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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
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巡りあわせ



 血まみれの体を引きずるように動かし、キマイラはあちこち粉々に吹っ飛んだ格納庫を駆け回る。

 その表情には鬼気迫るものさえあった。辛うじて無傷に近いラミルは後ろからその姿を追いかけていた。どうやら撃ち落とされたホバーボードの代わりとなる移動手段を探しているようだ、カララ・オフィウクスの術式で格納庫内のほぼすべての飛行機は二次災害的に吹っ飛んでいるため、探したところでそう都合よく機能が生きてる飛行機が見つかるとは思えない。

 そのことをある程度探して理解したのか、荒く熱い息を吐くキマイラはどういうわけか近くで横向きに倒れていた、どう見ても飛行可能とは思えないほど破損した小型ヘリに早歩きで向かい出す。

 アレはアルラとの通話が途切れた後真っ先に調べて、へし折れたブレードと制御盤の故障が致命的だとわかっているはずだが...?

 そうこう考えている内にキマイラは近くで転がっていた鉄骨と瓦礫を使ったテコの原理でヘリを起こすと、剥き出しの扉から乗り込もうとしている。しかしどうやってもエンジンが起動しないようだ。中で断線か燃料漏れが起こっているのかもしれない。

 ラミルが思わず待ったをかける。


「ちょっ、キマイラさん、何を!?」

「決まってるじゃないすかアルラさんとこ向かうんすよ!!ラミルさんも早く!」

壊れたヘリ(これ)じゃ無理ですよ!」

「やってみないと分からないじゃないっすか!!あたしは一人でも向かいますから!」

「焦って現実を見落とさないでください!今から私たちが向かったところで間に合う距離じゃない!!移動手段も断たれています、壊れたヘリなんか使ってもし途中で墜落でもしたら、今度こそキマイラさん助かりませんよ!?」

「どっちみち計画が発動したら同じっすよッ!!」


 とても冷静じゃない。

 いくら話しても平行線を行ったり来たりするばかりで、決着が付かない。

 焦っているのだ。二人とも、異なる方向性で。遅刻ギリギリに家を出たあわてんぼう少女がカバンを忘れたことに気付かないように、思考の柔軟性を極端な焦りに上塗りされた奪われている。結果、信号が目に付かず飛び出してしまうような致命的なケースだって考えられるのに。


「アルラさん...あの怪我でどうして...っ」


 思わず口から洩れた言葉だった。

 医者が百人いて百人が彼を診たなら、百人全員が彼の行動不能を宣言するような大怪我だった。それに加えてキマイラより付き合いが長いラミルだからこそわかる、『神花之心アルストロメリア』による()()()()。とても動いていい状態じゃない。

 自分が医者なら、ベッドに固定具で縛り付けてでも安静を言いつけていただろう。

 どうやって神人の狙いを突き止めたのかは分からないが、それほどにボロボロの彼がその場にいることが何よりもまずいのは火を見るよりも明らかな事実だ。

 そして現場では、まさしくラミルが恐れた自体が起きつつあった。

 げぼぁっ!?と。

 決して少なくない量の血液がアルラの口から吐き出され、びしゃびしゃと屋上のコンクリを赤く染める。

 すかさず鳩尾みぞおちに叩き込まれた重い掌底打ちに、アルラの体は丸めた紙くずの様に転がっていく。

 更なる容赦ない追撃はウィアの機関銃による牽制で何とか防げたが、やはり、差は歴然だった。


「肉体強化は最小限、思考のブーストも治癒も無し。『異能』を温存したいのだろうが、そんな状態で我をやり過ごせるなどと甘い考えは抱いていないだろうな」

「ハァ......ハア......っ」

「......やれやれ。話すこともままならぬか」


 ピンッ!!とサイコロが真上に弾かれ、下から打ち上げるアッパーカットのような打撃がアルラを固めたガードごと弾き飛ばす。

 実際、アルラは『神花之心アルストロメリア』を肉体強化に回していない。奴が言うように、ようやく微かに得ることが出来た寿命を温存したいのと、これ以上肉体内部にダメージを残さないために、だ。

 ただでさえ満身創痍な体、異能を使って副作用で内部にダメージが溜まるのは仕方ないとしても、タイミングくらいは考えるべきだとウィアからの助言があったのだ。

 持久走の最初の最初で全力を出し切り疲弊を残すか、ここぞという場面で出し切るかの違いは大きい。敵が自分の格上なら猶更だ。神人相手に最初からフルスロットルではなく、隙とタイミングを伺い一瞬を狙う作戦に出たアルラの判断は概ね正しいと言えるだろう。


