命の限り
ログリア、という国がある。
位置はトウオウから北東方向へ約4100㎞程、全体の広さは大体トウオウの12倍。年間を通して寒冷な気候が続き、世界的に見れば広大な土地を利用した畜産業と林業で有名な国家である。
また近辺国では珍しく、海をまたいだ先の技術国トウオウとの関係は頻繫に技術や資源のやり取りを行うほど友好で、近年ではトウオウ経由で自国の無駄に有り余ってる土地を企業や個人へ売りつける独自の立ち回りで資金を得るなどして世界の軍事国家らから静かな警戒を引かれる立ち位置にまで登り詰めつつある。
そんな色々と特徴的なログリアだが、一番の特徴はそこに住む国民にあると言えるだろう。
割合にして六割の人間、三割の獣人、そして残った一割は妖魔族。
ログリアは全世界でたった四国しかない、妖魔族が国民として居住を認可された国家の一つである。
「おいそこちんたらしてんじゃねえぞ!時間が無い、密輸した銃器の個数確認の報告書?数自体が合ってるなら俺に直接報告しなくてもいい。面倒でも銃は一度パーツとしての最小単位まで分解してから部品ごとに分けてコンテナへ積み込まねえと個人名義で郵送しようにも引っかかるぞ、とにかく手を動かせ!!」
二十代後半くらいだろうか。
周囲を森に囲まれた雪原、ぽつぽつと灯る焚火を頼りに手元で機械いじりに興じる数十を超えるフードの集団の真ん中で、降り積もる雪と同じ髪色の男が声を張り上げる。
自然的な景色を塗りつぶす異物もちらほら見える。例えば敵の目を惑わすための真っ白な雪原迷彩が施されたコンテナ車なんかがまさにそうだ、五台ほどの大型車が森へ続く道を陣取り、時折フードで顔を隠した集団の何人かが積み荷のコンテナの中に何かしらの物品を出入りさせてるようだった。
彼等は、一言で済ますならテロリストである。
『対人類戦線』という名で、元は妖魔族の地位向上を求める抗議団体が過激思想を得て暴走した結果誕生した組織。構成員は四千名程度で、内三割...つまり千二百名が妖魔族、残りは各地から集った傭兵崩れや他種族の思想家たちという歪な構成の集団だが、今まさに彼等は目的に向けて歩みだそうとしている。
即ち妖魔族の解放。
たった一つのシンプルな望みは彼等自身、或いは彼らの親しい友人や知人を守るという大義名分を得て、武器を掴もうとする手から罪悪感を奪い去った。
「報復を...」
「妖魔族に自由を...」
「人類に鉄槌を...!」
口々にそう囁く声が雪に埋もれていく。
背負った過去がそうさせる。
怨嗟、憤怒、同情......。各々のフードに隠された表情がどんな形を取るのかなんて、確かめるまでも無い。
全ては五十年前、歴史に刻まれたあの日に起因する悪感情の渦潮だ。元々は世界のどこかで生まれた小さな流れが勢いを得て波となり、そして波はあの日を境に触れる者全てを巻き込み呑み込み溺れさせる『渦』となった。
即ち、それこそが。
「妖魔戦争をやり直そう、我々は敗北したのではない。戦争は未完で終わり、愚かな異人類共はその事実と責任から目を背けている!」
「そうだ、奴らに...俺たちを苦しめた人類の糞共に神罰を!!」
「武器を取れ、拳を握れ!!今こそ妖魔族の未来のために!!」
誰かの言葉に、フードの革命軍たちが強く歯を食いしばる。
両手に武器を掲げて、獣の咆哮にも似た雄叫びを空へと向け解き放つ。
対人類戦線の一員としてこの場で声を上げた妖魔の老人は、細枯れた腕を空へと突き上げながら、己の過去を辿っていた。
とある人間至上主義国の奴隷商人に向けて放たれた一発の弾丸が引き金となった事件。
世界中の妖魔族が種族の誇りを取り戻すために武器を持ち、一国を相手に激戦を繰り広げ、そして敗れた。三年続いた戦争の果てに、妖魔族は何を得て何を失った?
