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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
207/268

国境線



 旅商人シャハトと分かれ、アルラは一人で街を歩いていた。

 そこそこ大きな街というだけあって人の数自体はなかなかに多いのだが、街の雰囲気は何処か暗いと言わざるを得ないだろう。簡単に言えば活気がない。

 普段は外商が声を張り上げ客で賑わうという広場を見に行っても、見つけたのはくたびれた老人や野良犬。街の人々もまるで出来るだけ外に居たくないと言った様子で、外に出ている人々は最低限の用事を済ませてそそくさと家に入ってしまっているらしい。


「あんた...旅の人かい?ならさっさとこんなとこは逃げちまった方がいいよ。お隣が戦争だっていうもんだからみんな気が気じゃないんだ、すぐ北に国境があるから猶更ね...」


 そう教えてくれた広場のくたびれたお爺さんに一言礼を済ませ、次に向かったのは街の商店街だった。

 やはりと言ったところかほとんどの店が休業中らしく、生活が苦しい一部の店だけが生きるために仕方なく店を開いているようだった。

 昼時という事で多少客は入っているようだ。適当な店をみつけて昼食を取ることに決めると、アルラは最寄りの魚の串焼きの店の店頭販売で。


「おっちゃん、一本ね」


 手早く(盗賊から巻き上げた金で)支払いを済ませると、客も少なく暇なのか、その場で魚の串焼きを頬張り始めようとしたアルラに店主が声を掛けてきた。


「見ない顔だね、旅の人かい?」


 店主の視線は何というか、好奇心と懐疑心が入り混じったような複雑な感情が感じられた。

 別に用事もないので串焼きを頬張りながら受け答えることにした。運が良ければ戦争についてまだ知らない情報が手に入るかもしれない、そうでなくても、現地の住人の現状には興味があったのだ。


「ログリアに用があってトウオウから渡って来たんだ。おっ、旨いなこれ」

「......ログリアに?兄ちゃんまさか妖魔族の戦争に加わろうっていう義勇兵じゃないだろうね。戦えるようには見えないが」


 ざわっ...!と。

 ログリア、妖魔族というワードが彼の口から出た途端に、周囲からの意識が殺到した感じがした。食品を買い求めにきた主婦、他店の店主、退屈な街での遊び相手を探していた子供までもだ。

 面倒事を持ち込むなとでも言いたげな彼らの視線が突き刺さる中、流石に『戦争に用があってやってきた』とは答えられない。

 とっさに適当な言い訳を考えだして吐き出すと、それまで全身に突き刺さるように感じていた視線はあっという間に散っていく。


「違う、なんていうかその...ログリアに親族が居る。戦争が始まる前に避難させようと思って迎えに...」

「なんだそうだったのか、ならさっさとそいつを連れてこの大陸から逃げた方がいい。一刻も早くだ」


 ぱさぱさで熱々の魚を頬張ると、店主はそんなアルラを『呑気な奴だな』とでも言いたげな表情で見つめてきた。

 どんな状況でも人類皆腹は減るものだ。持ち金と値段を見比べながらもう一本註文するかと考えるが、今後のことを考えて節約に徹することにする。

 店主がやけに強調するのは、彼もこの一連の騒動に相当うんざりさせられているからか。

 あの宣戦布告からたったの数日。話を聞けばその数日の間に何度も街には来客があったらしい。それも、とても歓迎できないような客の来客が。


「この街は国境のすぐそばだ、戦争が始まればただじゃすまない。ここ数日の客の殆どがログリア国軍の兵士だよ、それかどさくさに紛れた盗賊。すぐに捕まったけどね」

「むぐむぐ...ログリアの兵士?お隣さんとは言えなんでこの国まで...むぐむぐ」

「一昨日ログリアとヴォルガルダ(ウチの国)が協力体制を敷いたことを発表したんだ。この街は妖魔族の進軍を阻む防衛拠点に使われることが決定したのさ。街の民間人には避難命令、三日もすりゃここは兵士しかいなくなるよ」

