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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
203/268

遭難開始



 まずアルラの身に襲い掛かったのは、どうしようもない。抗いようのない浮遊感であった。

 ばらばらばらと散らばるスーツケースにコンテナ、それらに正面衝突をかまされた顔面がひりひりと痛むものの、そんなことはどうだっていい。

 上空一万メートルと言うどうしようもない高さは、人一人から冷静さを失わせるには十分すぎる数字だった。

 叫ぶ。

 ただ、叫び続ける。


「うわああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?」


 叫んだ声もどこか空の先の遠くに消えていく。ばたばたばたとはためく衣服と、吹雪の中にでも放り出されたかのような風の音に掻き消える。

 体の自由が利かない。

 きりもみ状にメチャクチャな回転を加えられて三半規管が悲鳴を上げているのがわかった。

 ここでようやく現状に頭が追いついた。

 落下中。

 飛行機から、パラシュートも持たずに、だ。

 実質的な死の宣告に等しいそれに、誰がパニックを抑えられようものか。()()()()ならまだしも、アルラ・ラーファの力でどうにかできる領域を超過しているのは言うまでもなく、うまく思考も纏まらない。まるでテスト終了5分前なのに大問丸々一つがぽっかり空欄になっている時みたいに。

 辛うじて、目の前で自分同様になすすべ無く落下していく影が、剥がれかけた意識を繋ぎ止めた。

 原因は落下のショックかそれともアルラ同様に頭を打ちでもしたのか、明らかに意識を失っていたラミルが力無く落下し続けている。


(下は...海か!?どっちみちこの高さじゃ助からない、まずいっ!)


 バタバタと手足を動かしどうにかラミルへ近づこうと試みる。が、訓練を受けたプロのスカイダイバーでもないアルラが空中で自在に動こうとするのは無理がある。

 着水まであと何秒残ってる?

 10秒?30秒?1分?

 絶対的なリミットの存在が、そして時間に比例して荒くなる呼吸と高度ゆえの酸素の薄さがアルラの焦りを加速させる。

 ()()()()()

 できる限りの大声で呼びかけるも、反応は無い。


「ラミルーッ!おい!目ぇ覚ませ!!おいっ!!」


 風圧に掻き消されているのか、単純に聞こえていてもその程度じゃ彼女の意識は戻らないのか、というか、アルラ自体が空中で安定できずに回転しているせいで正しく向こうに声が届いているかどうかすらも危うい状態だ。

 このままじゃ海面に叩きつけられる。

 たとえ下が海だとしても、この高度からの落下はよほど奇跡的な着水でもしない限り命に関わるだろう。

 と言うか普通生きてられない。

 5、60メートルの高さから落ちた衝撃は水面をコンクリの硬度に変える言う話は有名だ。


(あと......何秒だ!?)


 神花之心でどうこうできる状況じゃ無い、生き残るにはラミルの世界編集の力を借りるのが絶対条件だ。

 そんなふうに考えた直後だった。

 何かに足首と背中を掴まれた感覚があったと思えば、不意に落下中だったアルラの体勢が安定し始める。

 ぐわんぐわんと安物のVRに映し出されるような景色が次第に定まっていく。落下の先を行く金属コンテナ、スーツケース、キャリーケースに明確に焦点を合わせられるまでに。

 体の二点を同時に掴まれたことで回転の軸が無くなって、掴んできた手がアルラの体の支えとして機能したのだ。

 うつ伏せ状態のまま背中の方へ振り返ろうとして、しかし同時に耳元で風圧に負けない大音量の絶叫が晒される。

 パニックですっかり忘れてた、もう一人の共犯がそいつだ。


「ああああああああああああああああああオレもいるってば助けてぇぇぇぇええええええええええええええっっ!!」

「かっ、カイか!よしっそのまましっかり掴んでろ!!」

「ななななななな何をををを!?」

「ラミルに近づくッ!!」


 ゴワッ!!と、極彩色が現れた。

 脚から吹き出すそれは徐々に色彩を帯びていき、やがて力強く輝きを放つ。

 『神花之心アルストロメリア』、対価を払い何かを強化するアルラの異能。今回の場合は単純に脚力...研ぎ澄まされた一撃はコンクリートをも容易く打ち砕くのだが、今は欲しい用途はそれじゃ無い。

 アルラはまず、うつ伏せの状態からなんとか体を捩って仰向けの状態に体勢を持ち直した。

 これで、空がよく見える。


(......来たっアレだ!)


