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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
202/268

空音



 ゴオオオオオオオオオオオオッッッ!!と、耳の奥を直接殴りつけるような凄まじい音が長い間轟いていた。

 闇と冷気で包まれた一室で大型のスーツケースがガタガタと揺れる。やがてバキッという金属の接合部を無理やり引っぺがしたような甲高い音が響いて、スーツケースを固定していた金具が壊れたと思えば、揺れの勢いで倒れたスーツケースから出てきたのは灰を頭から被ったかのような色の髪をした青年、アルラ・ラーファだ。

 同様に少し離れたところのスーツケースが空間から切り取られて中身が露出する。更に奥できつく固定されていた中形コンテナの扉が開き、カイ・アテナミルが現れる。

 どうやら二人はこの暗闇のせいで周囲の状況が伺えないようで、洞窟の中で10年鍛えたが故の視力を持つアルラだけが二人の位置を正確に把握する。

 近づいて手を取り、空間の片隅のスペースで丸くなると、ラミルがパチンと指を鳴らして呟いた。


音量調整ボリュームダウン


 途端にけたたましいエンジン音が息を潜めて、三人は鼓膜を破壊する勢いの轟音から解放された。ちょうど固まった3人の足元にアルラがウィアを置くと、今度はライト機能によって十分な視界が確保される。

 奥には輸送コンテナ、手前には一つ一つ丁寧に床に固定された乗客の荷物。

 そう、ここは。


「...ひとまず侵入は成功、か。案外うまくいくもんだな、空港のセキュリティ大丈夫なのか?これ」

「そそそそ、そもそもっ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんてっ、思い付いたって実行できねえだろ普通!!ぶぇっくしっ!!」

「結構ありがちなニュースじゃないのか?って思ったけどこの世界の飛行機技術はトウオウの特権だもんな、確かに普通に暮らしてるだけなら思いつかねえか」

「問題は脱出ですね...行きの時みたいに上手くいけばいいですが」

「『世界編集』の透過で余裕だろ」


 侵入自体はラミルの異能とウィアの協力によって滞りなく進んだ。

 入ったコンテナによっては着陸まで開かずの扉で凍死なんてこともあり得たかもだが、事前に貨物室の形状や荷物の積まれ方を把握していれば問題はないのだ。体が小さいラミルや肉体の扱いに長けたアルラなら、大きめのトランクにそのまますっぽり収まってしまえる。

 正面やや右側から聞こえるカチカチという音に目を向けると、両手で体を抱く格好になったカイががくがく震えながら歯を鳴らしている。


「ててってかよぉ、ふふ二人ともなんで平気なわけ?この気温!軽く氷点下!!死ぬって着く前に死んじゃう凍死するっ!どっかのスーツケースから毛布とか探してこよう今すぐにっ!!」


 3人の足元に置かれたウィアが気を利かせて(?)画面表示を切り替えた。温度計モード、気温はざっとマイナス13度。バナナで釘が打てるくらいには寒いのだろうが、二人は割と平気そうだ。

 というのも。


「俺は洞窟暮らしが長いから寒さは平気なんだよ、暑い方が苦手」

「属性が『氷』だからか、私も寒さに強いんです、暑い方が苦手です」

「ぐあーっ!いらねえよそんな個性付け!ダメだ、このままじゃ着く前に凍え死ぬ。密航者が貨物室で凍死体で発見なんて面白ニュースで三面記事飾るわけにはいかねぇ、荷物漁って毛布でも探そう!!」

「泥棒はダメですよ」

「ちょーっと黙ろうか密航者!?」


 バタバタと慌ただしく動きながら目についた荷物を漁っていくカイは完全に盗賊だ、結局毛布なんて都合よく見つかるわけもなく、仕方なしに漁って出てきた冬服を寝袋のように巻き付けて寒さを凌ぐことに。