「......それでみんな、さっさと生活必需品を買いあさってたのか。今後の生活に備えるために」


 道理で街の人々の様子がおかしいわけだ。

 これから始まるかもしれない戦争怯えていたのではなく、今後の先が見えない自分たちの避難生活に焦っていたのだ。他所からの商人も減って、しかし街にはいくらでも人がいる。食べ物、薬、最低限の衣服や日用品なんかの必要だが量に限りがあるモノは殆ど争奪戦になっただろう。

 恐らく今街にいる人々はスタートダッシュに出遅れた人たちで、避難命令を聞いてさっさと身支度を済ませた住人はとっくに街を抜け出している。今いる人たちは出遅れたがために街中を駆け回って必要品を買いあさり、準備が整い次第自分たちも街を脱出する気なのだろう。


「そういうこった、長居してもいいことなんかない。用事を済ませてさっさと自分の家に帰るこったな。ウチももうじき店じまいだ」

「......まいったな、こりゃもう国境越えは無理か...?いや、でもうーん...」

「いや、実はそういうわけでもないんだ」

 

 そういった店主はレジカウンターから身を乗り出して、商店街を抜けた先の道の奥を指で指し示した。


「この道の先にデカい石造りの建物が見えるだろ?ありゃヴォルガルダの国境警備隊の基地で、ログリアへの入国を管理してるんだが」

「流石に今の時期の入国は許可されないだろ」

「家族を向こうに残してきた商人だとか、要は妖魔族側の勢力に味方しようって連中じゃないことさえ証明できれば例外で入国できるんだよ。入国後の命の保証はしないって条件付きでな」


 だとしたらアルラにとっては非常に都合がいい。

 まあ既に密入国者なのでもう一度くらいともしもの時に備えてはいたが、何事も無く穏便に入国できるならそれに越したことは無い。密入国に失敗して捕まった時の心配が無いのなら、そっちを選ばない手は無いだろう。

 思わぬところでよい情報が得られたことに喜びつつ、善は急げと魚の串焼きをパクリと一気に平らげる。串焼き屋の店主に礼を言うと、残った串を傍にあったゴミ箱に投げ入れて早速走り出そうとして、しかし思い出したかのように振り返って尋ねた。


「そうだ、この辺でこんくらいの背丈の妖魔族の女の子と短髪で長身の男を見かけなかったか?探してるんだ」

「見てないけど、妖魔族って...」

「ああいや、知らないならいいんだ。ご馳走さん」


 やはりと言ったところか、同じような質問を他に何回か繰り返してはいたが二人の情報は得られなかった。ラミルとカイはこの街には来ていないという事だろう。

 既にログリアへ入国を済ませているのか、はたまたアルラよりも遅れてこちらへ向かっているのかはわからないが、後者だとするなら二人を待っている時間は無い。

 二人のことは常に気がかりではあるが、今は前に進むことだけを考えなければ。


(せめて連絡手段があれば...俺もラミルも携帯なんて持ってないし。真面目に購入を検討しなきゃかあ...?)


 我が故郷日本が恋しい。

 現代人が携帯電話を肌身離さず持ち歩く理由が今は完璧なまでに理解できる気がする。先方からのいつ来るかもわからない連絡や上司からの無茶ぶりに怯えていたあの頃は携帯電話に恨みすらも抱いていたが、今となってはいい思い出...なのか?ともかく連絡手段のありがたみが嫌という程わかる今日この頃だ。

 通信魔法なんかも手段の一つではあるが、残念ながら先天的に空気中のマ素から魔力を生成できない体質のアルラは魔法を扱えない。『神花之心アルストロメリア』で体の魔力生成能力を0から1以上に強化してやればどうにか魔法を使えないことも無いのだが、コストが馬鹿にならないので結局実用的じゃなかったりする。

