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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
204/268

ノイズ



『武力制圧しかないだろう、向こうがその気なのだ。少数種族と僅かな取り巻き程度、こちらは数で蹴散らしてしまえばいいだけのこと!』

『それでは歴史を繰り返すだけだ!!できるだけ彼らの要求に寄り添う姿勢を見せることが...』

『下手に出ればつけ上がるだけではなくて?しかし押さえつけようとすれば反発するのもまた歴史が示す事実』

『ではどうしろと!?』

『ですから......』


 ここは多種族国家トルカス。アルラが旅の初めに訪れた水の都ニミセトも属する一国の王都の、その隅にひっそりと建つとある屋敷の一室でのやりとりだった。

 屋敷の主人でもある初老の男性は遠距離通信術式での会話に直接参加せず、口先だけで繰り広げられる討論を聞きながら頭を抱えて机に肘をついていた。

 対妖魔族テロ組織多国籍連合緊急対策本部という長ったらしい肩書きの枠組みに参加させられたと思えばこれだ。集められたのは世界各国の防衛大臣、貴族、王直属護衛騎士団長などなど自国の防衛を任とする者たちばかり。

 なのにどうしてこの有様だ、連中は自分達の意見を民意だの総意だの称して全体に押し付けるばかり、時間のかけらすらも有意義に感じられないやりとりに、男はため息すら大きく吐きそうになっている。

 仮にこの場が通信術式の形式を取らず、対面での会議であったのなら、とっくに国交問題に発展しかねない殴り合いが始まってる。


(誰も彼も気が立っておるわ。しかし無理もなし、儂も自覚がないだけの一人なのだろうな)


 場のイライラが空気になって肌に刺さる、嫌な感覚だ。

 情報精査の関係で、録音中のこれを後で最低もう一度は聞き返さなくてはならないのが嫌でしょうがない。

 現在27の国家がこの通信に参加しているが、果たしてその何割が事態の真の深刻性に気づいていることやら。

 彼のように討論には参加せず無言の聞き専を貫いているような者達の多くは、きっと気づいていない。気づいているのならきっと必死になって、激しい口論を続ける彼らのように大声を張り上げて討論の輪の中に加わっていることだろう。

 彼がそうしないのは50年以上も国の防衛に携わった経験値によるもので、つまり冷静さを欠いた会議に意味も意義も無いを知っているからであった。

 圧力を帯びた言葉が飛び交うさなか、討論の複数の声に混じって、ぴろん!と電子的な音が割り込んだ。

 会議開始から一時間後の入室音。術式の向こうで、各国の要人達がそれに意識を向けると、 古い人間ばかりのこの場にはあまり似合わない、若々しい女性的な声があった。


『申し訳ございません、少々遅れてしまいました。会議の進行は順調ですか?』


 途中参加の声の主はティーカップでも手にしながら接続しているのか、小さくではあるが陶器のようなかちゃかちゃという音が環境音として漏れ出ている。

 術式を構成する円盤型の魔石に、彼女の通信地が表示されていた。


『......ヘブンライトのヘルン王女。緊急連合集会に遅刻とは、流石王族はこの緊急事態にも余裕がありますな』

『うふ、躾のなってない子猫が暴れ出しまして』


 世界有数の武装国家ヘブンライト。

 武装国家の肩書き通りに数多の軍隊と兵器を運用した防衛体制をしき、今もなお魔王討伐を目標に掲げる、トウオウなどとはまた違った意味での異端国である。

 王女ヘルンは椎滝大和ら『異界の勇者』の召喚に携わった人物であり、現国王の補佐役としてヘブンライトの統治にも口を出しているという大変な働き者なのだが、彼女について多く知るものはいない。

