予測ではなく確信、既にアルラのは頭の中で目の前の男を撃破するためのプランがいくつも組み立て始めている。ナイフを用いた近接戦闘型...接近戦ならこちらの土俵だ。今度はガードごと骨をぶち抜く力で拳を打ち込んでやると拳を固める。

 いつものように、眼に映る景色から敵以外の全てが抜け落ち始めていた。

 

「ちょっ、通しっ通してください!通して...っ」


 不意に、群衆の中にそんな声が小さく聞こえてきた。

 不思議なことに、敵へ集中させているはずの意識がどういうわけかその声に分散してしまう、無意識で視線がその声の方向へ動いたのだ。その理由をアルラは直後に理解する。

 姿を見て、瞬間、硬直してしまうのも無理はない。


「あぁっ!やっぱり!!」


 集まってきていた群衆と兵士を掻き分けて出てきたのは、ウェーブの掛かった白銀髪を腰の辺りまで伸ばした見覚えのある少女だった。

 ただ、いつもと服装が違う。

 いつものマリンワンピースの上から迷彩ベストを着込み、髪は後ろで纏めて軍用ヘルメットを浅く被っていた。靴もよく見たら雪山仕様のゴツいブーツみたいなのを履いている、体格の差のせいで全体的に違和感が強い。


「.........ラミル!?」


 ラミル・オー・メイゲル。

 駆け寄ってきた妖魔族の少女の声には心配と安心の両方が滲み出ていた。ラミルはよほど心配してくれていたのか半泣きだ。もちろんアルラも彼女の姿を見てとりあえず安心できたが、それより『何故』の疑問の方がまさってしまっている。


「なんでお前ここに...」

「ずっと探してたんですよアルラさんのことを!心配したんですから!」


 思わず出した声も彼女がここにいる理由を尋ねていた。

 ざわざわと別の意味で騒ぎが広がる中、兵長と呼ばれてた男はナイフを鞘にしまうと、腰に手を当てて小さく息を吐く。

 そのままナイフを放り捨てるように部下へ投げ渡したのはアルラへの敵意無しを示すためだろう。そのまま無造作に二人へ近づいて、全身で警戒を示すアルラの目を見ながら男が尋ねた。


「なんだ嬢ちゃんの知り合いか」

「はぐれていた仲間です。妖魔族わたしたちの敵ではありません」


 気のない目で真っ直ぐに射抜いてくる。

 まるで目利きするような視線に身構えた。いつでも拳か蹴りを叩き込めるように、


「そっちの子供だけ連れてけ。こいつは俺が預かる」

「あっ、おい!シャハト!!」

「心配するな話を聞くだけだ。用が済んだら解放する」


 ほとんど放心状態のシャハトが兵士たちに連れてかれていく。それを止めようとして、逆にラミルに静止された。

 大丈夫だから、と。彼女のこちらを見る瞳がそんな風に強く主張している。

 ラミルがここでどんな立ち位置に成り上がったのかは知らないが、先ほどまで銃を向けていた兵士たちは、ラミルの言葉を聞いた男が視線を送っただけでその銃口を下ろしている。それどころかこちらを包囲していた兵士はもうどこかへ散らばり始めている。

 相変わらず情報が不足している。

 ひとまずの危機は去った...と考えていいのか。困惑の最中にあるアルラに向かって、兵長と呼ばれていた男は。


「ついてこい。()()()を見せてやる」


 そう声をかけて歩き始めた。

 そしてラミルが男の背中を追いかけるように、アルラの手を引いて歩き始める。

 男の短い言葉の意味を、アルラは計りかねていた。



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