 早足で目的の建物に辿り着くと、建物の入り口に何やら騒がしい人混みが出来ていた。

 集まっている人のほとんどがログリアへの入国希望者らしく、人混みの外から聞き耳を立てているとどうやら申請が通らなかった人たちが集まって猛抗議しているらしい。


向こう(ログリア)に商品を残しているんだ!!入国できない間にダメになっちまったら入国管理局おまえらを訴えてやる!!」

「私だって取引の報告書を持って帰らないといけないのよ!これを提出し損ねたらお給料が貰えないわ!!」

「だから何度も言っているだろう!!ログリアへ渡りたいのであれば申請書を通し自分が義勇兵志願者でないことを証明しろ!!」


 などなどともめにもめているようだ。

 触らぬ神に祟りなし、連中を避けて何とか申請までこぎ着けないかと模索するも、職員もみんな彼らの相手で手一杯なようだ。こうなっては騒動が収まらない限りアルラの順番が回ってくることは無いだろう。

 どうしたものか集団から一歩引いたところでと頭を抱えていると、建物の入口に目が行った。

 何やら人影が外の様子をちらちらと伺いながら今か今かと外に出るタイミングを計っているように見える。

 何やってるんだ?、とアルラが疑問に思っている内に人影が外に飛び出した。

 そそくさと紙切れ一枚を大事そうに両手で持ちながら人混みの脇を抜けていく少年の姿を発見し、見覚えのある顔に思わず声を掛けた。


「シャハト?」


 ビクッ!!と後ろから肩を叩かれた少年の体が縦に跳ねる。

 慌てた様子で振り返った先に居たのがアルラだという事を確認した途端にシャハトはほっと小さく息を吐いていた。

 手にしている紙切れに何かやましいことでもあるのかと思いアルラがちらりと盗み見しようとすると、どうやらそれは判が押された申請書のようだった。

 ちょいちょいと手招きされるがままに後ろをついていき、建物と建物の間の細い路地に入る。

 周囲に人がいないのを確認した後に、ようやくシャハトが口を開いた。


「ほっ...よかった、誰もいませんね。あ、アルラさんも入国の申請を取りに来たんですか?」

「あ、ああ。というかシャハトお前何をそんなにビクついてんだ?さっきからキョロキョロキョロキョロ辺りを見回して、その申請書にやましいことでも?」

「あ、ありませんよ!...そ、外の集団を見たでしょう?申請書これが見つかったらどんな酷い目に合うかわかりませんから。商人が盗賊以上に恐れるのは商人って、知ってます?」


 なるほど、確かに揉めてた集団の中には護衛らしき人物もちらほら見えたし、盗んででも申請書を手に入れようとする輩が出てきてもおかしくないわけだ。

 彼等も生活が懸かってるだけあって必死になっている。追い詰められた人が何をしでかすかわからないのはまさにその通りだし、今まさに揉めてる連中の横で『申請通ったワーイ!』なんて騒ごうものなら彼らの神経を逆なですることになる。ダイエット中の女子の横で特大スイーツパフェをこれ見よがしに食べて見せるように。背中から刺されても文句は言えない。


「にしてもよく申請が通ったな」


 アルラがそう尋ねると、シャハトは申請書を両手で胸の前に持つと、何処か少し自慢げに語った。


「僕、結構この街では顔が広いというか、融通が利くんですよ。今までに何度も訪れていて人脈もありますし、だから申請書もこの通り」

「.........ん?そういえば今更だけど、シャハトもログリアに向かうのか?確かこの仕事が終わったら国外へとか言ってたよな」

「向かうというより()、ですね。実は家がログリアにありまして、大陸の外に出ようにもこの辺に港は無いですし、いったん帰って当面の生活費と必需品を取り揃えてからログリアの避難船で大陸外に逃げることにしたんです。当初の予定ではこの街で仕事の報酬を受け取って、そのお金でヴォルガルダの港町から逃げるつもりだったんですけど...」

「...けど?」

「と、取引先の手違いで報酬が今すぐ支払えないとこのことで、そのお金を当てにしてた僕はいきなり出鼻をくじかれる結果になりまして...はは......はぁ...」


 なんともまあ不幸というか哀れというか、こういうガチ落ち込みの相手に対してどう言葉を投げかければいいのかわからず、アルラも反応に困ってしまった。思わず苦笑いで受け取るしかない、だって明るく『ドンマイ!』とか声掛けれる雰囲気じゃないし。



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