 故に、予想外でもある。

 今まで彼女はこのような集会の類に顔を出すことはなかった。今回も当然、現れないと誰もが思ってた......のだが。


『どういう風の吹き回しですかな?今までろくに集会に現れたことなど無いというのに』

『あら、私も好きで参加しているわけではありませんわ。今回は国王である父の命に従っただけのこと』


 どよどよと聞き取れないほど小さな声が沸き起こる。

 目に見えて各国が警戒を示している。他の国ならともかく、この場でヘブンライト王国と揉めて国交問題にでも発展すれば思わぬ損害を被ることになるからだ。

 トルカスの彼も、引き出しから静かに取り出した自動書記の魔装を起動し、自分の内にある僅かな緊張を自覚した。


『...成程。時にヘルン王女、エスカル王は息災でいらっしゃるのですかな?噂ではなんでも大病を患っているとか...』

『ご心配なく、今朝も庭で日課の素振りをこなしていましたので。そんなことより......』


 こほん、と小さい咳払いで一旦区切った後に、だ。


『「嫉妬の魔王」についてはどうするおつもりで?万が一にでも彼が本腰を上げて動くのなら国家の一つや二つなど簡単に滅びますわ』

『奴は、「嫉妬の魔王」は()()()()()だ。加えて人間族に対して極めて敵対的、他の魔王に比べれば理性がある分まだマシな部類ではあるが......』

『ああ、魔王は魔王。妖魔族の宣戦布告に奴が乗じるようなことになれば、どれだけの被害が世界に及ぶことやら。まさにそのことに皆頭を抱えているのだ...っ!』


 どこぞの国の諸語騎士団長が振り絞るように口にして、通信全体が沈黙していた。

 意味を理解していた者、理解していなかった者。全員が彼らの口にしたことへの認識を改めさせられて、その重みに頭を抱えている。

 ある者は、部下に各地から魔王の資料を集めるようにその場で命じる。またある者は時の流れの赴くままにと、時代の波に身を任せる方針を胸の内で決意する。

 大罪の魔王というネームバリューには、国を収める立場にある者たちにそうさせるだけの力と影響力がある。


「僅か数百年前に出現した新参の魔王とはいえ、か。魔王の対抗勢力などそうそうあるもんじゃなし...!」


 グラスいっぱいに満たされていた冷茶を一気に飲み干した後に、思わずそう声に出していた。

 からん、と。グラスの中の氷が揺れる。

 開いた窓の外、屋敷近くの公園ではまだ夕方前ということもあって、近所に住む子供たちがわいわいと騒いでいた。


『......トルカス王国のリドワン大臣。前回の魔王災害の中心地だった貴国にとしては耳が痛い話でしたか?』

「.........いいや、いちいち過去を振り返っていては、前が見えず道も踏み違えるというものよ」


 しわがれた声に注目が集まった。

 開いた窓から差し込んだそよ風に吹かれ、テーブル端に退けてあった表紙のない本がぱらぱらとめくれあがる。

 代々この屋敷を任された者に受け継がれてきた、数々の国の悲劇を記録したアルバムの一ページ。魔王同士の衝突による影響から生じた大飢饉の記録写真のページが一人でに開かれる。

 国にとってはたった数十年前の記憶に新しい出来事だ。


「ひとまず魔王はおいておくと言うのはどうだろうか。妖魔族の動向には当然警戒と監視を向けるとして、まずは......」

『待て待て待て、「嫉妬の魔王」を放置すると言うのか!?対抗勢力な...ど滅多にないと口にし......は貴方...あろう!!』

「魔王はあくまで可能性、しかしクーデターは確定した事実!優先すべきはどちらかなど一目瞭然だ。魔王に気を取られてクーデターに背中を刺されては意味がないのだよ、我々が冷静を欠いて誰が国を守ると言うのだね?」


 反論を示した男はぐうの音も出ないようだった。

 他の参加者たちも特に異論はないようだ。最初に討論を交わしていた参加者たちも物事を客観視するだけの冷静さを取り戻したのか、『ならその方針で』とバツが悪そうに彼の言葉に乗っかり始める。

 ようやく方針が定まったと、互いに罵り合うだけの無益な会議がようやく終わったと彼も安堵の息を吐く。

 空のグラスに棚から取り出した瓶の中身を注ぐと、男は椅子の背もたれに体重を預けてグラスを口元へ運ぼうとする。

 そしてら突如としてだった。

 一息吐こうとする彼らを完全に無視して、それは到来した。

 最初は『』だ。


『んははははははは...やらせてやれよ勝手によォ......』


 ジジジジジ......ザザザザザザザザザザザザッッッ!!?というノイズが通信上に疾り、何かが現れた。

 戦闘機のレーダーに突如として現れたステルス機のように。

 突然割り込んできたのは、聞き覚えの無い男の声。通信術式のアンテナを担う円盤型の魔装も、未確認のエラーを示す赤色の警告色を点滅させている。

 場の、全ての空気が一変した。

 

『そりゃおまえ、嫉妬のガキは確かに生意気だが...こんなツマラねぇ祭りに乗っかるほど落ちぶれちゃいねえだろ。知らな過ぎなんだよ、人類おまえらは』


 国交において重要な役割を担う通信術式が、そう易々と干渉されていいはずはない。当然対策は無数に講じているのに、この侵入者の存在はそれら全てを否定しているのと同義だ。存在自体を許してはいけない。