「...あ、着火魔石みっけ。キャンプとかで使う、魔力で火が起こせるヤツ」

「馬鹿、そんなもん密閉空間で使ったら酸欠で死ぬぞ」


 盗品のポケットから出てきたそれを投げ捨てたカイの口から、寒さで真っ白に染まった溜息が漏れる。

からんからんと、小指の先ほどの大きさの菱形が貨物室の何処かへ転がっていった。

 こんなはずじゃなかったというのが本音だろうが、二人の前では口に出しにくいのかもしれない。

 三日前に遡る。

 妖魔族が宣戦布告し、それを知ったアルラが後先考えず突っ走ろうとして少女に止められたあの瞬間だ。

 病室へ戻ると、そこに待っていたのはタバコをふかして仁王立ちする女医だった。

 ことの顛末を聞き、大きく呆れながらも、しかし彼女がアルラたちを止めようとはしなかったのは、未来の決定権はあくまで患者にあるという彼女の医者としてのスタイルのためだった。

 そこから自然と『どうやって戦地まで辿り着くか』という話題に切り替わり、行動を阻む幾つもの壁が目視化されたのは語るに及ばないだろう。

 その最初の壁が、まず挙げた『移動手段』。


『一番早いのは飛行機ですよね、忍び込むことが出来れば...』

『何故当たり前みたいに密入が前提になってんのさラミルちゃん』

『金が無いからだ』

『無理だね、とっくに渡航制限が掛かってる頃だよ。当然海路も...と言ってもトウオウの海の移動手段は限られてるからどのみちさね』


 女医の口から出た言葉に、アルラは表情を曇らせた。

 あーでもないこーでもないと議論は白熱し、ベッドをテーブル代わりに、女医から借りた世界地図を広げてあれこれ話し合った結果現在に至る。

 簡潔に、アルラの口から再確認の意味を込めた結論が述べられた。


「目的地はログリアの隣国、ヴォルガルダ公国だ」


 妖魔族の宣戦布告から三日。

 主要な戦地となるであろうログリアからいち早くアクセスを絶ったトウオウだったが、隣国ヴォルガルダの貴族からの強い要請で東の大陸全土を締め出すことは出来ず、大陸からの出稼ぎ労働者や避難民へ向けた里帰り及び避難期間が与えられたのだ。

 たった三日もの間に公国貴族を含む何千人もの避難民が海を超えてきたが、期間的にもトウオウの受け入れ許容人数的にもかなりギリギリだ。事実、アルラたちが乗り込んだこの便がヴォルガルダ公国へ向けた最終便、これを逃せばもう東の大陸へ渡ることなどしばらくできず、アルラたちは病室でニュースを眺めて祈るくらいのことしか出来なかっただろう。

 もちろん誤算は多々あった。

 今時はペットも荷物扱いでそのまま積み込むので、貨物室に忍び込んでも環境的に問題ないと思っていた点なんかがまさにそう。

 実際にはペットや生物にはそれ専用の貨物室が用意されているのでこっちは荷物専用の貨物室だから環境も生物には適さないと言う情報を今更出してきたウィアに若干怒りを向けつつもアルラは言葉を続けた。


「ヴォルガルダ公国に入ったら北上してそのままログリアに入る。流石に徒歩は無理があるから移動手段を確保するとこからだけど、それは向こうについてから考えよう」

「国軍に怪しまれたら避難民を装って、妖魔族側に敵対されかけたらラミルちゃんを理由に味方を名乗るんだったよな」

「うまくいくでしょうか...」


 うまくいくいかないじゃない。成功させるしか無い道を、三人は既に引き返せないとこまで進んでしまっている。

 ウィアの予測では到着までは出発から四時間とかからないとのことだった。

 そこでカイが暇つぶしにとどこからか引っ張り出してきたのは人生ゲームに似たタイプのボードゲームだ。プレイヤーは起業家として世界各地を巡りながら事業を展開していき、株の概念まで存在するというなんともコアなゲームなのだが、これが案外面白い。他にやることもないからとウィアの灯りを頼りにプレイしていたらいつもの間にか一時間半の時間が過ぎていた。

