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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
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序開の憂鬱



「と、十中八九辿り着くであろうな」


 排除した敵の行動に思考を巡らせ、神人ゲラルマギナは水族館の巨大水槽のような『NOAH』の培養層を眺めていた。

 戦闘続きで崩れた身なりは既に整えられていて、彼は新しくしわ一つないスーツを身に纏っている。ネクタイはここぞというときにだけ身に着ける赤。それを留めるピンは、かつて奉仕の感謝のしるしとしてとある貧しい少年にプレゼントされた手作りのモノ。腕時計は難病から救い出した少女の家族からの贈り物で、いずれの物品も彼が勝負を決める時にのみ持ち出す、いわゆる勝負服という奴だった。

 ピッ!という電子音が手にした携帯から微かに漏れる。

 別に誰かが彼の話を聞いているというわけでもない。計画に携わっていた唯一の部下は手ひどくやられてしまったので、彼はこの時点で既にリタイアだ。言わば一人芝居。隣に立ってくれる仲間が居ない男の、まるで夜中の居酒屋で愚痴を垂らす中年オヤジにも似通った寂しい独り言だった。

 仲間が居ないのが悲しくないと言えば嘘になる。

 失敗した時、行き詰った時に肩をたたいてくれる存在が居ないというのは、例え神人でもそれなりに堪えるらしかった。人間誰しもが一人はいるはずの友という奴が、彼にはいない。

 いるのは彼を神様のように崇める部下か『神人』というだけで親の仇のような憎悪を向ける敵かの両極端。敵はそもそもこちらを理解しようとする努力を放棄するし、信者もとい部下は肯定こそすれどそれだけで、ただ首を縦に振り続ける人形のように思えてしまう。もはや対等でも何でもない、コミュニケーションとすら呼べない一方通行の猿芝居だ。間違ったら正してくれる、互いに思いっきり意見をぶつけ合える『友』とは程遠い関係性と言わざるを得ない。


(なら或いは、と思ったのだがな)


 思考の基盤にどこか共通点を覚えていた。

 育つ環境で思想の大部分が決定する人という生き物は、例えば女性でも屈強なおとこ共に囲まれて育てば男勝りになるだろうし、ガタイの良い青年だってお人形とカップケーキの中で育てばそういう風になるだろう。

 なら彼は、もしかしたら彼は、我と同じ神人にでも突っつかれながら育ったのではないか?そういう裏付けが無ければ、彼の思想の基盤に根付く神人然とした回路は説明が付かない。

 ...だがまあきっと、()()()()は思い過ごしなのだろう。彼はもともとそういう性質を内包していただけのことで、『神人』とは一切関係のない生涯を送ってきたのだろう。

 何故なら基本的に我儘かつ独善的かつ破滅的な『神人』という生物に育てられて、ソレが()()を保てるとは思えないから。仮説が正しいとすると、彼は『神人』が放つ瘴気にも似たそれに害され続けながらも自己を保ち、己で立つという当たり前のそれを忘れずにいられたというありえない実例になってしまう。

 腐った果実は、周囲の果実も次第に腐らせてしまう。過去にそういう実例を何度も身をもって経験したゲラルマギナだからこその体験論だった。

 故に『神人』はヒトを寄せ付けない。

 瞬きの瞬間に、ふと過去の瞬間がフラッシュバックした。

 頭が割れてしまいそうになる忌々しい記憶。人のためと成った『神人』の立場が、救った数の数倍の人間を狂わせた。瘴気に当てられたように、己という腐った果実じぶんが回りの果実たにんを腐らせる。

 そんな風に過去に思いをはせている内に思い出す顔もある。


「......あの少年は息災だろうか」


 べたりと右掌をガラスに張り付けて、写り込んだ像の胸元で光るピンを見て連想する。

 昔貧困に喘ぐとある小国に立ち寄った際、数ヶ月間滞在した貧相な家を支えていたのはみすぼらしい少年だった。ゲラルマギナはがりがりにやせ細った森で薪を拾い、路上で売り歩くことで生計を立てる街で最も貧しい少年を憐れみ、まず手始めに一晩にして森に緑をよみがえらせ、街に小さな企業を起こし、少年を含む街の貧困層に職を与えた。

