痕跡
「なんがぞの、ずびばべんでじだ...!!」
盗賊団の頭領と思しきスキンヘッドがそう言いながらヘコヘコと頭を下げていた。正座で。
他に動ける盗賊はいない。大半はアルラによって血の海に沈められ、そうではない者は意識こそ保っていても恐怖とダメージのあまりその場から動けないようだ。
こんなはずじゃなかったという空気が、がくがくと体を震わせるスキンヘッドから立ち上っている。
不幸な旅の一般人に意気揚々と襲い掛かったと思えば、次の瞬間には屍の山が築き上がっていたのだ。どっちが不幸だったのか、彼らも今更思い知ったようだった。
無法者は法に守られない。
捕まって奴隷に身を落とされようが、金品を強奪されようが、自らが法を無視している以上無法者は泣き寝入りするしかないのだ。犯罪への抑止力としてこれ以上のルールはない。
万年金欠のくせに腕っぷしだけはたつアルラにとっても、このルールは非常に都合が良かった。
相手が盗賊なら、何をどれだけ奪っても何の問題もないから。
「うーん、盗賊にも不景気とかあんのかな?」
盗賊から逆に巻き上げた金品を精算しながら、アルラがなんの気なしに呟いた。
盗賊団が所持していたものといえばちょっとの現金と食料くらいで、あとは古いカトラスや錆びついたナイフといった武器の類。これでは確かに大した収穫とはいえないだろう。
ビクッ!とスキンヘッドの肩が跳ねる。
赦しを請う間もなく鉄拳が顔面に炸裂し、水っぽい音と共にスキンヘッドは倒れて動かなくなった。
「さて、と」
興味の対象が他所に移る。
乱闘が始まるや否や荷台の影に隠れて息を潜めていた商人が、そそくさと馬を走らせる準備を始めていたことにはもちろん気付いてる。
逃す気はない。というか、彼に逃げられるわけにはいかない。
元より人里へ降りることが目標で、盗賊へのたかりはなし崩し的に起こってしまっただけだ。
言っては悪いが、彼が盗賊に絡まれていたのはアルラにとっては好都合。
お陰で馬車にも追い付けたし思わぬ収入もあった、盗賊を倒したことで彼への恩もできたはずだ。少しくらい要求したってバチは当たるまい。
大丈夫か?と一声かけようと近付くと、商人は涙目で両手と声を張り上げた。
「ひいぃお金も荷物も渡しますからどうか命だけはぁ!!」
「...おいおい、俺まで賊扱いかよ」
やってることはかなりそれと近しいのでグレーゾーンである。
へ?と予想外とでも言うような反応を示した商人に何とか自分が盗賊の類の人間ではないことを説明すると、彼は慌てて頭を下げてきた。
「し、失礼しました!なんとお礼を言ったらいいか...僕はこの大陸で旅商人をしている者で...シャハトと申します」
「......その歳で、一人でか?商人ってんなら護衛の二人や三人、普通は引き連れるもんだろ」
「ええまあ、普段は街で護衛を雇うのですが妖魔族の起こした騒動でその...街の人たちがみんな他所の国に逃げてしまいまして...へへへ」
「護衛が見つからなかったわけか」
「この荷台の荷物を届ける仕事だけはどうしても放棄するわけにはいかなくて、終わったら僕も国外へと思っていたのですが案の定賊に見つかってしまいまして」
そこに偶然アルラが通りかかったと言うわけか。
にしてもこれを運ぶだけの仕事が、わざわざ危険を承知で行う価値があるほどなのだろうか?商人というくらいなのだから信用が大事だというのはわかるが、現状が現状なのだからこんな時くらい逃げ出しても誰も責めないだろうに。
横目に荷台の中を覗いてみると、木箱やら樽桶やらが所狭しと詰め込まれているのがわかる。
よくよく注意してみると薬草のような強い香りも感じるし、取扱注意を示すシールが貼ってあるものもちらほら見える。どの品物も値が張りそうだ、これじゃ盗賊に目を付けられて当然か。
それより、シャハトと名乗った彼が気になることを言っていた。
街の住人が妖魔族を恐れて逃げ出した......とか何とか。
「国外へ逃げた...ってことは、ここはやっぱり北東の大陸な訳か」
「?」
「いや、こっちの話」
これで、ここがアルラたち三人が目指していた、妖魔族の本拠地が存在するログリア国が含まれた大陸の何処かだということが確定した。
ひとまず、一人だけどこか遠くの全く知らない場所に流れ着いたなんてことがなかったことに安心できる。
「あの...宜しければお名前を...?」
「ん?俺はアルラ、アルラ・ラーファ」
「アルラさんですね、この度は危ないところを助けていただき誠に...」
「ああーいいよ別にそんな畏まらなくて、成り行きだしな」
道の邪魔になりそうな盗賊たちを傍へ退けながらそんなふうに言ってると、シャハトは恐る恐るというふうに尋ねてきた。
「あの...一つ伺ってもよろしいですか?」
「ん?」
「アルラさんは何の用事があってこんな場所まで...?その、僕の記憶が正しければこの辺りには街もないですし、何か特別珍しいものがあるという話も聞きませんけれども......」
確かに、こんな野性味の強い場所に男が一人ぶらぶら歩いていたら不審に思うのも無理はない。
歩いた感じ彼の言うように何か特徴のある土地というわけでもないし、盗賊が出没する程度には治安も悪い。彼が盗賊を退治したアルラに怯えたのも、獲物を横取りしようとした別の盗賊かもしれないと言う懸念があったのだろう。
何より、二十人以上もいた盗賊団をたった一人が叩きのめす光景を目にすれば、一般人は恐怖を抱いて当然だ。端的にいえば刺激が強すぎたのだ。
しかし、これはチャンスかもしれない。
今恩義に漬け込んで『馬車の荷台で乗せてって』と交渉すれば、彼としても断りにくいはず!
