【蛮勇】の終末戦争
ちょっと場面変わってます
『ニンゲンの国とマオウが戦争を始めたらしいよ』
『マジかよ。また一気に数減るんじゃないか?』
『そうだねえ、あまり減っちゃったら使命に反しちゃうよねえ』
『なに、我が一発撃てば全て解決だ』
『キミの"一発"は世界を壊しかねないよ。やめておいたほうがいい。ただでさえボクたちの一挙一動は世界に与える影響が強すぎるというのに』
『ではどうするのだ?』
『どうしようかねえ』
『結局のところ。絶滅しないければあの程度の数が減るだけで問題はないだろう』
『でもただ見過ごすってのはねえ』
『ニンゲン側が劣勢でマオウが優勢。元々ボクたちはヒトを守る存在だ。でもマオウを殺す必要はないよ、ちょっとだけ魔王側に傾いてる戦況の天秤の人間の皿に錘を載せるだけでいい』
『その錘はどうするう?』
『やはり一発撃っておこう』
『仕方ないか』
『じゃあそういうことでえ』
嘆く者がいた。
血みどろの大地に、少女を両手で抱きかかえたまま膝をついていた。
『地獄だ』
言葉の通りだった。
そこにあるのはまさしく。
まさしく。
地獄。
無作為に投げ捨てられているのは不自然にパーツが欠けた死体。それがざっと数万。
そして夥しい量の焦げ臭い紅色。肉爆ぜさせる砲弾が空を飛び、鮮やかな死の炎。人体を切断するに至る水圧の刃。触れただけで黒焦げの炭と化す雷。全てを吹き飛ばす暴風。
一筋の光が頬を掠め、その背後にまるで空爆のような連続した爆撃が生み出された。分厚い雲が覆い隠した空から流星のような無数の閃光が降り注ぐ。
今も隣で弓を手に戦っていた仲間が光に貫かれて炎を立ち上げている。
人を殺すのは生まれてからもこっちの世界に来てからも初めてだった。だがそれも、明確な目的があったからこそ何ともない。何人も何人も殺した。いや、何体もと言うほうが表現的には正しいだろう。
彼らが戦う敵は人ではないのだから
青年から離れた岩陰に一つの金の槍が落ちている
『異能』を持たない彼が少しでも戦えるように――。そう用意された魔装だった。貫いたモノに宿る魔力を狂わせ、その魔法の軌道をそらすという機能を与えられた彼専用の魔装。
しかし結局意味がなかった。守るべきものを守るための槍だったのに、守れなかった。常に誰かの影にびくびく隠れて兎のように震えるだけで、魔物相手でも貫くことすらできなかったのは彼が元は非戦闘員だということが起因する。
今にも逃げ出したかった。少女をここから連れ去ってあげたかった。本当は、戦いたくなどなかった。
それでも、青年の叫びは世界には届かない。戦う仲間には届かない。もちろん敵にも。
張り裂けるように哭いた。
今にも目を覚ましそうに眠る少女を抱いて。理不尽を叫んで。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
嘆く者の名は椎滝大和。
異なる世界から無理やり連れ去られた『被害者』の青年。
『異界の勇者』の一人となってしまった男。
初めてだった。命を目の前で失うのは。それも親しかった者の。全身の震えが止まらない。
吐き気が止まらない。
頭が痛い。
心が。
壊れる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
その遥か先で戦う仲間の声が叫びが聞こえる。音賀佐翔。【蛮勇】の罪を背負いしチームのリーダー的存在。冷気を纏った剣を振るい、敵をバサバサと切り捨てている彼の表情は必死なものだった。たった一回の剣撃で生まれた波が、遠くで魔法を放つ敵を両断する。
そして、爆ぜた。切断面から黒煙を上げ、その命は失われてしまった。
これは戦争だ。一歩でも踏み外せばそこには命の終わりが、永遠が待っている世界。争い合う互いに善悪の区別はない。互いが己を善と思い込んでいるからこそ起こった争いなのだから。そして踏み外してしまったのが、その手の中で眠る少女だった。少女の左胸から、命を構成する赤い液体があっけなく滴り落ちる。
優しい少女だった。少女との出会いは大和が小学2年生の時。
