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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
205/268

一人ぼっち漂流記



「......ゲホッ...!!ゴホッゲホッ...オェッ...!!」


 目が覚めると、見たことのない景色が広がっていた。

 ズキンと響く頭の奥の痛みを堪え、うつ伏せの状態から起き上がる。寄せては返す波の中、海水に浸かっていた半身を起こすと、景色がより鮮明に目に映る。

 砂まみれの上体を両腕で支え、力の抜けた脚を奮い立たせて地面に突き立て、どうにか立ち上がる。

 どこかの砂浜だろうか、ここは。ビーチだなんて洒落た雰囲気でもない、人の手が入っていない自然そのままの海岸といった感じだ。

 近くに人の気配はない。


「ハァ......ハァ......ここは」


 あの後どうなった?

 密航中に飛行機の貨物室から放り出されて、だけど何とか上手く海に着水してから...。

 最後に記憶に残っているのは頭への強い衝撃と、波に流され二人から離れていく己の姿だった。

 あれからどのくらいの時間が経ったのかもわからない。辺りには人工物も見当たらないし、この土地がどこかもわからない以上陽の傾きも信用ならない。

 とは言え、最初の着水地点からそう遠くまで離れてはいないはずだ。


「うぐっ!?......気を失ってたのか俺...そうだ、ラミルたちは?」


 濡れた服が動くたびにびちゃびちゃと纏わりついてくる。海岸に沿って少し歩いてたが、やはり二人の姿は見当たらない。完全に逸れてしまったようだ。


「お〜〜〜〜いラミル〜〜〜!!...カ〜〜〜イ!!誰かいないのか〜〜〜!?」


 大声で二人の名を呼んでみる。返ってくる声もなく、波の音だけがアルラの耳に届いた。

 後ろは海で、正面は森......というより()?もうすぐ冬の到来だというのに、木々には青々とした葉がまだ多く散らずに残っていた。背の高い草も、森の先の景色を遮る大きな一因になっている。

 ひとまず、どう動くべきか。

 海岸をぐるりと軽く捜索しても二人の姿はおろか、人影も見当たらなかった。待つべきか、進むべきか。

 どちらにしても現在地くらい知っておいて損はないはずだと全身のポケットを探って、二人の他にあるものが見当たらないことに気づいた。

 みるみるアルラの表情が青ざめていく。


「...ん!?しまった()()()!!海に落としたままだ!!」


 今更慌てても全てが遅かった。

 教団から盗ん...手に入れて以降、あらゆる局面で活躍した黒い円形の携帯端末ウィア。

 アルラたちにとって唯一と言っていい文明の利器だったのに、それすらも今は手元から無くしてしまった。この損失はアルラにとって相当な痛手と言えるだろう。

 こうなっては、本格的にラミルとカイの両名と合流するのは厳しいだろう。

 こちらは何とか生きて陸に足をつけられたが向こうが無事とも限らない。


(くっそ〜、俺たちの数少ない連絡手段だったのに...どこなんだよここ、時間はどれだけ経ってるんだ!?何もわからない、引くに引けない!もう進むしかねぇじゃねぇか!)


 幸い、最終的な目的地は二人にも伝えてある。ラミルたちが同じ考えなら、運が良ければ現地でまた再開できるかもしれない。

 ざくざくと踏み締めた砂浜が靴底と擦れて気持ちの良い音を立てる。


「誰でもいい、人を探そう。現在地さえわかれば...いややっぱ移動手段も欲しいな...疲れてもう歩きたくない......」


 今は信じて進むしかない。

 目の前の大自然相手に所持品は相変わらず中身が寂しい安物の財布だけだが、前回補給した寿命はまだまだ残っていた。

 体は万全とは言えないが、異能が使えるなら大抵のことはどうにかなるだろう。

 そんなことを考えながら背の高い草を掻き分けて森の中へ進んでいくと、陽の光を遮るほどの木の葉の屋根が空を塞いだ。夜のように暗いというわけでは無いが、それでも薄気味悪い雰囲気くらいは感じてしまう。

 森のどこかで獣が鳴いていた。


「全く何でこんな目に、俺が何か悪いことしましたか神様.........って密航者か、俺」


 久方ぶりの孤独のせいか、アルラの独り言が増えてきた。

 普段はそばにいるラミルに聞かれたくないからと意図して口に出さないようにしている弱音もぽろぽろとこぼれるが、本人に自覚はないようだ。

 気味が悪い、腹が減っただの何だのと口にしながら、アルラはどんどん森の奥へ進んでいく。やがて先の見えない緩やかな坂道に差し掛かった、どうやら海岸から見えていた山へ差し掛かったようだった。

 一刻も早く人里へ辿り着きたいので、今これを頂上まで登るつもりはない。


「迂回迂回...おっ?ここだけ草も何も生えてないな」


 目の前を横切るように伸びていた土の道を見つけて近寄ってみると、まるで車が通った跡のような何本かの溝が道に沿って引かれていた。

 しかしタイヤの跡にしては一本一本の幅が細すぎる。さらによく見てみると、溝と溝の中間にあるのは動物の足跡か。

 となると......。


(......馬と車輪の跡?馬車道か何かか、ちょうどいいからこれを辿っていこう)


