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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
183/268

その時、電流奔る



 内臓を内側から焼かれるような感覚は、随分と久しぶりに感じる種類の『痛み』だった。

 油断すると直ぐ口から吹き出そうになる鮮血を気合で押し殺して、キマイラは口の端に垂れていた血の線をラミルに気付かれぬ内に拭い去る。

 かつかつと二人分の足音は唯一光を灯していた病室から離れていき、やがて建物の入口入ってすぐの所にある待合スペースに腰掛けた。電気代を節約したいのか、既にこの待合室の蛍光灯も光を失っている。

 がさがさのロビーチェアで買ってきた缶ジュースの栓を開けたと同時、ラミルが沈黙を破る。


()()()()()()()()()()()()()()?」


 その言葉を聞いてキマイラは、敵わないな、と関心を抱く。

 もっと問い詰められると思っていた。

 どうして置いていった、なのにそのざまか。そんな風に責め立てられるだろうなと、帰還中もアルラの容態を女医から聞いてるときも、キマイラはずっとそう考えていた。

 認識を改める必要がある。

 彼女ラミルは強い。

 誰かのために傷付く人を見て、本気で心配できる人だ。そして、願わくばその人の隣に立って、支えてあげたいとも考えているのだろう。

 ラミルが言わんとすることは、瞳の奥を見ればすぐわかる。

 

「......どうせ、くっついてくるつもりなんすよね?」

「勿論です」

「言っても?」

「聞きません。何より私は、()()()()()()()()()()()()()()。戦力として数えてもらえなかったのは心外ですが水に流します。今は怒ってる暇もありません」


 とか言っている割に、膨れっ面は相変わらずだ。

 目覚めた後のアルラの心配をしつつも缶ジュースを一気に喉へ流し込み、空になった空き缶を握りつぶすと、キマイラはそれを待合室の端の方に雑に並べてあるだけのゴミ箱(どうやら分別意識はあるらしく、ちゃんと燃えるゴミとペットボトルと缶で別に用意されてる)に投げ入れた。

 ゴミ箱の中から響いた、からん!!という音に、あのビルでさんざ聞かされたあの音を連想してしまう。


「神人ゲラルマギナは自ら生み出した生物兵器を使って、全人類の意思を一つに纏めようとしているっす」

「意思を?」

「奴曰く、戦争、飢饉、災いは人類の意思が個々に分岐しているから発生する。個々の意思を無くせば人類全体の一本化が完成して『争い無き平和な世界』とやよらが完成する......らしいっす」


 項垂うなだれるような格好でそう説明するキマイラに対し、真剣な表情でそれを聞いていたラミルの反応は簡潔で迅速だった。


「馬鹿げてますね」


 一蹴する。

 この場にゲラルマギナ本人が居たとしても、彼女はきっと同じ発言をしていた。僅かに拳を交わしただけの相手とは言え、ゲラルマギナを知るキマイラにそう思わせる程に躊躇が無く明瞭。

 それもそのはずだ。彼女は怒っている。

 仲間を傷付けたゲラルマギナに。そして、隣に居させてくれなかったアルラに、だ。

 壁掛け時計で時刻を確認したキマイラは一度足を組み直すと、今度はスタンガンの液晶に映し出したブリッツコーポレーションのホームページに視線を移す。

 現在時刻は丁度0時を回って日付が変わった直後。

 社訓だの実績だのが文字列で並ぶ中、社長紹介のページを開いて鼻で笑いつつ、断言した。


「あたし達に『NOAH(ノア)』を開示した以上、奴は遅くとも午前中、早ければ夜明けまでに行動を起こします」

「計画を開示したのは完成もしくは決行が近く余裕があったから。もし余裕が無ければ開示するだけ私たちに邪魔されるリスクが増大するだけですし、こっちも考える時間が生まれる...ですよね」

「そのとーりっす。あたしとアルラさんが攻め込んだあの時点では、少なくともNOAHは完成していなかったかトウオウ全土にばら撒けるほど量産できていなかった。なら何故計画と『NOAH』の存在を打ち明けた?()()()()()()()()()()()()。つまり奴にはラミルさんが言うような余裕があって、あたし達に邪魔される心配もないという自信があった。それともあたし達をどうしても引き入れたくて、計画を公開することで信用を示したかった?神人にまで上り詰めたあのゲラルマギナが?んなわきゃあないっすよ」