卑怯とでも何とでも言うがいい、世の中最終的な結果が全てなのだ。
「...実はその事で相談なんだけど、近くの人里まで乗せてってくれないか?」
そう切り出したアルラの頭の中にあるのは、逸れた仲間やこの土地を訪れた目的のことだけだった。
妖魔族の戦争を止めて、仲間のラミルが妖魔族というカテゴリーだけで迫害される社会が一般化されるのを防ぐ。
それを成すためには、こんな所でもたついていられないのだ。さっさと二人と合流するか、現地に潜入するかしないと。
もう手元にあの便利なウィアは無い、情報戦ではボロ負けだ。こっちが無駄な足踏みを踏んでいる間に、妖魔族の方がどう進むのかはわからない。
手遅れになる前に、今はどうしても現地に近づかなくてはならない。
「俺、こっちの大陸に渡る途中で事故に遭って、気付いたらこの近くの浜辺に打ち上げられてたんだ。ここがどこかもわからないから、取り敢えず人を探して道沿いに歩いてたんだ。そしたら...」
「な、なるほど。僕が盗賊に襲われているのを見つけたと...?」
「ああ」
にわかには信じがたい話だが、どれも本当のことだ。
まだ乾ききってもないアルラの服や靴から滲む水分と潮の香りがその証明。
話をするアルラの方をまじまじと見ていた彼もそれに気付いたのか、一応は納得したようだ。それでもまだ完全には信じ切ってないだろうが。
「それは何とも大変な...壮絶な目に遭われましたね...いや、こんなこと言っては悪いのですが、お陰で僕としては助かりましたけど」
今後の信頼のため、密入国のことは黙っておこう。妖魔族の戦争に用があると言うことも、飛行機から落っことされたということもだ。
...別にドン引きされるのが怖いんじゃない。
人には知らない方が幸せなことがある。
決して『この人頭おかしいから関わりたくないな』みたいな反応をされて結局馬車に乗せてもらえなかったらショックが大きいとか、そう言う心配があるわけじゃないし。
そんなアルラの変な懸念を他所に、質問の答えと説明を聞いた彼はというと。
「構いませんよそれくらい!僕としても、何か返せるものがあればと考えていましたから」
内心断られるのではと僅かにビクついていたが、返答を聞いて心の中でホッと胸を撫で下ろした。
万が一拒否されてもせめて最寄りの人里の方角くらいはと考えていたが、ひとまずこれで一安心だ。
そうと決まればと、商人の少年はさっさと馬に樽で軽く給水させると御者席に乗り込んで、荷台を指差した。
「後ろには荷物が積んであるので前から荷台に乗ってください、また別の盗賊にでも見つかったら大変ですから、早いところ出発しましょう!!」
言われるがままに乗り込んでみると、やはりさっきちらりと見たように荷台の中は樽や木箱でいっぱいだ。しかし前方部には人一人がくつろげる程度のスペースが確保されていて、そこには腰を痛めないための薄いクッションなんかも置いてある。
ぱしん!という手綱を張る音が聞こえたかと思うと、アルラを乗せた馬車はすぐに出発し始めた。
思っていたより振動が腰にくる。
仰向け寝っ転がると、荷台の天井を覆う布の破れた隙間から僅かな陽の光が差し込んできた。
「アルラさんは、この大陸は初めてですか?」
何時間か馬車に揺られていると、シャハトがそんな風に尋ねてきた。
大陸が初めてどころかいくとこ全てが初体験みたいなものだ、トウオウに着いた時も故郷とのあまりの差に驚かされた。
だからだろうか、故郷に似た自然豊かなこの土地にそれほど大きな意外性は感じないのは。
「まあな、ちょっと前までトウオウにいたけど、にしてもここまで田舎だとは思わなかったよ。森と山しかない」
「あははは...まあその自然が取り柄ですから、大陸北西のログリアは特にですよ。広い国土の割に人口が少ないので土地が有り余ってるんです、なので土地の一部を有料で貸し出すのが今流行りのビジネスなんですよ」
「......税金関係がめんどくさそうなビジネスだな、それ」