クラスで孤立していた大和に、彼女が声をかけてきたのが始まりとなる。遠ざけようとする大和を他所に、彼女は何度も何度も話しかけてきた。何度遠ざけても諦めない少女を見て、遂に大和は心を開くようになった。いつの日からか友情は愛情へ昇華していた。
そして関係も変わる。
地球から隔てられて、異世界へ来てもそれは変わらなかった。変わったことと言えば、彼女が【敬虔】の罪を持つ"咎人"となった事。この世界に呼ばれたあの日。数名の仲間が『罪』を背負うことになった、そして『異能』の力も。【敬虔】の『異能』の名は『万有引力』
触れた全ての物体のy座標を書き換える力。
彼女を中心とした上下148メートルにありとあらゆる物体を転移させる力。
しかし彼は何故か選ばれなかった。力に、運命に。
大和が唯一手に入れたのは『土』の属性と魔法だけだった。それも巨岩を生み出すほどの力はなく、生み出せて精々土の壁などの低レベルなもの。それでも彼は4年間、必死に努力を繰り返した。
彼女に追いつくため、仲間に追いつくため、彼女を守るために。大和と彼女は恋人関係にあった。互いに愛し合い、支えあってきた。生まれ育った世界とは別の世界に来ても二人は幸せだった。
更に4年の時が流れ、戦争が起こる。しかし彼らには自信があった。『異界の勇者』と呼ばれ、その力を正義と信じる国のために振りかざすようになるのに時間はかからなかっただろう。
何時しか街征く人々に崇められるようになって確信した。自分たちは強いのだ。と
これが間違いだった。
彼らは力を過信しすぎてしまった。その先に待つのは破滅だった。彼女が『異界の勇者』であっても"咎人"であっても。見過ごすことはできなかった。椎滝大和はその戦争に身を投げる―――
他の仲間は当然反対したが、大和は一歩も譲らず意志を貫き通した。
相手は世界を脅かす『大罪の魔王』が一人、『傲慢の魔王』
その軍勢はまさしく異形。具現化した『魔』そのものともいえる。全長10メートルにもなるであろう四本腕のカマキリや半透明の精神体を持つ幽霊。巨大なキャノン砲を腕に取り付けたロボットまで、全てが入り混じったようなカオス。
彼女は大和をかばって死んだ。
己の弱さを誰よりも分かっていたのに。
誰よりも彼女を大切に想っていたのに。
何故
こんなところに来てしまったのか
何故
止めることもできなかったのか
彼女の年相応の細く儚い体を抱える腕にが震える。
「気にすることはないよ」
「っ!!」
か細い声だった。それは腕の中から聞こえてくる。そっと大和が視線を動かすと少女がひっそりと目覚めていた。少女の目が虚ろに開き、それでもまっすぐに大和を見据えている。
「雫っ!!」
にこりと笑う少女の顔は、僅かに温もりを感じさせる血のカーテンに覆われている。
見慣れたはずのその表情はいつもより何倍も尊く感じられる。
「私は...ここで終わるかもしれないけど...君は、もっと先まで行けるはずだよ」
「もういい!喋るな!」
「私のことは忘れて...先を生きて...!大和くんっ...」
遂に。
がくりと、
少女を辛うじて支えていた全ての力が抜け落ちた。それを掻き消すように爆音がすぐ二人の近くを通り過ぎる大和の右手首に巻かれた黒と白のミサンガが、血の赤に染まって行く。
認めたくない現実が、理不尽が何の罪も無い『被害者』の青年を襲った。
奪われたのは幸せと平穏。それに、愛
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
悲しみの淵で、大和はもう一度泣いていた。全身で少女を抱きしめた。少女の命の蝋燭に灯る炎は完全に消えた。大和の大粒の涙が少女にこぼれ落ちる。
愛さえも失った青年は今。朽ちそうなほどに枯れていた。
かつて地球で過ごした二人の記憶が、二人で過ごした時間が、走馬灯のように大和の中に映し出されていた。
『二人で行った初めての遊園地。君はアイスを落としてしまった子供に自分の分を譲ってあげていたね。それで残った俺のアイスを二人でカップに分けて食べたっけ』