「確かに、神人がその気になれば力尽くで従わせることも出来るでしょうし、多分言葉で取り込むよりそっちの方が手っ取り早いですよね」

「まあ、奴はそういうやり方は好みじゃないっぽかったっすけどね。あたしが言いたいのはそうじゃなくて、神人ゲラルマギナは理知的過ぎるって話っす」

「理知的?」

「どうせ邪魔できないから開示する。どうせ負けないから戦闘も手を抜く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。直接会話して、戦ってみてわかりました。あたしとアルラさんの勧誘も、人類全体の救済とやらも、はっきり言って最初から何もかも()()()んすよ。奴は」

「人類が極限まで努力した結果であるはずの神人が諦める、ですか。なんだかおかしな話ですね」

「さあ、その辺の過去があの計画の発端に繋がるんじゃないっすか。今はその辺どうでもいいっすけど」


 一呼吸間を開けて、キマイラはスタンガンの画面の表示を落とすと、ロビーチェアに腰掛けたまままた膝に手を付き、項垂れる。


「問題はあの『NOAH(ノア)』とかいう生物兵器がどうばら撒かれるか、なんすよねぇ...」


 過程と結果の問題というモノがある。

 例えばとある地点のある人物が、遠く離れた地点Bを目指すとする。彼もしくは彼女はどのような手段を使って地点Bを目指せるが、選んだ手段によって過程は様々に分岐するという話だ。結果が同じでもそこに至るまでの道というのは案外重要で、車を使って移動するのと飛行機で移動するのではそこに至るまでの所要時間は大きく異なってくる。所要時間だけじゃない、車は地上で交通事故に出くわす危険があるが飛行機にはそれが無い。飛行機は極々稀に墜落事故に巻き込まれる可能性があるが、車にはそれが無い。車は迷惑な当たり屋に絡まれるかもしれないし飛行機はハイジャックに出くわすかもしれない。

 無数に分岐した手段ルートによって、それを妨害し得る不安要素も変動するという事だ。手段さえ確定させてしまえれば妨害の手段も確定できるとも捉えられる。

 キマイラたちが抱える問題も同様で、ゲラルマギナは『人類意思統一』という結果を目指しているが、そこに至るまでの手段はまだ詳細に判明していない。即ち、その手段ルートを妨害する手立ても見つかるわけが無いという事だ。今の彼女たちではまだ、ゲラルマギナの不安要素に成り得ない。

 自然と吐く息が重くなるのも無理はない。

 少なくとも、奴は今日中に何かしらのアクションを起こすとキマイラは予想した。

 それまではいい。しかし、計画の発動を予想するのは最低条件。ここから更に『手段』と『規模』を予想して、対処する過程が残っている。


「生物兵器...考えられる手段は限られてきますよね。水源を汚染して水道水から人体へ侵入する...とか」

「ええ、けどNOAHは特殊な気候下じゃなきゃ生きられない。となると飲料水に混ぜるとか適当に風に散らせて広めるって線も無いでしょう。そんな雑な作戦を考えついても奴が実行に移すとは思えませんし」

「でも、その生物兵器の詳細も、神人の口から語られたんですよね。結構色々信憑性に欠けると思うんですが」

「まあまず嘘はないと思いますよ。高を括っていたとは言えあたし達を取り込もうとしたなら嘘なんて吐くだけデメリットっす。実際培養層は外部との気圧差に負けないよう強く厚く造られてましたし、ちょっと靄がかかったように見えたのは湿度調整で空気中の水分が異常に多く設定されていたからっす。つまるところ『人体』を再現しているんすよ。あの環境」

「そっか、『特殊な気候化』っていうのは、人体内部に限りなく近い環境って意味だったんですね。となると他に考えられる手段...」

「メジャー所抑えるなら人口積乱雲と大気中の空気量を調整して降雨にウイルス仕込む天候兵器とかっすね」

「聞いたことありませんけどそんな技術。もっとこう、爆弾とかそういうありふれた奴じゃないんですか?」

「いやいや爆撃こそ今時流行らない時代遅れの技術っす、飛行機がそうブンブン何十台も飛び回ってるのは不自然で目立ちますから。それに天候兵器って言っても結構簡単っすよ。飛行船で上空に昇って一定範囲の空気圧を化学薬品散布による反応の高温で調整して積乱雲を......、あれ?」


 解説していて、何かに引っかかる。

或いは、裏の世界で生きるキマイラだからこそ身に付いた、問題解決のピースに本能的に反応する才能が動いた、と言ったところか。

 喉の奥に魚の骨が引っ掛かったような違和感が、先程までの会話のどこかに潜んでいたような。そんな気配を掴み取ったのか。

 単語ごとに頭の中で切り取って、並べ替える。ラミルはきょとんとした顔で突然会話を中断したラミルに視線を投げかけていたが、少しして彼女が手段の手掛かりに手を伸ばしていることに気付いたらしく、邪魔しないように口を塞いでいる。