 街を去る日の夜涙ながらにネクタイピンを手渡してくれた少年はその後、森を巡る大規模な紛争に巻き込まれ瀕死の重傷を負い、現在はどこで何をしているかも分からない。

 また別の顔を思い出す。


「...あの少女は、どうしているのか」


 彼の手首の腕時計の裏に彫られた数字は、ゲラルマギナがそれを受け取った日。

 昔、当時不治の病とされた病の研究のため、それに侵されていたとある少女と暮らしたことがある。少女はとっくに命を諦めていて、しかし両親は何が何でも諦めきれず、その意をくんでゲラルマギナは無我夢中になって治療法を確立させ、結果として少女の命はギリギリのところで踏みとどまった。

 しかし、予想外の事件起こった。同じ病で親しい人を亡くした者が大勢集まって、『何故あの子の時だけ』と詰め寄ってきた。結局答えられなかったゲラルマギナから矛先は移り、少女と家族に向けられる。『汚い金が動いたに違いない』『コネクションがあったに違いない』という言い掛かりだけで社会的な力が動き、その一家はばらばらに離散してしまったのだ。

 また別の顔を思い出す。


「あの老夫婦は...」


 かつて訳あって行き倒れていた神人に食事を恵んでくれた老夫婦がいた。

 また別の顔を思い出す。


「あの農夫は」


 また別の顔を思い出す。


「あの野良犬は」


 無限に果実たにんが溢れ出る。

 今まで助けたつもりになって、腐らせてしまった果実たにんが溢れかえる。

 見返りが欲しかったわけじゃない。感謝の言葉さえもいらなかった。差し伸べた手を掴んだら、それらはどんどんグズグズに崩れていく。ヒトを助けるための『神人』が、誰よりヒトを腐らせる。

 手を差し伸べなければ森は枯れたままで、争いは怒らなかった。手を差し伸べなければ少女は病で息絶え、家族までも犠牲になることは無かった。手を差し伸べなければ老夫婦は暗殺組織に狙われずに済み、穏やかな老後を過ごしていた。手を差し伸べなければ農夫は土地を失わずに済み、落ちてきた隕石に当たって死ぬことも無かった。手を差し伸べなければあの野良犬は悪の秘密結社に捕まって全身を改造されることなく、ゴミ箱から零れた残飯にありつけた。

 争いは常に絶えなかった。

 レークスの時代を除いて。

 故に。


「立ち止まらぬよ。今度こそ、そしてもう二度と。苦汁は飲み飽きた」


 ガラス越しに、うぃーんという機械の駆動音が響き渡る。

 培養層がスパートをかけ始めた音だった。内部環境をより細かく、適した温度、湿度、成分の割合まで調整することで、トウオウ全土を覆うに必要なだけのNOAHの量産がやっと整うのだ。


「まずはトウオウ」


 障害は残る。 

 人類用にチューンされた『NOAH(ノア)』では、例えば神人どうぞくに通じない。ゲラルマギナの他に17名存在する神人は、実力でいえば、相性問題は絡んでくるがそう離れてはいないだろう。間違いなく、彼らは自己の目的のために横槍を入れてくる。

 人外という点においては()()()()()も怪しいところ。人類の失敗作を謳う彼らが言葉の通りの存在を保っていたのなら、NOAHによる制圧は望めない。


「次は大陸。海を渡り、全世界」


 そして七人の『大罪の魔王』。全世界を纏め上げると彼の前で言い切った以上、例外は作れない。都合の悪い部分だけ見て見ぬふりをしていたのでは、一部の少数を除け者にしていては箱庭の百年(りそうのせかい)なんて再現できっこない。


「最優先タスクにプランAを設定。目標量に達するまで決して製造を停めるな」


 結構は夜中、国中が寝静まった後。必要数のNOAHが完成し次第。

 左手の携帯を通して培養装置に声で命令を送った途端に水槽のようなガラスの大画面は暗転し、すぐさま何らかのコードで埋め尽くされる。進行状況を表すパーセンテージ、数値化された内部環境、あらゆる非常事態を想定して設定された非常用プランの数々を目にし、ゲラルマギナはゆっくり瞼を閉じる。

 それは彼にとっての瞑想のようなものだった。

 携帯電話を仕舞って、代わりにポケットから取り出し握りしめた白と黒の六面賽。素材は彼自身の骨。込めた願いは数知れず。それら一つ一つを噛み締めながら思い出すように、ゲラルマギナは手の中でゆっくり賽子サイコロを転がした。

 目を開けて、次に手を開いて、出目を確認する。

 どちらも『6』。例えばTRPGなんかでは、確定成功を意味する組み合わせ。

 ピシッとネクタイを正し、引き締まった表情が覚悟を前面に表す。下がるための脚は今この瞬間捨て去った。この脚は、もう前方にしか進めない。

 理想は掲げるためにある。


くか。直に夜も明ける」



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