『買い物に行ったこともあった。俺が大量の服が入った紙袋を持たされて、
君は楽しそうにそれ見て笑っていたね』
『勇気を出して告白したあの日。二人しかいない教室で、君は泣きながら『喜んで』って答えてくれた。それがたまらなくうれしくってオレも一緒に泣いてしまったね』
『これからも、ずっとそんな思い出を作っていこうと、スマホのカメラをいつも君に向けていたよ
そんな時に急にこんな訳も分からない世界に飛ばされて、俺が無能で君が"咎人"で
でも君は俺を支えてくれていたね』
どこからともなく微かに聞こえる、そんな言葉。文章、後悔と自責の念。
涙の質は変わっていた。大和の心の悲しみを塗りつぶすように数々の思い出が涙となって頬を伝った。
しかし
理不尽はその程度では終わらない。ぽすっ、という軽い音が大和の近く、10メートルほど離れた所に落ちた。アラームのような軽い機械音を発しながら
その狂気は冷たく爆ぜる
ゴオッッッ!!!と。
爆風が砂塵をまき散らし、砕けた地面の破片が横薙ぎの雨となって大和の体を撃ち抜く。それと同じ爆音が四方八方から轟く。砂煙が戦場の全てを包み隠し、あちこちから悲鳴が響く。
爆風に吹き飛ばされながらも、その少女の亡骸を離すことはなかった。それでも既に大和の瞳から色は失われていた。
「限界だ」
彼の言葉に答えるように。大和のすぐ目の前、先程の爆ぜる金属の球が落ちてくる。
爆音や声は遠くなりアラームの音だけが大和の耳に届いていた。
キンッ!!と。空を切り裂く音がその金属球を切り裂いた。飛んできた先ははるか前方の翔。目に見える形で冷気を帯びる氷の剣を忙しく振るいながら、仲間たちを激励しているようだ。
そんなことしてもいったい何になるというのだ。元はと言えばお前がすべての始まりだったというのに。
「ぼーっとするな!ここは戦場だ!一瞬の油断が命取りだぞ!」
彼は元クラス委員長だ。誰よりも仲間たちと言葉を交わす努力をした。誰よりも仲間の死には思うことがあるのだろう。固く閉じた口からは唇を流れるような血が見える。
目の前の敵を斬り裂きながら、苦戦する仲間のフォローもこなしている。
「勝って生きるぞ!!」
リーダーの言葉がクラスメイト達を奮い立たせる。光の弓から五本の矢を放つ者。大量の銃器から弾丸を撃つ者。
刃のように全てを切り裂く鞭を振るう者。空に浮かせた塊からレーザーのように水を放つ者全身に炎を纏い近づく敵を薙ぎ倒す者。球形の光を形成して仲間を癒す者。巨岩を生み出し敵を押し潰す者。ヤスリのような棍で削りとる者。十人十色の攻撃が大地を揺るがす。
だがそんな言葉は、絶望に閉ざされた大和の心には響かない。
残酷な運命とやらは追撃を怠らない。
再び大和の前にぽすりと飛び出したのはまたもや金属製の起爆物だ。
(ああ......)
いっそのこと、このまま―――。瞳を閉じると瞼の裏側に、かつての少女の姿が飛び込んでくる。
腕に抱く少女とは別人と言えるほどの姿だ。
そしてその少女が言った
『生きて』
空気が渦巻くような音があったと思うと、それは抱きかかえられた少女からだ。
少女から浮かび上がった光が大和のすっかり血に染まってしまった黒と白の螺旋を描くミサンガに光が収まる。失われた色とりどりの『彼女』が纏わりついていく。一点に、一つに――――――――。
「ちくしょう......っ」
どうしてだろう。いつの間にか立っていた。少女の亡骸からこぼれた光は消えて、ミサンガの血を抜き落としている。もしかしたら彼女が手を貸してくれたのかもしれない。
『力』の使い方は、不思議と理解できた。きっと彼女が教えてくれたんだろうと大和は解釈した。その足に踏みつけられた爆弾のアラームが何処かへと消える。
爆音は、遥か上空で轟いていた。その金属球の残骸がパラパラと降り注ぐ、まるで雨のように。
そして全てを吞み込む理不尽に抗うように。真の『異界の勇者』となった目付きの悪い青年は。
椎滝大和は前を向いて言うのであった。
『万有引力』
そしてこの救いようのない戦争は終結する。
まるで太陽そのものが降ってきたかのような『魔砲』によって。