 自由自在とまではいかなくとも、両手足の広げ方で落下中の多少の減速や方向転換くらいならなんとかなる。

 

 あとは調整、焦らず、そして見逃さず。

 タイミングを見極め、押し込めたバネのように縮み切っていた脚を解き放った瞬間であった。

 二人よりさらに上から遅れて落下してきたコンテナの面を、アルラの足先が捉えた。

 ばしんっ!と。

 金属製のコンテナからの反作用による跳躍だった。アルラとアルラを両手でがっしり掴んでいたカイが空中で急加速、ラミルへ向かって一直線に突き進み、なんとか彼女の華奢な体を抱きかかえるような格好で確保することに成功したのだ。


「ラミル!おいラミル起きてくれ!お前だけが頼りなんだよ!!」

「お願いラミルちゃん助けてぇ!!こんなとこで死にたくねぇよおおおお!!」


 何度か頬を軽く叩いたが、反応は無い。

 風で舞い上がった前髪の奥で、ラミルの額の一部がやけに赤く見えた。やはり、落下のタイミングで何かにぶつかって意識を失っていたのか。

 何度も何度も呼びかける。

 水面が徐々に迫っている。

 多分、体感的に、もう30秒も残されてない。

 万策尽きたかのように見えた、まさにその瞬間に、だ。

 んっ...ぅう...、と。

 ラミルの口から、確かな声が漏れる。


「ラミル!ラミルッ!!起きなきゃ死ぬぞ、『世界編集ワールドエディット』だ頼むッ!やってくれ!!」

「.........あれ...?アルラさん、ここは...?」


 いまいち状況がわかっていないラミルに一から十まで説明する時間も余裕も無いアルラは、喉を枯らす勢いの声で叫んだ。


「いいから『停止』だ早くやれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええっっ!!!」


 びっくうぅ!!とラミルの肩が跳ねた。

 まさにそのタイミングで、これまで散々体を刺してきた凍える風圧が息を潜める。いいや、消え失せた。

 音が消えた。

 寒さも消えた。

 目覚めてから急に言われて、ほとんど反射的に異能を行使したのだろう。

 アルラが思わずつぶりかけた目の視線を下へ投げると、水面まであと10メートルあるかないかという高さで、三人は完全に静止していた。


「......たす、かった.........?」


 恐る恐ると言った様子でカイが呟いた。

 急停止したことによる強烈なGを受けて内臓がつぶれる......なんてこともなく、体も五体満足を保っている。

 もし今足元に地面があったなら、おそらくへたりこんでいた。

 今になって、ぶわっと全身から汗が噴き出してくる。

 今回も、なんとか生き延びた。


「もう......限...界...っ」

「おわっ!?」


 ばしゃんっ!!と小さな飛沫が上がった。

 異能による固定が解かれ、三人は周りに陸一つ見えない海原に叩き出されたのだ。ぶっちゃけピンチは継続していると言える。

 しかしひとまずの危機を乗り越え、多少は心に余裕が持てる状況になったとも言える。

 水面に浮いて漂っていた、恐らくは落下の衝撃で切り離されたのであろう、元はコンテナの扉だったはずの金属板に三人でしがみつく。

 

「ぶはっ!!ひぃ...ひぃ...死ぬかと思った!!マジで川見えた!!危うく川渡りかけたわ!」

「ほらラミル先のぼれ」

「はっ、はい」


 ひとまず背中を押してラミルを金属板の上に押し上げる。金属板の表面積は大人三人(内一人はほぼ子供)が乗ってくつろげるほど広くはないが、腰を下ろすくらいの余裕はあるだろう。

 ラミルを金属板に押し上げた後、自分は海に半身浸かったまま周囲を軽く確認してみるが、陸らしい影はどこにも見当たらなかった。

 波の勢いは穏やかに見えるが素人目だ。自然の動きは誰にも読みきれない、いつ荒波が立ち始めても不思議ではない。

 ラミルに続いてどうやら泳げないらしいカイが金属板に身を乗り出して這い上がり、濡れた衣服がべしゃりと音を立てた。

 

「ほら、お前も早く上がれアルラ」

「あ、ああ」


 差し出された手を掴み、片足を金属板に掛ける。ぐいっ!!と引き寄せられて、金属板に乗りあがろうとして、しかしそうはならなかった。

 ひとまずの危機が去ったと思い込み、油断していたのだ。ラミル・オー・メイゲルもカイ・アテナミルも、そしてアルラも、だ。

 忘れるべきでは無かった。

 落下してきたのは、アルラたち三人だけでは無かったと言うことを。付近の海面を漂う物を見て思い出すべきだった。

 衝撃が、アルラの頭のてっぺんから突き抜けた。

 落下してきたのは、空中分解でスーツケースか何かから散らばったであろうノートパソコンのようだった。

 掴んでいた手が離れる。

 どぼんっ!!と、再びアルラだけが海面に投げ出された。

 狙い澄ましたかのようなタイミングで現れた波に攫われる最中、不意打ちの衝撃にアルラはもはや意識も保てず、三人は一人と二人に隔てられた。



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