何だその感想は、と自分ながらに思う。
暇を持て余しているアルラに彼が気を遣って話題を振ってくれたのだろうが、時間が経つにつれてより一層はぐれた二人の心配が増していくのだ。
「にしても、全然人と会わないな。いくら戦争が起こるかもしれないとは言え」
「......昔はこの辺りだって、もっと人と活気に溢れてたんですけどね」
そう言って彼が指差した方向に視線を向けると、草木の生い茂る中に古い集落の様なものが姿を見せた。
だが人の気配は微塵も感じられず、家の一軒一軒は苔むしていたり植物に覆われていたり崩落していたりと、散々な有様だ。人に捨てられてからだいぶ時間が経っている。
「この大陸には昔、大きな商人町があちこちにあったんです。豊かな自然の恵みや海の幸がどんな場所でも手に入って、街も人に溢れていて...まあ僕も人から聞いた話ですけどね」
「......それが何でまたあんな風になるんだ?」
「戦争が起こったんですよ」
流れていく景色を何とも言えない表情で見送るシャハトは思うところがあるのか、ほんの少しだけ彼の言葉に間が空いた。
「妖魔戦争、聞いたことありませんか?」
ずきんと、胸の中に何かが疾った。
確か五十年前に起こった、今の妖魔族の立場が確立されたきっかけになった大きな戦争の事だ。
一人一人が強力な魔法の適正を持ち、魔力の操作にも長けた種族の妖魔族は、三年戦い抜いた後に敗北した、と。
いつの日かラミルがそう話していたのを覚えてる。彼女も、育ての親から聞いただけの話の様だったが。
「人はいなくなりました。土地も荒らされて暫くは誰も寄りつこうともしませんでした。...何が埋まってるかわかったもんじゃないですから。『対人類戦線』は、それをまた繰り返そうとしているんです」
「...対人類戦線?」
「.........話題の妖魔族たちがそう名乗っているらしいですよ」
集落跡が遠ざかっていく。
ただの自然だけの景色が、人の痕跡を塗りつぶす。まるで、これこそが本来あるべき姿だとでもいう様に。
完全に見えなくなって、ポツリと呟いた。
「じゃああれは...」
「戦争の名残です」
出発からしばらく経ち次の日の夜、二人は馬車を止めて火を起こし、野営の準備を進めていた。
馬に餌をやっていたアルラが、体に付いた返り血の匂いに表情を思わず曇らせた。
休憩のタイミングで時々川で水浴びくらいはしていたが、何せこの季節と気温だ。水浴び程度じゃ汚れも落ち切らないし、そろそろ暖かいシャワーが恋しくなってきた。
馬車旅なんて初めてだからとワクワクしていた少し前の自分が懐かしく感じる。
「にしてもこの馬車、たった二日で襲われすぎじゃないか?今日なんて五回目だぞ、魔獣の襲撃」
「あははは...多分、積荷の匂いに釣られてるんでしょうね。この辺りには自生してない薬草とか珍しい食べ物を大量に積んでいますから」
(ま、こっちはその度に補給できるからいいけど)
今の寿命は大体500年前後と言ったところか。
これだけあれば、暫くは異能を使うのにも困らないだろう。万が一説得に失敗してやむを得ない先頭に発展したとしても、ある程度はやり過ごせるはずだ。
就寝の準備に入り、目を閉じると、やはり頭に浮かぶのは剥がれた二人のことだった。
まさか自分がこれほどまでに心配性だとは思わなかった。とっくの昔にそう言う情も何も捨ててきてしまったと思い込んでいたので、自分のことながら意外だったのだ。
(二人とも、無事だといいが)
そうして、またしばらく経ってさらに次の日の昼前に。
うっすらとした曇り空の下、いい加減に馬車の車輪の音も聞き飽きた頃だった。
「見えてきましたよ、トルカス最北の街」
「あれが...」
魔獣対策のバリケードに囲まれた、大きくはない建物の集合体。人の気配が薄いその街はどこか寂しげで、それでいて物々しい雰囲気を漂わせている。
まるで、お呼びじゃないとでも言うように。