(我に悟られてさえなければの話だがね)

「その傷だ、ただ息を吸うだけでもさぞかし辛いことだろう。自分の異能に()()()のも時間の問題ではないのかね」

「うる...せえ...っ!!」


 暴力と血が香る。

 先程の一瞬の攻防だけでも、事前にウィアと打ち合わせしておいた作戦や戦法がいくつかおしゃかになってしまったことに焦るアルラに対して、ゲラルマギナの余裕は崩れそうもない。

 改めて手札を見比べてみると酷い差を思い知らされているようでならない。奴の想定の外に出れるのはアルラの手札の中じゃ『ウィア』くらいだろうが、それについてはゲラルマギナどころかアルラだって把握しきれてないことの方が多いのだ。いざというとき頼るにしてはブラックボックスが大きすぎて危なっかしい。

 足元に崩れていたドローンの残骸を蹴り飛ばすも指で弾かれたサイコロに押し負け、直後の『出目』に背中を薄く切り裂かれる。

 油断すれば腹の底から飛び出そうになる苦痛の叫びを噛み殺すのにいっぱいいっぱいだ。もう自分でも体のどの部位が無事でどの部位が痛いのかすらよくわからなくなっていた。


(わかってんだよ...!命惜しんで勝てる相手じゃないってことくらい......っ!!)


 見上げた先でタイミングを待つドローンは、ご主人様の要望を完璧な形で察したようだった。

 ぜえぜえはあはあ荒く息を吐くアルラが口に出すより迅速に行動に移っている。


「ウィアッッ!!」


 バシュッ!!と。

 アルラの背後に回っていたドローンの一体が放つ機関銃の銃弾が、横に突き出していたアルラの手を撃ち抜いた音だった。

 そして、()()()()()()()()()()

 ブシュッ!!という水風船に針を刺すかのような音は神人の右肩から。衣服にぽつんと開けられた穴から滲みだす赤色がここに来て初めて、神人ゲラルマギナに明確なダメージが加わったことを意味している。

 痛みより先に驚きがあるようで、左手で軽く傷口を触り久しぶりのその感触を懐かしむように眺めていた。

 『神花之心アルストロメリア』の能力は()()()()()()()()()

 硬度、速度、そして回転力。弾丸の持つこれらのエネルギーを限界まで強化すれば、神人の体とて貫けることが証明された瞬間だ。

 アルラ・ラーファの『異能』は神人にも通用し、確実なダメージを与え得る。

 二発目、三発目、四発目と、それぞれ最小限の出血とダメージで抑えられる場所を『経由』しての急加速弾が、一発目を受けて厳戒態勢を敷いたゲラルマギナを狙い撃つ。

 思わず情けない声が結んだ口の端から飛び出しそうになって、しかし弱みは見せまいと必死になって表情を固定した。少なくないダメージは覚悟の内だが、肉体の耐久力そのものを『強化』していなければそもそも機関銃の弾なんて一発目から四肢がぶっ飛んでる。足りない分は耐えるしかないのが現状、せっかく開けた針の穴程の突破口なのだ。自然に塞がるより速くこじ開けなけらばならない。


「驚いたよ、てめえにも俺と同じ赤い血が通っていたんだな」

「.........厳密に言えば、()()は血液では無いがね」

「...あん?」

「わかるだろう。神人はヒトが代償を支払って初めて昇華し得る存在だぞ、特定の臓器や四肢の一部と言った具合にな」


 言いながら、見せつけるように二度目の弾丸に掠られて左腕に生じた傷をアルラに向け、そこからどくどくと流れ落ちる血液はコンクリに滴り落ちていた。

 が、おかしい。

 ぽたり、ぽたりという音はある。奴の傷から腕を辿って零れる血も、確かに存在してはいる。

 しかし一つだけ、染まってなければおかしい『色』が無かった。ゲラルマギナが立つ場所のコンクリは、ただありふれた灰色でさも当然かのように居座っていたのだ。

 いいや、違うのか。

 ()しているのだ。血液が。奴の体を離れたそばから、足元に落ちるまでの一瞬で。当然、通常の人体に備わる血液にそんな機能が備わっているはずも無い。となるとあの液体は......?