 持てる知識の全てを総動員して、その上で脳みそに更なる追い打ちを。手にしていたスタンガンの電源を唐突に入れると、何の迷いも無く自身の頭に押し付けて電撃を放った。

 ズバチィイ!!と。

 電気ショックの刺激で記憶内部の無意識化に違和感を覚えている単語を引きずり出すなんて手法は、『脳』のスペシャリストである彼女以外には考えられない発想だ。

 が、どうやらこれは妙手だったらしい。


「確か......ブリッツコーポレーションは子会社化した航空救急団と提携していて、実質的に数十台の航空機を動かすだけの権限がある...」

「航空救急団?」

「山岳地帯とか海上だとか、そういう普通の救命士が近づけない現場での救急活動に特化した救急隊っす。トウオウの航空機の大半はAIの一括管理で無人飛行が可能っすから、パイロットに人員を割く必要もない。おまけにDFアラートが大きな地震の発生を予告していた今日、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


 DFアラートは、国中が認知する災害対策技術の一つ。特殊な液体金属を大量に地盤下のプレートへ混入させた上で電磁波を照射し、その僅かな電波の跳ね返り方の変化で地震の発生を予測するというもの。

 国中が認知するという事は、国中の誰しもがその予測を知っているという事になる。つまり、今日この先起こる地震は国中の誰もが知っていて、仮に国中を異常な数の航空機が飛行していたとして、本来不自然に目に映るその景色は『災害対策及び救急隊の事前準備』という皮をかぶることで正当化される。

 普段通りなら不自然極まりない航空機の大移動を、今夜ばかりは誰もが不自然に思わない。

 それこそが神人ゲラルマギナの狙いで、今夜このトウオウ国に起こる悲劇の全貌。地震なんて目じゃない、被害の規模も知れぬ大災害だ。


「つまり、こういうことですか?」


 蛍光灯の灯りの下で、空いた窓の隙間から差し込む夜風に晒されたラミルの声は、寒さ以外の何かで震えていた。

 当然と言えば当然だ。彼女は咎人である前に何の変哲もない少女であって、『強欲の魔王』への復讐心に十年を費やしたアルラや、あらゆる負の面が集まる『裏』の世界で生計を立てるキマイラ程恐怖に対する感覚が麻痺しているわけでもない。立ち向かおうと思える二人の方が異常で、恐怖を正しく恐怖と捉えることが出来る彼女は、生物としてこれ以上ないくらい完成している。

 戦場で真っ先に死ぬのは恐怖を知らない人間だ。

 怖いからこそ逃げられる。自分の命を優先できる。故に、己の命の使い方を正しく管理することが出来る。

 これから高確率で起こる未来を想像し、脳裏に浮かぶその光景に戦慄しながら、ラミル・オー・メイゲルが問う。


「神人ゲラルマギナは生物兵器を使った絨毯爆撃で、トウオウ中を火の海に変えようとしている!?普段であれば目立つ数十台の飛行機に、対地震の救助活動という皮をかぶせて!!」

「正確には火の海に変えたいのではなく、人を意識下から支配して全国民の思想を統一しようとしている、っす」

「同じことですよ......そんなの、大虐殺じゃないですか!」

「ええ、だから」


 タイミングよくキマイラの携帯型スタンガンに送られてきた画像データの送り主は彼女に今回の件をリーク、及び解決を依頼した『依頼者』兼『協力者』。リアルタイムな画像なのか、夜のせいでやたら暗い背景にぼんやりと浮かんだ建物の輪郭を僅かに捉えただけの写真は、一見何を示唆するものなのか分からない。

 が、やがて浮かび上がる。

 キマイラの方が端末を操作して彩度と明度を調整すると、画像の奥。よくよく目を凝らしてようやく読み取れる程度のサイズの文字が。恐らく施設の名前が記されたであろう看板、無数に点在するブリッツコーポレーション関連事業の内の一つ、『NOAH』の培養層と並んで中枢を担う、散布計画の中心施設を示す名が浮き彫りになる。

 その無理やりスペースを空けて取り付けられた液晶の画面をラミルに提示して、キマイラは敵の計画の中心地を読み上げた。


「トウオウ東ブロック多企業合同格納庫。ここで今度こそ先手を打つ!」



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