 開始直後に呆気なく借金からの自己破産、文無しでゲームオーバーになってしまったラミル・オー・メイゲルが、最初にそれを察知した。


「待ってください」


 二人が何か言おうとするのをしっ!と口に人差し指を当てて静止する。顔を見合わせるアルラとカイを他所に、ラミルはきょろきょろと周囲を見回すと、アルラたちにこう訪ねてきた。


「......何か、聞こえませんか?............何か、()みたいな」

「水音?」

 

 そう言われて二人も耳を澄ますが、聴こえてくる音といえばラミルの世界編集で編集を加えたエンジンの轟音くらいだ。

 機内の音なんか分厚いカーボンの壁に阻まれて聞こえるわけがないし、雲より高い一万メートルの上空にそんな音を演奏できる自然物と人工物に覚えはなかった。

 貨物室の中は、暗闇がよく似合う程度には静寂に包まれていた。

 と、思ったその時だった。

 べちゃんっっ!!?

 ......と。


「聞こえた」


 アルラの耳が捉えた、確かペンキを床にひっくり返したかのような水音。

 それとも風呂場のシャワーヘッドが僅かに緩んで水滴をこぼした音、か?


「小さいけど確かに聞こえる、なんだ、これ、どっかのパイプの水漏れ?にしては.........っ!?」

「...おい、おい、おい!?」


 べちゃ。

 べちゃ、べちゃ。

 べちゃ、びちゃ、べちゃ.........。


「アルラさん、これ、は...!?」

「わからない、なんなんだこの音!どこから!?」

「違うアルラ、どこから、じゃない。()()()()()()!オレにも聞こえる、どんどん増えてるぞ!?」

 

 この場の誰もがその音を認識した時、それはただの音という認識の枠を飛び越えた。

 雨音をグロテスクに改変したような連打に、ラミルは思わず両耳を手で覆い隠そうとしている。得体の知れない気味悪さが物理的にアルラを包んでいく。

 べちゃべちゃべちゃ。

 びちゃん、べちゃべちゃ、びたんっ!

 ......()()()()


「嫌な予感がする、ちくしょう、まだ辿り着いてすらいないってのに!」


 音は、加速度的に増殖する。

 べちゃべちゃ、べちゃべちゃべちゃべちゃ!!と。

 叫んで、窓も無いのに辺りをキョロキョロと見回した。三人が互いの背中を合わせ、増え続ける音の正体を確かめるために動こうとした、その時だった。

 貨物室後部...アルラたちがちょうど居座ってた辺りが、がこんっ!と揺れたのは。


「「「え」」」


 変化は一瞬のうちで、反応に遅れたとか、そう言う次元ですらなかった。

 ばら、ばら、ばら、ばら、と。

 切り離され、滑り落ち、投げ出され、彼方に消えて......。


(嘘...だろ!?貨物室のごと、切り捨てられ......っ!?)


 咄嗟に記憶に蘇ったのは、前世の自分が土日の暇つぶしに見ていた国営放送の歴史番組のワンシーン。

 曰く、戦争当時の飛行機や戦闘機は万が一の事故の際には、内部機器や荷物を捨てることで軽量化を図ったのだと。機体は軽ければ軽いほど運動性能が向上するし、燃料も節約できる。

 即ち、敵から素早く逃げられるようになる。

 誰も、なす術も無かった。

 解放された後部搬入出口へ吸い寄せられ、体はあっけなく宙を舞う。同時にスーツケースやコンテナを固定していた金具が一斉に外され、質量の嵐となって三人に迫った。

 貨物室の取っ掛かりへと伸ばした手が空を切る。

 直後、外界へ吸い出されようとする大きめのスーツケースがアルラの顔面に直撃した。

 空に。

 投げ捨てられる。



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