誇りを失い、野心を失い、抗う気力を失い、差別だけが残され、なおもその穢れた立場に甘んじるのか?
断じて否。
良くも悪くも、妖魔族という種の五十年間を決定した大渦は、一時の減衰を経て再び大波の姿を取り戻す。
そして自らも大渦の一部と成り、過去に受けた屈辱の全てを呑み込んでこの世を洗い流すのだ。
記憶が頭蓋を内から殴る。
『やめろ!!まだ妻と娘が家の中に居るんだ!!なあおい聞こえないのか!?頼むから...やめてくれええええええええええええええっ!!』
戦士の一人だった老人は愛する妻と娘を家ごと焼き払われた。やがて焼け崩れた家から見つかった小さな焼死体が握っていたペンダントは、今でも彼の首元で鈍く鋭い光を帯びている。
また、ある者は。
『穢れた一族め!!くらえーっ!』
『痛っ...やめてよ、石を投げないで―――...』
『あっちいけー!ハクー!!』
ただ街を歩いていただけで石を投げられ、妖魔と呼ばれ暴言を浴びせられ、時には棍棒で背後から殴りつけられた。痣が無い日なんて一日だってない、逃げるように国を出てからも、人に怯える毎日を過ごした。
また、ある者は。
『なあオイ、あいつぁハクって奴じゃねえか?ほら、希少種族のよォ!』
『ほんとだな髪が真っ白だ!!捕まえるか?「ヒューマンオークション」なら高く買い取ってくれるだろうぜ!』
『違ェねえ!!』
何度似たような言葉を投げつけられたか。何度人攫いに怯えた事か。人以外に人としての権利なんてないと主張するかのように、なんど金目的の下卑た連中に追いかけられただろうか。
ある者は。
ある者は。
ある者は。
ある者は。
ある者は――――――......。
西の強国ヘブンライトで密かに武器を集める者がいた。
この日のために顔も戸籍も変えて隣国中枢へ数十年にもわたって忍び続けた者がいた。
教会で妖魔の未来を毎日欠かさず祈る者がいた。
思いは違えども、種の未来を考えて。自由を求めた彼らの願いは真っ当な主張で、しかし妖魔族だからの一言で全てがうやむやにされてきたのだ。
やがて全ての作業を終え、雪原で固まっていた対人類戦線はコンテナ車を見送ると、入れ替わるように現れた大型移動用装甲車に乗り込んでその場を後にする。
無数の足跡もいずれ雪の中に消え失せる。
雪原を超えて、森を抜け、廃村を横切りもう10キロも行けば補給基地へ辿り着くというその時だった。
ドバババババババババババッッ!!!という銃撃音が対人類戦線の鼓膜を激しく叩く。車両前方の装甲が貫通されたのか、いくつかの弾丸が車両後部まで突き抜けて床に赤がぴしゃぴしゃと飛び散った。
誰に言われるでもなく全員が銃を取る。フードを脱ぎ去り、瞬時に装備を整える。
装甲の隙間からピカピカに磨いた防塵ゴーグルを鏡面代わりにゆっくり差し込んで確認すると、前方で純白の迷彩で武装した兵隊が横一列に陣を組み、地面に固定して機関銃を構えているのがわかる。
ソレを見た誰かがぼそりと呟いた。
「ログリア国軍だ、かなり多いぞ」
恐らくは、今回の声明を受けた国側の第一陣。
トウオウからの援助を受けて急激に力を付け始めているログリアの国防軍だ。
協力関係にあるトウオウの衛星写真か何かでこちらを特定し、ルートを予想して防衛ラインを張っていたのだろう。機関銃を握る軍人の背後では5メートル近いロボット兵の様な得体の知れない兵器が鎮座している。
まず初めに警告があった。
降伏しなければこちらも容赦はしない、と、指揮官らしき髭の男が喚いてる。
聞くわけが無いのに。
妖魔族の声を聞かなかった奴の声に耳を傾ける意味は無い。
そんな安い警告だけで止まれるほど、妖魔族の遺恨が軽いはずはない。
全ては、妖魔族が未来のために。