 世界的に見ても最高レベルの通信魔法として構成されているこれは、毎秒ごとに各国の国民からランダムに選出された数百名の国民をサーバーがわりに経由し続け、パスを持たない者たちの介入と傍受を防ぐという方式で成り立っているイカれた術式だ。

 あのノーテイムすらも手を出せなかったというのに、破られたことなど一度だってなかったというのに。

 つい、先ほどまでは。


『「封蝋済みの禁書箱」は大魔法使いメギドラが開発した通信術式だぞ......破られたことなど一度も.........』

『んはははは...だから今破って見せたろ。オレ様にゃ意味ねえよ』


 あり得ない、とでも言いたげな声色で誰かが呟いた。

 こいつは、つい先ほど到着したのか、それとも元から潜んでいたのか。


「誰だ......」


 返ってきたのは嘲笑。

 こちらを、いいや、この場にいる己以外の全てを見下すような乾いた笑いだ。まるで道の端に転がっていた、今潰れた虫の死体を見つけた子供のような。

 無邪気で、純粋な、自覚無き悪意。

 見えない力に首を押さえつけられたような感覚が不意に彼を襲った。


「ぐッ!?」


 がたんっ!?と。

 壁面に叩きつけられ、掛けてあった壁掛け時計や額縁が衝撃で落下する。

 引き離そうにも、己の首を押さえつける実体なき力には触れることすら叶わない。

 締め上げる力は徐々に増していく。


「ぐっ...おぉ.........っ!?」

『やめろ貴様!!何者だ!?一体何の目的で...』

『別に、お前らの命に用はない。ただ聞きたいことがあってなァ......。ここにいる連中なら何か知ってるんじゃねえかと思ったんだが』

『聞きたいこと!?なんのことよ!?』

『「()」、ウチの咎人が何人かやられてんだ。生きた咎人から異能だけが()()()だなんて普通じゃねえ、知ってることは全部吐け』


 いつの間にか術式が音声通信から映像通信に切り替わっている。まるで公開処刑のように、見えない力で徐々に吊り上げられていく彼の姿が各国の要人の画面上に晒された。

 反応は人の数だけ違った。

 恐れて逃げ出す者。

 顔に汗を浮かべて様子を見守る者。

 護身用の魔装を取り出し自分の番に備える者。

 しかし、結局だ。

 誰も何もできないまま、短いながらも無限に引き伸ばされたように感じられる時間だけが過ぎていく。

 ギリギリギリギリッ!!と、肉と骨が軋む音が響いていた。

 騒ぎを聞きつけたのか、部屋の外から扉を力一杯に殴りつける音と、こちらの名を叫ぶように呼ぶ従者の声が辛うじて聞き取れた。しかし何らかの干渉が加わっているのか、彼らが部屋まで入って来る様子はない。

 彼の意識に、カーテンが掛かりかける。

 見えない力にうっすらと影のような『形』を見た。老人とはいえ腕一本で大人を簡単に吊り上げる人型の影のようなそれに色はなく、目に当たるであろう部分だけが怪しく赤く揺らめいている。

 彼が命を諦める、その一歩直前でだった。


『...チッ、当てが外れた』


 不意に、首に掛かっていた圧力が消滅した。

 吊り上げられていた高さから落下し、衝撃でた今度は机の上の物が床に落っこちる。

 屋敷の従者がようやくドアを蹴破って部屋に入ってくると、ごほごほと荒く呼吸する男の姿を見て慌てて駆け寄って来る。

 見えない気配は消えかけていた。

 だがそれを、ある人物が呼び止めた。


『待ちなさい......「()()()」ッ!!』


 ヘルン王女だ。

 悍ましいその気配を『傲慢の魔王』と呼んだ彼女の声に大勢の参加者が息を呑み、慌てふためいた。

 だがそんな周りをちっとも気にせず、彼女だけが画面越しに正面からその影に立ち向かっている。

 そして、殺意の感情に類似する、剣のように鋭い視線を向けていた。


『ヘブンライトのじゃじゃ馬姫か......。んはははははは、戦争の続きはまた今度だ。それよりお前、勇者関連でまた何か企んでるんだってなァ』

『ッ!どこでそんなことを』

『お前らがあの鐘を鳴らして10年経ったがよ、世界はお前らが望んだ形に変容してくれたか?』


 霧が晴れるように、水蒸気が散るように、影のような何かも、声に聴こえていた何かも消えていく。

 最初から最後まで嘲笑混じりに、それは一言だけ言い残して去っていった。

 曰く。


『何にせよ図に乗らねぇことだな。お前らのせいで、この世の歯車はとっくに狂い始めてるんだからなァ』




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