 馬車の痕跡はまだ新しい。運が良ければ人にも出会えるかもしれない。

 この道の人通りがどの程度かなんてわからないが、ともかく希望が持てただけよかった。

 ゴールが見えない旅より、遠くてもゴールが存在するとわかっている旅の方が何倍も人間は楽に感じるものなのだ。さっきまで耳障りだった森の獣の鳴き声も、今は不思議と気にならない。

 となると今考えるべきは今後のこと、ラミルたちと合流して、怒り狂う妖魔族を止める手立てのことだ。

 スズメバチの巣に飛び込むようなものだという自覚はある。

 強大な個も数という力には敵わない、軍隊アリが時に大型の動物ですら呑み込んで餌にしてしまうように、選択を誤れば希少種族とは言え妖魔族という一種族を相手に戦う羽目になる。

 『神花之心アルストロメリア』は個人相手には遺憾無く力を発揮するが、寿命というリソースには限りがある。相手が多勢となれば長期戦を強いられる上に寿命の消耗も激しくなり、こちらが圧倒的に不利になってしまう。ちょうど教団と戦った時のように、だ。

 可能な限り、戦闘は避けるべきだ。仮に説得に失敗して戦闘にも連れ込んだなら、無理にやり合おうとせず逃げるのが最適か。

 しかし、戦闘になるくらいならまだいい。

 一番最悪のパターンはラミルが戦争に巻き込まれて、利用されることだ。

 ラミルの異能『世界編集ワールドエディット』は強力かつ多彩、種族のため全世界相手に反乱を起こそうという妖魔族からすれば、是非とも取り込みたい戦力なはず。

 だからラミルをここは連れてきたくなかった。

 彼女は当事者だ。アルラやカイなんかよりもよっぽど首を突っ込む理由がある。

 

(異能を明かせば妖魔族はラミルを獲りにくる。ラミルより早く現地の妖魔族に接触するのがベストだな)


 とは言え、だ。

 裏を返せば、妖魔族に見つかりさえしなければ強力な戦力が常にこちらについているとも考えられる。

 いざ逃げるとなっても、彼女の『透過』なら他の何よりも確実だ。トウオウでアルラにやったように、敵を拘束することだってできるだろう。

 さらにこちらにはもう一人咎人がいる、先日入院中に突然訪ねてきやがったカイだって......。

 カイ......だって...?

 あれ?そう言えば。


(そういえばあいつも咎人だって話だけど、異能知らねえな)


 アルラの【憎悪】、水の都ニミセトで出会ったジルの【疑心】。咎人は皆己の魂に刻まれた罪名にふさわしい異能を操る。

 罪名によって向き不向きが分かれるし、日常生活で便利なものもあれば戦闘向けのものもある。当然カイにも何らかの罪名が刻まれ、それに相応しい異能を所持しているはずだ。

 果たしてあいつは役に立つのか。

 今のところラミルにボコボコにされたり飛行機にビビったりろくでもない側面しか見てないような気もするが、まあきっと気のせいなのだろう。

そうしているうちに、だ。


「...おっ?人の声?」


 アルラの鋭い聴力が確かに捉えた。

 今までずっと聞こえていた木々の葉が風に揺れる音とも森の獣の鳴き声ともちがう。人の声だ、しかもかなりの人数がいるらしく、近づくに連れて声は騒がしさを増していく。

 きっと休憩中の馬車に追いついたのだ。

 これで一安心、現在地もわかるし、運が良ければ人里まで荷台に乗せて行って貰えるかもしれない。

 自然と歩速も速くなる。くねくねと入り組んだ道を進んだ先の曲がり道を出ると、ようやく先の道に馬車の荷台が見えてきた。


「お〜〜〜......い......?」


 フレンドリーに駆け寄ろうとして、異変に気付く。

 荷台を引く二匹の馬が荒ぶっていた。

 更に馬車の前方は、商人には見えない服装の男たちが取り囲んでいる。それも片手に武器を携えて。

 その光景でようやく思い出した。

 トウオウがおかしかっただけで、この世界ではこれが普通なのだということに。

 車を走らせればどこにでも行ける日本とは違う、ちょっとした旅にも命の危険が付きまとうこの世界(アリサスネイル)において、荷物狙いの盗賊なんて別に珍しくも無い。

 浮かれていたのが馬鹿みたいだった。

 あっという間に心の底から冷たい感情が湧き上がり、頭は次にどう動くべきかを考えていた。

 気の弱そうな少年がその男らに向かってなにやら叫んでいるのが見えたと同時に、向こうもこちらに気付いた。


「...ああ?何だテメェ」


 柄の悪いスキンヘッドが喧嘩腰で声を掛けてきた。にたにた笑いの盗賊団連中は標的が一人増えたことに喜んでいるようだ。

 余談だがこの世界では族の類はどの国でも法に守られていない。逆に国から懸賞金が付けられていることも珍しくなく、討伐した暁には少なく無い金額が報酬として支払われることもある。

 何が言いたいのかというと、つまりこういうことだ。

 アルラは近づいてくるスキンヘッドの盗賊に視線を移した後に、自分の財布の中身について考えていた。

 盗賊たちは気付いていないようだった。

 目の前の青年が、盗賊なんかよりよっぽどタチの悪い存在だということに。


「おい盗賊(お前ら)、有金差し出せ!」



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