「我が対価は血液...正確には身体の『血液を作る機能』そのものだ。本来骨髄で製造される造血細胞だが、我の場合人工的に配合した疑似血液を毎日血管に直接取り込んでいる。本来百日以上は生存可能なはずの赤血球は三日も持たないし、怪我にかさぶたが出来るなんてことも無い、メンテナンスは欠かせないし不便と言えばかなり不便だ。後悔したことは無いがね」

「...何が救えねえって、そんな体になってまでやろうとしたことが()()()()()だってのが一番救えねえな」

「何を対価に支払うかは賽子サイコロで決めた。それが一番納得できるからだよ、青年。この世で唯一、全人類全生物に平等であり続けるのは運命だけなのだ」


 衝突。勢いよく前方へ踏み込んだアルラの傷から洩れる鮮血が残像の線を描く。

 あっさり、止められる。思いっきり顔面目掛けて振り抜こうと後ろへ引いた拳は加速する前に片手で制されてしまう。当然、後ろに引いたっきり前に進めなくなった拳は行き場を失う。態勢としてはかなり不安定だ。とんっと軽く小突かれただけで足元がふらりとよろめいた。

 すかさず繰り出されたヤクザキックがアルラの腹のど真ん中を捉える。

 ゴズォッッ!!という衝撃が背中まで貫通した。

 肺の空気が鉄錆の香りを伴いせり上がるが、逆に腹にめり込んだ剛脚を両手でがっちり掴むと、そのまま体を反転。初心者が見様見真似で繰り出したような不格好な投げも、結局コンクリと激突する直前に片腕で衝撃を受け止められて簡単に脱されてしまう。

 同時に、眼前にサイコロがあった。

 確かこの効果は『辰の目』だ。横薙ぎの突風、否......ブレスに空中へ攫われた途端、方向感覚の一切が消え失せる。ジェットコースターに縛られた何十回ともみくちゃにされる感覚に近い。下手するとこのまま屋上から場外落下...なんてことだってあり得てしまう。

 咄嗟に、視界の端に映ったウィアが操る軍用ドローンへ手を伸ばす。何とか掴んだドローンの着陸脚は衝撃で外れ掛けるも、速度を殺すことに成功して落下死だけは避けられたようだった。

 しかし安心も束の間、めぎっ!?という金属を強引にへし曲げるような音を聞いた直後、弾丸代わりに指で弾かれた二つのサイコロによって、アルラが捕まっていたドローンが墜とされたのだ。

 垂直落下、障害物も無い空中では今度こそ攻撃の防ぎようがない。

 目で捉えられないワイヤーのようなモノで、強引に全身を巻き取られてしまう。


「ぐえっ!?」

()()、振り回すだけが力ではないのだぞ。互いを知るというのはとても重要だ、我は君をある程度知っているが君はまだ我の十分の一も知らぬだろう」

「知ったところでどうにかなるって思ってるのか!?知り合ったところでこの齟齬は埋まらない!!第一、てめえが俺の情報を持ってるってだけでもてめえは俺にとっての危険分子以外の何でもないんだよ!!」

「確かにそうだ、ではそこから説明していくとしようか。()()()()()()()()()()()()、かの巨大飛行船最大のスポンサーは我が社であり、かの事件で使用された人喰いカビは『NOAH(ノア)』のプロトモデルのデータが大元の基盤となっている。おっと、我があの事件の黒幕だなどと早とちりはするなよ。我は出張帰りに偶然事件に巻き込まれて一部始終を目撃しただけだし、カビのデータは失敗作として破棄する予定だったデータを数カ月前に盗難されたものだ。あの事件と我が社、並びに我の間に直接な繋がりは一つとしてないのだよ」

「......っ!!ふっ、ざけんな!信用できるかそんなこと、偶然で...」

()()()()()()()()()()()()()、全てがな。我と君はあの時、既に繋がっていたのだ。これを我はある種の『運命』と考えて声を掛けたわけだ。結果はまあ、この瞬間そのものが全てを物語っているが」


 事実なら、あまりにも出来過ぎている。

 ふと気分転換にいつもと違う帰り道を選んだ日に拾った宝くじが偶然一等だったというくらい、誰かにテコ入れされて生じたストーリーに思えてしまう。奇跡を何度も上掛けした果てに行き着くような未来だ。現実性なんて欠片も含んでいない。

 『博打』の神人ゲラルマギナ。

 この数奇な運命の巡りあわせも、奴が奴である所以か。


「運命はいつだって残酷だ。贈り物だと信じて疑わず掴もうとした君の正体は、我が運命に与えられた『試練』だった。ならばこうするしかあるまいよ。乗り越えるしか、君という『試練』に、我が全霊と全力をもって!!」



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